4-4 白瀬トウカ
「噂が広がるの早過ぎない?」
商店街を歩きながら、ナツキが苦笑混じりに呟いた。
「田舎なんてそんなもんよ」
私は肩をすくめる。
八雲ヶ原資源管理事務所所属の新人アストレアとして、ご近所への挨拶回りを始めてまだ一時間も経っていない。にもかかわらず、立ち寄る先々でナツキの名前が先に飛び出してくるのだから驚くしかない。
「あらあら、あの話題の新人ちゃんじゃない!」
商店街の惣菜屋の女将さんは、私たちの姿を見るなり店先から顔を出し、満面の笑みで手招きをした。
「本当に可愛いわねぇ。テレビで見るよりずっと可愛いじゃない」
「でしょう?」
ナツキは胸を張る。その様子を見て女将さんはますます上機嫌になり、揚げたてのコロッケを次々と紙袋へ詰め込み始めた。
「ほら、これ食べていきなさい。セイナちゃんの分も入れといたから」
「え、そんな、いただけませんって」
「いいのいいの。応援してるんだから」
結局、断り切れずに受け取ることになった紙袋は、ずっしりとした重みがあった。少なく見積もっても十個以上は入っている。
「ありがとうございます」
頭を下げると、女将さんは嬉しそうに手を振って店へ戻っていった。さらに数軒先では、クリーニング店の店主が腕を組みながら笑っていた。
「おお、噂の新人ちゃんだな?」
「どうも」
「ちょうど良かった。時間あるか? うちの娘がお前さんの大ファンになっちまってな。サインが欲しいって朝から騒いでるんだ」
「サイン?」
ナツキがきょとんと目を丸くする。
店の奥から慌てて飛び出してきた女子高生へ、ナツキは少しぎこちないながらも丁寧にサインを書き、最後に笑顔で握手までしていた。
「家宝にします!」
「国宝と思ってください!」
そう言いながらも、まんざらでもなさそうな笑みを浮かべている。さらに商店街を進めば、学校帰りらしい学生たちがこちらへ気付き、一斉に声を上げた。
「あっ、ナツキちゃんだ!」
「セイナさんもいる!」
「うわ、本物だ!」
「ナツキちゃん顔ちっちゃ! かわいい!」
「写真いいですか!?」
囲まれながらもナツキは終始笑顔を崩さず、求められるまま写真へ収まり、手を振り、愛嬌たっぷりに応えている。
その姿を横目で見ながら、私は少しだけ感心してしまう。
こういう振る舞いは教えられて身につくものではない。持って生まれた才能なのだろう。
そして改めて思う。
この街の人々は、私たちアストレアのことを本当によく見ている。
誰がどんな戦い方をしているのか。
誰がどんな性格なのか。
誰がどれだけ頑張っているのか。
それらを知った上で、こうして笑顔で応援してくれる。
それは単なる興味ではない。
信頼であり、期待であり、自分たちの暮らしを託してくれている証でもある。
だからこそ、その期待だけは決して裏切ってはならない。
そう改めて胸の内で誓った。
商店街の中央付近まで歩いてくると、人だかりが見えてきた。ステージを取り囲むように子ども連れの家族が集まり、あちこちから歓声が上がっている。
「セイナちゃん、何やってるのあれ?」
「何かの催し物……ああ、ヒーローショーね」
ステージ脇の大きな看板には、《ミラクルマンノアショー》と書かれている。
詳しい作品までは知らないが、何十年も続く有名な特撮シリーズだったはずだ。この商店街では休日になると、こうした催し物が定期的に開かれている。ステージ中央では、黒と黄色の毒々しい配色をした怪獣と、赤と銀のスーツを身にまとったミラクルマンが激しくぶつかり合っていた。
「何あれ何あれ!」
ナツキの目が一瞬で輝く。子どものように目を輝かせたかと思うと、そのまま人混みへ吸い寄せられるように駆け出していった。
「ちょ、待ちなさい!」
見失わないよう咄嗟にその手を掴む。人波の中ではぐれでもしたら大騒ぎだ。そのまま手を離さず、人垣の最前列まで一緒に進んだ。
どうやら物語は終盤らしい。
黒い怪獣に踏みつけられたミラクルマンは苦しげにもがき、胸元に取り付けられた発光体が赤く明滅している。
会場には緊迫した音楽が流れ、司会のお姉さんがマイクを握り締めて声を張り上げた。
「みんな! このままじゃミラクルマンが負けちゃう! だから、みんなで応援するよ! せーのっ!」
「がんばれーーー!!」
子どもたちの元気いっぱいの声が会場いっぱいへ響き渡る。
「もう一回! せーのっ!」
「頑張れーーー!」
今度はナツキも両手を口へ添え、大きな声で叫んだ。
その声援へ応えるように、ミラクルマンはゆっくりと膝をつき、震える腕で身体を支え始める。
まだ立ち上がれない。それでも少しずつ前へ進もうとしていた。
「セイナちゃんも!」
「えっ、わ、私も!?」
突然振られ、思わず素っ頓狂な声が漏れる。
こういうのは少し気恥ずかしい。だか私たちアストレアもまた、人々から応援される立場だ。
応援する人の気持ちを知ることも、大切なのかもしれない。
「もう一回! せーのっ!」
「が、がんばれー!」
少し照れながら声を出した、その直後だった。
「が゛ん゛ば゛れ゛ぇ゛ぇ゛!!」
隣から響いたあまりにも迫力のある、いや、もはや悲鳴にも近い絶叫に思わず身体が跳ねる。
「えっ」
反射的に隣を見る。
黒いバケットハット。黒縁眼鏡。両手には巨大な一眼レフカメラ。
そのレンズは望遠砲かと見紛うほど巨大で、今にも戦場へ持っていけそうな存在感を放っている。
ラフな服装ではあるが、胸元のTシャツには堂々とミラクルマンがプリントされており、その上からいくつものピンバッジまで付けられていた。
そして当の本人はというと、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま、拳を握り締め、今にも倒れそうな勢いで絶叫している。
「がんばれぇぇぇぇぇぇ!! ミラクルマァァァァン!!」
どう見ても筋金入りのファンである。
だが、私が引っ掛かったのはそこではない。泣き叫ぶその横顔に、どこか見覚えがあった。




