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第10話 クロード様の激重独占欲が止まらない

 第一騎士団の詰所へ『差し入れ』をしてからというもの、屋敷の中の空気がほんの少し、いや劇的に変わった気がする。


 正確に言うなら――クロード様の私に対する扱いが、以前にも増して常軌を逸し始めた。


 もちろん、初日から十分におかしかったのだ。

 扱いは「命に等しい恩人」という名の過保護の極みだし、移動は抱っこが標準装備だし、食事の量から睡眠の深さまで徹底管理されるし、「お前を傷つけるものは俺がすべて排除する」と真顔で言い切るような方である。


 十分すぎるほど重い。限界オタクのキャパシティをとうに超えている。

 認識は、していた。していたのだけれど。


 先日の『エリクサー・クッキー事件』を経て、その重さがさらに一段階、危険な方向へ進化した気がするのだ。


(なぜでしょう……)


 私は朝の食堂で、ふかふかのパンを齧りながら真剣に考え込んでいた。


 思い返せば昨日、詰所から帰る道中も妙だった。

『次からは俺の分だけでいい』

『だめです。推しの職場環境改善は最重要案件です』

『では、俺だけを見ろ』

『無理です。視野が物理的に足りません!』


 そんな不毛なやりとりを延々と繰り返しながら、私は周囲の視線を物理的に遮断され(マントで包まれ)、抱っこ移動で帰宅したのである。


 いや、本当に何だったのだろう、あれは。

 騎士団の皆様へ差し入れをしただけだ。過酷な労働環境で戦う推しと、その仲間たちへの健全な支援活動である。なのにクロード様は、どうにも「私から他者へ向けられる好意や関心」に対して、異常なほど敏感らしい。


「ルシエラ様、お茶をどうぞ」

「ありがとうございます……」


 侍女さんから最高級のティーカップを受け取りながら、私は深く頷いた。

 やはり、これは一度しっかり自分の認識を改めるべきなのかもしれない。


 つまり――。


(クロード様の独占欲、私が思っていたよりずっと『激重』なのでは……!?)


