逃避?我関せず。
洋子が居なくなり、他の事が全く手につかない様子の主人公。このまま決戦の時を迎えてしまうのだろうか…。
あの港の惨殺事件から既に二日経ってしまったが、ボク達はヤツらの手掛かりを全く掴めずにいた。そして、洋子さんも帰ってきていない。気配を探るべく集中するも、痕跡すら見つけられないでいた。
「稜くん、洋子はきっと無事だよ…。根拠はないんだけど…、そんな気がする。」
朝から意識を集中して、ずっと洋子さんの痕跡を探すボクに、ゆうこさんが慰めの言葉をかけてくれるが、そう言われると更に心配と不安で落ち着かない。ゆうこさん自身が自分に言い聞かせている様にも思える。
「伊町さん、ちょっと分かった事があるんですが、今…、大丈夫ですか?」
声のした方へと視線を向けると、いつの間にやって来たのか、川上さんがボクの後ろに立っていた。ボクはゆっくりと川上さんの方へ向き直り、小さく頷き返す。
「実は、あの港街から遺体を何体か回収して調べていたのですが、変異体を造る時に埋め込まれた筈の『種』が見当たらなかったのてす。そこで、過去に藤永の配下にいた研究員がウチにいましたので、彼にも遺体を検視してもらったのです。」
「その『種』というのは、『種子』とは違うんだよね?」
「ええ、私もそれは聞いておきました。研究員が言うには全くの別物だそうです。藤永の組織が独自に造り出した物で、チカラを無制限に使える様になるらしく、更に『活力』をそこに蓄え、生成する事も可能だとか…、無制限のカラクリはそれかと…。そして、港街で遺体となった変異体達は、その『種』を抜き取られた可能性が強いとの事です。」
話しの途中で口を挟んだボクに苛立ったのか、川上さんが珍しく強い口調でボクにそう続けて話してくれた。洋子さんの件で少しイライラしていた為、端的な説明を求めて口を挟んだのは事実だ。しかし、冷静に考えると、黙っていた方がスムーズに話しを聞けたはずだ。
「それを踏まえてウチの研究員が言うには、ヤツらはその『種』を奪いチカラを増しているはずだと…。そうなると…、ハッキリ言って、私達に勝算は全く無いだろうとの事でした。これが伝えたかった話しです。」
「うーん…、だったらボクもその『種』を取り込めばヤツらと対等に戦えたりしないのかな?」
ただ頭の中で思った事を口にしただけの、実に幼稚な発言だとは自分でも気付いてはいたが、ボクのこの言葉を聞いた川上さんの少し引いた様な表情が、更に強くそう思わせてくれる。
「そこまで単純な事ではないと…。ヤツらはあくまでも人間ではないのですから、肉体の変化がどう関わってくるのかは分かりませんが、伊町さんは明らかに人間ですから…、これまでの変異体と同様にバケモノじみた外見になると思いますが、それでもやるんですか?」
説明しなくても分かるでしょ?と言わんばかりの当たり前の答えを伝えてくれる川上さん。つい口にしただけなんだが、これからはちゃんと考えて話すことにしようと自分に言い聞かせる。
「じゃぁさ、川上さん?稜くんにそう言うからには、何か打開策でも用意出来てるの?人の意見を聞いて切り捨てるのは誰でも出来るわよね。他が思い当たらないから、一つの案として挙げたまでじゃない…。」
ボクに対する川上さんの態度が気に入らなかったのか、珍しく川上さんに突っかかった言い方をするゆうこさん。言われた当の本人は、意外な人に言われたせいか、下を向いて黙ってしまった。
「ゆうこさん、いいんだ。ボクが真剣に考えて話せてないのがいけないんだから。洋子さんの事がずっと頭から離れなくて…、今やるべき事が疎かになってた。二人ともごめんなさい。」
「あ…、こちらこそ、ごめんなさい。そうですよね…、伊町さんには他にも色々ありますものね。もう少し詳しく調べてお伝えするべきでした。本当にごめんなさい。」
