6-5 新たな力
「じゃあ、ここからが楽しい時間だぞー」
「え?」
ナツキが首を傾げる。
「今選んだのは、ただの《ジャッジメント》。ここから、ナツキちゃんだけのレガリアにするんだよ」
「ボクだけの?」
ナツキが聞き返す。ユイは頷きながら、シミュレーターの設定画面を切り替えた。
「そう。今まで選んでいたのは、あくまでベースになる機体だよ」
画面上に《ジャッジメント》の三次元モデルが表示される。先ほどまでナツキが装着していた機体。
しかし、そこに映っている姿はまだ完成形ではない。無機質な銀色の装甲に規格化された形状。大量生産されたレガリアの一つでしかない。まだ『誰かのための機体』ではなかった。
「レガリアは基本的に使用者に合わせて調整するんだ」
ユイはモデルを回転させる。
「特にフライト・レガリアはね。身体の動かし方、思考の癖、反応速度、エーテル制御の特徴……全部を見る」
「そんなに細かいんだ」
「そりゃね。だって、空中で自分の命を預けるものだからね。また落ちるのはゴメンだろ?」
「もう、ほんっとうにイヤです!」
あんな体験は二度としたくないと青ざめながら叫ぶ。
「じゃあ、まずは採寸だね。身体データを測るよ」
案内された先には、細い鉄骨で囲まれた箱状の装置があった。上下左右。全ての面に小型カメラのような機械が取り付けられている。
中央の床には円形の台座があり、その周囲には淡い光のラインが走っていた。
「ここに立って、両腕は真横に広げてね」
ナツキは中央へ移動し、言われた通りに姿勢を取る。足元の円形装置が淡く発光した。光が身体をなぞるように上昇していく。
視界の端に、小さな数値が表示された。身長。骨格。関節位置と傾き。筋肉の動き。
レガリアを合わせるための情報だけを抽出している。
「動かないでね」
ユイは端末を確認しながら何度か操作し、保存ボタンを押す。
「データ取得完了。こっちに」
ナツキが台座から手招きする。ユイは楽しそうに画面を操作する。
「次は見た目」
「見た目?」
「そう。色とか形の調整」
表示されていた《ジャッジメント》の装甲部分が拡大される。
「レガリアって、戦闘装備でもあるけど、アストレアにとっては自分自身を表すものでもあるからね」
セイナも頷く。
「パーソナルカラーは大事よ」
「そういうものなの?」
「そういうもの」
即答だった。
「自分が気に入らないものを毎日身につけるなんて嫌でしょ?」
「まあ、それはそうだけど……」
ナツキは画面を見る。まず、ユイが黒色を選択した。銀色だった装甲が、一瞬で漆黒へ変化する。
「おお……」
「これは?」
「悪くはないですね」
セイナが首を傾げ、少し考えた後、続ける。
「でも、ナツキの印象とは少し違う気がします」
「やっぱり?」
ユイが白色へ変更する。今度は印象が大きく変わった。
「こっちの方が近いですね」
セイナが呟く。
ナツキは画面に映る自分の姿を見る。
白い装甲。
そこに残る黒いライン。
そして、目と光翼を思わせる紫色。
「……」
しばらく考える。
「黒は入れたい」
「《フール》の色だから?」
セイナの問いに、ナツキは少しだけ頷いた。
「うん」
画面上で調整が続く。
白を基調にする。黒は要所に配置する。紫は差し色として残す。何度も角度を変え、細部を修正していく。
正面。
側面。
背面。
どの方向から見ても違和感がないように。
やがて、一つの形が完成した。
白七割。
黒二割。
紫一割。
フレーム部分は銀色。
《ジャッジメント》は、大量生産された機体から一つの専用機へ姿を変えていた。ナツキは画面を見つめる。
「どう?」
ユイが尋ねる。少し間を置いて。
「いいと思う」
その言葉は短かった。けれど、視線はずっと画面から離れなかった。紫色の瞳がきらきらと輝いて見えるのは気のせいではないだろう。セイナはその様子を見て、小さく笑う。
「決まりね」
ナツキはもう一度、完成予想図を見る。そこには新しい自分のレガリアがあった。
ただ。
