第9話 騎士団への差し入れ。特製クッキーが「エリクサー」だった件
クロード様の屋敷で暮らし始めて数日。
私はついに、ひとつの重大な課題に直面していた。
(……このままでは、私の推し活の方向性が、完全に『受け身』になってしまいます……!)
由々しき事態である。
これまでの私は、夜な夜なこっそり推しを癒やすという、極めて慎ましくも充実した『無課金推し活』を続けてきた。
だが現在、私はクロード様の屋敷で手厚く保護(という名の確保)されている。
保護。そう、保護である。
決して軟禁とか、囲われとか、監禁一歩手前の常軌を逸した過保護とか、そういう刺激の強い表現ではない。たぶん。
ともあれ、その結果どうなったかと言うと――夜な夜なの潜入推し活は、物理的に終了した。
なぜなら、クロード様本人がすぐ傍にいるからだ。
これでは忍び込むも何もない。最初から同じ屋敷にいるので、イベントの発生条件そのものが崩壊している。
しかも、下手に自力で動こうとすると、すぐに「何をしている」「疲れるだろう」「俺を呼べ」と過保護な圧が飛んでくる始末だ。
ありがたい。ありがたいのだが、オタクとしては少々困る。
推しに一方的に与えられ、甘やかされているだけでは、心のバランスが悪いのだ。
ファンたるもの、ただ尊さを享受するだけでなく、自ら能動的に応援し、支え、少しでも推しの役に立ってこそ。それが健全な推し活である。
「ルシエラ様、お茶のおかわりはいかがですか?」
「あ、ありがとうございます……いただきます……」
侍女さんに勧められ、私はぼんやりと最高級のティーカップを受け取った。
今日のお茶請けは、小さな焼き菓子だった。さくっと軽い食感で、控えめな甘さがとても上品だ。
……焼き菓子。
その瞬間、私の中で何かがぴしゃーんと閃いた。
(これです……!)
私は勢いよく顔を上げた。
そうだ。差し入れだ。
前世でも、推しの現場における『差し入れ文化』はオタクの嗜みだった。
もちろん直接渡せる相手ばかりではなかったけれど、「応援しています」「少しでもお疲れが取れますように」という熱い気持ちを形にする手段として、食べ物はとても強い。
そして、応援すべきはクロード様だけではない。
第一騎士団の皆様だって、日々王都の平和と、この国の治安維持のために命を懸けて働いているのだ。
推しの同僚は、実質的に推しを支え、共に戦う大事な仲間。
ならば、そこへ惜しみない敬意を示すのは、オタクとして非常に自然な流れではないだろうか。
(騎士団の皆様へ、特製クッキーを差し入れしましょう……!)
完璧だ。
焼き菓子なら日持ちするし、個包装っぽく分ければ業務の合間にも食べやすい。しかも、限界まで頑張る人への差し入れとして王道中の王道だ。
私はみるみる元気になってきた。
「ルシエラ様?」
「すみません、ちょっと人生の新たな目的が見つかりまして」
「……はい?」
侍女さんがきょとんとする。
だが、今の私には説明している時間が惜しかった。
久々の、能動的な推し活チャンスである。逃してなるものか。
◇ ◇ ◇
「というわけで、厨房をお借りしたいのですが!」
数十分後。
私は厨房の責任者である料理長さんの前で、ぴしっと頭を下げていた。
料理長さんは立派な口ひげをたくわえた壮年の男性で、いかにも歴戦の料理人という風格を漂わせている。その人が、私の申し出を聞いて一瞬だけ目を丸くした。
「ルシエラ様が、厨房を?」
「はい。騎士団の皆様へ、ささやかな差し入れを作りたくて」
「差し入れ……」
「日頃の感謝と敬意と、あと推しへの愛を込めて」
「……最後のひとつは、少々私の理解を超えますが」
さすがプロ。流し方が滑らかだ。
料理長さんは顎に手を当て、少し考え込んだあと、やがて深々と一礼した。
「旦那様より、『ルシエラ様の望みは可能な限りすべて叶えよ』と申しつかっております」
