1-4 漂流者
「所長、大変です!」
「うわっ、ビックリした」
事務机で端末と睨めっこしていたアズサが肩を跳ねさせる。
「何?」
セイナは返事も待たず、少女の背中をぐいぐい押した。ぶかぶかのトレーニングウェア。袖は余り、裾も余っている。見慣れたトレーニングウェアはセイナからの借り物だった。
「この子、男の子です!」
「……ははっ、抜かしおる。そんなわけなかろう」
アズサが笑う。
「本当なんです!」
「……」
「本当なんです!」
「……マジ?」
「マジです……」
その横で少女、もとい少年は「当たり前だろう」と言わんばかりの顔だ。
「まったく、こんな男らしいボクに対して何を見当違いしているんだか」
「男らしさとは対極でしょうが」
即座にツッコミが飛ぶ。
「いやぁ、そいつは驚いた」
そう言いながら端末を操作する。
「ちなみにさ、こっちからも報告がございましてね」
モニターを二人へ向ける。そこには顔写真と名前の一覧が並んでいた。
行方不明者データベースだ。老若男女の顔がずらりと並んでいる。この艦だけでもこれだけの行方不明者がいることに驚く。
「この子、おりませんな」
「ええ……」
セイナが顔をしかめる。
「じゃあどうするんですか?」
「警察に電話もしてみたよ」
「警察にですか?」
「うん」
アズサは椅子を回転させた。
「そしたら、しばらく預かっててくれって」
「え?」
「私もそう言ったのよ。そっちで保護するんじゃないんですかって」
「ですよね」
「でも、身元不明だし、今は保護施設もいっぱいらしくてねぇ」
アズサは肩を竦める。
「詳細が分かるまではウチで面倒見てくれってさ」
「えぇぇ……」
セイナは頭を掻いた。
まさか漂流者を拾った結果でこんなことになろうとは。
アズサが立ち上がる。そして彼を指差した。
「さて、謎の少年よ」
「はい」
「キミにはこれからウチで生活してもらうんだけど、その前に決めなくてはならないことがある」
アズサはビシッと人差し指を突き上げた。
「名前だ!」
「名前」
「記憶がないそうだからね、大事でしょう、お名前は」
少年は素直に頷く。
「うん」
「よろしい!」
アズサは卓上に雑に書かれた紙を少女に手渡してくる。
「ここから選ぶといい」
その紙を覗き込んだセイナが眉をひそめた。
「……これ、所長がやってるゲームのキャラクター名じゃないですか」
「いいじゃんよ、どうせ仮名なんだし」
「仮でも名前なんですから」
紙には三十近い名前が並んでいた。好きなキャラクター名を書き連ねたらしく、とても名前とは思えない者、ダジャレ、下ネタが並んでいる。
少年は興味深そうに眺める。
「ふむ、これ!」
そして一つ指差した。
「ダメ」
セイナが即答した。
「なんで?」
「なんで『タゴサク』なのよ」
「だめ?」
「だめ」
残念そうに頷いた。こんな可憐な見た目をした人物が名乗っていい名前ではない。私の美的感覚に反する。ギャップなどは知ったことではない。
次を指差す。
「じゃあこれ」
「『ゴンゾウ』ね、論外よ」
「論外……そんなに?」
「そんなに」
紙を見つめる。上から順番に一つずつ名前をなぞって確認し静かに視線を動かしていく。そして、ある名前で止まった。
「これ?」
小さく頷く。アズサも覗き込んだ。
「おお」
「いいんじゃないですか?」
紙に書かれていたのは。
『ナツキ』という名前だった。
彼は文字をじっと見つめる。
まるで遠い昔の何かを思い出そうとするように、懐かしい景色を見ているように。
「……これがいい、気がする」
その瞬間に紫色の瞳に説明のできない感情が浮かんだ。
寂しさにも似ていて、嬉しさにも似ていて。どこか温かいものだった。




