死闘無き勝利。
複雑な気持ちで何となく過ごす主人公だが、戦いの時は刻一刻と迫りつつある。そんな自分にケジメをつけようと決心するのだが…
昼からの会議も終わり、自宅リビングのソファーに力なく座り込む。会議とは名ばかりで、実際には報告を聞いただけで誰一人として意見を出さなかった。今活動しているのは川上さんだけだと思える。
今回の戦いに積極的な姿勢を見せているのは、川上さんとマスター家族、ユキさんくらいのものだ。川上さんは智さんが生きている世界を、マスター家族は元の和枝さんの姿を、ユキさんは辛かったこれまでの人生を、それぞれ変える事を強く望んでいたからだ。
肝心のボク自身の気持ちなのだが、洋子さんとの事が無かった事になるのが大きな反対の原因ではあるが、他にもあるのだ。この能力が無い世界がやってきたら、組織は存在しない事になる。それは、父と奈々子の出会いが無い事でもあり、その間に産まれた双子の存在も無かった事になる。
知らなかったとはいえ、ナミちゃんはボクに好意を持って接してくれたし、異母兄妹でもあるのだ。それは彼女が亡くなってしまった今でも、変える事の出来ない事実。その彼女の存在自体が無くなるのは、色々と思うところがある。彼女達の生きた証が消えるという事に。
ボクの心はこんな事でぐちゃぐちゃなのだが、きちんとやるべき事は頭で分かっている。ヤツらを倒さないと、この世界そのものが危うい。どちらの道を選択しても、この世界の未来は無いのだ。ならば軌道修正と言う意味でも、ヤツらを倒して正常な世界を受け入れるしかないだろう。
しばらくの間そんな事を考えていたのだが、会議にも顔を出さなかった洋子さんの事が気になり始める。今朝からまだ食事もしていないはずなので、昨夜の謝罪も兼ねて部屋に行ってみる事にした。
コンコン……。「洋子さん。……洋子さん…。」
何度か繰り返してみたが返事が無い。昨夜の様子からしてかなり傷つけてしまった事は否めない。ボクは覚悟を決めてドアを開けて中に入った。
「洋子さん、昨日はごめん…。あれ…、洋子さん?」
意を決しての謝罪だったのだが、顔を上げてベッドを見たが洋子さんの姿がそこには無かった。それどころかベッドを使用した形跡すら無い。昨夜のうちに家から出て行ったのだと分かる。
探そうと思うが、洋子さんの行きそうな所なんてボクは知らない。携帯を取り出し母に連絡を入れてみる。何回かけても繋がらないので、焦ったボクは『空間転移』を使ってしまった。川上さんのお叱りは後で受ける事にしよう。
転移した先には、川上さん、母、父、喜一が座って話している様子だった。そこにボクが突然転移してきたので驚かせてしまった様子だ。
「伊町さん!街の中への転移は禁止と決めたはずですよ!もう…。」
やはり川上さんに怒られてしまった。ボクは深く頭を下げて謝罪の意を示した後に、そのまま状況を説明した。
「やっぱりそういう事だったのね。洋子が会議にいなかったから気にはなっていたのよね。で、どこか心当たりはないの?」
「うん…、それが全くどこに行ったのか見当もつかないんだ。ごめん皆んな。」
今日の会議から異変に気付いていたらしい母の言葉に、ボクは情けなさを感じながら答えた。
「仕方ないですね、中央司令部のコンピューターで捜索する様に依頼しておきます。何かわかり次第伊町さんに連絡入れますから。」
いつも冷静な川上さんのその言葉で少しホッとする自分がいた。こんな事ではいけない、自分でも探さなくては。
「ね、ところでアンタ、あの島は行ってみたの?アンタ達が買ったんでしょ?あの島。」
「あ…、そうだった。アハハ…、これから行こうかと…。」
平常心を欠くというのは恐ろしい。ボクにこんなことまで忘れさせるのだから。早く洋子さんを見つけて、きちんと謝罪した上で話しをしなくては。戦いの時にこんな感じでは、到底ヤツらには勝てない。
後の捜索は川上さんに再度お願いの言葉を告げて、母の研究室からあの島へと転移した。そしてまた川上さんが何か怒っていたようだが、転移してしまったので最後まで聞けなかった。多分、重ねて転移した事を怒られたのだろう。後でまた叱られに行く事にしよう。
〜 南の島 〜
相変わらずの気持ちの良い天気と、澄んだ空気、心地よい波の音がボクを迎えてくれた。靴を履き忘れてきたおかげで、砂浜の砂がいつもより熱く感じられる。