「えっ」
「どうぞご自由にお使いください」
「そ、そんな大事にしていただかなくても……!」
「ただし」
料理長さんの目が、きらりと光った。
「火元や刃物は、必ず我々が管理いたします。ルシエラ様の美しいお手に傷がつくような真似は、決して許されておりませんので」
「…………」
「旦那様より、非常に強く」
「非常に」
「非常に、でございます」
「……ですよねぇ……」
やっぱり、ここにもクロード様の過保護な包囲網が張り巡らされていた。
だが、逆に言えば、それ以外は好きにしてよいということでもある。
私はぐっと拳を握った。
「では、騎士団の皆様向けに、疲労回復に良さそうな焼き菓子を作ります!」
「承知いたしました。材料は何を?」
「バターと小麦粉と砂糖と、卵と……あ、蜂蜜も少しあると嬉しいです」
「なるほど」
「あと、できれば木の実類も」
「すぐに最高級のものを手配いたしましょう」
料理長さんは実に頼もしく頷いた。
素晴らしい。前世のブラック企業で、ボールペン一本の備品申請が三週間止まっていた限界社畜からすると、この即応性は奇跡である。
私はふりふりのエプロンを借り、久しぶりに厨房の作業台の前へ立った。
実家でも散々料理はしてきた。
もちろん自分のためというより、傲慢な家族や客人のための下働きの一環だったけれど、作業自体は嫌いではない。むしろ、無心で手を動かしている方が落ち着くタイプだ。
粉を量り、バターを混ぜ、卵を落とし、木の実を刻む。
無心になって生地をこねていると、不思議と心が整ってくる。
もちろん、それだけではない。
(騎士団の皆様、いつも推しを支えてくださってありがとうございます……!)
(どうかこのクッキーで、皆様の激務の疲れが、少しでも和らぎますように……!)
(そしてクロード様の周辺労働環境が改善し、ひいては推しの有給消化率が上がりますように……!)
私は内心でぶつぶつと祈りながら、生地にそっと魔力を流した。
ほんの少しだけ。味が整うように。
食べた人の肩こりが治ったり、気分が少しほっとしたりするように。
家族から「無能」「ゴミ」と言われ続けてきた私にできるのは、せいぜいその程度の、湿布や栄養ドリンクレベルの可愛い補助効果だろう。
だから気軽なものだった。気軽に、ぽわっと温かな白い光を手のひらから生地へ移す。
すると、隣で見ていた若い料理人さんが「い、今、神々しい光が……」と震える声で呟いたが、私はにっこり笑って誤魔化した。
「気のせいですよー。美味しくなーれのおまじないです」
「そ、そうですか……?」
そう、気のせいである。たぶん。
◇ ◇ ◇
焼き上がったクッキーは、我ながらなかなかの出来だった。
ほんのり蜂蜜の香る、素朴で優しい焼き色。木の実の食感もいい感じだ。
いかにも頑張る人向けの、栄養補給兼ほっと一息おやつという仕上がりである。
私は満足げに頷いた。
「よし……!」
「素晴らしい香りですね。まるで天上の食べ物のようです」
「ありがとうございます。あとはこれを、騎士団の皆様へお届けしたいのですが……」
その時だった。
「何をしている」
地を這うような低い声が、厨房の入口から落ちてきた。
私はびくっと背筋を伸ばした。
振り向けば、そこには当然のようにクロード様が立っていた。
黒い騎士服姿のまま、訓練帰りなのか僅かに外の冷気を纏っている。
そしてその氷結の視線は、私と、作業台の上の大量のクッキーとを鋭く往復した。
「ク、クロード様!」
「厨房にいると聞いたが」
「ええと、その、騎士団の皆様へ差し入れを……」
「……差し入れ」
その言葉が、妙に低く、ひどく不機嫌に響いた気がした。
あれ。何だろう。
今、厨房の温度が物理的に二度ほど下がったような。
私はおそるおそる続けた。
「いつもクロード様と一緒に頑張っていらっしゃる皆様へ、何かできないかと思いまして……」
