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6-7 新たな力

 結果として白瀬トウカのリヴォラ撃破数が加算され、月間撃破数は無事に目標値を大きく上回った。


 それ自体は非常にありがたい。


 監査に合格できたのだから、事務所としては万々歳である。


 ただし。


 問題は、その後だった。


「……あの、白瀬さん」


 セイナが遠慮がちに口を開く。


「良かったんですか?」


「何がですか?」


「いや、その……無理やりウチに所属することになってしまって」


 セイナは言葉を選びながら、トウカを見る。


「もし嫌なら、私が協会に話をして――」


「いえいえ」


 トウカは軽く手を振った。


「これも何かの縁でしょう」


 そして、ほんの少しだけ嬉しそうに目を細める。


「それに、チームに所属するミラクルマンもいますしね、これはこれでヨシ、です」


「ミラクルマン?」


「はい」


 トウカは頷き、それから何かを思い出したようにセイナを見る。


「それに……」


「それに?」


「貴女のことが気になっていたんですよ」


「はぁ?」


 セイナの眉が僅かに上がる。


 トップアストレアとして知られる白瀬トウカが、自分のことを気に掛けていた。


 その意味が分からず、セイナは一瞬だけ言葉を失った。


「貴女は、私と近しいものを感じます」


 トウカはそう言って、ゆっくりとセイナを見つめる。


「他のアストレアは、人気や名誉、富を求めるでしょう? もちろん、それは悪いことではありません、むしろ人として自然なことだと思います」


 そこで一度言葉を切り、トウカは胸元へそっと手を添えた。


「けれど、私――いえ、私が求めるものは、それらではない『もの』なんです」


「もの……?」


「ええ、貴女からも、それを感じるんです」


 あまりにも抽象的な物言いだった。


 しかし、そう言われると、セイナには思い当たる節があった。


 自分がアストレアになった理由。


 それは、水無瀬ユイへの憧れだった。


 暗闇の中で、自分を助けてくれた人。


 何も見えなかった自分にとって、道標のように輝いていた人。


 だからこそ、自分もいつか、誰かにとってそういう存在になりたいと思った。


 そこに富や名声を求めたわけではない。


 もちろん、生活をするための収入は必要だし、人気が出れば嬉しい。


 けれど、それらはあくまで結果であって、目的ではなかった。


「私がアストレアをしている理由は、『ミラクルマン』であるためです」


「というと?」


「『ミラクルマン』とは、大いなる力を弱き者たちのために用いる存在です」


 トウカの声が、少しずつ熱を帯びていく。


「決して見返りを求めず、力無き者たちに代わり、たった一人で痛みを引き受ける存在……美しいとは思いませんか!?」


「そ、そうかも……?」


 セイナは僅かに身を引いた。


 トウカの目が輝いている。


「私は、そうありたいのです」


 拳をぎゅっと握り締める。


「そして同時に、『ミラクルマン』たちに恥じない人間でありたい、そのために私はアストレアをしているのです」


 ミラクルマンが架空の存在であり、幼児向けの特撮作品であることはセイナも知っている。


 幼児向けだからこそ、そこに描かれる英雄は真っ直ぐで、分かりやすく、そして理想的なのだろう。


 悪を倒し、弱い者を助け、見返りを求めない。


 そんな現実には存在しないような英雄像を、白瀬トウカは本気で目指している。


 人気が出るわけだ。


 セイナは、妙なところで納得してしまった。


「んー……そうなると、ボクはわりと俗物的?」


 それまで黙って話を聞いていたナツキが、横から口を挟む。


「人に好かれたいし、ちやほやされたいし」


「うーん……」


 トウカは少し考えるように首を傾げた。


「最初は、そうだと思ったんですけど……」


 SNSにナツキの動画が投稿され、一時期ちょっとした話題になったときのことを思い出しているのだろう。


「ナツキちゃんは違う気がします」


「違う?」


「はい」


 トウカはナツキをじっと見る。


「貴女は……『歪』でしょうか」


「むっ?」