いつも洋子さんと来た時に休む木陰へと移動してみるが、そこに彼女の姿は見当たらない。しかし、食料を入れておいたボックスのロックが外れていたのを確認。中を開けて見てみると、保存食がいくつか無くなっていた。
それは間違いなく洋子さんがここに来たという証だった。保存箱のロックを外すキーは洋子さんとボクしか持っていないからだ。辺りをもう一度見回す。
昨夜ここに来た洋子さんは、一人で何を思って過ごしていたのだろう。夜の海を一人悲しい思いで眺めさせてしまった事に胸が痛む。戦いのその時まで、せめて楽しい事をして過ごす事を考えるべきだった。
そんな後悔の念を抱き砂浜をジッと見つめて、昨夜の洋子さんの姿を想像していると、ズボンに差し込んでいた携帯に着信が入った。川上さんの名前がディスプレイに表示されていた。
「伊町さん?川上です。洋子さんの事ではないのですが、そこから近い港町に多数の変異体が確認出来ました。さすがに数が多いようなので、こちらから応援を送りますから、それまでそこで待機しておいてもらえますか?」
「り、了解。応援が来るという事は、戦うって事なんだよね?今から…。」
「ご安心を、変異体だけですから、例の『最善、最悪』は確認されていません。変異体を殲滅して下さい。よろしくお願いしますね。」
川上さんのその言葉にホッとした。しかし変異体と先に戦う事になってしまった。洋子さんの行方も分かっていないこんな時に。少しだが気乗りしない戦いだ。
応援が到着するまで気持ちを切り替えることにした。洋子さんの事は心配ではあるが、彼女は心も身体も強い人だ。きっと大丈夫だ。そう自分に言い聞かせながら気持ちを戦闘モードに切り替えていく。
準備に時間がかかったのか、二十分程してゆうこさん率いる応援部隊が到着した。今回は『ゆ組』の連中ではないようだ。彼らはまだ方々に散っている為に、帰るまでまだしばらくかかるとの事だ。
「で、稜くん?気持ちの方は準備オーケー?まだなら私達で片付けちゃうよ?」
「うん、ありがとうゆうこさん。今は大丈夫。一気に片付けて洋子さんを探そう。」
心配してくれている様子のゆうこさんのその言葉に、ボクがそう返すと、ゆうこさんは一瞬ニヤリと笑いかけ、部隊を移動させるべく『空間転移』を発動させていた。ボクも遅れまいと後に続いて転移した。
〜 港町 〜
応援部隊を待っていた時間はわずか二十分程だったが、ボク達は転移して驚きのあまりに声も出なかった。街には変異体の亡骸が無残にも転がっていたのだ。しかもその数は数十体、いや百体近くに及ぶだろう。既に動いている変異体は確認出来なかった。一体ここで、あの待ち時間に何が起きたのだろうか。
「稜くん…、これってまさかヤツらが仲間を殺した?って事なのかな?こいつらあの空間から連れ出されたヤツらだよね?」
「ゆうこさん、ごめん、ボクにも何が何だか分からないよ。殆ど一撃で倒されてるよねこれ…。恐らくコイツらをこんな殺し方が出来るのは…、ゆうこさんの言う通り、ヤツらかもしれないね。」
そう、この変異体の亡骸は、全て一撃で倒された形跡が残されていた。その殆どが腹部に風穴を開けられて、恐らく即死している。この所業はゆうこさん達でも無理な事だ。変異体は通常の人間より身体が頑丈になる上に、防御力も桁外れに高い。過去にヤツらの血が混ざったボクのチカラならば可能だが、あいにくとボクはあの島でゆうこさんを待っていた。
「と、とにかく変異体は片付いてるから、私達はここにいてもしょうがないって事だよね?稜くん戻ろうか…。」
ゆうこさんのその言葉に頷き、応援部隊を連れてボク達は港町を後にした。もしヤツらがあの場にいたとしたら、今のボクにはまだ倒す為の心の準備が出来ていない。情けない話だが、犠牲者を出す前にその場から逃げたのだ。
今は川上さんにこの事を報告して、次の作戦会議を開いてもらうのがいいだろう。
洋子の足取りも掴めないまま、敵の情報が主人公の耳に入り戦いへと向かった。しかし、そこで見た凄まじい殺され方をした変異体が百体余り。これはヤツらの仕業なのか?それとも主人公達とは別の組織があるのか?どちらにせよ、今回は戦わずして勝利を得た主人公達だった。




