6-8 新たな力
「ひゃーー!」
ナツキの黄色い悲鳴がインカム越しに聞こえてくる。百メートルほど先では、純白の機影が海上を自由自在に飛び回り、急上昇したかと思えば翼を翻して急旋回し、そのまま海面すれすれまで高度を落としていく。
「どう、使い心地は?」
「最高! 楽しいー!」
《ジャッジメント》は先代の《フール》で使用していた設定を引き継いでいるため、ナツキにとっては手足の延長のように馴染んでいるらしい。もっとも、そんな調整をしなくても、ナツキならば時間さえあれば大抵のレガリアを使いこなしてしまいそうな気もする。
「……いいわね、新しいレガリア」
愛機は気に入っているし、長年使い続けてきた分だけ愛着も強い。
それに性能面で不満があるわけでもない。
それはそれとして、傷一つない新品のレガリアが羨ましいと思ってしまうのも事実だった。
冬のボーナスが入ったら、外装甲だけでも取り替えようか。
どうせなら、差し色に使っているイエローのパターンを変えてみてもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、今回の目的地である輸送船の姿が見えてきた。
これまでの八雲ヶ原資源管理事務所はC評価であり、リヴォラ関連任務において受諾できる仕事も『リヴォラ・オクルスの撃破』や『リヴォラ資源回収』など、一部の任務に限られていた。
しかし、今回の監査によって八雲ヶ原資源管理事務所の評価は『B+』へ更新された。
これにより、受諾できる任務の種類は大きく増えている。
今回の『輸送船の護衛』も、その一つだった。
輸送船へ近づいていくと、船体の脇を飛行していた別事務所のアストレアたちがこちらへ向かって大きく手を振っているのが見えた。
「ちょっと行ってくるわ」
「よろしくお願いいたします、隊長」
「……ねぇ、本当に私が隊長でいいわけ? 能力的にはトウカさんの方が……」
「なにをおっしゃいますか。私が一番の新参者なのですから、そういうわけにはいきません。それと……私のことはトウカと呼び捨ててくださいな」
「む……でも」
「同い年でしょう? そして同胞ならば当然です」
「……わかった。じゃあ、トウカ。うちのやんちゃ……じゃなかった。お転婆姫の面倒見てて」
「了解です」
セイナは一人で輸送船へ向かい、先任のアストレアたちと合流する。
今回の輸送船は、複数のノアや農業船、養殖船、工場船を転々としながら荷を積み、必要な場所へ降ろしていく大型輸送船だ。
様々な物資を艦船同士で循環させることで、ノアで暮らす人々の生活を支えている。どれほど重要な存在なのかは言うまでもない。
その護衛ともなれば責任は重大だ。
セイナは先任のアストレアたちから現在までの航路、周辺のリヴォラの確認状況、輸送船の状態など、引き継ぎ事項を一つずつ確認していく。
「確認しました。これ以降は八雲ヶ原資源管理事務所が引き継ぎます。お疲れ様でした」
「よろしくお願いします。では、我々はお先に」
任務を終えたアストレアたちが、並走している別の船へ向かって飛び去っていく。
セイナはその背中を見送ってから、輸送船へと視線を戻した。
ここからが長丁場だ。
今回の任務は、ほぼ丸一日。昼夜を問わず輸送船に付き添うことになる。レガリアは最大出力で運用すれば短時間しか保たないため、長時間任務では出力を限界まで落として稼働時間を延長する必要がある。
さらに冷却ユニットを増設したことで、今回の仕様ではおよそ五時間の連続稼働が可能になっている。
三人のうち二人が護衛を担当し、一人が休む。
交代は二時間おき。レガリアの稼働時間を超過させないよう、余裕を持ったローテーションを組んである。
最大で四時間の連続飛行になる。
長時間飛行の訓練はしてきたものの、実際の任務で経験するのは今回が初めてだ。スタミナの消耗だけではなく、レガリアのエネルギー残量や冷却状態にも気を配らなければならない。可能な限り無駄なエーテル消費を抑え、省エネルギーを意識した飛行が必要になるだろう。
