勘違い。
無事に奈美恵も退院出来る様子で、これでひとまず安心なのだが、主人公よ、自分の事を解決しないと…
今日は奈美恵さんの退院の日だ。あの後ボクは案の定というか、やっぱりチカラを使用した後は身体が思うようにいかなくて、タクシーで自宅まで帰り、覚えがない程に熟睡してしまった。お陰で今日は寝覚めスッキリだ。
そうそう、公園に転移した後、しっかりと退院祝いの花束も購入してあるのだ。昼に退院すると連絡があったから、まだ十分に時間はある。そう知りつつも早足で病院まで来てしまった。病気が治った事が、自分の事の様に嬉しかったからだ。
病室へ行くと、奈々子さんと奈美恵さんが、持ち込んでいた色々な物を、大きなバッグに詰めていたところだった。ドアは開いていたが、一応ノックして来た事を知らせる。
「あ、伊町さん!来て頂けるなんて!ありがとうございます、本当にありがとうございます。」
奈々子さんがそう言って迎えれてくれるが、昨日からこの調子でお礼の言葉を発し続けている。感謝されるのはとても嬉しいのだが、これ程までに言葉を繰り返されると、正直こそばゆい感じがしてならない。
「伊町さん、おはようございます。お陰でお仕事にもようやく復帰できます。全部伊町さんの奇跡のお陰です。ありがとうございます。アハハ、伊町さん、母の事大目に見てあげて下さいね。本人より喜んでいるかもしれないので。」
《うん、幸せに満ちた笑い声は、やっぱりいいものだ。奈美恵さん、本当に良かったね。》
そして、恐らく最後であろう荷物の前で、奈々子さんが立ち尽くしている。壁に掛けられたカレンダー。そこには昨日までの日付を囲う様にして、丸印がつけてあった。その日だけでは無い。丸印はそこからずっと遡って付けられていた。それは奈美恵さんが無事に過ごした日々の記録でもあるのだろう。
そんな奈々子さんの後ろから、奈美恵さんがそっと抱きしめる。
「お母さん、今まで看病ありがとう。大好きだよ、お母さん。」
そうやって涙を流す二人を見ていると、ボクまでもらい泣きしてしまった。
「あらあら〜、おめでたい日なんだから、ここは笑顔でしょう?うふふ、奈美恵ちゃん、退院おめでとう。」
その声に反応して振り返ると、そこには屋上で会った洋子さんの姿があった。少し気まずいが、今更ここから出て行く訳にもいかない。洋子さんがこちらをチラリと見たので、軽く会釈をして、それを挨拶とした。幸いな事に、ボクに声をかけてくる事は無かった。
「ありがとうございます、松田さん。本当に信じられないです、私が退院出来る日が来るなんて。」
そう言いながらチラリとボクを見る奈美恵さん。バレたら事なので、それはやめて下さい。と心の中でつぶやく。
「うんうん、本当に良かったよ〜。私にも奈美恵ちゃんと同じくらいの年頃の子供がいるからね、他人事とは思えなかったのよ。でも、良かった良かった。」
「え、松田さん、そんな大きなお子さんがいたんだ!見た目が若いから全然そうは見えなかったよ!」
「あら、奈美恵ちゃんったら、嬉しい事言ってくれるじゃない!嬉しいわおばさん。あ、そうそう、うちの子そろそろここに来るはずよ。同じ看護師として、明日からここで働く事になってるんだけど、挨拶に来るって言ってたからね。」
「あ、見たい見たい!松田さんのお子さんイケメンかもだしね!」
「うふふ、残念ね〜、うちの子は女の子なのよ〜。胸だけは私より成長してるけど、中身はまだまだ子供なのよね。」
ボクの気持ちを他所に、この二人の会話の何とショッキングなことか。結婚していた事にも驚いたのに、更に子供までいるなんて聞かされたら、ボクはもう立ち直れないかもしれない。
それからこの病室に担当医師が来て、奈々子さんと奈美恵さんが挨拶を済ませ、いよいよ退院となった。奇跡の完治を果たした奈美恵さんは、一夜にして看護師の間では有名になっていた様子だ。正面玄関に看護師さん勢揃い!と言えそうなほど見送りに来ていた。
