5-7 復讐者
四つの閃光がほぼ同時に弾け、爆炎が豪雨を吹き飛ばす。
膨れ上がった爆風が海面を押し潰し、一瞬だけ巨大な窪みを作り出した。
その中心へセイナは一切の間を置かず、ケイロンを撃ち込む。ドローンの爆発だけでは、足りないのは分かっている。
バーストモード最大出力。
エーテル導管が悲鳴を上げるほどの過負荷。
砲口から放たれた光条は爆煙を真っ二つに裂き、その奥へ吸い込まれていく。
青白い光が何度も脈打ち、衝撃波が豪雨を押し返した。
何度も何度も、銃身が焼き切れるまでトリガーを引く。セイナは照準から目を離さない。
呼吸すら忘れるほど集中し、爆煙の向こうを見据え続ける。
手応えはあった。
これだけの火力を至近距離で浴びれば、いかに異形でも無傷では済まない。
だが嫌な静けさだった。
撃墜したリヴォラなら、核が停止し、海へ落ちていく。
しかし、爆煙の向こうからは何も落ちてこない。
波だけが揺れ、豪雨だけが降り続いている。海面へ降り注ぐ雨が、爆煙を少しずつ押し流していく。
灰色の煙幕の向こう側は、まだ見えない。
セイナはケイロンを構えたまま、一瞬たりとも照準を逸らさなかった。
呼吸は一定。鼓動だけが速い。
――まだ終わっていない。
そんな確信だけが、胸の奥に静かに沈んでいる。
次の瞬間、爆煙の中から赤銅色の影が飛び出す。
速い。
先程までの直線的な突撃ではない。
爆発の余波を利用するように身体を捻り、そのまま海面すれすれを滑空する。
装甲は砕け、右肩は半ば吹き飛び、胸部外殻も大きく抉れている。
それでも止まらない。
その複眼だけは、なおナツキだけを見据えていた。
そのダメージ故か、先程よりは飛行速度は遅い。けれども、痛みなどないように他を意に介さぬ殺意を持ってナツキだけを狙う。
そして、それは予想通りであった。
ナツキが海面から跳ね上がる。救命具から身体を投げ出すように飛び上がると、腰部から切り離したフライト・レガリアを両手で掴み、そのままアンノウンへ投げつける。
青白い噴射炎を吐きながら、フライトレガリアは一直線に赤銅色の身体へ吸い込まれていく。
アンノウンが初めて反応を示した。
長い腕を交差させ、目の前の異物を払い除けようとする。
その一瞬を逃さない。
「――そこ」
セイナの声は驚くほど静かだった。
ケイロン各部のロックが解除される。
重厚な駆動音。
左右へ展開していた増設砲身が収納され、長大な銃身が前方へ伸びていく。
バーストモード、解除。
スナイプモード。
ターコイズブルーの光が一本の線となり、銃身の先端へ収束する。
雨粒が止まったように見えた。
世界から音が消える。
照準。
補正。
演算。
全てが一瞬で終わる。
ナツキのフライト・レガリアがアンノウンへ衝突。そして、セイナは迷いなくナツキのレガリアを狙って引き金を絞った。
閃光。
轟音は一拍遅れて世界を揺らす。
ターコイズブルーの光条は黒いレガリアを貫き、その内部で暴走したエーテルが一気に解放された。
爆発。
赤銅色の身体が光の奔流へ呑み込まれる。
豪雨さえ蒸発させる爆炎が海面を覆い、巨大な水柱が空高く吹き上がった。
豪雨の中、巨大な水柱だけがゆっくりと崩れていく。
雨粒が叩きつける海面へ、赤銅色の破片がいくつも沈んでいった。
セイナは肩で息をしながらケイロンを下ろす。
胸の奥で鳴り続けていた警鐘が、ようやく遠ざかっていく。
「……終わった」
ぽつりと零れたその言葉は、雨音に溶けて消えた。
フライト・レガリアの出力は限界寸前。
警告表示が視界いっぱいへ広がり、ターコイズブルーの光翼もかなり小さくなっている。
これ以上の戦闘継続は危険だった。
セイナは大きく息を吸い込むと、海上へ浮かぶナツキの元へ降下する。
「ナツキ、大丈夫?」
「虫の息です!」
「大丈夫そうね」
アンノウンの攻撃によって、エーテルスーツは各所が裂け、擦り傷や打撲の痕が痛々しい。
それでも笑っている。
その顔を見た瞬間、胸につかえていたものがようやくほどけた。
「まったく、びしょ濡れのアンタを連れ帰るなんて、あの日みたいね」