 ようやくその真理へ辿り着いた、その時だった。


「何を考えている」


 背後から地を這うような低い声が降ってきて、私は危うくカップを取り落としかけた。


「ク、クロード様!?」

「そんなに驚くな」

「毎回おっしゃいますが、気配がなさすぎるのです! 暗殺特化ですか!?」

「そうか」


 今日も今日とて、推しは突然背後に湧く。

 漆黒の騎士服姿のクロード様は、朝の光の中でも相変わらず暴力的なまでに顔が良い。

 むしろ最近は、私の無自覚ヒール(本人は湿布だと思っている)の影響なのか、肌ツヤも良く、目元の疲労感も皆無で、全体的に健康的な色気が増していて非常に危険だ。


 推しのコンディションが上がるのはファンとして至上の喜びだ。

 喜ばしいのだが、毎朝この至近距離で供給を浴びせられるのは、オタクの心臓には少々厳しい。


 クロード様はそんな私の向かいに腰を下ろすと、当然のように私の皿のパンの残量を確認した。


「少ないな」

「へ?」

「それだけか。俺の拳より小さいぞ」

「え、ええと……朝からそんなに胃に入らないかなと……」

「駄目だ」

「駄目なんですか!?」

「昨日は詰所で無駄に気を遣っていただろう」

「それはまあ、多少は」

「なら著しく消耗しているはずだ」

「消耗判定のハードルが低すぎません!?」


 だが、クロード様は私の抗議など一切聞かず、真顔で侍女を見た。


「追加を持ってこい。一番栄養価が高く、消化の良いものを」

「かしこまりました」


 侍女さんが一礼して、流れるような動作で厨房へ向かう。

 仕事が早い。洗脳済みだ。

 いや、そこではない。私は慌ててクロード様を見た。


「あ、あの、クロード様! そんなに過保護にしていただかなくても……!」

「気にする」

「即答……!」

「当然だ。お前は俺の命だぞ」


 当然、らしい。

 この方の「当然」のスケールは、たいてい私のような小市民の想定を遥かに飛び越えてくる。

 知っていた。知っていたけれど、改めて真顔で言い切られると圧がものすごい。


 クロード様は私の瞳をまっすぐに見据えたまま、静かに続けた。


「昨日、お前に向けられる視線が多すぎた」

「え」

「詰所でだ」

「そ、それは、まあ……騎士団の皆様が色々と驚かれていたので……」

「驚きだけではない。あの熱を含んだ眼差し……全員、お前を見ていた」

「…………」

「お前の顔も、声も、優しすぎる仕草も。すべてをだ」


 嫌な予感がした。

 クロード様の氷結の瞳が、すうっと細くなる。


「……殺したいくらいに、気に入らん」


 私はしばし、沈黙した。


 あっ。

 これは本当に、そういうやつだ。隠す気すらない、純度百パーセントの独占欲の本体が見えてしまった。


「ええと……」

「何だ」

「それは、その……騎士団の皆様はクロード様の大切な部下で、私に害意や変な下心があるわけではなくて」

「分かっている。そんなものがあれば、その場で腕を切り落としている」

「こわっ!?」

「だが、害意がなかろうが気に入らんものは気に入らん」

「理屈を力技でねじ伏せてきました!?」


 クロード様は微動だにしなかった。


 分かっているのに気に入らない。害意がなくても、自分以外の男が私を見るのが嫌。

 つまり、私が彼以外の誰かの視界に入るだけで、不機嫌になるらしい。


 重い。とても重い。

 どう考えても異常だ。なのに、なぜか、胸の奥がじんわりと甘く熱くなる自分がいて困る。


 いけない。これはいけないやつだ。

 底辺のモブオタクとしては「推しからの重すぎる感情」という致死量の供給に大変弱いので、心の防御力がどんどん削られていく。


 私は頬が茹で上がるのをごまかすように、お茶を一口飲んだ。

 熱い。でも今の私の顔の方が絶対熱い。


「……ルシエラ」

「は、はいっ」

「俺以外の男に、あの菓子を作るな」

「ク、クッキーのことでしょうか」

「ああ」

「ええええっ」


 さすがに理不尽すぎて声が裏返った。


「い、いやいや、あれは騎士団の皆様への慰労の差し入れであって、個人的な贈り物では」

「俺にとっては同じだ」

「違います!」

「違わん」

「違いますぅ!」


 なぜだ。どうして疲労回復の焼き菓子ひとつで、ここまで強烈な所有権が発生するのだろう。

 クロード様はじっと私を見つめたまま、さらに退路を断つように追撃してきた。


「魔法も見せるな」

「へ?」

「俺以外の男に、お前のあの温かい力を見せるな」

「えっ」

「微笑みかけるのも駄目だ」

「ええっ!?」

「名前を気安く呼ばせるのも嫌だ」

「そこまで!?」


 私は完全に目を回しそうになった。


 これはあれだろうか。世に聞く「ヤンデレ一歩手前の重たい愛情表現」というやつだろうか。

 いや、表現どころではない。もはや『絶対遵守の業務命令』みたいな口調で飛んでくるせいで、余計に逃げ場がない。


 けれど。

 ここで、私のバグった限界社畜脳に、不思議な化学反応が起こった。


 一瞬、私はその言葉を「激重な独占欲」としてではなく――。


(……あれ? これ、前世でよく受けた『過剰なリソース管理』の指示に、ちょっと似ていませんか?)


 そう、社畜脳が反応したのである。


 前世のブラック企業でもあった。

『この最重要案件は、情報漏洩を防ぐためにお前だけが触れ』

『他部署の連中に勝手にスキルを提供するな』

『俺への報告と対応を最優先のタスクにしろ』

『外で余計な愛想を振りまくな』


 もちろん、前世の上司のそれは単なる理不尽な拘束であり、パワハラであり、私への愛情など欠片もなかった。

 だが、命令の『形式』だけ切り取ると、妙な既視感がある。


 私は一瞬だけ真顔になり、そして、自分の中でストンと腑に落ちた。


(なるほど……! クロード様は、第一騎士団長としてご自身のコンディションを最優先事項とし、私という『回復要員兼精神安定剤』のリソースを、独占的に囲い込もうとしておられるのですね……!)


