6-4 新たな力
《ラバーズ》では姿勢制御が不安定になり、身体が左右へ振られる。
《チャリオット》では直進性能こそ優秀だったが、どういうわけか常時振動している。
《ストレングス》は出力こそ高かったものの、エーテル消費量が大きく過ぎるためメイン・レガリアが装備できない。
《ハーミット》に至っては、ホバリングを開始した瞬間に縦方向に高速回転を始め、ナツキの悲鳴だけが響く。
《ハングドマン》。ナツキは空を見上げていた。正確には、上空へ向かって飛んでいったまま下降出来なくなった。
開始から一時間以上。
ナツキはすでに何度も空を飛び、何度も落ち、何度も予想外の動きを経験していた。しかし、それでも試験はまだ終わっていない。
残されたアルカナシリーズは、まだ半分以上存在していた。
それからも、試験は淡々と続いた。しかし、ナツキの方は淡々とはいかなかった。
「次、《デス》」
セイナが次の機体を選択する。その名前を聞いた瞬間、ナツキの動きが止まった。
「……今、なんて?」
「《デス》」
「死ねってか!?」
「アルカナなんだから仕方ないでしょう」
「でもこれ、失敗したら本当に死にそうな名前じゃん!」
「人はそう簡単に死なん」
セイナの返答はいつも通り落ち着いている。その落ち着きが、今のナツキには逆に怖かった。
設定が切り替わった、瞬間。身体が持っていかれた。前へ、横へ、重力を無視しグルグルとランダムな回転を始める。
「うわぁぁぁ!?」
海と空が何度も入れ替わる。姿勢を戻そうと意識を向けるが、《デス》はその思考すら利用するように別方向へ力を流した。
制御しようとするほど、機体が暴れる。
「これは……」
ユイがモニターを見る。
「入力に対する反応速度が速すぎるね。ナツキちゃんの場合は思考と感覚で操作しているから、入力した瞬間に結果が返ってくる機体だと逆にズレるんだね」
ようやく停止したナツキは、海上でしばらく動かなかった。
「……ちょっとだけ休憩してもいい?」
その声は小さかった。
セイナは時計を見る。開始から、すでに二時間近くが経過している。しかし、残りの機体数を考えれば、ここで止めるわけにもいかなかった。
「ダメ」
「鬼! 悪魔! 真弓セイナ!」
そう言いながらも、ナツキは再び姿勢を整える。
《テンペランス》、《デビル》、《タワー》、順番に試していく。
これらはどれも致命的な問題こそなかった。しかし、決定的に合うものもない。操作できないわけではない。性能が悪いわけでもない。
ただ、ナツキが求める感覚とは少し違っていた。この『何か違う』という違和感は、思考制御する上で大きな障害となる。
《スター》。
伝えられた名前を見て、ナツキは少しだけ期待した。名前の印象だけなら悪くない。
「飛んでみて」
ナツキは頷く。そして、ゆっくりと上昇した。今までのような違和感はない。急な挙動もない。身体の動きに対して機体が追従する。
「……悪くないかな?」
ナツキが呟く。ユイもモニターを確認する。
「安定してるね」
「ただ、反応速度は少し遅いですね」
セイナが補足する。
《スター》は扱いやすい。だが、戦闘で求められる瞬間的な判断には少し不足がある。ナツキ自身も、それを感じていた。
「飛びやすいんだけど……なんか、遅いのかな」
ユイは頷いた。及第点だ。これならある程度レスポンスの調整で良くなるかもしれない。
「なるほど」
その一言で、次の機体へ移る。残るは二つ。
《ジャッジメント》と《ワールド》。
「ナツキ、どっちがいい?」
セイナが尋ねる。ナツキはヘルメットの中で遠い目をしていた。
「……もう……どっちでもいいっす」
疲労困憊といった様子だ。さすがに可哀想になってきたので、比較的操作性がよく、シェア率の高い《ワールド》を選択する。
ナツキはゆっくりと意識を集中させた。
「……」
数秒後、何も起こらない。
「……あれ?」
ユイが画面を見る。
「エーテル循環は正常だね」
確かに、ナツキの身体は空中に浮かんでいる。しかし、動かない。前へ進もうとしても、後ろへ下がろうとしても、左右へ動こうとしてもわ何も変化しない。