洋子さんの行方が分からずに、戦いの事を真剣に考えてなかったのは事実だった。その事を謝罪したのだが、川上さんも何故か謝罪の言葉を伝えてきた。深く理由を聞く事はためらわれ、ボクの憶測での解釈でしかないが、川上さんが言っているのは、多分タイミングの事だと思う。
そんな思考を巡らせていると、川上さんは一礼してこの場から足早に去ってしまった。ボクをフォローしてくれたゆうこさんも、去って行く川上さんの後ろ姿を見つめて、髪をガシガシと掻き上げていた。おそらく自分の吐いた言葉を含め、今の状況に苛立っているのだろう。
川上さんの報告でのやり取りから反省したボクは、いい加減ヤツらとの戦いに向けて、真剣に考えていかなくてはと自分に言い聞かせる。この時点で、何か見落としている気がするのだが、ボクは勘違いして突っ走ってしまうところがあるので、今は分かっている事を整理しながら考える事にした。
自室にこもり、あれやこれやと考えを巡らせていると、大きな蛾が飛び込んできた。窓を開けっ放しにしていた様だ。戸締りをしようと立ち上がると窓の外はすっかり暗くなっていた。また一日が過ぎてしまった。やはり洋子さんの事が心配で頭から離れない。
少しだけと、ボクは意識を集中して洋子さんの気配を探ってみる。
《ん?これ…、弱い反応だけど洋子さんの気配に間違いない!何かあったんだ、助けに行かないと!》
洋子さんの気配を探りだし始めて、やっと掴んだと思ったら、どうやら危険な目に遭遇したに違いない。凄く反応が小さいのだ。更に集中して今度は正確な方向を探りにかかる。
《うーん…、こっちか…。いやいや、後ろの方か…。んんん…、ん?んんんん??》
頭が割れそうな程痛いが、更に集中して気配を辿ったところ、その出所はなんと先程飛び込んで来た蛾から気配を感じるのだ。あり得ない事だが、何度確かめてみても間違いない。
「えと…、もしもーし、蛾さん…、あ、いや洋子さんなのかーい??」
何ともアホな光景に違いない。誰かが見ていたならきっとそう思う事だろう。飛び込んで来たフラフラの蛾に話しかけるちょっとネジが緩んでる人なんて、そうそうお目にかかれない事だろう。ボクは生憎と見る事が出来ない。何故なら本人だからだ。
とまぁ、そんな事はさて置き、蛾はかなり弱っている様子だ。もしも本当にこれが洋子さんならば、ボクの気を注ぎ込めば元気になるはずなのだが。色々分からない事を考えても仕方がない。そう考え、実際に試してみる事にした。
気を注ぎ込み始めてしばらく経ち、ボクの中の疑問は確信へと変わった。ただの蛾であれば、既に元気に飛び立っているはずなのだが、目の前のこの蛾は、未だに気力が満ち足りていない。ボクは更に多くの気を注ぎ込む。
そうやって十分程が過ぎた頃、ようやく蛾が羽をパタパタとさせ始め、横たわった胴体を起こした。そのまま何度か羽ばたいた後、視界を失う程の光を数秒放った。あまりにも眩しくて目を閉じてしまう。
しばらくしてやっと瞼越しにも感じられた光が収束していくのが分かった。ゆっくりと目を開けて、何が起きたのかを確かめる。
「り、稜くん!会いたかったよー!」
目を開けきらない内に、聞き覚えのある声が耳に飛び込み、同時に身体を締め付けられる感覚にとらわれる。ほんの数日の間離れていただけなのに、凄く懐かしく、凄く愛おしいと思えて、ボクも自然と両腕でしっかりと元の姿に戻った洋子さんを抱きしめていた。
「洋子さん…、ボクも凄く会いたかった。心配したんだからね…。」
「うん…、うん…。ごめんね…。もう離れないから。」
とにかく無事に戻ってきてくれた事が、今のボクには何よりも嬉しかった。そう、洋子さんが一糸まとわぬ姿である事を気にする余裕もなく、会いたかった気持ちに駆られるまま抱きしめていたのだ。
でも、いいじゃないか。夫婦なんだし。ボヤかないでおくれよ。
自身の悪いところを素直に認め謝罪し、反省をし即行動に移す主人公。そこに洋子が予想だにしない姿で戻ってきた!いったい、何故に蛾に!?疑問は残るが、気長に次話を待たれよ…。




