『XXVI :侵食2』
理玖?は崖から飛び降り、跪いている俺の目の前で足を止めた。
「どうだったぁ?凄かったしょ」
彼はウキウキした表情で反応を伺う。
「……」
俺は混乱して目の前の彼が言っていることが全く頭に入ってこない。
「う~ん。なんか元気ないけど大丈夫〜?」
彼はしばらく考えると答えが浮かんだのかパッと表情を明るくした。
「わかったぁ!なんで親友が急にこんなハンサムになったのか気になってるんでしょ〜」
俺の反応を見ずに彼は続けた。
「僕は清白理玖じゃ〜…無い。いや、厳密には彼であって彼ではない」
ポカンと口を開ける俺の表情を確認すると、彼はまた考え込む。
「う〜〜〜ん…難しいなぁ」
すると、ポンと手を叩いた。
「よし…!簡単に説明すると〜、少し前…入団試験の時ぐらいから、彼の意識は僕の意識に侵食されてたわけ。時間が経つに連れて僕がどんどん侵食…と言うか〜、僕の意識と彼の意識が融合してって〜今の僕が居るわけ…!どう分かった?」
俺は掠れた声しか出ない喉を奮い立たせ、言葉を紡いだ。
「お前は…、元のお前は一体誰なんだ」
「君たちの言い方で言うと〜、僕は植物軍器だよ。清白理玖の植物軍器。ほら、君の右手に付いてるヤツと一緒…!」
植物軍器…?コイツは一体何を言ってるんだ…。俺は今植物軍器と会話しているのか…?
「これでもう説明は十分かな?じゃあ、僕は行くから」
「ちょっと待ってくれ…!支配じゃなく融合って事は…、理玖の意志もあるのか…?理玖はまだお前の中にいるのか…」
掠れた声で必死に俺は質問する。
「さぁ〜、知らない…!僕にはもう関係ないからね!」
彼は急に楽しそうに満面の笑みを浮かべた。
「そうだ、東君!今朝の歯磨き粉ついてた顔は面白かったよ。人生で二番目くらいに…」
そう言い残すと彼は俺に背中を向け歩き出した。
俺は唯彼の後ろ姿を見つめる。
振り返って見れば心辺りはいくつかあった。
急に変わった笑い方、食べ物の好き嫌い、鋭い目つき。きっと、それだけではなかっただろう。
情けない…。ずっと一緒にいて、彼の変化に気付けなかった自分が惨めに思えて仕方が無い。
「俺らが共に時間を過ごした…共に笑い合った、あの理玖は本当の理玖ではなかったのか…」
保健室で泣きあった時間も、一緒の部屋で過ごした時間も。一体いつから…?
何より…、理玖が最近明るくなったと、彼の希望に満ちた目が……笑い方がとても嬉しかった。やっと彼は一歩を踏み出したと、自分の事のように嬉しかった。
それがなんだ…。全部コイツが中にいたから?侵食してたから?意識の融合?
怒りが湧き上がる。しかし、この溢れ出す気持ちを持ってしても俺の体は微動だにしない。
「クソだせーな…俺」
限界はとうに超えていた。
もうこの体は動かない…。
そんな激情で煮えたぎっている俺の頭にふと入団試験の日の記憶が蘇った。
++++
冷え切った風と手に握った砂利の感触。
土埃が視界を塞ぎ、目眩がする。
…そんな状況なのにも関わらず、巨大な蛇が後ろから迫って来ているのがはっきりと見える。
信じられない程心臓の鼓動が速まり、息がうまく出来ない。
"まだ死にたくない…。"
どうすれば、生き残れる…?このまま逃げても確実にどこかで蛇に追いつかれる…。
そうだ、片方が囮になれば…もう片方は逃げられる。
"まだ死にたくない…。"
俺が引き付けて理玖を逃そう…!アイツを守るって約束したから。
本当にそれでいいのか…?
