モラルに関わる問題。
ほらほら、やっぱり治癒で治しに行くんじゃないか。勿体つけてんじゃないよまったく…。
奈々子さんがそのまま病院に戻ると言うので、夜道は危ないからと病院まで送り届けた。あの世界の奈々子ならば怖いものなんて無かっただろう。逆に奈々子の方が怖いと思う。
再び公園に戻り転移で帰る。今度は目を閉じて発動したから、軽い目眩だけで済んだ。これは慣れが必要な様だ。幸いしばらくは有給休暇を貰っているので、明日から練習がてらにまた病院へと向かう事に決めた。
チカラの使用は、慣れないとかなり疲れるみたいだ。お陰で今夜はグッスリと眠れそうだ。
〜 翌日 〜
今朝は失敗から始まった。昨日目覚ましを切ったままで、新たに起きる時刻をセットし忘れていた。お陰で今日も午前十時に起きてしまった。まだ起きれただけヨシとしよう。
昨日失恋したばかりなので、病院に行くのは少し気が引けるが、奈々子さんの娘さんを救うという使命があるので、洋子さんに会わない事を祈りつつ公園に転移する。
相変わらず人気が無い公園だが、ボクが転移してくるには都合が良い。いっそこのままボク専用の公園にする為に、結界でも張っておくか?とアホな事を考えてみたが、記憶を探ってもそんなチカラは存在していなかった。まぁ、発動して永久的に効果を失わないチカラなんてある訳がない。
ちょうどボクが病院の玄関前に差しかかった時、背後からタクシーが追い抜いていき、玄関口で停止した。降りてきたのは奈々子さんだった。声をかけるべく小走りで駆け寄る。
「奈々子さん、こんにちは。お節介なのは分かってるんですけど、どうしてもお見舞いでもと思い来てしまいました。」
「あら、こんにちは。昨夜はお世話になりました。うふふ、娘も喜ぶと思います。今朝少し話してみたんですが、自分も会ってみたいって言うんですよ。何か勘違いしてなきゃいいんですけどね。」
少し苦しいボクの言い訳にそう返す奈々子さんは、昨夜より良い顔をして笑っていた。
《大丈夫ですよ奈々子さん。娘さんはボクが治しますからね。》
別に勿体つけて治癒の事をハッキリ説明しない訳ではないのだが、万が一チカラの効果が現れなかった場合、奈々子さんは勿論、娘さん本人もガッカリするだろうし、信じてもらえる可能性はゼロに等しい。
奈々子さんの後をついて歩き、三階の奥にある病室の前まで来た。奈々子さんがボクの方へ向きを変え、少し待つ様に伝えてきた。そして奈々子さんが先に中に入って行く。
確かに、いきなり入って着替え途中だったら気まずい。女の子の部屋に入る時は、最大限の注意を払わなくてはいけないのだ。そして、自分が臭わないかもチェックしておかないと。
《クンクン…、うん、変な匂いはしないな。》
女の子のお見舞いに来るからには、少し清潔にしておかないとと思い、香水でもと思ったのだが、ボクは鏡に映る自分を見て、似合わない事はしない方がいいと結論付けた。芳香剤の匂いみたい!とか言われたらショックだからだ。トイレかよ!ってツッコむユーモアのセンスも持ち合わせていない。
「伊町さん、お待たせしました、どうぞ入って結構ですよ。」
扉の向こうから、少しくぐもっていたが、間違いなく奈々子さんだと分かる声がボクに入る様に促してきた。スライド式の扉を横に払う様に開けると、中から花の様な香りが溢れ出してきた。
《おぉ…、なんかシャンプー?リンス?女の子の髪の匂いだ…。》
そんな少し変態じみた事を考えながら、奥のベッドまで、手招きを受けて進む。
「こ、こんにちは。お母さんとお友達になった伊町稜と言います。」
冒頭で伝えたいなかったが、ボクだって気を使う事が出来るのだ。ここに来る途中で買った花束を差し出す。ベッドに上体だけ起こしてボクを見る女の子。その顔には見覚えがある。奈々子さん同様、記憶の中でだが。
「あ、初めまして。お見舞いありがとうございます…。えへへ。」
そう言いながら、少し照れた様に微笑む彼女が花束を受け取ってくれる。社交辞令の様なものなので、気に入らなくてもボクは傷ついたりしない。ただ、彼女のゴミ箱が満開になるだけだ。
とそんな考えは杞憂だった様だ。女の子は目を細めて花の香りを楽しんでいた。
「あら、ね〜ぇ?何か忘れてないかな〜?」
花束に顔を埋めている女の子に、奈々子さんがイタズラっぽくそんな言葉をなげかける。少し空を見つめて考えていた女の子だが、何かを思い出した様な仕草を見せて、ボクの目を真っ直ぐに見て再び口を開く。
「ま、真咲奈美恵です、今年の冬が来たら二十歳になります…、えへへ、ごめんなさい〜。」
やっぱりそうだった。記憶の中の亡くなった女の子と同じ名前だ。確かあちらの世界では双子だったはずだが、こちらでは違うのだろう。昨夜奈々子さんの話しでは、奈美恵ちゃんと二人みたいな事を言っていた。が、しかし、聞いてみないと分からない事もあるはずだ。
「もしかして…、奈美恵ちゃんは双子だったりする?…、いや、なんか最近似た人を見た気がしたからさ。」
「なぜ…、あ、いえ。それは多分別人だと思いますが、確かにこの子は双子の姉に当たりますが、妹の方は幼い頃に、やはり心臓で亡くしてしまいました。」
「ご、ごめんなさい、悪気は無かったのですが、いらぬ事をまたボクは…。」
ボクの質問に俯いてしまった奈美恵ちゃんに代わり、奈々子さんが答えてくれたのだが、こちらの世界では既に亡くなっていた様子で、ぼくはまたしてもデリカシーの無い事を口にしてしまったと後悔した。
「ううん、奈緒子は私の中で生きているの。私の腎臓は奈緒子から貰ったモノだから、奈緒子はここにいるの。」
そう言って自分のお腹に手を当てて、何かを思い出す様に目を閉じる奈美恵ちゃん。やはり妹の名前も同じだった。似ているけど何処かが必ず違うこの世界。もしやボクも何か違うのではないだろうか?とそんな事を考えていると、奈々子さんが花を花瓶に差し替えてくると言って、病室から出て行った。
「伊町…さん?と呼んでもいいのかな?私の病気の事…、お母さんから聞いたんですか?」
《おっと、しまった…、ここで聞いたと言ったら奈々子さんが口が軽いとか、他人に何故話したの?とか責められるのではないか?ここは聞いてない事にしておこう。》
「えと、入院している事は聞いていたんだけど、ボクがそこまで立ち入って聞いていい事じゃない気がしたからね…、詳しくは聞いてないよ。」
嘘つきスキル発動…。
「ふ〜ん…。伊町さんって…、嘘つきなんですね。…、な〜んて、ごめんなさい。優しいんですね。母が責められない様にって考えて、嘘をついたんですよね?うふふ。」
やはりここはさすが女の子と言うべきだろうか。勘が良いというか、嘘を見抜くのが上手いというか。
「な、なんだ。今朝話したって聞いていたけど、そんな事も話してたんだね。心臓が弱ってるって聞いたよ。」
「ふ〜ん…、やっぱり聞いていたんだ。お母さんって意外とお喋りだったんだなぁ…。」
《ええええ!!そりゃないよ〜…。ショボボンだよ…。》
カマかけられたのかと奈美恵ちゃんを見上げると、その口元がニヤニヤと緩んでいた。
「あ!からかったな〜!なんだよ〜、ビックリしたよもう。」
「アハハハハ、伊町さんって、なんか可愛いですね。ウチで飼ってた犬みたい。アハハハハ。」
からかわれているのは何ともしがたいが、奈美恵ちゃんの笑った顔は凄く可愛らしいと感じた。しかし、その裏では、洋子さんの笑顔が思い出されて切ない気持ちにさせる。
《おっと、いかんいかん、今日はこの子を治しに来たんだった。確か、患部に直接触れないといけないんだったな…、あの黒いモヤが患部なんだよね…。何か良い方法を考えないと。》
奈美恵ちゃんの患部は心臓だ。ちょうど胸の真ん中辺りがそれに当たる。しかし、年頃の女の子の胸の辺りを、どうやって直接触れるかが問題だ。ここはやはりチカラの事を打ち明けてみるしかないのだろうか。いや、それも単に触りたいだけの口実と取られると困る。ただの変態だ。
どうする二十二歳伊町稜!
別世界での記憶により情報は得ていたものの、その治療箇所が問題に!強行するのか?それともコッソリ自己満足の治癒で終わらせるのか?別の意味での自己満足でお縄をちょうだいするのか!?さぁ、次回はどうなる事やら…。