「俺にではなく?」
「え?」
「なぜ、俺ではなく『他の男たち』なんだ」
来た。来てしまった。
これはたぶん、あれだ。噂に聞く『独占欲スイッチ』というやつではないだろうか。
だが、ここで怯んではいけない。
これは推しを支える大切な仲間たちへの、正当な慰労と応援活動だ。
私はぴしっと姿勢を正した。
「ク、クロード様はもちろん、私の人生における最優先の『最推し』ですが!」
「……最推し」
「ですが! 推しが健やかに輝くためには、職場環境と周辺サポート体制の充実が不可欠なのです!」
「……」
「つまり、騎士団の皆様が心身ともに元気でいてくだされば、結果的にクロード様のご負担も減り、安眠に繋がるのではないかと……!」
我ながら、実に筋の通った完璧なプレゼンだった。
厨房の皆さんが、巻き込まれまいと息を殺して静まり返る中。
クロード様だけが、無言で、じっと私を見つめている。
う、うう、怖い。でも顔が良い。いや今はそこではない。
やがて、クロード様はゆっくりとクッキーの載った皿へ視線を落とした。
「……俺の分はあるのか」
「もちろんです! 特大サイズでご用意しております!」
「そうか」
ほっとしたような、少しだけ機嫌を直したような声音だった。
よかった。どうやら「最推し」判定がクリティカルに効いたらしい。大事である。最推し明言。
「では、届ける」
「えっ、クロード様がですか?」
「ああ」
「いえいえ、そんな! お忙しいでしょうし、侍女さんに頼んでも――」
「俺が行く」
「は、はい……」
有無を言わせぬ、絶対的な圧であった。
そしてその数分後。
私はなぜかクロード様と一緒に、第一騎士団の詰所へ向かうことになった。
しかも。
「歩きます! 自力で!」
「駄目だ」
「どうしてですか!?」
「菓子を持っているだろう」
「持てます!」
「なら、俺が菓子を持つ」
「それなら私は歩けるのでは!?」
「危ない」
「どこがですか!?」
結局、私はクロード様に横抱きにされ、クロード様が片手で軽々とクッキーの巨大な籠を持つという、とんでもなく意味の分からない移動スタイルになった。
料理長さんたちは、ものすごく『見てはいけないものを見た』という顔で、深々と頭を下げていた。
◇ ◇ ◇
第一騎士団の詰所へ着いた瞬間、空気が完全に固まった。
「……団長?」
「おい、今、何を抱えて」
「女性……?」
「しかも可愛いな」
「馬鹿、声がでかい!」
騎士たちのざわめきが、波紋のように一斉に広がる。
そりゃそうだろう。
普段、誰に対しても冷酷無慈悲で、仕事の鬼と恐れられる氷の死神が、見知らぬ女を大事そうに抱えてやってきたのだ。
しかも、顔つきが微妙に、いや、かなり柔らかい。
大事件である。
私は恥ずかしさで今すぐ毛布が欲しくなった。だが今は毛布がない。つらい。
「お、お邪魔します……」
「……団長。そのお方は、一体?」
「俺の大事な者だ」
しん、と詰所が静まり返った。
やめてください。
その紹介、破壊力が高すぎます。
騎士たちの目が一斉に限界まで見開かれる。
驚愕、混乱、そして恐るべき速度で広がる理解。いや、たぶんあらぬ誤解も盛大に混じっている。
私は真っ赤になりながら、慌てて両手を振った。
「え、ええと、あの、違うというか違わないというか! 今日は騎士団の皆様へ差し入れをお持ちしまして……!」
「差し入れ?」
「はい! 日頃の感謝と応援の気持ちを込めた、特製クッキーです!」
その一言で、空気ががらりと変わった。
「まじで!?」
「差し入れだ!」
「しかも団長の大事な方から!?」
「拝んでから食べるべきでは?」
「おい待て、順番守れ!」
騎士の皆さん、思ったよりノリが軽い。
いや、軽いというか、血の通った人間味があって少し安心した。
クロード様はようやく私を下ろすと、私の肩にがっちりと手を添えたまま籠を差し出した。
