記憶の中の後悔。
相席で目の前に座ったのは、まさかまさかの!?
「あの…、どうかなさいましたか?」
彼女はボクの目の前の空席に腰を下ろしながらそう尋ねてくる。思ってもみなかった再開にボクは腰を抜かしそうな程驚いていたのだ。上手く言葉が出てこない。
「貴方、今日病院の屋上にいらした方ですよね?松田看護師と何か話していた人かと思ったのですが…、人違いならごめんなさい。私もあの場にいたものですからつい。」
「あ、その…。はい…。失礼ですが、あの…、お名前をお聞きしても?」
まだ心臓が爆発しそうな程脈打っているが、確かめたい気持ちの方が勝っているのが自分でも分かる。
「あら、いきなり名前を聞くなんてちょっとデリカシーが無いですね。先ずはご自分から名乗られるべきでは?」
「あ、そうですね。、申し訳ないです。わたしは伊町稜と申します。いきなりの失礼を許して下さい。」
「まぁ、丁寧なご挨拶をどうも。私は『真咲 奈々子』といいます。相席宜しくお願いしますね。」
やはりボクが思っていた通りだった。この目の前の顔に見覚えがあった。というか、記憶の中でこの人を見たと言った方がいいだろう。あちらの世界のボクをかなり手こずらせた相手だ。
とは言っても、こちらの世界での事情はかなり違うので、目の前の奈々子がボクに害を成す事は考えにくい。そう、とても礼儀正しい綺麗な女性だ。
そして、男女相席という滅多に無いシュチュエーションでありながらも、意外にも会話が弾むという、驚きの結果となった。
「なんかこれって、叔母さんと若者の合コンみたいになってるよね。うふふ。」
本来ならあの世界の奈々子もこんな明るい感じの女性だったのかもしれない。チカラと組織が存在したお陰でああなったのだろう。あちらの世界の奈々子が不憫でならない。と、こんな事までボクに考えさせてしまうほど、奈々子に好感を持ってしまっていた。
「それはそうと、先程病院でボクを見かけたと言ってましたが、奈々子さんもあの病院で看護師を?」
何気なくそう尋ねたつもりだったのだが、その質問に彼女の顔が少しだけ曇ったように見えた。何か嫌な事でもあったのだろうか?と思い、ボクで良ければ聞きますよと申し出たところ、彼女は苦笑いを浮かべて首を軽く横に振って見せた。
「気を使わせてしまいましたね、ごめんなさい。私があの病院の看護師では無いんです。その…、お会いしたばかりの人にこんな事…。」
「あ、なんかごめんなさい。立ち入った事聞いちゃいましたね。話題変えましょうか…。」
何だか本当に年の差合コンでもしている気分になる。寂しそうな顔をする彼女を見るのが、少し居た堪れなく思えてならなかった。
「あ、いえ。その、実は…」
「おーい!真咲さーん!奥の席が空いたってー!移動するよー!」
彼女が何かを言いかけたのだが、奥の団体客が引いた事で、相席の必要も無くなってしまった様だ。一緒に来たのであろう女性陣から奈々子に声がかけられた。
「あ、えと…、相席ありがとうございました。移動…しますね。それじゃ…。」
そう言いながら軽く会釈をして移動する奈々子だったが、その顔はまだ悲しさが残っている様に見えた。
彼女が移動してから間もなく、奥では仕切り直して宴会が始まったと思われる。何人もの女性の声が、彼女達だけで店内を賑わせている様に思える程、盛り上がっている様子だ。
ボクはグラスに残った焼酎を飲み干すと、お勘定をお願いして店を出た。
《ははは、店の外まで声が聞こえてるよ。奈々子さんも元気が戻ってるといいんだけどね。》
どうしても彼女のあの悲しそうな顔が引っかかる。何かボクにも関わる様な事に思えてならないのだが、それが何か分からない。もっとも、分かればこんなに悩む事は無いのだが。
この奈々子の登場で、ボクは今日起きた自分の失恋劇をすっかり忘れてしまっていた。人の事の方が気になるなんて、まるであちらの世界のボクみたいだ。
帰るのも転移すれば早いのだが、居酒屋があるこの辺りは人通りが多い為、一度あの公園に戻る必要があった。あそこならば木々が生い茂っている為、人目にもつきにくいと考えたからだ。昼間の様に人が全くいなければ尚良いのだが。