ユイはしばらく画面を見つめた後、首を傾げた。
「珍しいタイプだね、うーん……とりあえずダメか」
《ワールド》が候補から外れる。残るは一つ。
《ジャッジメント》。
「これが駄目なら、ゾディアックシリーズも見ていきます」
セイナが告げる。ナツキは両手を合わせた。
「お願いだから、良い感じに動いてください……」
その祈りが届くかどうか。最後の一機が選択される。最後に残った一機、《ジャッジメント》。
「じゃあ、最後だね」
ユイが設定を切り替える。画面上の機体情報が更新される。
《ジャッジメント》。アルカナシリーズ22機種の中では、決して突出した性能を持つ機体ではない。
特化した特徴があるわけではなく、扱う人間によって評価が分かれる機体。だからこそ、長い間第一線から外れることなく残り続けた。
「……」
ナツキはゆっくりと呼吸を整える。ここまで何度も失敗してきた。空中で回転し、落下し、思い通りに動かない機体に振り回され続けた。そのたびに「今度こそ」と思って、次の機体へ向かった。そのたびに裏切られたせいもあり、内心ではもう不安感しか残っていない。
しかし。
「……ん?」
切り替わった、違和感がなかった。
それは、今までで初めてのことだった。《フール》のような慣れ親しんだ安心感とは違う。もっと自然に、まるで、最初からそこにあったもののようにすら感じる。
「ホバリングしてみて」
ユイの指示に従う。高度を維持する。ピタリと思った通りに止まる。
エーテル流量も安定。推力制御も正常。モニターを見るユイの指が止まる。
「どうですか?」
セイナが尋ねる。ユイは画面を見たまま、小さく笑った。
「今までで1番良い」
ユイはナツキのデータを確認する。
「《ジャッジメント》がナツキちゃんの動きについてきてるね」
ナツキは少しだけ手を握る。空中にいる。それなのに、地面に立っている時と変わらない。飛んでいるという意識すら薄いほどの安定感。
「前に進んでみて」
「はいっ」
返事をしてから、ナツキは前へ意識を向ける。瞬間、身体が滑るように加速した。
「……!」
速い。しかし怖くない。速度に身体が置いていかれる感覚がない。止まりたいと思えば止まり、曲がりたいと思えば曲がる。まるで、自分の身体そのものが空を動いているようだった。
「右旋回、その後に左旋回」
急激に方向を変える。
「上昇と降下」
続いて上昇、降下。
急加速、急停止。
その全てに、《ジャッジメント》は遅れなく反応した。
「よし」
普段、軽口を叩くユイの声から、僅かに職人としての確信が滲んでいた。
「ナツキちゃん、全開で動いてみて」
「全開?」
「好きに飛んでいい」
その言葉を聞いた瞬間。ナツキの表情が変わった。先ほどまで何度も失敗していた時の硬さが消える。足首の光翼が輝き、エーテルが一気に流れる。
海上を白い軌跡が走った。《フール》では届かなかった速度。しかし、それでも機体は揺らがない。
急上昇、反転。
急降下、海面すれすれで停止。
波が大きく揺れる。
ナツキは空中で静止したまま、しばらく動かなかった。
「すっごい、これ! た、楽しいー!」
歓声。その声には、先ほどまでの疲労がほとんど残っていなかった。その感極まったような声にセイナが微笑む。
「ようやく適合したレガリアに出会えたみたいね」
その言葉を、ナツキは小さく繰り返した。
レガリアはただの道具ではない。エーテルによって思考を読み取り、使用者の意思の通りに動くもの。いわば、自身の肉体の延長。だからこそ、相性が全てだった。どれだけ高性能な機体でも、持ち主と噛み合わなければ本来の力を発揮できない。
セイナがモニターを見る。
「エーテル消費量も問題なし。メイン・レガリアとサブ・レガリアを装備しても余裕ね」
ナツキは装備した《ジャッジメント》を見つめる。正確には、見えているのはシミュレーター上の実体のない機体だ。
「これがいい、これが一番、ボクに合ってる」
ユイは少しだけ目を細める。
「決まりだね」
その言葉に、ナツキは頷いた。
二時間以上続いた試験。何度も失敗して、何度も落ちて、それでも最後に、自分の手足になるレガリアを見つけた。




