4-3 白瀬トウカ
ナツキは興味津々といった様子で画面をスクロールさせると、アクセスランキングとは別に用意されている《アストレア総合ランキング》の項目を開き、そのまま一番上に表示されたプロフィールを指先で軽く叩いた。
「それはそうと、1位は……っと」
アクセス数では現在ナツキ自身が首位を独走しているものの、アストレアとしての総合ランキングとなれば話は別だ。画面に表示されたのは、一人の少女だった。
艶やかに切り揃えられた黒髪。
白を基調としながらも和装を思わせる意匠を取り入れたエーテルスーツ。
静かにこちらを見据える瞳には、人気者らしい愛嬌というより、一切の揺らぎを感じさせない凛とした強さだけが宿っている。
プロフィールの最上部には、その名が大きく表示されていた。
「白瀬トウカ?」
その名前を読み上げるナツキの横で、アズサ所長は「ああ、やっぱりそこ見るよねぇ」とでも言いたげに笑いながら頷く。
「まぁ、不動だよねぇ。ランキングのチャート見てごらん」
言われるまま、一位と書かれたアイコンをタップする。
すると画面が切り替わり、過去数年間にわたる順位推移を示す折れ線グラフが表示された。アストレアランキングは一か月ごとに更新され、その累積で年間ランキングが決定する。本来なら、新人の台頭や引退、負傷や活躍によって順位は上下を繰り返し、折れ線は細かく波打つものだ。
だが、そのグラフだけは違った。
一度だけ勢いよく一位まで駆け上がった線は、それ以降、一切揺らぐことなく最上段を一直線に走り続けている。
「……50か月連続1位!? 年間ランキング4年連続1位!? なんだそれ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げるナツキに、私は肩をすくめる。
「白瀬トウカだからね」
「インチキ?」
「そんなわけないでしょ」
思わず即答してしまう。
「動画もあるわ。見てみなさい。納得するから」
プロフィール欄に添付されていた公式紹介映像を再生する。
画面いっぱいに映し出されたレガリアの名は《スサノヲ》。
メーカーは日本屈指の重工メーカー《タカマガハラ社》。
朱色を基調とした装甲に、関節部の金色と差し色の白色が映えるその姿は、西洋の機械というより、古い武者鎧を現代的に再構築したような神秘性を漂わせていた。
全体の装甲自体は驚くほど軽装だ。
しかし両腕は異様な形をしていた。装着者自身の身長程もある長い腕型のレガリアが備わっている。筋肉を思わせる複雑な形状のパーツが絡み合い、その上から大袖や籠手をのような装甲を被せてある。
巨大なメイン・レガリアによって肩から指先までが一回り以上大型化しており、その両腕で握られているのは、装着者の身長すら優に超える巨大な日本刀だった。
それをさらりと、舞踊を舞うように構える。
次の瞬間、《スサノヲ》が加速した。
タカマガハラ社独自開発のフライト・レガリアは、他社製のように空を飛ぶというより、空中そのものを蹴って疾走しているような独特の機動を見せる。
一歩。
二歩。
三歩。
空に見えない足場でもあるかのように駆け抜けたかと思えば、その勢いを乗せたまま巨大な刀を振るう。
一閃。
刀身が消えた。
いや、速すぎて見えなかった。
遅れて響く金属音。
そして、鉱物と金属によって構成されたリヴォラの巨体が、まるで豆腐でも断つかのように真っ二つへと裂けていく。
舞い上がる白い浮嚢繊維。
残光を引く白い光翼。
切り払った勢いのまま無駄なく姿勢を整え、次の標的へ向かって駆ける姿は、戦闘というより一つの演武を見ているようですらあった。どれだけの鍛錬を積めば、ここまで洗練された動きになるのだろう。
思わず息を呑んでしまう。
「……かっ、こいい……!」
ナツキがぽつりと漏らす。
その一言には、純粋な感嘆しか含まれていなかった。だが、すぐにはっと我に返ったように首をぶんぶん振る。
「あっ、違う違う! 負けてませんよ!? ボクには愛嬌がありますから!」
その慌てぶりがおかしくて、私は思わず吹き出しそうになる。
「そこ張り合うところなの?」
苦笑しながら肩を竦める。
「まぁ、でも格好良いのは認めるわ。レガリアが優秀なだけじゃない。あの人自身の実力が桁違いなのよ」
ナツキも先日の戦闘を思い出したのか、少し真面目な表情になる。
「アンタも経験したでしょ。本来、リヴォラは『斬れない』」
「ああ……硬かったもんなぁ……」
そう呟きながら、自分の両手を見る。オクルスへ斬り掛かり、双剣をあっさり折られた瞬間の衝撃が蘇ったのだろう。
金属同士が激突したような感触。
痺れて感覚のなくなった腕。
そして、自分の武器だけが無残に曲がってしまった光景。
「鉱物と金属の塊なんだから当然よ。だから近接武器はほとんどが鈍器なの」
私はタブレットに映る巨大な刀を指差す。
「見た目は刀や槍でも、実際には刃を立てて切るんじゃない。質量と速度で叩き潰す武器なのよ。アンタが使ってた双剣は回収用だから繊維を切るために研がれてたけど、あれは完全に例外」
「なるほど……」
ナツキは納得したように何度も頷く。
「なのにタカマガハラ社は、『日本人なら刀だろ』って発想だけで、本当に斬るための刀なんて代物を作っちゃったの」