そして、自分だけではなくチーム全体の状態も考えなければならない。
トウカに関しては護衛任務の経験があるとのことで、そこまで心配はいらない。
問題は――。
「大きいなぁー」
輸送船の右側面を飛行しながら、ナツキが感嘆の声を漏らしていた。
「こら、楽しいのは分かるけど控えめになさいな」
「はーい。ノアほどじゃないけど、でっかいねー。何を積んでるの? 徳とか?」
「そんなもんどう積むのか教えてほしいもんだわ。えっと、これは……主に機械のパーツみたいね。メーカー的に浄水装置や空調とかかな」
セイナは端末に表示された任務内容を確認する。
積み荷の型番までは記載されているものの、それが具体的にどのような機械に使われる部品なのかまでは分からない。
「あとは木材と鋼材。人も乗ってるわね」
「人はお引っ越しとか?」
「あとは旅行や帰省とか」
旅客船ではないため、快適な船旅とはいかないだろう。その代わり、旅客船よりも料金が安い。私自身も実家へ帰省する際には、こうした輸送船を利用することが多かった。
「お二方、観測所からの情報ではリヴォラは確認されていないようですが、陸に近い航路を取るようです」
「了解。んー、航行距離からして一時間くらいか……ならトウカは陸地側の右側面をお願い。万が一の時は即時迎撃を」
最近のリヴォラ観測所からの情報は、どうにも信用しきれない。
先日の一件もある。
念のため、陸地側からの不測の事態に備えてトウカを配置しておく。
「左側面はナツキ。海側とはいえ充分に警戒すること。あと、新しいレガリアだからってはしゃぎ過ぎちゃダメよ?」
「はーい!」
「私は船の上空で周囲を監視するわ。何か異変があったら連絡するので、通信は常に開いていて。それから、一時間後にトウカにはいったん休んでもらって、夜間に備えてもらうわ」
予定航路では、再び夜間に陸地付近を通過する。
そこから逆算してローテーションを組めば、夜間の危険区域にもっとも経験のあるメンバーを配置できる。
「トウカちゃんの次はセイナちゃんが休んで。ボクはちょっと慣らしておきたいからさ」
ナツキが自分の《ジャッジメント》を指差す。
「わかったわ。何かあったら休憩中でも遠慮なく……」
「いえ、それは極力控えましょう」
「たしかに、そうなると気が休まらないもんね」
「ええ、ナツキちゃんの言う通りです。休む時はしっかり休むことが肝要ですから、余程のことがなければ連絡はなしということにしましょう」
「分かったわ。それから、交代の際はログを確認するようにしましょう……と、こんな感じでいいかしら?」
初めて経験する種類の任務。
初めて組むチーム。
そして、初めての作戦指揮。
経験のないものが重なれば、どうしても胸の奥に小さな引っ掛かりが残る。
「上々かと」
トウカの返答を聞いた瞬間、セイナは小さく息を吐いた。気がつけば、無意識に肩へ力が入っていたらしい。
「それでは全員配置に……あ、違う。その前に……」
「なに?」
「一応、輸送船の各ブロックをチェックしておくわ」
セイナは端末を操作し、輸送船の立体図を空中へ展開する。三人はそのまま隊列を組み、巨大な船体の周囲を飛行しながら、図面と実物を照らし合わせていく。
エンジン部。
輸送船乗務員の居住区。
船橋。
各種輸送物資の保管区。
緊急避難区画。
旅客居住区。
一つずつ確認していくうちに、輸送船の全体像が少しずつ頭の中へ入ってくる。
全長六百メートル。数字として見れば理解できる大きさなのに、実際にその船体の横を飛んでみると、それ以上の巨大さを感じる。
「動力部やブリッジは武装も備わっていますね。ある程度、自衛はできそうです」
「そうね。となると、戦闘時の最優先は……」
