6-6 新たな力
時は少し遡り──。
アストレア事務所では、毎年一度の監査が行われる。
監査内容には年度ごとに若干の変更が加えられるものの、これまでは前年度と比較しても大きな差が出ることはなく、多少の増減こそあれど、概ね誤差の範囲に収まるものだった。
ところが、本年度は違った。
担当者が変わったからなのか、それとも関連法令そのものに変更があったからなのか、詳しい理由は分からないが、今年の監査は異様なまでに『撃破数』を重視するものとなっていた。
その煽りをまともに受けたのが、中小規模のアストレア事務所である。
大手事務所であれば、所属するアストレアの人数も多く、依頼される任務も必然的に多いのだから、撃破数を稼ぐこと自体はそれほど難しくない。
しかし、こちらはそうはいかない。
人員不足、人材不足、出撃要請の少なさ、そして何より、一人ひとりに掛かる負担の大きさなど、大手にはない不利な条件をいくつも抱えている。
所属しているアストレアの人数を考慮せず、単純な撃破数だけで評価することに対しては、不公平ではないかという声も当然のように上がったらしい。
それでも、今回設定された基準である『月平均撃破数50』という数字は、実に絶妙なところを突いていた。
中小規模のアストレア事務所に所属するアストレアの平均人数は三・一人。
平均出撃日数は、およそ二十日前後。
単純計算ではあるが、一度の出撃につき一人が一体ずつリヴォラを撃破していけば、ぎりぎり届く数字なのである。
逆に言えば、それすら達成できない事務所は能力不足と判断される。
そして能力不足と判断された事務所は、国からの補助対象から外される。
つまりは、アストレア事務所として存在する価値がないと見なされ、徐々に間引かれていくわけだ。
なかなかに容赦がない。
そんな残酷な監査に、弊社――八雲ヶ原資源管理事務所も当然のように振り回され、先日、ようやく監査そのものを終えることができた。
そして今回の監査における最大の台風の目となったのが、『月平均撃破数50』という数字だった。
監査前の最終出撃を終えた時点で、弊社の撃破数は目標に届いていなかった。
しかし、その日の任務自体は非常に順調で、撃破数を着実に積み上げることに成功し、あと一体というところまで迫っていたのである。
あと一体。
たった一体だった。
だが、そこまでだった。
正体不明の存在が乱入したことで戦況は一変し、結果として最後の一体を撃破することはできなかった。
つまり。
弊社はアストレア事務所としての監査に落第した。
――はずだった。
監査委員会から届いた評価書を一枚ずつ確認していく。
堅苦しい言い回しに満ちた文章が並び、重箱の隅をつつくような指摘までいくつも記載されているが、そこに書かれている内容を一言でまとめてしまえば、要するに『合格』ということらしい。
そして、肝心の『月平均撃破数』。
そこだけは他の評価項目とは明らかに違っていた。
余計な文章もなければ、注釈もない。
ただ、数字だけが記されている。
――『月平均撃破数72』。
思わず二度見した。
どう考えてもおかしい。
表記ミスか、あるいは算定方法そのものに何らかの間違いがあったのではないかと疑ってしまう数字である。
あの日、我々の撃破数は目標に届かなかった。
それは間違いない。
しかし、弊社の所長は、その土壇場でとんでもない奇策に打って出たのである。
──
談話室には、所狭しと怪獣フィギュアが並べられていた。
棚の上だけでは飽き足らず、テーブルの上にも、窓際にも、さらにはソファの脇にまでフィギュアが置かれ、赤や青、銀や黒といった色とりどりの怪獣たちが、まるで小さな群れを作るように並んでいる。
その中央で、ナツキと白瀬トウカが一体のフィギュアを覗き込んでいた。
「んん……良い造形です、この八十年代特有のデザインのクセを、よく再現できていますね」
「なんかどれも着膨れした怪獣ばっかりじゃない?」
「そう、そこなんですね!」
トウカがぱっと顔を輝かせる。
「当時の怪獣の着ぐるみは、あえて肉付きを良くすることで人間の姿から乖離させようとしていたんです、だからこの不自然なまでの厚みが重要でして――」
そんな二人の姿を見ていると、つい先日の出来事が遠い昔のことのように思えてくる。
しかし、ほんの数日前まで、こんな穏やかな光景になるとは誰も思っていなかった。
あの日。
監査の結果を左右する最終出撃を終えた直後、八雲ヶ原資源管理事務所の応接間には、妙な空気が漂っていた。
ソファに腰掛ける白瀬トウカは、目の前の光景をどう受け止めればいいのか分からないといった様子で、何度も瞬きをしていた。
その視線の先には、テーブルに突っ伏したアズサがいる。
「もうダメだぁ……監査に落ちるぅ……おしまいだぁ……」
ひどい棒読みだった。
その隣では、ナツキが頭を抱えている。
「届かなかったーーー! あと一体だったのにーーー!」
こちらはもっとひどい。
あまりにも露骨な三文芝居だった。
謎の存在との戦闘を終えたナツキは、なぜか白瀬トウカを連れて帰ってきていた。
そして事務所に戻るなり始まったのが、この茶番である。
「あーあー、最後の変なやつを倒せていたらなー」
ナツキはそう呟きながら、ちらちらとトウカの顔を見る。
「ウチも解散か……そしたらボクは家がないので、路頭に迷ってしまうなー」
「ええっ!?」
トウカの肩が跳ねる。
その反応を確認してから、アズサがゆっくりと顔を上げた。
「私も無職か……娘たちにひもじい思いをさせてしまうかもしれないなー」
所長に娘などいない。
そもそも独り身である。
それでもトウカはそんなことを知る由もなく、完全に真に受けてしまっていた。
「そ、そんな……あの、私はそんなつもりでは……えっと……」
「分かってる、分かってるよ」
アズサは再び机に突っ伏し、大きく息を吐く。
「気にしなくてもいいから……はぁ~」
「そう、トウカちゃんのせいじゃないから……善意でやってくれたことなのは分かってるから……」
ナツキまで同じ調子で肩を落とす。
ここまで来れば、二人が何を狙っているのかも、さすがに分かってくる。
撃破数が足りなかったのは、あくまで自分たちの力不足が原因である。
そしてトウカは、善意から戦闘に介入してくれた。
そこにつけ込んで責任を押し付けるのは、どう考えても筋が違う。
だからこそ。
だからこそ、トウカのような真面目な人間には、この茶番が効いてしまう。
「あ、えっと……あの、な、何か私にできることはありますか?」
トウカが両手を膝の上でぎゅっと握る。
「私にできることがあれば、その……なんでもやりますからっ!」
たぶん、白瀬トウカという人間は、凄まじく真面目で、そして驚くほど純粋な善人なのだろう。
「何でもするそうですよ、姉御?」
ナツキがすかさずアズサを見る。
「言質取ったねぇ!」
先ほどまで机に突っ伏していたアズサが、まるで何事もなかったかのように顔を上げる。
「じゃあ、この書類に名前を書いてもらおうかな!」
「えっ?」
トウカの視線が、差し出された書類へ落ちる。
そこに書かれているのは、アストレア事務所への所属に関する申請書だった。
しかも、発行日は一週間前。
つまりこれは、白瀬トウカが一週間前から八雲ヶ原資源管理事務所への所属を希望しており、書類そのものもその時点で作成されていたものの、ただ提出が遅れてしまっただけだという体裁を作るための書類だった。
普通なら通るはずがない。
普通なら。
しかし――。
何故か通った。
しかも、驚くほどあっさりと。




