3-6 アストレア
ゾディアックシリーズ《ジェミニ》。
それは最大手レガリアメーカー《SPICA》が開発した《ゾディアックシリーズ》の一機種であり、数あるシリーズの中でも特に小型軽量に分類されるレガリアであった。
ゾディアックシリーズといえば、人体のシルエットを大きく変貌させる大型ユニットを特徴とする。
真弓セイナが使用するいて座は、両脚と腰部に装備された四基のフライトレガリアによって、遠目には四足歩行の獣、あるいは半人半馬のケンタウロスを思わせる重厚な輪郭を形作る。
さそり座の《スコーピオ》は腰部から第三の腕とも呼べる巨大なアームを展開し、かに座の《キャンサー》は全身を覆う重装甲によって城壁のような威圧感を放ち、おうし座の《トーラス》は大型推進器と重武装を装備し、空を飛ぶ砲台そのものと化す。
エーテルによる補助を前提としているからこそ、人間離れした大型装備を惜しみなく身に纏うことができる。
そのため遠目に見れば、人が飛んでいるというより、重機や建設機械がそのまま空を翔けているような迫力があり、一目見ただけでどのシリーズを使用しているのか判別できるほど、それぞれの個性は際立っていた。
しかし、《ジェミニ》だけは違った。
装着者の身体を包む装甲は必要最低限。
脚部と腰部に備えられたフライト・レガリアも非常に小型で、他のゾディアックシリーズと比べれば驚くほど控えめな構成となっている。
重装甲でもなければ重武装でもない。
巨大なシルエットを持つ他のシリーズとは対照的に、人型という輪郭をほとんど崩さず、むしろ高性能なパワードスーツを思わせる洗練された姿をしていた。
戦場では決して目立つ機体ではない。
しかし、その地味さこそが《ジェミニ》最大の特徴を覆い隠していた。
背部に装備された大型のバックパック。
一見すれば推進器や制御装置を収めた、ごく一般的でやや大型の背部ユニットにしか見えない。
だが戦闘が始まると、その装甲は駆動音と共に幾何学的な変形をしながら展開し、一体の人型自律支援ドローンへと変形する。
ドローンは装着者の飛行特性、攻撃癖、回避行動、さらには思考傾向までも学習し、護衛、索敵、攻撃支援などを自律的に遂行する。
時には盾となり。
時には僚機となり。
時には装着者自身すら不可能な軌道を描き、その死角を補う。
まるでもう一人の自分が傍らを飛び続けているかのように。
それこそが《ジェミニ》──双子座の名を冠する所以であった。
そして、その《ジェミニ》を駆るのが、巴アストレア事務所所属のアストレア、巴サクラである。
桜色に塗装された《ジェミニ》を身に纏い、傍らには自身の行動を学習したもう一人の"双子"を従える。
戦場で彼女とドローンが息を合わせて飛翔する姿は、まるで二人のアストレアが呼吸を合わせて戦っているかのような錯覚を周囲へ与える。《ジェミニ》とは、装着者一人で二人分の戦力を生み出す唯一無二のレガリアなのである。
「……きっつ」
小さく漏れた独り言は、通信にも乗らないほどの声量だった。
巴サクラは海面すれすれを滑るように飛翔しながら、視界の端で激しく交錯するもう一つの人影へ目を向ける。
――"双子"。
《ジェミニ》最大の特徴である人型自律支援ドローンは、サクラとまったく同じ軌道を描きながらリヴォラ・オクルスの突進を受け止め、そのまま体勢を崩されながらも敵を押し返していた。
しかし、防ぐだけだ。
決定打がない。
今日の任務は資源回収。
重量のあるメイン・レガリアなど積んできていない。
得物である突撃槍も、巨大な武器を保持するためのアームも、すべて事務所に置いてきた。
活動時間を一分でも延ばすためには当然の判断だった。飛行時間こそが利益に直結する回収任務で、重いメイン・レガリアを持ち歩くなど愚の骨頂。
そう考えていた。
――八雲ヶ原の連中を見るまでは。
あいつら、わざわざ武器まで持ってきてやがる。何を考えているんだ、と内心呆れていた。
だが今になって思えば正しかったのは向こうだ。そもそも母艦のリヴォラ観測所は何をしていた。周辺海域を索敵し、安全が確認されたからこそ回収任務が発令されたはずだ。
今まで一度だって、回収任務中にリヴォラが出現したことはない。だからこちらも安心してコンテナを埋めることだけに集中していたというのに。
「救援は……さすがにまだか……!」
通信端末へ視線を落としかけた、その瞬間だった。
"双子"の肩へ一体のオクルスが激突する。
金属同士がぶつかる轟音。
体勢を崩したドローンの隙を逃さず、二体目のオクルスが頭部をこちらへ向ける。
頭部中央が赤く輝き始める。
レーザー。
そう理解した直後だった。
ギィンッ――!!