セイナは速度を上げ、船の前方へ移動する。そこには他の区画とは明らかに異なる色で塗装された一角があり、船体側面には無数の窓が整然と並んでいた。
旅客居住区。
武装らしいものは見当たらず、外装も他の区画と比べれば薄い。その真下には緊急時の避難区画も存在する。
もし戦闘になった場合、ここだけは絶対に戦場にしてはいけない。
人命が最優先だ。
そんなことを考えていると、窓の奥に人影が見えた。それは、こちらへ向かって大きく手を振る旅客たちだった。
「おっ!」
それにいち早く気付いたナツキが船体へ接近し、客たちへ向かって満面の笑顔で手を振る。すると、それだけで船内が一気に沸き上がった。
ナツキはそのまま両手でハートマークを作り、少し離れてからくるりと一回転してみせる。さらに別の窓へ向かって手を振り、カメラを構えている客を見つければ、わざわざ飛行姿勢を整えてシャッターチャンスまで提供する。
見事なファンサービスだった。
分厚い窓ガラスに隔てられているため、こちらまで声が届くことはない。
それでも、窓の向こうで手を叩き、笑い、スマートフォンを掲げる人々の姿を見れば、どれほど盛り上がっているのかは嫌でも伝わってくる。
そして、それはナツキだけではなかった。
トウカも別の窓ガラスへ近づき、速度を落としながらゆっくりと飛行する。そして、胸元へ手を添え、たおやかに一礼した。
ただ、それだけだった。にもかかわらず、窓の向こうでは大きな拍手が巻き起こった。
「すごいわね……」
セイナは思わず呟く。
自分には、とても真似できそうにない。
そう思った時、一つの影が目に留まった。
旅客居住区の外れ。窓際に一人の若い女性が腰掛けている。
表情まではよく見えないけれど、どこか困り果てているような雰囲気だけは、窓越しでも伝わってきた。セイナは速度を落とし、その窓へ近づく。
そこでようやく、女性が何をしているのかが分かった。
必死に赤ん坊をあやしている。腕の中で赤ん坊は身体を反らし、顔を真っ赤にして泣き続けていた。女性はあやし方を変えたり、抱き方を変えたり、何度もあやしている。
けれど、なかなか泣き止まない。女性の目元には薄い隈が浮かんでいた。
セイナは少し考え、それから窓を軽くノックした。コン、と小さな音が響く。
女性が勢いよく顔を上げた。こちらに気付いた瞬間、その目が驚いたように大きく見開かれる。赤ん坊も一瞬だけ泣き止み、こちらを向いた。
セイナは小さく手を振る。
そして、少しだけ顔を崩した。
あっかんべー、と舌を出す。
目尻を指で押して変な顔を作り、今度は手をひらひらさせながら小さく踊らせてみる。
赤ん坊はじっとこちらを見つめている。
セイナも動きを止めない。
少しずつ、少しずつだが、やがて――赤ん坊の口元が、ふっと緩んだ。
次の瞬間、ころころと小さな笑い声が窓越しに聞こえたような気がした。
母親が目を丸くする。そして何度も、何度もこちらへ向かって頭を下げた。セイナは小さく会釈を返し、その窓から離れる。
すると、少し離れた場所でナツキとトウカが腕を組んでこちらを見ていた。
「やるね!」
「さすがです」
「何がよ。ほら、配置について」
セイナは二人から逃げるように速度を上げた。その背後で、ナツキとトウカが顔を見合わせる。
こうして、八雲ヶ原資源管理事務所にとって初めてとなる輸送船護衛任務が始まった。
なお、余談ではあるが――先ほどセイナが赤ん坊をあやしていた姿は、少し離れた場所にいた別の旅客によって撮影されていた。
その映像は後にSNSへ投稿され、瞬く間に拡散。普段の凛とした姿とは違う、少し困ったように笑いながら赤ん坊をあやす真弓セイナの姿は、多くの人々の心を掴むことになる。
そして後日、その動画を見た育児用品メーカーから、八雲ヶ原資源管理事務所へ一本の連絡が届く。それが、真弓セイナと育児メーカーによる、思いもよらぬコラボレーションの始まりとなった。