同時に。
胸の奥に、小さな引っ掛かりも残っていた。
「……」
「どうしたの?」
セイナが尋ねる。
ナツキは少しだけ視線を落とした。
画面の隅、以前使っていた《フール》のデータが表示されている。
「《フール》、もう無いんだなって思って」
以前使っていた《フール》は、戦闘の中で完全に吹き飛んでしまった。残された部品も再利用できる状態ではなく、修復は不可能。
だからこそ、今回の新しいレガリアには補助金が下りることになった。
ありがたい話ではある。新しい機体を一から用意できるのだから、むしろ恵まれていると言っていい。
それでも――。
ほんの短い期間だったとはいえ、愛用していたものが跡形もなく消えてしまったことに、胸の奥に小さな空白が残っていた。
ナツキは目の前に立つ《ジャッジメント》をじっと見つめる。
銀色のフレーム。白を基調とした鋭利な形状の装甲。
もう《フール》とは、何もかもが違う。けれど、その隣で作業を続けていたユイが、ふと顔を上げた。
「たしかに形は無くなったけど、存在が消えたわけじゃないよ」
「え?」
「ナツキちゃんが使ってたデータが、ちゃーんと残ってるからね」
ユイが端末を軽く叩く。
画面には、これまでナツキが《フール》で積み重ねてきた操縦データが表示されていた。
「操作の癖とか、エーテルの流し方とか、反応速度とか。そういうのをしっかり反映させる。だから――そうだね」
ユイは少しだけ考えるように顎へ指を当て、それから笑った。
「『生まれ変わり』って感じかね」
「生まれ変わり……」
ナツキは、その言葉を小さく繰り返した。
生まれ変わり。
姿は違う。
名前も違う。
けれど、自分が《フール》と過ごした時間も、そこで覚えたことも、全部なくなったわけではない。
それが今度は、この《ジャッジメント》へ引き継がれていく。
ナツキはもう一度、《ジャッジメント》を見上げた。
白い装甲の向こう側に、先ほどまで自分が操縦していた《フール》の感覚が、ほんの少しだけ重なったような気がした。
「……よし」
ナツキが顔を上げる。
「じゃあ、これで決定!」
「了解!」
ユイが端末を操作すると、短い電子音が鳴った。
「データ保存完了。これで今日やれるのは、だいたいここまでかな」
「完成はいつになるの? 明日?」
「二週間後くらいかな」
「えっ、そんなに!?」
ナツキが勢いよく身を乗り出す。
「これでもかなり早い方よ」
横からセイナが口を挟む。
「ついでに言っておくと、届いてからもセッティングや微調整で二、三日はかかるわ」
「ばかな……」
ナツキの肩ががくりと落ちた。
「セッティングしなくてもいいけど――」
セイナが少しだけ口元を緩める。
「また自由落下するハメになるかもよ?」
その瞬間、ナツキの顔から血の気が引いた。
先ほどまでの期待に満ちた表情が、見る見るうちに強張っていく。
どうやら、あの自由落下は完全にトラウマになっているらしい。
「時間かかってもいいので、とってもとっても丁寧にお願いします……」
ナツキは両手を合わせるようにして、ユイへ懇願した。
「自由落下は……自由落下だけは……っ!」
「はいはい、任せときなよ」
ユイは苦笑しながら、ひらひらと手を振った。
「見積もりは後日送るね」
「お願いします」
セイナが頷き、それから何かを思い出したように付け加える。
「あ、《サジタリウス》のメンテナンス費と《ジャッジメント》の製作費は別でお願いします」
「了解」
ユイは端末に必要事項を入力していく。
やがて差し出された契約書に、ナツキとセイナがそれぞれサインを入れた。
これで、今日の仕事は完了だ。
もう少しかかるかと思っていたが、機体の選定からデータの保存、契約まで、思っていたよりもずっと早く片付いた。
ナツキは最後にもう一度だけ《ジャッジメント》を振り返る。
二週間。
それから、セッティングと微調整。
まだしばらく先の話だ。
けれど――次にあれへ乗る日が、少しだけ楽しみになっていた。




