6-3 新たな力
セイナは、整然と並ぶレガリアの列から視線を外し、ナツキへと向き直った。
「さて、ここからが本番。新しいレガリアを決めるわよ」
その一言に、ナツキも自然と自分の脚へ目を落とす。
先日の戦闘。
正体不明の赤銅色の存在との戦いで、《フール》は文字どおり木っ端微塵となった。破片の大半は爆発で四散し、回収できた部品も修復不能と判断されている。
レガリアは決して安い装備ではない。個人で気軽に買い替えられるような代物でもない。
だが、アストレア協会にはそうした事態に備えた制度が存在する。
任務中にレガリアが破損し、その原因がやむを得ない戦闘行為であると認められた場合、新たな機体を購入するための補助金が支給されるのだ。
戦闘記録映像、ブラックボックスの飛行データ、報告書。
八雲ヶ原資源管理事務所は先週、それら一式を協会へ提出していた。
そして今日ここへ呼ばれたということは、無事に審査が通ったということでもある。
「新しいレガリアかぁ」
ナツキは嬉しそうに呟いたものの、その表情にはどこか複雑な色も混じっていた。
《フール》を使っていた期間は決して長くない。それでも、自分を初めて空へ連れて行ってくれた相棒であり、数え切れないほど一緒に飛び続けてきた機体だった。
形あるものはいずれ壊れる。
頭では理解していても、簡単に割り切れるものではない。そんな心境を察したのか、ユイは苦笑しながら軽く肩を叩く。
「湿っぽくなるのは、新しい相棒が決まってからにしようか」
そう言って指差した先には、銀色で飾り気のない骨格だけで構成された奇妙なフライト・レガリアが吊り下げられていた。
外装はなく、細いフレームと各部に取り付けられたセンサー、そして小型スラスターだけで構成された簡素な造りである。
一見すると未完成品にも見えるが、それこそがフライト・レガリアシミュレーターだった。
「これを使うの?」
「そう」
ユイは棚からフルフェイス型のヘルメットを取り出し、ナツキへ手渡す。
「実機で二十種類以上も飛び比べなんて現実的じゃないからね。こいつなら安全に何度でも試せる」
ヘルメットを受け取りながら、ナツキはシミュレーターをぐるりと見回す。
「フライト・レガリアだけで良いの? メイン・レガリアは試さないの?」
その質問に、ユイは「ああ」と納得したように笑った。
近くに展示されていた剣型レガリアを軽く叩く。
「メイン・レガリアなんて名前だからね。こっちが主役みたいに思われがちなんだ」
「違うの?」
「イエス」
ユイは即答した。
「本当に重要なのは、フライト・レガリアの方でね」
隣で聞いていたセイナも、小さく頷き口を開く。
「武器なんて極端な話、リヴォラを倒せるなら何でもいいのよ」
その言葉に合わせるように、ユイは拳を握る。
「拳でもいい。剣でもいい。銃でもいい。その任務に合わせて持ち替えれば済む話だからね」
ナツキは思い返す。
資源回収任務では巨大な作業アーム。
殲滅任務では長大な狙撃銃。
セイナは状況によって武器を迷いなく切り替えていた。
「でも、フライトだけは違う」
ユイの声色が少しだけ真剣になり、その場で軽く足踏みをした。
「今、私たちは立ってる。でも、『立とう』なんて考えてないよね」
「うんうん」
「歩く時も同じさ。右足を出して、左足を出してなんて考えない」
ナツキは何度も頷いた。
「空でも同じだ。飛ぶことを意識しなくても飛べるようにならなきゃ、本当の意味で使いこなしてるとは言えない」
セイナが静かに言葉を続ける。
「エーテルは思考で制御するエネルギー。飛ぶことばかり考えていたら、その分だけエーテルも思考も持っていかれる。戦闘中は照準、索敵、回避、敵の動き……考えなきゃいけないことが山ほどあるのに」
「なるほど……」
ようやく腑に落ちたのか、ナツキは大きく息を吐いた。
ユイはシミュレーターの脚部を軽く叩く。
「だからフライト・レガリアだけは、自分の身体そのものだと思える一機を探さなきゃならない」
「メーカーによって違ったりするの?」
「もちろん。推力も違えば、エーテル制御も違う。ただ、一番大きいのは性能じゃくて……」
端末を操作しながらユイは答える。モニターへ無数の機体名が表示される。
「相性だね」
短い一言だった。
