4-1 白瀬トウカ
「バズってるねぇ」
「バズってますね……」
セイナはソファへ深く腰掛け、巴アストレア事務所から贈られた少し高級な和菓子を一口かじる。
先日の救援のお礼として届けられた品らしく、艶やかな羊羹には細かく刻まれた栗が練り込まれ、上品な甘さが口いっぱいに広がった。こういう贈り物を律儀に返してくるあたり、やはり巴サクラらしい。あんな見た目と口調でも、事務所の娘であり、結構育ちの良いお嬢さんなのである。
向かいのソファではアズサも同じ和菓子を頬張りながら、片手に持ったタブレット端末をこちらへ向けてくる。
「ほらほら」
画面にはニュースサイトのトップページが表示されていた。
航路情報に伴う天気予報。
芸能ニュース。
国内外で起きた事件や事故。
企業の新製品発表。
そんな見慣れた記事が並ぶ中、一際派手な装飾で目立っている項目がある。
『話題の記事』
アクセス数と高評価数を基準にしたランキングらしく、今もっとも注目されている記事が順位付きで表示されていた。
三位。
『汚職問題で追及されていた政治家を逮捕』
ああ、この人か。以前から不祥事ばかり起こしていた人物であり、驚きというよりも「ようやくか」という感想しか浮かばない。
二位。
『人気アイドル、電撃結婚』
誰だか知らない。興味もない。
そう思いながら画面を流し見し、一位を見た瞬間、セイナは思わず額へ手を当てた。
『八雲ヶ原資源管理事務所、新人アストレア現る』
ウチだった。
正確には、ナツキだった。アストレアの活動は専門チャンネルを通じて常時配信されている。もっとも映像になるのはランキング上位の人気アストレアばかりで、中小事務所の回収任務など放送されることは滅多にない。
実際、あの日も報道ドローンが撮影に来た理由は、久々に発生した大規模戦闘の痕跡を記録するためだったと聞いている。
海一面を覆うリヴォラの残骸を映し、戦闘の凄惨さとアストレアの頼もしさを映す予定だった。ところが予定外の存在が一人だけいた。
ナツキだ。
カメラを見つけるや否や飛び上がり、笑顔で手を振り、自己紹介を始めた白髪の新人アストレア。
本人に計算は一切なかったのだろう。思うがままに振る舞っただけ。その無邪気さが人々の目を奪った。最初はアストレア関連の動画を投稿している配信者が、ナツキだけを切り抜いた短い映像を公開した。
次にアストレア専門のマイナー解説者が『謎の新人現る』という題名で取り上げる。さらにSNSで共有され、二次創作が投稿され、また別の配信者が紹介する。
気付けば《八雲ヶ原ナツキ》という名前だけが、独り歩きを始めていた。
コメント欄を開く。
『かわいい。とにかくかわいい』
『最推しなんだけど。グッズまだ?』
『えっっっっっ』
『後ろの無愛想二人と比べると愛嬌あり過ぎる』
とにかく絶賛の嵐なのだ。
「……愛嬌がなくて悪かったわね」
思わず毒づきながらブラウザを閉じる。視線をソファへ向けると、そこには目元へ冷たいタオルを乗せ、ぐったりと倒れ込むナツキの姿があった。
「うぅぅ……」
か細いうめき声だけが聞こえてくる。昨日、一昨日と、彼はまともに休めていない。
取材。インタビュー。写真撮影。動画撮影。生配信への出演依頼。
あちこちのメディアから次々と声が掛かり、その対応だけで丸二日が潰れてしまったのだ。もちろん新人だから断り方も分からず、頼まれるがまま笑顔を振り撒き続けた結果が、この有様である。
私自身も以前、一度だけ大きな任務で取材を受けたことがある。半日程度だったにもかかわらず、帰宅した頃にはレガリアで一日戦うより疲れていた記憶がある。
それを二日連続。倒れない方がおかしい。
「お労しや……」
自然とそんな言葉が漏れる。
「ウチとしてはウハウハだけどねぇ、ぐへへへへへ」
隣ではアズサが実に下品な笑みを浮かべていた。すでに所長は仕事が早かった。
撮影した写真を使ってアクリルスタンドを制作し、近隣工房で作られた煎餅や羊羹、洗剤、タオルなどと抱き合わせた『八雲ヶ原応援セット』なる商品を販売開始。
予想以上の売れ行きとなり、追加生産まで決定したらしい。端末へ映る売上報告を見ながら、アズサは終始、口元をだらしなく緩めていた。
「いやぁ……新人一人でここまで売れるとは思わなかったなぁ」
「本人には還元してあげてくださいよ」
「もちろんもちろん。ちゃんと働いてもらうけどね」
「結局働かせるんじゃないですか」
セイナは呆れたように肩を竦める。
その横で、ナツキはタオルを顔へ乗せたまま小さく手を上げた。
「……あと五時間くらい寝たい……」
「まだ昼よ」
「じゃあ四時間五十九分でいい……」
「微妙に譲歩するな」
事務所には、穏やかな笑い声がゆっくりと広がっていった。




