3-3 アストレア
眼下には果てしなく広がる海。
そして遠方には同じように作業へ向かう回収船やアストレアたちの姿が点々と見えていた。
今回の任務は、先日の大規模戦闘によって海上へ散らばったリヴォラ資源の回収である。巨大なリヴォラ群との戦闘を担当するのは、大手事務所に所属する有名アストレアたちだ。
莫大な予算をかけた演出。最新鋭かつ予算を度外視に改造されたレガリア。そして、それによって彩られる個性的なアストレアたち。
彼女たちの華々しい戦闘映像に人々は熱狂する。人類の敵であるリヴォラを倒すという行動が、一種のエンターテインメントとなっているのだ。
だが、戦いが終わった後にも仕事は残る。海へ浮かぶ残骸の回収、希少資源の選別など、そうした地味で細かな作業を担うのが中小規模のアストレア事務所だった。派手さはないが、誰かがやらなければならない仕事である。
ナビゲーションに表示された航路に従い、二人は海上を飛行していた。
目的地までの距離はそれほど長くない。しかし、水平線しか見えない海上では距離感や方向感覚が狂う。真っすぐ飛んでいるつもりが、見当違いな方向へ向かっていることも珍しくはない。
そのため過信せずに、しっかりとナビゲーションリングに従う。
やがて、遠くに小さな影が見え始める。それは海面に浮かぶ一隻の船だった。
全長は四十メートルほど。ノアのような巨大居住艦と比べればあまりにも小さいが、海上作業用としては十分な大きさである。甲板には無数のコンテナが並べられていた。
大小様々な箱型コンテナ。そのほとんどはリヴォラ資源を保管するためのものだ。
「なにあれ?」
隣を飛ぶナツキが首を傾げる。
「回収船よ。資源回収のたびに、わざわざ母艦まで戻るわけにはいかないでしょ?」
セイナは速度を落としながら答える。リヴォラの残骸はある程度選別された後、企業ごとの専用コンテナへ収納される。
そして回収船がそれを母艦まで運搬し、最終的にはノア内部の資源処理施設へ送られる。その量や質、成分から値段が決まっていく。
中小規模の事務所にとって、この回収船はなくてはならない存在だった。八雲ヶ原資源管理事務所が所有するコンテナは四つで決して多くはない。
だが甲板を見れば、それ以上の数のコンテナが所狭しと並んでいた。他の中小企業が管理するものだ。小さな事務所が一つの船に集まり、それぞれの成果を持ち帰る。
それがリヴォラ資源回収の基本だった。
「あ」
セイナが声を漏らす。
視線の先。紺色を基調としたコンテナに、赤い二つ巴の紋章が描かれていた。
その上に人影が立っている。
こちらに気付くと、大きく手を振ってきた。
セイナは小さく笑い、フライト・レガリアの出力を調整する。二人はゆっくりとそのコンテナへ近付いた。
「サクラ、もう終わったの?」
そこにいたのは、赤色の髪を一括りにし、右耳にこれでもかとイヤリングを着けたアストレアだった。
巴サクラ。《巴アストレア事務所》に所属するアストレアである。サクラ色のレガリアを纏っている。
「終わったぜー。ウチのコンテナもういっぱい」
サクラはそう言いながら、足元のコンテナを軽く蹴る。コン、と軽い音ではなく、低く鈍い音が響いた。中身が詰まっている証拠だ。
「うちの分、ちゃんと残してあるんでしょうね?」
セイナが疑うように言うと。
「ない!」
即答。
「ちょっと」
「ウソウソ。ちゃんと残してありますよっと」
「まったく」
セイナはため息をつく。
中小規模のアストレア事務所同士には、暗黙の了解が存在する。それは、リヴォラ資源を独占しないこと。
アストレアの出撃時間は決められている。限られた時間の中で全員が好き勝手に回収すれば、現場は混乱する。だからこそ、彼女たちは互いに助け合うためのルールを作った。
どれだけ大量の資源があっても、他社の分を奪い尽くさない。最低限、相手が次の仕事へ繋げられる分は残す。それは計量された数字でもなければ、契約書に記された規則でもない。
ただ、相手も同じようにしてくれる、その信頼だけで成り立っている不確かなものだ。
もちろん破る者がいないわけではない。だが、一度信用を失えば終わりだ。情報共有から外され、共同任務にも呼ばれなくなる。閉鎖されたノアの中で、企業間の信用を失うことは、それだけ大きな損失だった。
「ははは、ごめんごめん!」
サクラが笑いながら指を差す。
「ほれ、あっち」
その方向を見る。一瞬、海面が白く染まっているように見えた。