…心の声が語りかける。
俺はなんの為に16年間生きてきた。なんでこんな施設にいたんだ。
"まだ死にたくない…。"
…心の呟きが大きくなる。
ヴィクテマになって俺の事を捨てた親を見返したい。自分という存在を他の人にもっと認めてもらいたい。
…そのためだけに16年間生きてきたんだ。
"まだ死にたくない…。"
今ものうのうと生きている彼らに復讐できるのであれば、友達なんていらない!だから、だから俺は………
「俺が助けを呼んでくるから…その間お前には凶獣を引きつけておいて欲しいんだけど…」
気付くとそんな言葉が口から漏れていた。
「え………?」
理玖は恐怖から顔色は青白くなり、手足は震えていていた。
沈みきった目とは裏腹に、息はどんどん荒くなっている。
そんな彼は俺の言葉に一瞬戸惑ったものの、俺を安心させようと強張った口角を必死に上げて笑いかけた。
『わかった!…任せて!!』
++++++
俺はあの時、道を踏み外した。
友達を踏み台にしたのだ。
いや…、友達と言える関係だったかも分からない。
本当は友達だと思い込み、施設で浮いていた彼と仲良くする自分に何処か喜びを感じていただけなのかもしれない。
弱い者を助けるヒーローの気分で、俺は理玖を利用していただけだったのではなかろうか。
俺は最低だ。
最悪な人間だ。
だけど、理玖はそんな俺を許してくれた。
本当に大切な物を教えてくれた。
今度は自分が彼に与える番なのだ。
だから、立ち上がれ!…俺!
「うぉぉぉぉ!!」
俺は震える足で立ち上がり、理玖の元へと歩を進める。
道を踏み外しそうな目の前の友を止めるんだ…!
気付くとその使命感が動くはずのない俺の体を動かしていた。
「ちょっと待てよ……」
俺は近づくと理玖の肩に手をかけた。
「………?」
彼はキョトンとした表情を浮かべる。
「どこ行くんだよ………ちょっと話し合おうや…」
彼は嫌そうな表情を浮かべる。
「僕この後用事があって、急いでるんだけど〜」
「わりーけど、お前にこの体好き勝手されちゃ困るんだわ。だから、しばらく俺と一緒にここに居てもらおうか…」
こんな事を言って、化物に何をされるか分からない…。さっきの猿のように俺も苔に変えられてしまうかもしれない…。
恐怖から体が細かく震えているが、俺は話を続けた。
「どーせ、急ぎじゃないだろ。俺の仲間がもうすぐあの洞窟から出てくるから、少しここで休憩しとこうぜ…」
先輩たちと合流すれば、目の前の理玖をどうにかしてくれるかもしれない。とにかく時間を稼ぐんだ…。
「ちなみに、今からどこに行くつもりだったんだ…?まさか、一人でマリサントラに戻るつもりだったのか…?それなら、俺も一緒に行くわ」
「強がるのはやめた方が良いんじゃないかな。唇がぴくぴくしているし、何より見苦しいよ…君」
理玖の表情が途端に曇る。
けど、これしかないのだ。今の自分にはこんなダサいことしか出来ないのだ……。
「なわけねーだろ…ハッハッ…。これは疲れてるだけだ。お前こそ、さっきの戦いで疲れてんだろ」
「じゃあ、僕は行くから…じゃあね…!」
彼の肩に乗せた右手に力を入れ、動き出そうとした彼を止める。
「ちょちょ…ちょっと待てって」
「何…?流石にウザイよ?」
理玖は怒りの視線を俺のぶつけた。
「俺も一緒に行きたいんだよ。な…!?」
「………!?」
彼は肩に乗った俺の手を振り払う。
しかし、負けじと俺は直ぐに手を肩に置き直した。
「でも、その前にやることがあるんだよ。だから頼むって…!?電車も使えるかもしれグハッ……」
突然、ぬるま湯が染みるような…今まで味わった事の無い激痛が腹部を襲う。
「うん、ちょっとうるさいよ?……」
下を見ると腹から棒が飛び出していた。
赤い血がその白銀の両剣を伝い、地面へと滴り落ちている。
止めなきゃ…コイツを止めなきゃ。
「グハッ……」
どんどん離れていく意識に争い口を開くが、出てきたのは言葉ではなく血塊だった。
理玖の体でコイツに好き勝手させる訳には…
「君に最後に一つ良いこと教えてあげるよ!」
理玖はそう言うと突然顔から笑顔を消した。
「…『人を救う』って言うのはそう簡単じゃないんだよ」
俺は最後に必死に手を伸ばすが、右手が掴んだのは乾き切った空気だけだった。
-もうダメみたいだ。
ごめん、理玖…………
「じゃ!バイバイ〜…!」
俺の視界はまたニコニコと笑いだした彼を最後に暗転した。