出会った日を思い出しながら、ナツキを抱える。見た目同様、軽く華奢な体躯だ。
「帰ったら病院ね」
「注射!?」
「特別太いやつで刺してもらうわ」
顔を青ざめさせるナツキの顔に思わず笑ってしまう。
その時だった。
海面が、盛り上がる。雨粒の落ちる方向が乱れた。
背筋を這い上がる冷たいものへ身体が反応するよりも早く、セイナは振り返る。
「――ッ!」
海中から赤銅色の影が飛び出した。
右半身は吹き飛び、片腕も失われている。
胸部装甲は無残に裂け、内部構造がむき出しになっていた。
それでも複眼だけは、なおナツキを映していた。
生きている。まだ、終わっていない。
セイナは反射的にケイロンを構えようとする。
しかし、ナツキを抱えてしまっている。
回避行動を取ろうにも、エーテル残量はほぼ底を尽き、動くより先にアンノウンが届く。
「しまっ――」
言葉は最後まで続かなかった。
視界を埋め尽くすほどの深紅が走る。
雨雲を裂くような一閃。
それは雷よりも速く、音よりも先に世界を切り分けた。
赤銅色の身体が、斜めに滑る。
一拍遅れて、上半身と下半身が音もなく離れた。
断面から青白い火花が噴き出し、異形はそのまま力なく海へ沈んでいく。
豪雨だけが静かに降り続いていた。
純白の光翼を背負った一人の少女が、刀を肩へ担ぎながらこちらを向く。
濡れた黒色の髪を払い、小さく笑った。
「なかなかヒロイックな登場だったのでないでしょうか?」
セイナはその姿を見た瞬間、その場へ崩れ落ちそうになった。
「……白瀬トウカ」
「おー、ミラクルマントウカちゃん」
「え、そ、そんな、ミラクルマンだなんて畏れ多いですね……」
顔を赤らめ、照れた様子で白瀬トウカが身をよじっている。
「えっと、まさか救助要請がお二方だったとは。ケガは……なさっているみたいですね、大事ないでしょうか?」
「かすり傷! でもまぁ、大変だった……なんだったの、あれ……」
白瀬トウカにとどめをさされ、海中に沈んでいったアンノウンを思う。
見たことも無ければ、聞いたこともない存在だ。
既存のリヴォラとは明らかに異なる存在。そして、何故ああまで執拗にナツキを狙ってきたのか、それも謎だ。
「映像はあるし、上に報告をするわ」
餅は餅屋。我々が考えた所で何も変わりはしない。
「……あっ」
ナツキが悲鳴のような声を上げる。
「な、何よ、急に大きな声出して」
「セイナちゃん、撃破数!」
セイナは端末を開き、監査システムへ戦果が反映されているか確認する。
撃破数。
現在──五十九。
「…………。」
指が止まる。
画面を二度見する。
もう一度更新する。
変わらない。
五十九。
目標六十。
「…………え?」
ナツキも端末を覗き込む。
「あ」
二人の視線がゆっくり重なる。
数秒の沈黙。
「……一体足りない」
トウカだけが首を傾げた。
「え?」
豪雨の海上へ、二人の情けない叫び声だけが響き渡った。
「しまった! あの赤いの倒したのトウカちゃんじゃん!」
「ど、どこか、どこかに一匹くらい飛んでない!?」
周囲を探すが、リヴォラらしき影はなく、まるで戦闘は終わりと言わんばかりに空が晴れていく。
「お、おわった……」
がっくりと項垂れ、トウカはその様子にオロオロとしている。
その時、ナツキが何か思い付いたように声を上げる。
「おうおうおう、白瀬トウカさんよ、人様の獲物を横取りくるたぁ、どういう了見なんだいっ!?」
「えっ、えっ……でも私は救助要請を受け取りまして……!?」
「救助要請ってのは、獲物を横取りするってことなのかいっ! それがミラクルマンのすることなのかいっ!?」
「っ!!」
決して長い付き合いではないが、すごしている密度は高い。だから、ナツキが責めているというわけではなく、何か悪ふざけをしているようだと感じる。
「あーあー、これでウチの事務所は解散かもしれないなー。あーあー、困ったなー、困っちゃったなー」
「そ、そんな……ど、どうすれば……!」
「そうだなー、ちょっとウチの事務所に来てもらおうかなあ」
「わ、分かりました……」