「どれだけ高性能でも身体が拒否する機体はある。逆に、数字じゃ説明できないくらい馴染む機体もある」
セイナは小さく笑う。
「私にとっては《サジタリウス》がそうだった」
「いやいやいや、お嬢ちゃんは参考にならない」
ユイは呆れたように肩を竦めた。
「あんな重装低機動で可変必須なレガリアを『飛びやすい』なんて言うの、お嬢ちゃんくらいだから」
「そ、そんなことは……」
「シェア率お見せしようか? ドベだよ?」
二人のやり取りを見て、ナツキは思わず吹き出した。
工場の重苦しい空気が、少しだけ和む。ユイは笑みを浮かべたままヘルメットを差し出した。
「さて、理屈はこのくらいにして、実際に飛んでみようか」
「了解!」
ナツキは勢いよく返事をすると、シミュレーターへ脚を通し、ヘルメットを被る。
視界が一瞬白く染まり、次の瞬間にはどこまでも続く青い海が広がっていた。
頬を撫でる潮風。
耳元を流れる風切り音。
鼻をくすぐる潮の香り。
足元には波が砕け、水平線の彼方には空と海だけが続いている。
視覚だけではない。
触覚、嗅覚、聴覚までも再現されたその世界は、本物と見分けがつかないほど精巧だった。
「すごい……本当に飛んでるみたいだ」
工場内の大型モニターにも、海上百メートルで静止するナツキの姿が映し出される。
ユイは腕を組みながら端末を操作した。
「まずは基準値を取ろう」
画面に表示された機体名を確認し、セイナへ視線を向ける。
「この子が使ってたのは《フール》で間違いないね?」
「はい」
ユイは軽く頷く。
「まずは慣れてる《フール》から始めようかね。基準値も知りたいし」
ユイが《フール》を選択すると、ナツキを包んでいたフライト・レガリアの感覚が僅かに変化した。
外見上は何も変わっていない。
シミュレーター上では、白いフレーム状の機体が身体に装着されているだけであり、実際のレガリアのような装甲も存在しない。
それでも、ナツキには分かった。
エーテルの流れ方。
身体を支える力の位置。
意識を向けた時に返ってくる反応。
それら全てが、先ほどまでとは違っている。
初めて空を飛んだ時から、何度も使ってきたレガリア。性能だけを見れば、決して優秀な機体ではない。
しかし、ナツキにとって《フール》は単なる装備ではなかった。
初めて自分を空へ連れて行ってくれた存在であり、戦場で何度も背中を預けた相棒でもある。
だからこそ、身体に馴染んだ感覚はすぐに分かった。
ユイはモニターに表示された数値を確認しながら、いくつかの項目を拡大していく。
エーテル流量。推力。姿勢制御。反応速度。
表示された数値は、どれも大きな乱れを見せていない。
むしろ初心者向けの機体としては理想的と言えるほど、綺麗な波形を描いていた。
「やっぱり安定していますね」
セイナも横から画面を覗き込みながら頷く。
「操作に対する反応も素直ですし、ナツキとの相性はかなり良いと思います。でも……」
表示された一部分を指差す。セイナは少しだけ申し訳なさそうにしながら、表示された出力値を指で示した。
「やっぱり低いですよね」
《フール》は決して悪いレガリアではない。安価で、扱いやすく、故障率も低い。
だからこそ多くの新人アストレアが最初に触れる機体であり、教習用として長く使われ続けている。
しかし、それ以上の特徴はない。
高い火力を求められる戦闘。長時間の活動を必要とするインフラ整備。
そういった場面では、どうしても性能不足が出てしまう。
特に八雲ヶ原資源管理事務所のような小規模事務所では、一人の能力差がそのまま戦力差になる。
少しでも余裕のある機体を選ぶ必要があった。
「でも、基準としては十分だね」
ユイは画面を操作し、次の項目を表示。マイク越しにナツキへ声をかける。
「この数値を基準にして、他の機体を試してみよう。切り替えるよ」
「了解!」
「次、《マジシャン》」
ユイが操作すると、画面上の設定が切り替わる。
実際の装備に変化はない。
しかし、ナツキを支えるエーテルの流れは明確に変化していた。
《フール》では身体全体を包み込むような安定した感覚だった。
対して《マジシャン》は、細かな制御を要求してくる。
まるで、自分から合わせに来いと言われているようだった。
「まずはホバリング」