独占欲ガードは絶賛継続中らしい。
「配れ」
「は、はい」
私は一人ひとりへクッキーを配り始めた。
「いつもクロード様を支えてくださって、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ!」
「うわ、いい匂い……」
「めっちゃ可愛い……」
「団長、どこで見つけたんですか。俺も探しに行きます」
「口を閉じろ。そして二度と探すな」
ひぃ。
最後だけ空気が氷点下になった。
でも騎士の皆さんは慣れているのか、「すみません!」と即座に背筋を伸ばしつつ、クッキーを受け取ってくれた。
やがて最初の一人が、おそるおそる一口齧る。
さくっ。
その瞬間だった。
「……は?」
騎士さんが、石像のように固まった。
「えっ」
「どうした」
「いや、その……腕が」
見れば、その人の袖口から覗いていた魔獣による深い切り傷の痕が、みるみるうちに薄くなり、消えていく。
私は目をぱちぱちさせた。
あれ? 今、何か見えたような。
続いて、別の騎士さんがクッキーを食べる。
その人は片脚を少し庇って歩いていたのだが、食べた直後に目を見開いた。
「うそだろ……痛くない」
「は?」
「前の討伐で瘴気にやられた膝が、全然痛くねぇ……!」
さらに。
過去の激戦で片腕を失い、義手をつけていた隻腕の騎士さんが、興味半分でクッキーを齧った直後。
ふわっ、と。
柔らかな、けれど圧倒的に神聖な白い光が、その体を包み込んだ。
「うおっ!?」
「何だ今の光!」
「えっ、腕……腕が……!」
その場にいた全員が、息を呑んだ。
長年失われたままだった肘から先が、まるで時間を巻き戻すみたいに再生していく。
骨が。筋が。肉が。皮膚が。
一瞬だった。
本当に、一瞬で。
欠損していたはずの腕が、完全に元通りになっていた。
「…………」
沈黙。
からの。
「はああああああああ!?!?」
詰所が、物理的に爆発したかのように沸き返った。
「腕が生えたぞ!?」
「何だこれ、神話のエリクサーか!?」
「いやエリクサーでもこんな即効性ねぇよ!」
「女神!? 女神がいる!?」
「待て、団長の大事な者って、そういう!?」
「尊っ……いや違う怖っ……いやありがてぇっ!!」
騎士たちが大混乱に陥る中、私は一人だけ、完全に置いてけぼりになっていた。
えっ。
えっ?
何が起きたのだろう。
私はただ、疲れが取れるように、ほんの少し魔力を込めたクッキーを焼いただけである。
肩こりとか、筋肉痛とか、眼精疲労がちょっと楽になるくらいの、応援用おやつのつもりだったのだ。
それがなぜ、欠損再生?
「る、ルシエラ様……!」
「は、はいっ?」
「あなた様はいったい……!」
若い騎士さんが、震える声で私を見た。
その瞳には、驚愕と畏怖と、狂信的なまでの感謝がごちゃ混ぜになっている。
いや、そんな顔をされても困る。
私が一番困っているのだ。
「え、ええと……しがない無課金ファンです……?」
「意味が分からん」
「ですよねぇ!」
ついに騎士団の皆様まで、それを言い始めてしまった。
だがその時、どんっ、と詰所の床に膝をつく重い音がした。
見ると、先ほど腕を再生した騎士さんが、真っ青な顔で、大粒の涙を流しながらその場に平伏している。
「……お救いいただき、ありがとうございます」
「えっ」
「俺だけではありません……ここにいる皆、あなた様にどれほど救われたか……」
「い、いえ、そんな、大袈裟な……ただのクッキーですし……」
「大袈裟ではありません!!」
その魂の叫びをきっかけに、周囲の騎士たちまで次々に姿勢を正し、私へ向かって膝をつき始めた。
「団長の最近の異常な快復も、やはり……」
「女神だ……俺たちの女神だ……」
「いや真の聖女では?」
「どちらでもいい、ありがたい……!」
「拝ませてください」