鋭い金属音とともに、オクルスの二対四枚の翅が一瞬で切り飛ばされた。
飛翔能力を失った巨体はそのまま失速し、海面へ墜落する。
白い浮嚢繊維がふわりと膨らみ、その身体を包み込んだ。
「……え?」
視線を上げる。
雲一つない青空から、黒い影が一直線に降ってきていた。
漆黒のエーテルスーツ。
黒いフライトレガリア。
両手には細身の双剣。
そして、その中心にいるのは、雪のような白髪を風になびかせる少女だった。
「セイナの相方!」
「はい、そうでーす! ポップでキュートな相方のナツキちゃんです!」
場違いなほど明るい返事だった。
「お、おう……まぁいいや! 早い! 助かった!」
想定より十分は早い。
しかも装備しているのはアルカナシリーズ《フール》、教習や実験に用いられる標準機だ。推力も出力もゾディアックシリーズとは比較にならない。どれだけ無茶な速度で飛んできたのか。
海面には一体。
空には三体。
残ったリヴォラ・オクルスが隊列を組み、一直線にこちらへ迫ってくる。
「よっし! いくぞぅ!」
ナツキは双剣を握り直し、迷いなく正面へ飛び出した。
「ちょっと待て、お前!」
止める暇もない。
真正面から斬るつもりか。そんなことをすれば――
ギィンッ!!
オクルスの頭部と双剣が激突する。
鋼鉄の鐘を叩いたような重く澄んだ音が周囲へ響き渡る。
衝撃でオクルスの姿勢がわずかに乱れた。
だが、それだけだった。
「……へ?」
ナツキが自分の剣を見る。刀身は無残に潰れ、刃とは呼べないほどひしゃげていた。
「折れたーーーっ!?」
「当たり前だろ、お前!」
思わず怒鳴る。
「リヴォラの身体が何で出来てると思ってんだ!」
リヴォラは核を中心としながら神経繊維へ金属や鉱物を取り込み、その肉体を形成する宇宙生物だ。だからこそ硬い。生半可な刃物など通用しない。
近接武器が鈍器ばかりなのもそのためだ。
切るのではない。叩き潰す。あるいはエーテル兵器で内部から核を破壊する。
それが対リヴォラ戦の常識だった。
おそらくナツキの双剣は、浮嚢繊維や構造繊維を切断するための資源回収用。先ほど翅を切れたのも、薄い部位を狙ったからだ。本体へ斬りかかれば、こうなる。オクルスは何事もなかったかのように体勢を立て直し、再びこちらへ向かってくる。
「どうしよう……?」
「どうしようじゃねぇよ!? セイナは!」
「どうだろ。だいぶ先走っちゃったから……」
最悪だ。
武器がない。
決め手がない。
"双子"で時間は稼げる。
だが、それも長くは持たない。
レガリアを破壊されれば海面へ叩き落とされる。
高度を落とすべきか。
そう判断しかけた、その瞬間。
一直線の蒼い閃光が海上を走った。
一体のオクルスが弾かれるようにのけ反り、墜落。海面に白い花が咲く。
「この精密さは……セイナか!」
通信が開く。
『あー、あー。聞こえてる?』
どこか気の抜けた声。だが、その直後に続く一言には絶対的な安心感があった。
『敵は射程圏内だから、とっとと倒すわよ』
「頼もしいぜ! ありがとな!」
「セイナちゃーん!」
『セイナちゃんじゃないのよ。独断専行して。ケガしたらどうするのよ』
二発目。
オクルスの頭部へ寸分違わず命中。
時速百キロを超える速度で飛び回る標的へ確実に命中させるという、まさに神業だ。中小事務所に収まるには惜しい。上位ランクのアストレアでもこう上手くはいくまい。そう思わせるだけの腕前だった。
『サクラ。"双子"で止められる?』
「任せろ!」
サクラはドローンへ指示を送る。
「おい、ナツキ! 手伝え!」
「合点承知の助! 何すればいい?」
「もう一発頭をぶん殴れ! 止まった瞬間に私が押さえる!」
残るオクルスは一体。逃げる素振りはない。
一直線に、まるでナツキだけを見据えるように突っ込んでくる。
頭部が赤熱する。
レーザー。
ナツキの表情が一変した。
黒いフライト・レガリアのスラスターが断続的に噴射され、身体が跳ねるようなランダムな軌道を描く。放たれた光線を紙一重で躱す。
