3-1 アストレア
「納得できーん!」
昼下がりの八雲ヶ原資源管理事務所に、セイナの怒号が響き渡った。事務室の机に両手を叩きつけるように身を乗り出し、その視線の先にある一枚のカードを睨み付ける。
真新しいアストレア免許証。
つい先ほど発行されたばかりのそれには、白髪の少女――いや、少年ではあるのだが──ナツキの顔写真が印刷されていた。セイナは深く息を吸い、再び叫んだ。
「私だって二ヶ月かかったんですよ!? それを一週間!?」
向かいの席に座るナツキは、そんな抗議をどこ吹く風といった様子で免許証をひらひらと振っている。その表情は実に得意げだった。
「ふふっ、ここよ、ここが違う」
そう言いながら自分のこめかみを指先でつつく。いかにも賢そうな顔を作っているのがまた腹立たしい。
「何だと貴様」
頬を両側からむにっとつままれる。
「うわあああああっ」
半泣きになりながら抵抗するナツキと、それを容赦なく引っ張るセイナ。事務室の片隅では、そんな二人を見ながらアズサがのんびりとコーヒーを飲んでいた。
「まあまあ。実技に関しては言うまでもないことは分かってたし、座学はセイちゃんの教え方が良かったのよ」
特に止める気もない声だった。その言葉にセイナは動きを止め、頬を解放されたナツキが涙目で逃げた。
「そ、それは……」
少しだけ視線を逸らす。確かに思い当たる節はある。
アストレア免許の試験範囲は広い。レガリア工学、エーテル力学、安全法規、レガリア整備に飛行理論などなど。市販の参考書はそれらを満遍なく解説している。だが試験には傾向がある。近年の頻出問題もある。
セイナはかつて自分が作ったノートを引っ張り出し、重要箇所を中心にナツキに叩き込んでいた。それは事実だ。事実なのだが。
「だからって一週間で受かります……?」
嬉しい気持ちはある。教えた内容をちゃんと覚えてくれたのだから。ただなんとなく負けた気がして、ほんの少し気に食わない気持ちもあるのだ。
「まあまあ」
アズサは二度目の「まあまあ」を口にすると、背後に置かれていたハンガーラックへ歩いていく。そこに掛かっていた一式を持ち上げた。
黒を基調とした未開封のエーテルスーツ。最もオーソドックスなタイプだ。
「なんにせよ、これでアストレア二人体制だ」
そう言ってナツキへ差し出す。
「おおー」
ナツキの目が輝いた。新しい玩具を見つけた子供のような反応である。
「もうスーツが用意されてたんですか」
セイナも少し驚く。アズサは肩をすくめた。
「サイズは測ってあったからね。機器のカスタマイズは任せたよ、セイナちゃん」
「わかりました」
エーテルスーツは着れば終わりではない。装着者ごとのエーテル量や反応速度に合わせて各種パラメータを調整しなければならない。地味だが重要な作業だ。
セイナは受け取ったスーツを眺める。そこで気付いた。
「セパレートタイプなんですね」
上半身と下半身が分離した構造。着心地と動きやすさを両立しており、珍しくはない。ただし、一点気に場所がある。
「上、短くないですか?」
手に持ち上げると、丈が肋骨の辺りまでしかない。ナツキの体格からすると腹部が丸見えとなる。下半身の部分は、特に変更もなくスパッツ状のままだ。
「あと袖は?」
「ないね」
ノースリーブだった。エーテルバリアが形成される以上、防御性能そのものには問題ない。ただ、どう考えても露出が多い。男性であるということを隠すべきならもっと露出は減らすべきだ。
セイナが無言でアズサを見る。静かに、そして遠い目をしながら呟く。
「私の性癖だが何か?」
「うわキモ」
心底からの声だった。
「いやいや待ちなさいな、人気を得るためには必要でしょう?」
アズサが反論する。
「いやまあ、人気の重要性は承知ですが……でもこれは際どいですよ。というか癖が強すぎて」
「はっはっは、何をおっしゃいますやら。セイナちゃんだって中々癖の強いエーテルスーツでしょうに」
「はぁ!?」
セイナは思わず立ち上がった。
「どこがですか! 普通のタンクスーツタイプですよ!」
アズサは即答した。
「どこが普通だ! ほぼ競泳水着じゃん!」
「普通でしょう、水着ですよ?」
「そんな普通があってたまるか。スケベな格好しおってからに! なんだその鼠径部、恥をしれ!」
「スッ……!?」
セイナの顔が引きつる。
「どこがですか! 露出だって控えめでしょう!?」
「はーーー、これだから素人は困る」
アズサは大げさにため息を吐いた。そして知識人ぶった顔で人差し指を立てる。
「誰が素人ですか」
「露出が多ければ良いってもんじゃあない」
妙に真面目な口調だった。
「肝心なのはどこを隠し、どこを見せるか。人類は古来よりその最適解を追い求めてきたの。分かりますかね?」
「はあ」
「ふーーー、まあセイナちゃんにはまだ早いか、このレベルの話は……」
ナツキがそっとセイナの袖を引っ張る。
「セイナちゃん」
「なによ」
「所長、何言ってるの?」
セイナは即答した。
「気にしなくていいわ。頭がおかしいのよ」
「ひどくないかい!?」
抗議の声が飛んできたが無視を決めた。




