Chapter 7
学校の放課後を告げるチャイムが遠くで鳴り響き、長い影が地面に伸びていました。少年とイルカは、並んで家路に向かっています。しかし、少年の口から言葉がこぼれることはなく、ただ地面の小石を見つめたまま、一歩一歩を重そうに進めていました。ずっと黙ったままの少年を、イルカは心配そうに見つめていました。
「大丈夫かい?」
イルカが覗き込むようにして、優しく声をかけました。
それでも少年は俯いたままで、とぼとぼと歩くのをやめませんでした。やっぱり、彼の小さな胸のうちは不安でいっぱいだったのです。
(もしも、イルカが私の事を嫌いになってしまったらどうしよう⋯⋯)
という恐怖が少年の心から消えないのでした。以前に負った心の傷のせいで、少年は誰も信用することができなかったのです。
そんな少年の震える心を見透かしたように、イルカはふっと微笑みました。
「大丈夫だって。僕は君の事嫌いになんかなるわけないでしょ?」
イルカは温かい言葉で何度も少年を励ましました。けれど、少年の頑なな心は、どうしても安心することができませんでした。
「⋯⋯じゃあ、ちょっといいかい?」
イルカがそう言うと、二人は足を止めました。イルカはしなやかな右のヒレを大きく突き出し、空中に円を描きました。すると、何もない空間にきらきらとした光の粒子が集まり、そこから不思議な空間が生まれました。
「さあ、行こう!」
イルカはそう言って、少年の手を引き、空間の中へ入りました。まるで掃除機の様に強い力で吸い込まれ、二人が中に入ると、外側の円はどんどん縮み、パチンと消えました。少年とイルカは、色鮮やかなスライダーを勢いよく滑り降り、見たこともない不思議な世界へと足を付けました。
「よし。着いたよ。」
イルカがそう言いました。そこは、甘く香ばしい匂いが一面に漂う、ケーキの世界でした。少年が驚いて足元を見ると、自分は今、大きなデコレーションケーキの上に立っていました。
「このケーキは食べられるんだよ。」
イルカがそう言うと、イルカはケーキの地面に口先を突っ込み、バクバクと美味しそうに食べ始めました。少年はその大胆な姿にびっくりして、すっかり戸惑ってしまいました。
「大丈夫だよ。君も食べてみ?」
イルカがそう言うと、少年は少しだけ勇気を出してみました。ケーキの地面をひとつかみ、ちぎってみました。そして、口の中へ入れると、それはとても美味しくて、食がどんどん進みました。夢中になって食べていると、今度は別の不安が少年に襲いかかりました。
(こんなところで寄り道して、お母さんに怒られるんじゃないか⋯⋯)
少年がその心配を告げると、イルカは優しく笑いました。
「大丈夫大丈夫!この世界では時間は止まっているからね。外に出たら、ここに入った時間と同じ時間に出られるからね。」
イルカはそう言いました。その言葉を聞いて、少年はホッと胸をなでおろしました。
「次の世界へ行ってみよう!」
イルカがそう言って、また右ヒレで、円を描き、二人はその中へ飛び込みました。
次に現れたのは、色とりどりのぬいぐるみに溢れた世界でした。イルカは少年に微笑みかけました。
「ここでは、何にも縛られない世界だよ。大丈夫。君は一人じゃないよ。ここのぬいぐるみ達は、おしゃべりする事ができるんだ。」
すると、それまで動かなかったぬいぐるみ達がモコモコと動き出し。みんな揃って少年に呼びかけました。
「いらっしゃい!」
歓迎してくれたぬいぐるみ達の中で、少年は、鮭をくわえたクマのぬいぐるみに目が留まりました。少年は、そのクマに話しかけてみることにしました。色々話しているうちに緊張もほぐれ、少年はそのクマとすっかり意気投合しているようでした。
「次の世界へ行こう!」
イルカがそう言い、少年はクマのぬいぐるみに別れを告げて、次の世界へ行きました。
次の世界は、素敵なアトラクションがひしめく、大きな遊園地でした。メリーゴーラウンド、観覧車、ジェットコースターなど、色々盛り沢山の遊園地でした。
「ここは色々乗り放題だよ。さあ、乗ってみよう!」
イルカがそう言って、二人はまずジェットコースターに乗ることにしました。二人が乗ると、ジェットコースターは動き出し、高く上って行きました。そして頂上まで上ったら、一気にビューーーン!!!と急降下して、激しく波打っていきました。ハイスピードで走ったり、身体が真横になったりして、最後は360度回転するエリアへ行き、ぐるん!と一回転して、スタート地点へ戻りました。少年は、恐怖を忘れてとても嬉しそうにしていました。
次に二人はメリーゴーラウンドに乗りました。木馬に乗り、スタートのブザーが鳴りました。すると、メリーゴーラウンドが回りだし、愉快な音楽と共に回り始めました。少年はイルカと一緒に心から楽しむことができました。
メリーゴーラウンドが止まると、次は観覧車に乗りました。観覧車の中では、ゆっくりと上っていき、一番上まで来たら、夕暮れと星空が混ざり合った素晴らしい眺めが広がっていました。観覧車から降りると、イルカが静かに言いました。
「楽しかったね。戻ろうか。」
そう言って、イルカは右ヒレで円を描き、二人は元の世界へ戻りました。
家に着くと、台所からいい匂いがして、お母さんが夕食の準備をしていました。少年は洗面所で手を洗って、夕食ができるまで、自分の部屋で過ごすことにしました。
部屋の机に向かいながら、少年は自分の心の中に、小さな温かさが灯っているのを感じていました。少しだけ少年は、イルカに心を開く事ができたのかもしれませんでしたね。でも、イルカが少年の事をどれほど好きで好きでたまらないでいるか、その深い愛情の全てを少年が知るのは、ずっと、ずっと先のことでした。