そして、病室でも散々挨拶しただろうに、再び奈美恵さんと洋子さんが、手を取り合って言葉を交わしていた。とその脇から、一人の女性が顔を覗かせた。ボクはその女性を見て直ぐに洋子さんの子供だと分かった。
その女性は、記憶の中の若かりし洋子さんそのものだったからだ。さすが親子だ。こんなにも似ているとは思ってもみなかった。そして同じ年頃の奈美恵さんと、直ぐに意気投合した様子で、二人で会話を弾ませていた。
《さて、無事に奈美恵さんも退院出来た事だし、ボクもそろそろ帰るとしようか…。あ〜、ついでだから、どこか人がいないところで、チカラの訓練でもしようかな?うん、そうしよう。》
そう考えたボクは、急ぐ訳でも無いのだが、奈美恵さんにお祝いの言葉を再度伝えて、帰る事にした。
《しかし、近くで見ると本当に若かりし洋子さんソックリだなぁ。》
「あ、っと、奈美恵ちゃん、退院おめでとう。ボクはそろそろ帰るから。身体に気をつけて、仕事頑張ってね。それじゃ、いつかまた。」
ボクのその言葉に、親子して頭を深く下げられてしまった。それを見届けた後、公園へと足を向け歩き出した。途中またコンビニに寄って、訓練中の栄養補給にと、ドリンクを何本か購入しておく。お腹も空いていたので、ついでにオニギリも購入。
相変わらず寂しい公園のベンチに腰を下ろして、先ずは腹ごしらえにオニギリをかじる。そこへまた、先日の視線が感じられた。オニギリをかじる手が止まる。顔は動かさず、目だけで辺りの様子を伺う。
すると、今日はその実体がハッキリと見えた。いや、見えたのは良いのだが、そこにいたのは洋子さんの娘だった。さっき見たばかりだから間違える事は無い。向こうもボクが気付いた事に気付いた様子だ。
開き直ったのか、真っ直ぐこちらに向かって歩いて来るのが分かる。ボクはトボけたフリをして、再びオニギリにかじりつく。
「あれって、あの子の病気は、貴方が治したんじゃない?」
《驚いた、声までソックリだ。》
「ね、聞いてるんだけど、無視しないでよ。…、もし…もしあの世界の稜くんなら、他の人を好きにならないでよ…。私…、私これ以上どうしたら良いのか分からないよ…。」
《な、何と言ったんだ今!?え…、と、もしかして!?》
「あ、えと、え!?も、もしかして…、洋子さんなの?え!?」
「あぁっ…、稜くん?稜くんなの?…ぅエェェェェェェェん…」
「あ、ちょっと、泣かないでよ洋子さん。そうだよボクだよ。あっちの世界の記憶を持っているよ。」
嬉しいのか悲しのか、よく分からないけど、目の前にいるのは洋子さんで間違いないようだ。しかし何故ボクの事を知っていたのだろうか?と謎だらけだ。
しばらくボクにしがみついたまま泣いていた洋子さん。この感じが懐かしく思えて嬉しくなった。ようやくボクは本命に出会えたんだと実感した。
「洋子さん、ごめん、ボク勘違いしていたよ。あの人は洋子さんのお母さんだったんだね。てっきり本人かと思って、勝手に失恋していたよ。」
「グスッ…、そうなの?じゃ失恋したから、あの子に…奈美恵ちゃんを好きになったの?」
「ほえっ!?それは誤解だよ。あっちの世界ではあの子を救えなかったから、せめてこの世界の奈美恵ちゃんだけは救おうと思って、そうしただけだよ。洋子さんの事、忘れたりしないよ。ずっとこのまま思い続けて生きていこうと思っていたんだから。」
「ふぇっ…グスッ。稜ぐ〜ん!うぁぁぁん…」
涙と鼻水まみれの再開となったが、こんなのもアリかな、と、今は最愛の人とこうして抱き合えてる事が何よりも嬉しい。
おおお!!前言撤回!やればできる子なんだね稜!やっと洋子が合流!さてさてこれからほのぼのイチャイチャぶりを見せられるのかと思うと、ヤレヤレだぜ。