 そう考えると、この状況が少しだけ整理しやすい。

 つまりクロード様は、私という都合のいいバッテリーを他人に使わせたくないのだ。

 うん、王国最強の騎士の健康管理。めちゃくちゃ重要な国家級の専従業務ではないか!


「……ルシエラ?」

「はっ」

「何を一人で納得している」

「いえ、その……クロード様が、私のリソース……いえ、存在をそこまで必要としてくださっているのだな、と」

「……必要不可欠だが」

「ですよね!」

「何故そんなに嬉しそうなんだ」

「推しに独占的に必要とされるのは、オタク冥利に尽きるからです!」

「……オタク?」

「深くは気にしないでください!」


 私は勢いよく、膝の上で拳を握りしめた。


 そうだ。細かい言葉の綾はさておき、要するにクロード様は私を必要としてくれている。それも、他を排除するほど強烈に。

 だったら私は、モブファンとして、専属サポーターとして、それに全力で応えたい。


 これまでの人生、私が必要とされる時は、いつも搾取と虐待の入口だった。

 でも今は違う。

 少なくともクロード様の「必要だ」は、私を使い潰すためのものではない。守り、休ませ、安全な場所に置こうとする、真逆の形だ。


 だったらもう、ここは腹を括るしかない。

 私はきゅっと背筋を伸ばし、上司に対するように真剣な顔を作った。


「分かりました、クロード様」

「何がだ」

「今後はより一層、クロード様『最優先』で稼働いたします!」

「……稼働」

「はい! ご指示とあらば、残業――いえ、夜の『添い寝業務』にも全力で対応する所存です!」

「…………」

「最愛の推しのご要望が、私の人生の最重要タスクですので!」


 言い切った瞬間。

 食堂の空気が、シン、と静まり返った。


 あれ? と思って見回すと、壁際に控えていた侍女さんたちが、見事なまでに表情を消し去り、石像のように固まっている。

 空気が変だ。とても変だ。


 クロード様だけが、ゆっくりと、瞬きもせずに私を見つめ返していた。

 その氷の瞳の奥底に、じわりと、火傷しそうなほどの昏い熱が灯る。


「……今、何と言った」

「えっ」

「もう一度言え」

「く、クロード様最優先で稼働すると……?」

「その後だ」

「夜の、添い寝業務……?」

「そうだ」


 しまった。

 たぶん、何かものすごくまずい単語の選び方をした。


 だが、クロード様は怒っている様子ではなかった。

 むしろ逆だ。

 恐ろしいほど静かで端正な顔のまま、猛獣が喉を鳴らすような、底知れぬ機嫌の良さを漂わせているのである。


 えっ。何で?