 ナツキの頬が少し膨らむ。


「『人に好かれたい』『ちやほやされたい』というのは、本心なのでしょう」


 トウカは否定しない。


「ですが、ナツキちゃんは、そこから先が感じられないのです」


「先……?」


「『好かれたい』『認められたい』というのは、誰しもが持っている二次的欲求の一つです」


 トウカは指を一本立てる。


「そして二次的欲求は、それぞれが密接に関係しています」


 もう一本、指が立つ。


「私なら、『人に認められたい』という承認欲求と、『アストレアでありたい』という社会的欲求、そして『ミラクルマンになりたい』という自己実現欲求があります」


 セイナは黙って聞いていた。


 トウカの考え方に当てはめるなら、自分の場合はどうだろう。


 人に認められたい。


 アストレアでありたい。


 そして、誰かの道標になりたい。


 それぞれが別々のものに見えて、その実、どこかで繋がっている。


 だからこそ、自分が何を求めているのかは、それなりに分かっているつもりだった。


 では。


 ナツキはどうなのだろう。


『他人に好かれたい』。


 それは間違いなく本心だろう。


 普段の言動を見ていれば、それくらいは分かる。


 では、その先はどうなのか。


 ナツキ自身がどうなりたいのか。


 何をしたいのか。


 どういう人間でありたいのか。


 セイナは、一度も聞いたことがなかった。


 そもそもナツキがアストレアになったのだって、アズサ所長に勧誘されたことがきっかけであって、本人が強く望んで選んだ道というわけではない。


 そう考えると、確かに妙だった。


 社会的欲求も、自己実現欲求も見えない。


 ただ『人に好かれたい』という承認欲求だけが、ぽつんと存在している。


 それをトウカは『歪』と表現したのだろう。


「だからですかね」


 トウカが柔らかく笑う。


「不思議な子だなぁと、興味を持ったのです」


 そして、少しだけ申し訳なさそうに眉を下げる。


「不快に思われたのなら、申し訳ございません」


「ううん、気にしないで」


 ナツキはあっさりと首を振った。


「ただ、もしかして記憶喪失のせいなのかも」


「記憶喪失?」


「うん」


 あまりにも自然な調子だった。


「ボク、記憶喪失なの」


「……」


 トウカがセイナを見る。


 セイナは小さく頷いた。


 事実だ。


「ご、ごめんなさい!」


 トウカが慌てて頭を下げる。


「それなのに、私、ずけずけと偉そうなことを……」


「傷ついた!」


 ナツキが胸を押さえる。


「反省してっ!」


「やかましい」


 セイナがナツキの頭を小突く。


「ミリ単位も傷ついてないでしょ」


「ぐああっ! 暴力反対!」


「トウカさん、気にしないでください」


 セイナはため息をつきながら、ナツキの肩を押さえる。


「コレに関しては、雑に扱って構わないので」


「ちょいちょいちょい!」


 ナツキが慌てて割り込む。


「聞き捨てならないなぁ! この可愛いボクを雑に扱うとな?」


 両手を胸元で広げ、いかにも大切に扱ってほしいとでも言うように胸を張る。


「丁重に、花を愛でるように扱ってくれたま――痛い痛い!」


 セイナが両手でナツキの頬をつねった。


「こんな感じで」


「は、はぁ……」


 トウカは頬を引きつらせながら、二人を見ていた。


 そのとき。


 談話室に、短い電子音が響いた。


 続いて、事務所全体に出撃時間を告げる時報が流れ始める。


 先ほどまで漂っていた穏やかな空気が、一瞬で切り替わった。


 ナツキがつねられていた頬をさすりながら顔を上げ、セイナも窓の外へ視線を向ける。


 そしてトウカは、机の上に並べられた怪獣フィギュアを一度だけ振り返った。


「……出撃ですね」


「うん」


 ナツキが立ち上がる。


「行こうか」


 その声には、先ほどまでの軽さとは違うものが混じっていた。


 談話室に置き去りになった怪獣たちは、誰もいない部屋の中で静かに彼女たちを見送っている。


 そして八雲ヶ原資源管理事務所の次なる一日が、始まろうとしていた。

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