3-2 アストレア
事務所を出て、地下へ続く階段を下りていた。
地上部分と違い、地下区画はやや薄暗い。天井に等間隔で設置された照明は必要最低限の明るさしかなく、古びた壁面には何度も補修された痕跡が残されている。だが決して荒れているわけではなかった。配線や配管もきっちりと整理されている。小規模事務所とはいえ、日頃から手入れが行き届いている証拠だった。
下へ降りるにつれて、低い機械音が耳に届くようになる。
資源搬送レールの駆動音、整備機材の作動音、設備の冷却ファン。
地下区画そのものが巨大な機械の内臓のように脈打っていた。やがて二人は整備エリアを抜け、その先にあるアストレア発進用カタパルトデッキへと辿り着く。
海へ直接繋がる巨大シャッターの前には既に運び込まれた二機のレガリアが待機していた。
ターコイズブルーと黄色の塗装が施されたゾディアックシリーズ《サジタリウス》。
そして黒を基調としたアルカナシリーズ《フール》。
その光景を見た瞬間、セイナは僅かに目を細める。いつもなら、そこにあるレガリアは一機、自分のサジタリウスだけ。
それが当たり前だった。
しかし今日は違う。二機並んでいる。たったそれだけのことなのに、不思議な感覚だった。
「どうしたの?」
ナツキが首を傾げる。
「別になんでもないわ」
セイナは短く答え、自身のレガリアへ歩み寄った。まずはフライト・レガリアを装着する。身体を近づけるとレガリアの右脚、左脚の裏側が展開する。中には衝撃を緩和するための軟質素材が使用されており、そこに両足を入れる。装甲が閉じ、ぴっちりと隙間なく固定される。一瞬だけ窮屈になるが、エーテルが循環すると、その金属の脚がまるで初めから自らの肉体であったかのように感覚がつながる。曲線の多用されたなめらかな外装は、光を反射してきらりと輝く。
腰部後方。左右の腸骨稜のやや上に補助ユニットが接続。その補助ユニットには一対の細長い推進器が備わっていた。フライト・レガリアの接続が完了すると、半人半獣のケンタウロスを思わせる特有のシルエットが完成する。
続いて武装を装着する。今回は資源回収任務であるため、メイン・レガリアとして大型の作業アームを選択する。回収作業専用の装備であり、人間の腕を模した五本指によって繊細な作業も可能な優れものだ。
だが、前回の任務を思い出す。リヴォラ・オクルス三体との遭遇。そして素手同然で殴りかかった結果、無残に壊れた作業アーム。同じ失敗は繰り返さない。
セイナは作業アームに懸架ラックを装着。そこへエーテルスナイパーライフル《ケイロン》も固定した。メイン・レガリア、エーテルスナイパーライフル《ケイロン》。3メートルの長尺武器であり、その重量は40キログラムを超える。そんなものを支えるために、両腕に強化外骨格を装着する。両足同様につるりとした曲線の帯びた艶めかしさすら感じるラインは身体の可動範囲を狭めることは無い。
各部のロック機構が噛み合い、淡い光が順番に灯っていく。内部でエーテル回路が接続される。フライト・レガリア、メイン・レガリア共に確実に接続された。
ナツキも同様にフライト・レガリアから装備する。アルカナシリーズ《フール》は無数の平面によって構成されており、無骨な印象が強い。全体的に小型で、人体のシルエットから逸脱はない。
ナツキもまた腰部へ武装を装着していた。二本一組の双剣型メインレガリア。まだ正式な専用装備ではない。汎用兵装を流用しただけの簡易的な武器だ。それでも硬く、壊れにくい。近接戦闘には十分な性能を持っている。
これは回収任務。事前に観測所がリヴォラの有無は調べてあるため、接触することはあり得ない。しかし、例外の出来事が起こってしまった。だからこそ、警戒をするに越したことはない。
全装備の接続確認を終えると、セイナはカタパルトへ向かった。
「ステータスモニター表示!」
2人の眼前の中空にディスプレイが投影される。
スーツのエーテル循環、よし。
メイン・レガリア接続、よし。
フライト・レガリア接続、よし。
通信接続、よし。
全てを指差し確認しあい、お互いに頷く。
足元の固定具へ両足を乗せる。ロック完了。視界に各種情報が投影される。
風向。風速。潮流。周辺空域──全て問題なし。
「先に行くわよ」
「了解ー」
三、二、一、発進。
次の瞬間、猛烈な加速が全身を貫いた。
景色が一瞬で後方へ流れ去る。
セイナの身体は巨大なハッチを抜け、青い海と空の狭間へ飛び出した。
四基のフライト・レガリアへエーテルを流し込む。
足首にターコイズブルーの光翼が展開。慣性を殺しながら空中で姿勢を整える。そして振り返る。
ナツキがカタパルトを使うのは今回が初めてだ。事前に説明はしているがおそらく……。
やや遅れて、カタパルトがナツキを弾き出す。
「わああああああああっ!?」
盛大な悲鳴が聞こえた。
予想通りだ。初めてのカタパルト発進である。ナツキの身体は見事なまでに回転していた。上下左右が滅茶苦茶になり、洗濯機に放り込まれた衣類のようにぐるぐると回っている。
「まぁ、さすがにそうなるか」
セイナは即座に加速した。横から回り込み、その腕を掴む。さらに自身の推進力で強引に回転を相殺する。
数秒後、ようやくナツキの姿勢が安定した。
「死ぬかと思った……ボクの死は人類の損失だぜ」
「はいはいそうね」
適当に流す。発進の際の姿勢制御はベテランのアストレアでも苦手とすることは多い。初心者ならばこうなるのも当然だった。念のために先に出ていて身構えていて正解だった。
「思ったより難しいな……も一回やっていい?」
「後日ね。さ、行くわよ」
セイナの周りに半透明の輪が現れる。ナビゲーションリングと呼ばれるもので、目的地を設定すればそこまで案内してくれる。リング上に矢印が現れ、それに従う。
二人は並んで飛行を開始した。