その勢いのまま懐へ潜り込み、歪みきった双剣を全力で叩きつけた。
今度こそ刀身が完全に砕け散る。しかし、その衝撃でオクルスの動きが止まった。
「今だ!」
"双子"が背後から抱きつき、両腕ごと拘束する。
三発目。
閃光は迷いなく一直線に走った。
オクルスの核だけを正確に撃ち抜き、そのまま静かに海面へ落ちていく。通信機の向こうから、小さな吐息が聞こえた。
『……よし』
そして少しだけ得意げな声。
『サクラ。"双子"には当たってないわよ』
エーテル弾はオクルスの核だけを貫き、至近距離で拘束していた"双子"には、掠り傷一つ与えていなかった。
「はは……」
乾いた笑いが漏れる。
「お前、やっぱスゲーわ」
オクルス達の撃破を確認し、合流する。海上に静けさが戻り始めた、その時だった。低く唸るような駆動音が風に混じって聞こえてくる。
「ん?」
三人がほぼ同時に音のした方向へ視線を向ける。
青空を背景に、一機の大型ドローンがゆっくりと接近してきていた。全長は二メートル近くあるだろうか。四隅に配置された四基の大型プロペラが一定の回転数を保ちながら空中に静止し、その中央には人の顔ほどもある大型カメラユニットが搭載されている。
黒いレンズは迷うことなく三人へ向けられ、まるで観察するようにゆっくりと向きを変えていた。
「なにあれ?」
興味津々といった様子でナツキが尋ねる。
「報道用のドローンよ。大手ではなさそうだけど」
戦闘や回収任務が発生すると、報道各社はこうした無人ドローンを飛ばして現場を撮影する。
危険海域へ人を送り込む必要もなく、アストレアたちの活動を安全に中継できるため、今ではすっかり見慣れた光景となっていた。
人気アストレアが出撃していれば、十数台のドローンが現れるというが私たちでは1台だけしか来ないようだ。
「ドローンだけ先に飛ばしてきたって感じかね。もう終わってるぞー!」
サクラは肩を竦めながら手を振る。もちろん返事はない。あるのは、わずかに角度を変えながらこちらを映し続けるレンズだけだった。
「ふぅん……」
ナツキは小さく頷く。そして、その口元が悪戯を思いついた子どものようにゆっくりと吊り上がった。
止めようとした時には、もう遅い。
フールのフライトレガリアが甲高い駆動音を響かせ、ナツキの身体が真上へ跳ね上がる。一気にドローンの目前まで接近すると、レンズへ顔を寄せるようにして満面の笑みを浮かべた。
「やっほー! ご覧の皆さん、こんにちはー!」
屈託のない声が海上へ響き渡る。
「八雲ヶ原資源管理事務所所属! 新人アストレアのナツキでーす!」
両手で大きくピースサイン。
さらに一度後方へ飛び下がり、全身が映る距離を自分で調整すると、くるりと一回転して決めポーズまで披露する。そのまま器用にスラスターを噴かしながら、踊り出してしまう。
まるでアイドルである。
全国へ生中継されているかもしれないという事実を微塵も気にした様子はなく、全力で愛嬌を振り撒いていた。羞恥心という概念が、この少年には存在しないのだろうか。
「……お前んとこの新人、スゲーな」
呆れとも感心ともつかない声でサクラが呟く。
「セイナ、お前ちょっと見習ったらどうだ? その無愛想なとこ」
「そっくりそのまま返すわ」
即答だった。
「私は別にいいんだよ。そこまで人気アストレアになる気ないし」
「でも人気が出ればグッズも出るし、事務所の収益にもなるわよ?」
「それは魅力的だけどさぁ……」
サクラはカメラの前で両手を振りながら、その場でくるくると踊り始めたナツキを指差す。
「だとしても、あれは出来んて」
「それは同感」
セイナは深々とため息をついた。
空ではナツキが「見てくださーい!」などと叫びながら、意味もなくまた宙返りを披露している。
ドローンは律儀にもその姿を追い続け、レンズは一瞬たりとも彼を見失わない。ナツキは満面の笑みでカメラへ向かって、これでもかというほど大きく手を振り続けていた。