「……いいだろう」

「へ?」

「その心構えは、酷く気に入った」

「そ、そうですか……?」

「ああ」


 低い声が、背筋が粟立つほど甘く響いた。


 侍女さんたちが一斉に、いたたまれないように視線を床へ逸らす。

 何だろう。私だけが、この会話の真意についていけていない気がする。


 クロード様は優雅に椅子から立ち上がると、するりと私の傍へ回り込み、羽を拾い上げるような軽さで私を抱き上げた。


「ひゃっ」

「今日から、昼間も俺の執務室へ連れていく」

「はい?」

「四六時中、俺の視界に入れておく」

「ええっ!?」

「問題あるか」

「問題しかありません! お仕事の邪魔になります!」

「ならない。むしろ効率が上がる」


 理不尽な論理展開である。

 だが、クロード様の中ではすでに決定事項らしい。

 私は抵抗むなしく、いつものように『重役抱っこ』で食堂を出ることになった。


 廊下に出た瞬間、私はじたばたと小声で訴える。


「ク、クロード様、さすがに四六時中視界に入れておくのは、いくらリソース管理とはいえ過保護が過ぎるのでは……!」

「俺からすれば、これでも足りないくらいだ」

「足りないんですか!?」

「ああ」

「どこが!?」

「まだお前が、自分から俺を頼ろうとしない」

「…………」


 不意打ちだった。

 私は、ぴたりと動きを止める。


 クロード様は前を向いたまま、私を抱きかかえる腕の力を少しだけ強めて、静かに続けた。


「何か欲しい時も、困った時も、お前はまず遠慮する。自分でどうにかしようとする」

「そ、それは……染みついた習性でして」

「無理をしないと言ったはずだ」

「……はい」

「俺に頼れ」

「…………」

「俺は、お前を守り、お前に与えるためにここにいる」


 胸の奥が、どくん、と大きく鳴った。


 何だろう。

 今の言葉は、反則ではないだろうか。


 ただ甘やかすだけではなくて。ただ囲って所有するだけではなくて。

 この人は本気で、底辺を這いつくばってきた私に「人に頼る」という当たり前の権利を教えようとしている。


 それはたぶん、今の私に一番決定的に足りていないものだ。

 前世でも今世でも、誰かに頼るより先に、一人で抱え込んで搾取されることばかりを覚えてしまったから。


 私は、ぎゅっとクロード様の胸元の服を掴んだ。

 落ちないためではなく、ほんの少しだけ、自分の意志で、彼にすがるように。


 するとクロード様が、ほんのわずかに歩調を緩めた。


「……そうだ」

「え?」

「そうしていろ」

「え、ええと……はい」


 低く、ひどく満足げな、甘い声だった。


 たぶん今、私は無意識に「頼る」の第一歩を踏み出してしまったのだろう。

 それだけのことで推しに喜ばれると、何だか猛烈にくすぐったくて、でも、泣きたくなるほど嬉しい。


 ……やっぱり危険だ。推しの過保護、糖度が致死量を超えている。


 ◇ ◇ ◇


 その日の午後。

 私は本当に、クロード様の執務室へ連行された。


 しかも、ただ連れていかれただけではない。

 執務室の窓際、一番日当たりのいい特等席に、ふかふかの長椅子と、山積みのクッション、肌触りの良い膝掛け、そして最高級のお茶一式が完璧にセッティングされていたのである。


「何ですかこれ」

「お前の席だ」

「私の席」

「ああ」

「騎士団長の執務室に!?」

「何か問題あるか」

「ありすぎます!」


 王国最強の筆頭騎士が国家防衛の仕事をする神聖な空間に、なぜ私専用の『くつろぎスペース』が爆誕しているのか。意味が分からない。

 だが、クロード様は本当に分からない顔をしていた。


「傍にいろと言っただろう」

「言われましたけれど……!」

「ここなら常に見える。お前に虫が寄りつく心配もない」

「過保護な管理職の発想が強すぎます!」


 しかも、私が恐る恐る座るとすぐに膝掛けをかけられ、適温のお茶を渡され、高級焼き菓子まで補充された。

 何だこれ。職場見学というより、完全に重役待遇(ペット扱い)である。


 その向こうで、クロード様は平然と執務デスクに座り、書類仕事を始めた。

 ペンを走らせる横顔は彫刻のように凛々しく、時折部下へ指示を飛ばす声は鋭く冷徹だ。

 ああ、本当に仕事ができる強者なんだな、と不覚にも惚れ直してしまう。


 そして、その合間合間に、こちらをじっと見るのだ。


 私がちゃんと座っているか。

 お茶を飲んでいるか。

 疲れていないか。

 退屈していないか。


 ちらり、ではない。業務の合間に、私という『栄養素』を摂取するかのように、真っ直ぐに、深い熱を込めて見てくる。


(見られすぎている……!)