白波だろうか。しかし違う。
波ではない。
海面に浮かぶ無数の影。リヴォラの残骸だった。
「……あれ全部?」
セイナの表情が変わる。
「ずいぶん多くない?」
「今回は凄ぇんだ」
サクラは苦笑しながら答える。
「ちょっと取り切れなくてな……嬉しい悲鳴ってやつ」
セイナは海面を見る。通常なら、回収船一隻では足りない量だった。
「陸に近いわけでもないのに……」
先日のオクルス群。その数を考えれば、異常ではない。だが、それでも多すぎる。
「ところでさぁ」
サクラがふと声を上げる。
「どちらさん?」
そう言って、彼女はナツキへ視線を向けた。指を差された本人は一瞬きょとんとした後、ああ、と小さく呟く。そして、一度だけ咳払いをした。
「どうも、真弓セイナの姉です」
「マジで!?」
「違う!」
間髪入れずにセイナの否定が飛ぶ。思わず頭を抱えた。
この少年は、どうして初対面の相手にまでふざけたことを言うのか。
「冗談よ。こいつはウチの新人。名前は……」
そこで言葉が止まり、一瞬だけ考える。
苗字。
そういえば、まだ聞いていなかった。いや、正確には聞いたのかもしれないが、記憶喪失ということもあって本人も分からないと言っていた。それにアストレアの中には芸名を用いているものもいる。ならば、そのまま伝えよう。
「名前はナツキ」
ナツキは先程までのふざけた雰囲気を完全に消し、丁寧に姿勢を正した。
「八雲ヶ原資源管理事務所に所属することになりました。ナツキと申します。よろしくお願いします」
そう言って、深々と頭を下げる。そのあまりの切り替えの早さに、セイナは少しだけ驚いた。普段は適当で、どこか掴みどころのない態度ばかりなのにこういうところだけは妙にしっかりしている。
「……あ、ご丁寧にどうも」
サクラも慌てて姿勢を正す。
「巴アストレア事務所の巴サクラです。八雲ヶ原とは……まぁ、ダチって感じだな。よろしく!」
数秒間。
三人で妙に丁寧なお辞儀をし合うという、少し不思議な光景が生まれた。顔を上げたサクラが、嬉しそうに笑う。
「それにしても、ついに新人入ったか! 良かったなぁ」
セイナは少しだけ視線を逸らした。確かに大変だった。任務へ出れば、戦闘も回収も全て一人。帰ってくればレガリアの整備も、報告書の作成も、自分一人でやらなければならない。
それでも不満を口にしたことはなかった。
好きでやっていた仕事だったからだ。
「まあ、それなりにね」
軽く答える。
「とりあえず、うちの新人だから色々迷惑もかけると思うけど……よろしくね」
「先輩方、よろよろです!」
ナツキが勢いよく頭を下げる。
「おう、よろしく! なぁに、新人なんて失敗してナンボよ。ミスって覚えようぜ!」
サクラは豪快に笑う。こうして、初対面とは思えないほど自然に距離を縮める。その様子を見ながら、セイナは少し感心していた。
サクラはともかく、私はかなり人見知りをする。なかなか人と打ち解けるまで時間がかかるのだが、不思議とナツキに関してはそうではなかった。いつの間にか長い付き合いでいるかのような距離感にいる。
他人と過ごすというのは距離感が大切だ。近すぎず、遠すぎず。かといって急に距離を縮めたり、遠すぎたりしてもよくない。その絶妙な距離感を図るのが難しい。
しかし、ナツキは相手との距離感を測るというより、最初からそこに壁が存在しないようにふるまう。
良く言えば人懐っこい。悪く言えば警戒心がない。そこの不快感はなく、むしろ好感を抱いてしまうのは、彼の魅力が故なのだろうか。
「じゃあ、私達も行ってくるわね」
セイナが言う。
サクラは軽く手を振る。
「さて、私は帰るかー」
そう言ってレガリアをスリープからアクティブにさせた。桜色のフライト・レガリアから同色の花弁のような光翼が展開する。高度を上げ、そのまま母艦の方向へ飛んでいった。
「巴アストレア事務所か」
ナツキが遠ざかるサクラの背中を見る。
「ご近所さんよ。これから一緒に働くことも多いと思うわ」
ノアという巨大な閉鎖空間では、企業同士の距離は物理的な距離よりも近い。困った時に助け合い、情報を共有し、時には競い合う。八雲ヶ原資源管理事務所にとって、巴アストレア事務所は数少ない気軽に頼れる相手だった。
「いい人っぽかったね」
セイナは頷く。
「気の良い奴よ。色々教わるといいわ」
そう言って、再び海面へ視線を向ける。まだ大量に残されたリヴォラ資源。今日の仕事は、ここからだった。




