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2-1 ナツキ

 超大型人類文明存続艦『ノア』の中層、一般市民生活区画、3-6-15。


 居住ブロックの天井付近。幾重にも渡り廊下が交差し、そのさらに上を無数の配管が走っている。


 数十年以上に渡って増築と改修を繰り返した結果、今や配管や通信ケーブルは巨大な立体パズルのように張り巡らされていた。


 ≪サジタリウス・フライト≫の光翼を輝かせながら、セイナはその一角で作業を行っていた。


 足場はない。本来であれば作業用レガリアで行うものだが、非常に複雑な場所にあることに加え、業者は常に人手不足だ。一か月待ちなどざらにある。そういう時こそ、弊社の出番である。


 工具を片手に配管の継ぎ目を点検していく。


 下を見れば人々の生活がある。


 食料品店、衣料品店、小さな食堂。


 そして、休日ということもあり子供達の遊ぶ姿ある。


「次の……えっと、3番の配管」


「はーい」


 ナツキだった。作業用の飾り気のない灰色のエーテルスーツを纏い、『腰まである白髪』をたなびかせる。同じくレガリアを装着している。私が入職する前からあったバランス校正用の黒いレガリア《フール》だ。武装もなければ出力も低い。本当に最低限の機能しかない。


 ナツキはふわりと下降していく。泳ぐように体勢を傾けると、フワリと髪が舞う。


「頭は上のまま」


 そう注意すると慌てて、垂直の姿勢に戻る。そのまま二十メートルほど下のメンテナンスデッキへ着地した。しばらくして。


「持ってきたよー」


 交換用配管を右肩に担いで戻ってくる。


 配管の重さの分、重心が右側に寄り飛び辛いはずなのに、なんてことはない。ブレも傾きもなく、出力を調整して真っ直ぐに飛んでいる。まだレガリアを使い始めて数日だというのに手慣れた飛び方である。


《フール》シリーズは操作しやすいレガリアではあるが、それを差し引いても上手過ぎる。

 

 配管を受け取る。


「──それでさ、さっきの続き。アストレアって何?」


 先ほどから続いていた質問だ。


「そうね、簡単に言うと、レガリアを使う人達のこと」


「ふむふむ」


 セイナは作業用アームを動かし、傷んだ配管を外しながら続ける。


「元々は『星の女神』って意味の言葉らしいけど、今はレガリア装着者全体を指す言葉になってるわね」


「男女関係なく『女神』と」


 ナツキは納得したようなしていないような顔をした。


「そこは深く考えない。で、アストレアの仕事は大きく二つ」


 古い配管を引き抜く。内部には白い腐食跡が広がっていた。


「一つ目はこの大型艦『ノア』の整備」


「今やってるやつ」


「そう。配管、通信設備、外壁修理。海の上だから傷みやすいのよ」


生活する上でインフラ整備を欠くことは出来ない。


 本来、インフラ整備を行なうのは男性アストレアが多いのだが、いかんせん数が足りてない。生活インフラ整備は必要不可欠だが、それ以上に重要とされるものが、ノアのエンジンや艦体外装の保全であるためそちらにリソースが割かれてしまう。

 そうなると、こういった場所の修繕は後手に回ってしまうのだが、住民からすればたまったものではない。


 そこで出番になるのが、我々のような中小アストレア事務所となるわけである。最初は慣れなかった作業も今となってはなんのその。どの配管がどこに繋がっているか、手に取るようにわかるようになってしまった。


「アストレアの仕事の二つ目はリヴォラ退治」


「この前のやつ!」


 こちらは実際に見ている。むしろ出会いそのものがリヴォラ絡みだった。


「リヴォラっていうのは、百年くらい前に宇宙から飛んできた生物ね」


「生物って感じには見えないよね。あとちょっと愛嬌が足りないね、ボクを見習うべき」


 金属と鉱物で出来た身体。規則的で、どこか無機質な行動。生物というより、自律機械のようですらある。


「愛嬌はさておき、生物なのは間違いないらしいわ」


 少なくとも学会はそう結論付けている。もっとも、その生態は未だに謎だらけだ。どうやって繁殖しているのか、どうやって成長するのか、何も分からない。


「大昔、人類が地上にいた頃、ユーラシア大陸の中央に落ちた巨大な個体がいて、そこから色んな種類のリヴォラが生まれたんだって。私たちが見たのは、リヴォラ・オクルス。あれもその一種ね」


 あのトンボのような見た目を思い出す。頭部と尾部の両方に顔のような構造を持つ、不気味な飛行個体だ。


「どうしてナツキはオクルスの特徴を知っていたの?」


 初めて出会った時を思い出す。

 リヴォラ・オクルス。オクルスはラテン語で『目』を意味し、オクルス種の役目は『観察』『調査』と推測されている。オクルスが何を見ているのかに関する意見の中にエーテルを見ているとする説がある。

 先日のオクルスの動き。あれほどの機動性を持ち、追従してきたオクルスがエーテルを思い切り放った瞬間、こちらを見失ったのだ。あの動きは、エーテルを見ているように思えた。


「わかんない」


「そう……まぁ、リヴォラ自体は危険な生物ではあるんだけど……正直、今のノアはリヴォラ無しじゃ成り立たないのよね」


「そうなの?」


「身体が資源の塊なのよ」


 金属資源、希少鉱物。いずれも海上では入手が困難なものだ。海底からも採取出来るが、リヴォラ由来の方が純度が高く、扱いやすい。リヴォラ由来の素材は艦のあらゆる場所で使われている。なんなら、眼の前にあるこの配管もリヴォラ由来の金属資源から作られた可能性もある。


「今分かっていることは、リヴォラは肉体を地上の鉱物や金属で作る。そして私たちはそれを回収して利用しているわけ」


「なるほど」


「それで仕事が分かれてる理由なんだけど」


 配管を固定する。


「エーテルには性差があるわ。男性は長時間使えるけど出力が低くてね。だから飛んだり、攻撃したりは出来ないんだけど、インフラの整備とか長時間の作業に向いている。いわば長距離ランナーね」


「うんうん」


「女性は逆で、短距離ランナー。短時間しか使えないけど出力は高い。長時間の作業は出来ない分、高出力で飛行できたり攻撃出来たりする」


 だから男性アストレアは整備向き、女性は戦闘向き。大雑把に言えばそうなる。


 配管交換を終え、セイナは最後のボルトを締めた。試験運転、異常なし。


 作業完了だ。受注先に連絡を入れる。


 そこでようやく一息つく。


 そして、何気なくナツキを見る。風貌はどうみても少女だが、少年である。意図せずに確認済みである。そんな彼は何でもない顔で空中に浮かんでいた。


 まるで当たり前のようにレガリアで空を飛んでいる。

 セイナは眉をひそめた。


「……それなのに、なんでアンタは飛べるのかしらね」


「?」


 ナツキが首を傾げる。

 男性アストレアなら、飛行できない。それは紛れもない事実だ。


 ましてやレガリアを触り始めて一週間。本来ならまともに滞空するだけでも苦労するはずだというのに。初めてナツキかがレガリアを装着した日の記憶がふと蘇った。


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