「やめろ。一歩でも近づいてみろ、斬るぞ」
最後のひとことは、クロード様だった。
地を這うような低い声と同時に、詰所の空気がすうっと、物理的に凍りつく。
窓ガラスに霜が張った気がしたのは、きっと気のせいではない。
「俺のルシエラに、気安く群がるな」
「俺の」
平伏していた騎士たちの何人かが、ぴくっと反応した。
私も反応した。心臓が大変なことになった。
えっ。
今、俺のって。
さらっと所有権みたいな単語が。
クロード様は私の肩を強引に抱き寄せると、他の騎士たちを絶対零度の目で見回した。
「礼なら受け取った。だが、これ以上一歩でも近づくな」
「だ、団長、我々まだ何も」
「視線も多い」
「視線」
「気安く微笑みかけるのも駄目だ」
「基準が厳しすぎません!?」
思わず私が突っ込むと、クロード様は当然のように私を見下ろした。
「当然だ」
「当然ではないです! 騎士団の皆様はクロード様の大切な部下でしょう!?」
「だから、感謝はしている」
「している顔ではありません! 完全に敵を見る目です!」
「お前に近づくのは別問題だ」
重い。
とても重い。
だが、詰所の騎士たちはなぜか「なるほど」と深く納得したように頷いていた。
「なるほど……団長、ついにそこまで……」
「いや、でも分かる。こんな女神みたいな人がいたら、絶対に囲う」
「分かるな」
「分かる」
「分かるじゃありません!」
私の抗議は、またしてもあっさり流された。
◇ ◇ ◇
結局その日、第一騎士団の詰所はちょっとした宗教の祭りのようになった。
クッキーを食べた騎士たちは、古傷が消え、疲労が抜け、魔力まで限界突破して大騒ぎ。
一部では「これは兵站の革命だ」「いや国家戦略級の兵器だ」「騎士団の常備食として国費で生産すべきでは」と真顔の会議まで始まりかけたが、クロード様が一睨みした瞬間に全部止まった。
「常備食にはしない」
「なぜですか団長!?」
「ルシエラが疲れるだろうが」
「ごもっともです!!」
統率が早い。
その後も、「もっとクッキーを」「いや配給制で」「団長の許可を取れ」「無理だ殺される」と騎士たちがひそひそ騒ぐ中、私はほぼクロード様の腕の中に回収される形で、屋敷へ連れ帰られることになった。
行きは抱っこ。
帰りも当然、抱っこである。
「自分で歩けます!」
「駄目だ」
「なぜですか!?」
「今日はお前に、不遜な視線が集まりすぎた」
「そこはもうどうしようもないのでは……!」
「だから隠す」
「物理で!?」
クロード様は真顔だった。
私はもう、恥ずかしさと混乱でへろへろだったが、それでも胸の奥はふわふわと温かかった。
騎士団の皆様が喜んでくれた。推しの同僚たちが元気になった。
そして何より、クロード様が私のことを隠そうとするくらいには、激しく大事にしてくれている。
……いや、最後のは若干、独占欲が暴走している気もするのだが。
屋敷の門をくぐる頃、私は小さく息をついた。
(推し活って……難しいですね……)
ただ応援したかっただけなのに、なぜか毎回、想定を超える規模で大ごとになってしまう。
私の地味な支援活動、どこかでおかしなバフでも乗っているのだろうか。
いや、そんなはずはない。たぶん少し、運が良かっただけだ。そういうことにしておこう。
その隣で、クロード様が低い声でぽつりと言った。
「……次からは、俺の分だけでいい」
「だめです」
「なぜだ」
「推しの職場環境改善は、最重要案件です」
「……なら、また最推しと言え」
「そこを条件にしないでください!」
私の悲鳴混じりの抗議に、クロード様はほんの少しだけ、甘く口元を緩めた。
――その日以降。
第一騎士団では、私の焼き菓子は『女神のエリクサー』として伝説化し。
同時に、クロード団長の独占欲は「不用意に近づけば斬られる」危険領域に突入したらしいと、全員がひそかに確信することになるのだった。




