『XXXIII :帰路1』
[第三区域深部]
「私が行きます…!」
その鮮やかな紅髪を靡かせながら、少女は大きく空中へと飛び立った。
その先には鋭い牙を持った巨大な亀が湖の真ん中に佇んでいる。
クワッ〜ー〜ー!
二刃の剣を持った少女を瞳に写す亀は、彼女の殺意に反応してか大きな雄叫びを上げる。
「もらった…っ」
彼女は素早く体を回転させると、その勢いのまま亀の首元目掛けて両手の刃を振り下ろす。
「ん…!」
しかしその刃は鈍い音を立ててその鋼鉄の皮膚に弾かれる。
「硬い……」
クワッ〜ー〜ー!
まるで彼女の攻撃が効かない事を分かっていたかのように亀は大きく口を開くと、怯んんだ彼女の目の前に迫る。
その大きな口からは鋭く尖った歯が覗いており、喰われれば間違いなく一瞬で命を持っていかれるだろう。
「まずい……」
空中で身動きが取れない彼女はそう小さく呟いた。
「紅林さん…ちょっと退いてね!」
すると、大きなハンマーを片手に持った小太りの男が横から現れる。
「西園さん…」
彼はその大きな体を後方に撓らせると、迫る亀の顔に目掛けてハンマーを振り下ろした。
「ヨイ…ショ…!!」
しかし、その瞬間亀は突き出していた頭部を甲羅の中に引っ込める。
「なに!?」
顔面に力強く振り下ろした筈のハンマーは、そのまま空を切れればよかったのだが、その勢いのまま亀の甲羅に直撃する。
鈍い音が辺りに響き、巨大なハンマーはその鋼鉄の甲羅に何事も無かったように弾かれた。
「イッタ〜〜…!」
攻撃の反動がハンマーを通して西園の手元に届き、腕に激痛が走る。
怯んだ西園と紅林を確認した亀は間髪入れずに引っ込んでいた顔を再び突き出した。
彼らを噛みちぎろうとしているのだろう。亀はその赤い瞳に痛い程の殺意を宿している。
しまった…!
不意の反撃に反応しきれない二人は心内で呟く。
「上杉、三芳野さん…!お願い…!」
戦場に良く通るその声を合図に、緑色の蔦が西園達の腰に巻きついた。
蔦は直ぐさま空中でバランスを崩した二人を亀から引き離す。
クワッ〜ー〜ー!
亀はもう一度雄叫びを上げると、逃がさんと言わんばかりに引っ張られながら撤退する二人を追う。
「上杉…!早く撃てって言ってるでしょ…!」
再び後方から怒りを含んだ声が届く。
「もう〜凛ちゃんはせっかちなんだから…。いつもより慎重に狙いを定めてただけじゃん〜」
スコープに覗き込んでいる彼の名前は上杉真琴。
入団試験の際にスピーチをし、途中で紅林に求婚した男と言えばこれ以上の説明は不要だろう。
少し長めの金髪を後ろで一つにまとめた彼は両手に構えたスナイパーライフルの引金を引いた。
放たれた銃弾は100m程滑空し、二人に容赦無く迫る亀の右目に命中する。
「ヒット〜♪」
クワッ〜ー〜ー!
当たった右目からは紫の血が吹き出し、亀は突き出していた頭部を甲羅に引っ込めた。
「三芳野助かった…。ありがとう」
「すみません、助かりました…」
上杉の援護もあり、三芳野の蔦に引っ張られた二人は亀から何とか距離を取ることに成功した。
「次はガードの薄い後ろ足を狙いましょう…!天國と雨夜で右後ろ足を…。天羽君は援護お願い!」
「綱元殿、了解っす!」
「オッケーっす」
雨夜と天羽は作戦を実行するために移動を開始する。
先程からハキハキと指示を出している彼女の名は綱元凛。
ポニーテールが可愛らしい彼女は第二部隊上杉班の副隊長であり、戦闘では指揮官に近いポジョションである。
彼女の右手から放たれている蔦状の植物軍器は、辺りに張り巡らせる事で周りの状況を完璧に把握する事を可能にしている。
戦闘能力は無いものの、彼女の素早く的確な指示は戦場に置いて絶大な統率力を誇る。
筈なのだが、、
「天國聞いてる…!?雨夜とあの凶獣の右足切ってきて…!」
指示をしたのにも関わらず、木陰で体育座りをしている彼女に綱元は怒りの視線をぶつける。
「嫌です…めんどくさいですし…疲れますし…何よりあの凶獣強そうですし…。私はここで休んでます…」
そう言いながら紫色の長髪を肩に掛けた少女は土に生えた雑草を一本一本抜いている。
「天國、本当に願い…!天國さんの力が必要なんですー!」
綱元は顔前で両手を合わせ頭を下げる。
「拒否ります…」
必死の頼みも虚しく、彼女はほんの一瞬顔を上げたものの逃げるように視線を逸らしたのだった。