 落ち着かない。落ち着かないが、嫌ではない。むしろ猛烈に安心する。でもやっぱり落ち着かない。

 オタクの感情の処理落ちがひどい。


 そんな時間をしばらく過ごしていた時、部下らしき騎士さんが書類を持って入ってきた。


「団長、先ほどの報告書を――」


 そこまで言って、騎士さんは窓際の私を見て、ぴたりと止まる。

 あっ、そうか。普通に考えて、男だらけのむさ苦しい執務室に私がくつろいでいるのは、かなり異常な光景だ。


 私は慌ててペコリと会釈した。


「お、お邪魔しております……」

「い、いえ、その、こちらこそ……?」


 騎士さんは完全に混乱していた。

 だがクロード様は一切気にせず、淡々と書類を受け取る。


「置いていけ」

「はっ」


 騎士さんは反射的に返事をして書類を置いたあと、そろそろと私の方を見た。

「あの噂の女神様か……」というような、好奇心と畏敬の混じった視線。

 それは一瞬だった。本当に一瞬だったのだが。


「見るな」

「ひっ」


 地獄の底から響くような冷酷な一言で、騎士さんが文字通り飛び上がった。


「も、申し訳ありません!」

「用が済んだならさっさと出ろ。二度と彼女を見るな」

「は、はいっ!」


 騎士さんは脱兎のごとく、顔を引きつらせて去っていった。

 扉が閉まる。静寂。


 私はそっとクロード様を見た。


「……クロード様」

「何だ」

「今のはちょっと、騎士様が可哀想では」

「視線が長すぎる」

「一秒もなかったと思います!」

「長い。あいつの眼球をくり抜かなかった俺の自制心を褒めてほしいくらいだ」

「基準が凶悪すぎる!」


 クロード様は書類へ視線を戻しながら、至極当然の事実を述べるように言った。


「お前は俺のものだ」

「ぶふっ」


 危うく、高級なお茶を盛大に噴きそうになった。


 何ですか今の。何ですか今の今の。

 言い方。言い方が危険すぎませんか。


 私は真っ赤な顔でむせながら抗議した。


「そ、そういう言い方は、あらぬ誤解を招きます!」

「誤解ではない」

「違いますぅ!」

「違わん」

「違いますってば!」


 だが、クロード様は一歩も引かなかった。

 むしろそのまま席を立つと、私のところまで歩み寄り、逃げ道を塞ぐように長椅子の肘掛けへドンッと片手をついた。

 距離が近い。近すぎる。


「ルシエラ」

「は、はいっ」

「俺は、お前を手放す気が一切ない」

「…………」

「一生だ。……覚えておけ」


 低く、静かで、狂気的なほどの執着を孕んだ、逃げ道のない声音だった。

 私は息を呑む。


 怖い、と思うはずなのに。

 本当は少しだけ、いや、心の底から、嬉しいと思ってしまった。

 こんなに真っ直ぐ、私の存在すべてを必要とされることなんて、今まで一度もなかったから。


「……はい」


 気づけば、催眠術にかけられたように、そう返事をしていた。


 するとクロード様は満足したように、甘く目を細め、そっと私の髪を撫でる。

 その手つきは優しくて、丁寧で、世界で一番大切な宝物を扱うみたいだった。


「いい子だ」

「ひゃうっ」


 変な声が出た。

 無理。本当に無理。

 激重な独占欲の直後に、そんなトロトロの甘やかしを乗せないでほしい。心臓が耐えられない。


 クロード様は私の反応にわずかに口元を緩めると、再び仕事へ戻っていった。

 私はしばらく、その場で茹でダコのように真っ赤なまま、固まるしかなかった。


 ――こうして。


 騎士団への差し入れをきっかけに暴走を加速させたクロード様の独占欲は、

「俺以外の男に魔法を見せるな」

「微笑むな」

「名前を呼ばせるな」

「執務室で完全監視する」

「お前は俺のものだ」

 という、もはやどこから突っ込めばいいのか分からない狂気の領域へ突入したのである。


 そして私はというと。


(推しが私というリソースを強烈に必要としている……!)

(ならば、夜の添い寝残業も辞さない構えです……!)


 などと、微妙にずれた社畜脳をフル稼働させたまま、ますます彼という甘い深みに落ちていくのだった。



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