ナツキが意識を集中させる。
フライト・レガリアの脚部ユニットが展開し、光の翼が形成される。そこまでは問題なかった。
しかし、次の瞬間。
ナツキの身体が大きく横へ傾いた。
「え?」
視界が回転する。
青い空。青い海。
また空。また海。
上下の感覚が一瞬で崩れ、身体が側転するように回転していく。
姿勢を戻そうと手足を動かすが、修正しようとするほど回転速度は増していった。
「ちょ、待って!? 何っ、何これ!?」
海上で白い髪が重力に引かれて揺れる。
ヘルメット越しに見える瞳が忙しなく動き、必死に状況を理解しようとしていた。
「……なるほど、推力配分がナツキちゃんの感覚と合ってないね」
ユイは慌てる様子もなく、表示された数値を確認する。
ユイが操作すると、ようやく回転が止まり、ナツキの身体が安定する。設定を《フール》に戻したのである。
しばらく空中で静止した後、ナツキは恐る恐る周囲を見回した。
「な、何が起こ…え?」
完全に困惑している。しかし、落ち着くのを待たずにユイがレガリア設定を変更、《ハイ・プリーステス》へ切り替える。
先ほどの《マジシャン》のような極端な挙動ではなかった。
少なくとも、ナツキは問題なく空中に留まることができている。
しかし、実際に動いてみないと分からないことは多々ある。
「前進してみて」
ナツキが意識を向ける。
その瞬間、身体は前方へ加速する……はずだった。
直後、機体はまるで前へ進む力を失ったかのように姿勢を崩し、僅かに前傾したかと思うと、そのまま海面へ向かって高度を落としていく。
「まって、そっち行かないで!?」
ナツキは叫びながら慌てて姿勢を修正する。だが、修正しようとすればするほど海面に加速していく。
暗転。
座標がリセットされ、再度中空にいる。ナツキは急に変わった視界に混乱し、キョロキョロとしている。
「惜しいですね」
セイナがモニターを確認する。
「ホバリング状態では安定しています。ただ、移動時のエーテル制御がナツキの思考とズレていそうです」
ユイは数値を見ながら頷いた。
「次いこう」
返事をしながらも、ナツキの声には少しだけ疲労が混じっていた。
次に選ばれたのは《エンプレス》。
「これはどうかな」
ユイが設定を変更する。
ナツキが真上へ飛び上がった瞬間、先ほどまでとは違う感覚が身体を包んだ。
「……あれ?」
右へ動こうとすると左へ、左へ動こうとすると右へ。自分の意識とは逆方向へ身体が流れていく。
「操作反転ですね。上下は大丈夫そうですけど」
セイナが即座に判断する。
「《エンプレス》は特殊な制御方式を採用だからなぁ。合う人には扱いやすいんだけど、ナツキちゃんとは逆みたいだね」
ユイが苦笑する。ナツキは空中で必死に姿勢を戻しながら叫んだ。
「すっごい気持ち悪い! すっごい気持ち悪い!」
「終了。次いくわよ」
セイナが淡々と告げる。
「りょ、了解……」
ナツキの返事は少し小さかった。
なお、《エンペラー》については外装こそ違うものの内部制御は《エンプレス》とほぼ同一であるため、試験は省略された。
「次、《ハイエロファント》」
「今度こそ普通に……」
ナツキが祈るように呟く。しかし、その願いは届かなかった。装着設定が変更された瞬間。
身体が沈む。いや、落ちる。
「はっ?」
反応する間もなく、ナツキの身体は垂直方向へ落下を始めた。
海面が急速に近づいてくる。高度は十分ある。
VRであるため、命に関わるわけではない。しかし、空中で何の抵抗もなく落ちていく感覚は、理屈ではなく本能に訴えかける恐怖があった。
ユイが操作するまでの数秒。
その短い時間が、ナツキには妙に長く感じられた。ようやく停止した身体を見て、ユイは小さく息を吐く。
「……1番酷かったね」
「操作不可能でしたからね……」
残り18種類。この中に適合する機種があればよいのだが。そう考えていると、ナツキが声を上げる。
「もうヤダぁ! 怖い、怖いぃぃ! 帰るぅ!」
「泣いちゃった」
「泣かないの! 男でしょ!」
「いや、女の子でしょうよ……」
セイナはナツキの叫びを無視する。そのスパルタ具合にユイは引きながらも、試さねばならないレガリアはまだまだあるのは事実。この程度で切り上げるわけにはいかない。
そこから先も、試験は続いた。




