『XXIV :危猿5』
「アツッ!!」
燃え上がる足元の雑草。
俺たちは出口を目指し火の道を進む。
「ゴホゴホ…」
恐らく炎によって酸素が薄くなってきているのか、眩暈がし、頭が回らない。
まるで息を吸う毎に体が錆びていくようだ。
しかし、出口まではもう少し距離がある。ペースを落とせば脱出する前に倒れてしまうだろう。
「っしゃーー!!」
大声を上げ、小刻みに震える体を奮い立たせる。
「もう少し、頑張って東君!」
俺はずり落ちそうになっていた西園先輩を抱え直すと、歩くスペースを少し上げた。
この状況は望んだものでは無いが、ポジティブに考えればあの頭猿を真正面から倒す手間が省けたとも言える。
この状況なら残っている仲間が脱出にさえ成功してしまえば、黒猿は勝手に焼け死ぬ。
流石の雨夜先輩でも一人であれを相手できるかは微妙だったと思う。
しかし、本当は自分に出来る事がもっとあったので無いのだろうか。この選択は最善だったのだろうか。
自問自答し、回らない頭で必死に考えるが何も出て来ない。
ただ己の無力さを自覚するだけだった。
「くそ…」
俺は心のそこでヴィクテマという集団を甘く見ていたのかもしれない。入団試験に合格した俺は出来る奴だと錯覚し、都市外に出るという意味を本当に分かっていなかったのだ。
ここは人類の跡地にして、未だに人類が開拓できない化物の巣窟。
そこに踏み出した俺たちは常に死と、そして絶望と隣り合わせなのだ。
その時、俺の肌をチリチリと焼く熱風が一瞬搔き消え、冷涼な空気が肌を撫でた。
心地の良い感覚に俺はうつむいていた視線を上げる。
「出口だ…!」
前方に見えるのはさっきまでの暗闇では無く、開けた森。
「東君、もう少しだよ…!」
理玖の声からも安堵が感じられる。
「やった…やったぞ!!」
いち早くこの竈門の様な空間から抜け出し、外の潤んだ空気を大きく吸い込みたい。
まだ全て終わったわけではないことは分かっていた。
しかし、ひと段落着いたと思うとついホッと気を緩めてしまう。
俺は全ての筋肉を奮い立たせ残りの道を進む。
あと四歩、あと三歩、あと二歩…
心の中で唱える。
外からの光が段々と強く、近くなってくる。
あと一歩!
最後の一歩を踏み出し、小さな洞窟から広がった空間への扉を俺は潜った。
「やっと出れた…」
洞窟を抜けた俺の視界に満天の星々の光が差し込む。
一気に吸い込んだ新鮮な空気は焼け切った肺を蘇生させ、待ちわびた酸素が体中を巡った。
体の回復と共にモヤがかっていた視界が透き通ると、…そこには閑静な星空、清閑な木々、さっきまでの緊迫感から俺たちを解放させる光景が広がっている。
……そう思っていた。
「なんでだよ……」
安心仕切った俺の目に飛び込んできたのは希望から絶望へと張り倒す光景だった。
目の前に広がっているのは澄み切った森などではなく、崖の上でニヤニヤとした笑みを顔に貼り付けている白猿の集団。
まるで衰弱した俺たちを待ちわびていたかの様な白猿の表情に意を阻喪する。
「はめられた…」
理玖は呟いた。
思考が混乱する。
彼らが火を放ったのか………仮にそうだとして、中に残っている黒猿の仲間はどうなってしまうのだ。
この状況を猿たちは予想していたのか?作戦通りだったのか?
頭を必死に回すが停止しきっていた頭は正常に起動しない。
「白猿は黒猿を見殺しにしたんだよ」
そう言った理玖の声も少し震えているような気がした。
しかしそれでは黒猿だけ中で大人しく残っていた理由が分からない。白猿だけ洞窟から出たとなれば、流石の黒猿も違和感を覚えるはずだ。
これまでの猿との戦闘が走馬灯の様に流れる中、ある事に気付く。
「最初から合併なんかじゃなかった…」
思い出せば今までどんな状況でも黒猿がリスクを負い、白猿は傍観を決め込んでいた。
カバンを取られた時も、洞窟で行く手を阻んできた時も…。
白猿と黒猿は仲間などでは無く、最初から黒猿は白猿の支配下にあったのだ。
「はは…もう無理だろこんなの。誰が予想できんだよ」
全てを理解した俺はあまりの絶望に思わず笑いが口の端から漏れる。
戦うか、この集団と。いや無理だ。
集団の中央には白猿の頭もいる。
確実にさっき戦った黒い頭猿と同等かそれ以上の戦闘能力を備えている。
何より、とっくのとうに燃料を切らした俺の植物軍器は既に展開しても使い物にはならない。
俺は背負っていた西園先輩を落とし、膝から崩れ落ちる。
今度こそ本当に終わりだ…中の先輩たちも俺たちも。
「ハ…あはははははははっ!!」
「………りく?」
突如甲高い声で笑い出した理玖に、恐る恐る視線を向ける。
「ははははっ!どう考えても最初から罠だったでしょ。自分たちからホイホイ詰みに行って『もう無理だろこんなの…』とかドヤ顔されても困るって」
「……。」
「ははははっ!僕の演技にも全然気づかないし」
どうしたんだ理玖…、演技?罠?何を言ってるんだ。
理玖はニタニタしながら何かに気づいたように手を叩く。
「そうか!僕の演技が上手すぎただけか!いや〜照れるな〜〜。役者にでも転身しちゃおっかなぁ~?」
親友の豹変ぶりに俺の頭はさらに混乱し、全身が固まる。
腹を抱え笑い続ける彼を視界に留め、自分の記憶を探る。
「ははははっ!!あ〜〜お腹痛い…」
この笑い方…、この表情…。
この絶望的な状況で心の底から楽しそうに笑っている理玖を俺は知っていて……知らない。
「お前は誰だ…?」
膠着した口から出たのはその一言だけだった。




