『XXXV :帰路3』
一つにまとめた長髪を空中で揺す彼は、足を失った巨大な亀へと一直線で落下する。
しかしそれを視界に捉えた亀は憤怒の表情と共に突然頬を膨らませた。
「……!?」
そして、せめてもの抗いか亀は水鉄砲のように口から勢いよく水を吹き出す。
「まじか…!」
体よりも遥に大きいその水の塊は、水とは言えど当たったら確実に唯では済まないだろう。
上杉は避けようと必死に体を唸らせるが、空中で浮遊する彼がそれをできる訳が無かった。
すると、突然緑の蔦が腰に巻きつき、体を強く惹きつけられた。
「うぉ〜…」
三芳野の植物軍器であるこの蔦は上杉を空中で引っ張り、彼は間一髪でその水塊を避けることが出来た。
「まじ助かったわ〜。ありがとう、三芳野ちゃん…!まじ愛してる…!」
彼は三芳野にウィンクをすると、右手に握っていたスナイパーライフルを構えた。
明らかにライフルを使用する距離ではないが、彼は大きく深呼吸すると小さく呟いた。
「オン・プロッティング……」
すると、ライフルが緑に輝き、銃口の周りに小さな魔法陣が展開される。
「あの…バカ、この至近距離で何使おうとしてんの…!みんな逃げて…!!」
上杉は亀と10メートル程しか離れていないのにも関わらず、スコープの中を覗き込むと引き金に指をかける。
先程まで鬼の形相で睨んでいた亀も、今から放たれるであろう一撃の破壊力を察してか、全ての部位をその巨大な甲羅の中に引っ込めた。
彼はその茶色い目を輝かせると、ニヤリと大きな笑顔を浮かべた。
「死ねぇぇぇぇぇ!!!」
標的からわずか5メートル…。
そんな距離から放たれた長距離用の大技は、砕ける筈の無い亀の甲羅を突き破り、大きな爆発を起こす。
落下していた上杉は銃の反動で大きく吹き飛び、やがて地面に落下した。
「イテ〜〜〜〜」
辺りには粉々になった亀の体が飛び散り、澄み切っていた筈の湖は紫色に染め上がっていた。
紫の血を目元に付けた上杉はその長い髪をかきあげると、ドヤ顔で仲間の元へと戻る。
「フンッ……!!」
腰に手を当て鼻の穴を膨らませる彼は、何かを言って欲しそうに皆を見つめる。
「あ…!?すごかったよ、上杉君。お疲れ様…」
困惑しながらも西園はそう言うと、彼は植物軍器の展開を解いた。
「お疲れ様です…」
目をキラキラさせながら皆を見つめる彼に何か言わないといけない気がし、その他も一応声を掛ける。
すると、ポニーテールを揺らした彼女が皆の間を割って入り、上杉の前で足を止めた。
「お…凛ちゃん!?僕とお疲れのハグでもしたいの…?」
目の前の彼女に上杉は抱き着こうと、両手を伸ばしたその時、
「グフッ……!!」
突然鋭い蹴りが腹に入り、上杉は変な声を出した。
「あんた何考えてんの、私たちを殺す気…⁉︎」
「ゴホゴホ…。凛ちゃん、流石に'お疲れ様のキック'は僕も喜べないよ…」
上杉は腹を抱え込みながら、声を振り絞る。
「だから…!なんでスナイパーのあんたが相手に突っ込んでるの、危ないでしょ…!」
「え…もしかして凛ちゃん僕の事心配してくれてる…?いや〜嬉しいな〜〜グフッ…!!」
またもや激痛が腹部に走り、再び上杉は地面に蹲る。
「今ここにいるのは私達の部隊だけじゃないの…!雨夜の部隊からあなたのせいで死人が出たらどうするつもり…!」
「その時は、雨夜班の女性全員を僕が一生をかけて幸せにす…グフッ…!!」
「もういいわ…このバカはほっといて帰りましょう」
綱元は呆れた表情と共に、軽く溜め息をついた。
「まぁ…とにかく凛ちゃんが無事なら僕はなんでもいいよ…」
そうボソッと呟いた上杉は、腹を抱えながらゆっくりと起き上がる。
「え?今なんか言った」
彼女は不機嫌そうに振り向く。
「あ…いや、唯僕の可愛い彼女に怪我が無くて良かったなぁって…」
すると、突然先程まで殺意すらも帯びていた彼女の顔が少し赤くなる。
「一応心配してくれるのね」
「君は僕が命に代えても守り抜くと誓ったから」
綱元は慌ててその赤めた顔を隠すように彼に背を向けた。
「もう…なんでそういうカッコいい事、平気で言えるの…」
俯いた彼女は小さく囁くと、急ぎ足でその場を離れた。
「え…今何か言った?ねぇ〜凛ちゃん〜、なんでまたそっち向いちゃうの〜?」
「別に、あんたの顔を見たい気分じゃないの…」
「え〜こっち向いてよ〜!」
上杉は早歩きで遠ざかる綱元を追いかける。
「やだ!」
「え〜、お願い凛ちゃん〜」
「あの〜俺たちもう帰っていいっすか?」
2人の茶番に痺れを切らした天羽は食い気味に問いかけるが、自分達の世界に入ってしまった二人がそれに返答する訳がなかった。
同じく我に帰った紅林は周りを見渡し、違和感を覚える。
「あれ…?天國先輩が見当たらないんだけど」
「あ〜…天國ならさっき『めんどくせぇ〜』とか言いながら一人でどっか行ったよ」
何故雨夜が天國を引き留めなかったのか…と言う疑問は一先ず置いておき、…その場全員に嫌な予感が走る。
「それって、良くないですよね…」
「うん…ここ携帯繋がんないし」
雨夜は自分の携帯を見せる。
「まじか〜、これ絶対収集つかないじゃん」
めんどくさい事になったと、西園は頭を抱え込んだのだった。