普通なら誰も使えない。いや、使おうとも思わない。そんな常識外れの兵器を、本当に実戦で振るい続けている人物がいる。
「そして、それを使いこなす頭と技量のおかしなアストレア。それが白瀬トウカ」
私が呆れ半分、尊敬半分でそう締めくくると、アズサ所長は湯飲みを片手に「うんうん」と満足そうに頷いた。
「ただねぇ、その異常さが人を惹きつけてやまないんだよ」
画面には、一般人気を示す《ファン支持指数》も、実績を示す《協会評価指数》も、どちらも満点に近い数値が並んでいる。
人気だけでもない。実力だけでもない。
その両方を極限まで兼ね備えているからこそ、白瀬トウカという存在は、50か月もの間、一度たりとも頂点の座を譲ることがなかったのだ。
ナツキは興味深そうに白瀬トウカのプロフィールを眺めていたが、不意に首を傾げ、小さく画面を指差した。
「ん? でもこの人、フリーのアストレアなの?」
その指先が示すプロフィール欄には、《所属》という項目があり、そこには驚くほど簡潔に『なし』とだけ記されていた。
企業名もなければ、事務所名もない。スポンサー企業のロゴすら表示されていない。
人気ランキング一位のアストレアとは思えないほど質素なプロフィールである。
「そう、そこも人気の一つなのよ」
セイナは頷きながら湯呑みを卓上へ置いた。
「どこのアストレア事務所にも所属せず、どこの企業とも専属契約を結んでいない。文字通り、一人で活動しているアストレア」
「へぇ……」
ナツキは感心したように目を丸くする。
「じゃあ協調性がないとか、一匹狼って感じ?」
即座に首を横へ振る。
「誰にも従わないけれど、誰とも敵対しない。危機が迫れば、どこからともなく現れてリヴォラを討伐し、状況が落ち着けば静かに去っていく。作戦行動では他のアストレアとも普通に連携するし、救援要請があれば真っ先に駆けつけることでも有名よ」
プロフィールには数え切れないほどの討伐記録や救助実績が並んでいる。
だが、そのどれにも本人のコメントはなく、メディアへの露出も最低限。華々しい実績とは裏腹に、その人物像だけが霧の向こうに隠れているようだった。
「多くを語ることもないし、他人の戦果を横取りすることもない。討伐後に報酬の上乗せを要求したなんて話も聞かないし、自分から名声を求めて動くこともないわ」
だからこそ、人々は彼女を信頼する。誰かのために戦い、誰にも見返りを求めない。そんな存在は、今の時代ではむしろ珍しい。隣で話を聞いていたアズサ所長が、湯呑みを揺らしながら肩をすくめた。
「ま、正義のヒーローってところかねぇ」
「イメージとしては近いかもしれませんね」
実際、ネット上では『現代の英雄』だとか『赤き剣神』だとか、随分と大げさな二つ名まで付けられている。
本人がどう思っているかは知らないが。
「はぁーーー……」
ナツキはタブレットへ視線を落としたまま、感心したように長く息を吐いた。
「なんというか、それは人気になりますわなぁ……納得」
ランキング一位という数字だけでは分からなかったものが、こうして話を聞くだけでも伝わってくる。
実在する人物だと理解していても、どこか絵本や昔話の登場人物のような、現実離れした存在にすら思えてしまう。
私はタブレットの画面を閉じながら立ち上がる。
「アンタはまず地道な活動からね。今は注目されてるんだから、変な失敗だけはしないように」
人気というものは得るのは難しいが、失うのは一瞬だ。まして今のナツキは、偶然とはいえ一夜にして全国へ名前が知れ渡った。期待されている分、その期待を裏切れば反動も大きい。一度失った信頼を取り戻すのは、最初に積み上げるより何倍も難しいことを私は知っていた。
するとナツキは勢いよく立ち上がり、両拳を胸の前で握り締める。
「な、何をすればいいんでしょうか!? お仕事はございますか!?」
その目だけは妙にやる気に満ちている。
アズサ所長はスケジュール帳をぱらぱらとめくり、少し申し訳なさそうに笑った。
「今はないかなぁ」
「えーーーっ!」
盛大に肩を落とすナツキのあまりにも分かりやすい反応に、思わず苦笑が漏れる。
「だったら、ご近所でも回ってきなさいよ」
私はジャケットを羽織りながら玄関へ向かう。
「このへんの人たちに顔を覚えてもらう方が先でしょう? 人気アストレアだって、最初は地元の人たちから応援されるようになって、それから全国区になっていくものなんだから」
「……たしかに!」
ナツキは納得したように何度も頷く。
「まずは地域密着型アイドルを目指そう!」
「誰もアイドルになれとは言ってないんだけど」
思わず額を押さえたくなる。だが、そのくらい前向きな方が、この仕事には向いているのかもしれない。
「よし! ちょっと行ってきます!」
勢いよく玄関へ向かうナツキの後ろ姿を見送りながら、私は振り返って所長へ声を掛けた。
「所長、私も付き添ってきますので」
放っておけば何をしでかすか分かったものではない。一応、先輩として監督する義務もある。アズサ所長はいつものようにのんびりとソファへ身体を沈め、ひらひらと手を振った。
「はーい。じゃあ私はお留守番。ご近所さんにもよろしく言っといてねぇ」
その気楽な返事を背中で聞きながら、私は慌ただしく事務所を飛び出していくナツキの後を追いかけた。