そんな事を考えながら、ボクは夜の繁華街をとぼとぼ公園に向けて歩き出す。今日は週末でもないのに人がお多い。いや、夜の繁華街なんてこんなモノなのだろう。あまり来る機会が無いのでよくは知らないが、週末以外閑古鳥が鳴いているようでは商売にならないだろう。
「待って下さい!伊町さん!」
繁華街の大通りから、脇道に入ろうとしたボクを、背後からかけられたその声が引き止めた。振り返って見ると、奈々子が懸命に走っている姿が目に映る。ボクも少し小走りで彼女の元へと引き返す。
「ごめんなさい、引き止めてしまって。」
居酒屋からずっと走って来たのだろう、彼女はかなり息を切らし、肩で呼吸を整えていた。
「ど、どうしたんですか!?そんなに急いで…、ボクに何か…。」
そう言いかけて、先ずは彼女を落ち着かせるのが最優先だと気付き、近くに見える自販機で水を購入する。手渡すと彼女が一気に半分程飲み干す。少し落ち着いたのか、ボクを見上げ笑みを浮かべながらお礼を言ってくる。
あれから特に会話する事もなく、二人で夜の公園まで来ていた。ボクはここから転移で帰る予定なので、ここに来る必要があったのだが、彼女は何か話でもあるのだろうか?とあれこれ詮索するが、何を考えているのか全く分からない。まさかこんな年の差で告白でもあるまいし。
「あの、良かったら少し座って話しを聞いて頂けませんか?」
下を向いたままずっと黙っていた彼女がやっと口を開いた。その口調が沈んだ様に聞こえた気がしたので、世間話では無い事が分かる。言われるままにボクはベンチに腰を下ろした。彼女も隣に静かに腰を下ろす。
「さっき、お店で言えなかったんですが…。やっぱり貴方には言っておかないといけないって気がして。そ、その、変な意味に捉えないで下さいね。貴方とどうこうなりたいとかでは無いですからね。」
その言葉にボクは少しホッとしていた。何故なら、もし彼女がそういう気持ちであるならば、年とかの問題ではなく、洋子さんの事を抱えたままでは、気持ちに応える事が出来ないからである。ボクはそんないい加減な男にはなりたく無い。
「ええ、大丈夫ですよ。そんな軽い女性だと思ってませんから。ボクで良ければ聞かせて下さい。」
我ながら嘘つきの才能があると思った。さっきまで彼女が告白してきたらどうしよう。とか考えていたくせに、平然と真逆の言葉が口から出てきた。これも異能のチカラだとしたら、こんなのいらない。
「ありがとうございます。今日病院にいたのは、娘の看病をしているからです。先程の方々は、落ち込む私を励まそうと集まってくれた職場の同僚達です。娘は幼い頃から重い病気にかかってしまい、職場の同僚もそれを知っているのです。」
その奈々子の言葉でボクはハッ!と思い出す事があった。それは別世界のボクが経験した一番辛い出来事。な何も知らずにお付き合いして、直後に失ってしまうという悲劇。そして後に彼女が異母兄妹である事を知る悲恋でもある。という事は、この世界でもボクの父が浮気を?
「そして娘のみならず、父親までもが病気で倒れ、去年の今頃ですが…、亡くなってしまったのです。もう残されたのは私と娘だけになり、これからの事を考えると胸が…。」
どうやらあちらの世界とは事情が違うようなので、少し安心した。それにしても一体どんな病気なのだろう。
「あの、こんな事聞いていいのか分からないですが、娘さんの病気っていったい?」
「あ、心臓が生まれつき弱いらしく、幼い頃は激しい運動を避けていれば普通に生活出来たのですが、小学校を上がった頃から発作が始まり、今ではその発作も激しく、そして頻繁になり、このままでは心臓が長くは保たないと…。移植も考えたのですが、外国で手術する必要があるそうで、その費用はとても私では用意出来るものではありません。」
病気の事も聞いて分かったのだが、あちらの世界の事情とは違う様だ。この娘さんを放置すると、ボクも間違いなく後悔する事になるだろう。あちらの世界のボクの二の舞はゴメンだ。そう思い、ボクはある決心をする事になった。
まるで別人である奈々子の様子に、すっかり感情移入してしまう主人公。その奈々子の悩みを聞いて、後悔を繰り返す訳にはいかないと、ある決意をする主人公だが、勿体つけなくても何をするか一目瞭然なのだよ?猿マンの浅はかさに拍手〜アハハハハ




