Chapter 4
少年は生まれたばかりのイルカを連れ、期待と緊張の入り混じる気持ちで玄関の扉を開け、外の世界へと一歩を踏み出しました。
「キュキュ?」
イルカが不思議そうに首を傾げて鳴き声をあげました。新しく見る外の景色に興味津々といった様子で、「何して遊ぶ?」と問いかけているようです。
しかし、先ほどまでの不安がまだ胸の奥に残っている少年は、小さく微笑み返すことしかできず、黙ったままゆっくりと歩き始めました。
その時でした。
「キキーーッ!——ドン!」
聞いたこともないような激しい車のブレーキ音が、春の静かな街に響き渡った。少年は間一髪で避けることができましたが、イルカは、鈍い音を立てて車体に衝突してしまったのです。
凄まじい衝撃で上空に撥ね上げられたイルカは、そのまま容赦なくアスファルトの地面へと強く叩きつけられました。
「あ⋯⋯あ、あ⋯⋯。」
少年はあまりの恐怖にその場から一歩も動けなくなり、震える手で口を抑えながら、ただただ嗚咽を漏らすことしかできませんでした。
騒ぎを聞きつけた周辺の住民たちが、慌てて救助隊を呼びました。やがてけたたましいサイレンを鳴らして救急車がやって来ると、ぐったりとしたイルカはすぐにピリカ病院へと運ばれていきました。
自分のせいだ、どうしよう——。少年は涙でボロボロになりながら、必死の思いで家まで走って帰りました。
(どうしよう。どうしよう、どうしよう、どうしよう⋯⋯!)
少年の頭の中は、その言葉だけで埋め尽くされ、激しいパニックに陥っていました。
家に辿り着き、玄関の扉を開けると、中からお母さんの明るい声が響きました。
「おかえり。私の卵も、たった今生まれたのよ。ほら、こんなにかわいいウサギちゃんが——」
けれど、お母さんは少年のただ事ではない異変にすぐ気が付きました。激しく泣きじゃくる様子、そして、さっきまで一緒に居たはずのイルカの姿がどこにもないこと。少年はしゃくり上げながら、外で起きた恐ろしい事故の事情を懸命に説明しました。すると、
ピンポ~ン♪
タイミングを計ったかのように、静かな家にインターホンの音が鳴り響きました。お母さんが強張った表情でドアを開けると、そこには警察官が立っていました。少年が連れていたイルカの事故について、状況を確認しに来たのです。少年は涙を堪えながら真剣に謝ると、警察官は少年の肩に優しく手を置きました。
「君のアミキティアはね、今ピリカ病院の集中治療室に居るんだ。先生たちが懸命に治療してくれているよ。」
「うちの子のアミキティアは⋯⋯あの子は無事なんですか?」
お母さんが祈るように尋ねると、警察官は少し苦しげな表情を浮かべました。
「今はまだ、しばらく様子を見るしかありません。一緒に病院へ向かいましょう。」
二人は警察官の案内で、急いでピリカ病院へと向かいました。
重苦しい空気が漂う集中治療室の前では、ただ事ではない状況を示すかのように、赤いランプが冷たく点滅しています。少年はお母さんの手を握りしめ、心の中で何度も祈り続けました。
どれほどの時間が経ったでしょうか。やがて静かに赤いランプが消え、扉の向こうから、疲れた様子で病院の医師が出て来ました。
「⋯⋯最善は尽くしたのですが⋯⋯。」
医師が沈痛な面持ちで首を横に振ろうとした、その時でした。
ピコン!ピコン!ピコン!
治療室の中から、突如として規則正しい機械の音が鳴り響きました。
「まさか!」
とみんなが慌ててイルカのそばへ駆けつけると、医師はすぐさまイルカの身体に耳を当て、その胸の音を確かめました。
「⋯⋯動いてる。脈が戻った、まだ生きてるぞ!」
信じられない奇跡に、医師たちは手を取り合って喜びました。それを見た少年も、張り詰めていた心の糸が解け、心の底から救われたような気持ちになりました。
すると、みんなの歓声に応えるように、イルカはゆっくりと、愛らしいその目をパチリと開けました。
「キュ、キュ~⋯⋯」
まだ弱々しいけれど、確かに生きてる小さな声。イルカは優しく少年を見つめると、安心させるように少年の頬へ口の先をそっとすり寄せました。「心配かけてごめんね」と伝えてくれているようでした。
「まだ暫くは退院できませんが、できれば毎日会いに来てやってくださいね。この子の生きようとする力は素晴らしい。」
医師は温かい笑みを浮かべてそう言い、親子を送り出しました。少年は「絶対に毎日来るからね」と心に誓い、お母さんと共に、少しだけ足取りを軽くして我が家への道を歩き始めました。




