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第31話 伝説の結婚式。大聖堂を包む祝福の光

 結婚式当日。


 私は、これまでの人生でいちばん静かで、そして重たい緊張の中にいた。


 周囲が騒がしいわけではない。

 私自身が取り乱しているわけでもない。

 なのに、胸の奥だけがずっと、どくん、どくん、と破裂しそうなほどに脈打って落ち着かない。


(……今日、なんですね)


 当たり前すぎる事実を、私は心の中でそっと反芻した。


 今日。

 ついに、今日。

 私は、あの王国最強の筆頭騎士であるクロード様と結婚する。


 昨日の夜、彼の強い腕の中で眠りにつく直前まで、「本当に明日なのか」「夢から覚めたら屋根裏部屋なのでは」と半信半疑だったのに。

 朝になって侍女さんたちが優しく起こしてくださって、窓の外には雲ひとつない祝福のような青空が広がっていて、遠く大神殿から澄んだ鐘の音が聞こえてきた瞬間――限界オタクの精神でも、嫌でも分かってしまった。


 夢ではない。

 本当に、今日が本番なのだ。


「ルシエラ様、お加減はいかがですか?」

「だ、大丈夫です……たぶん」

「たぶん、でございますか」

「極度の緊張で、心臓と魂が小刻みに震え続けているだけで、肉体的な体調は万全です!」

「それは、緊張で少し限界を迎えていらっしゃるのでは……」

「はい、ものすごく……!」


 優秀な侍女さんたちが、ふふっとやさしく笑う。


 いけない。

 馬鹿にされて笑われているわけではないのに、ちょっとだけ恥ずかしい。

 でも、その温かな笑顔がやわらかくて、少しだけ強張っていた肩の力が抜けた。


 部屋の中では、もう早朝から慌ただしく、しかし完璧な手際で花嫁の支度が進んでいた。

 銀の髪を美しく結い上げられ、肌を魔法のように整えられ、香油をほんの少しだけ首元へ馴染ませられる。

 大きな鏡の前に座る私は、緊張で手のひらが汗ばむほど熱いのに、不思議と頭の奥の方はどこか静かに澄んでいた。


「――ドレスを」


 侍女長さんの声とともに、恭しく運び込まれたのは、あの日、私がうっかり触って『神話級の神具(絶対守護と不老長寿の結界持ち)』へと進化させてしまった、あのウェディングドレスだった。


 やっぱり、恐ろしいほどきれいだ。


 何度見ても、息を呑む。

 白銀の生地はやわらかな月光そのものみたいに淡く輝いていて、裾へ流れる自律式の神聖紋は、ただそこにあるだけで、部屋の空気を浄化するような清らかな気配を纏っている。

 ヴェールは薄く、軽く、触れれば溶けてしまいそうなのに、確かな守護の魔力を宿しているのが肌で分かる。


「……すごいです」

「本当に。歴史に残る美しさでございます」

「毎回思うのですが、こんな国宝を、一介の平民落ちした私が着ていいのでしょうか」

「もちろんでございます」

「神話級のアーティファクトですよ?」

「ルシエラ様のものですので」

「そこをそんな、クロード様と同じ『当然』みたいな顔で言われると、いまだに動揺するのですが……」


 それでも、侍女さんたちは慣れた様子で、誇らしげに微笑んでいた。


 そうだ。

 これはもう、誰のものでもない、私のドレスなのだ。

 神具だろうと伝説級の国宝だろうと、今日、私が愛する人のために着るためのもの。


 だったら、怯えて縮こまるより、ちゃんと着こなしたい。

 世界で一番大好きな推しの、隣に堂々と立つために。


 そう覚悟を決めた瞬間、私の中で、すっと背筋が伸びた。


 ◇ ◇ ◇


 支度が整うにつれて、部屋の空気も少しずつ神聖なものへと変わっていく。


 全身が映る鏡の中には、もう以前の“薄汚れた引き立て役のルシエラ”はどこにもいなかった。


 白銀の神具ドレスに包まれた、幸せな花嫁がいる。

 髪には清らかな光を閉じ込めたような、繊細な宝飾の髪飾り。

 クロード様の厳命により胸元などに過剰な露出はないのに、かえってそれが、触れがたいほどの神々しさを醸し出している。

 そして左手の薬指には、あの『ドラゴン産婚約指輪』が、今日のために静かに輝いていた。


 きれいだ。

 自分でそう思うのは少しだけ照れくさい。

 でも、きっと今日くらいは、そう素直に思ってもいいのだろう。


「……クロード様、どんなお顔をされるでしょうか」


 ぽつりと、抑えきれない本音が漏れる。


 すると、侍女さんたちが一斉に、獲物を見つけたように目を輝かせた。


「きっと、言葉を失って見惚れられます」

「間違いなく。旦那様の理性が試される日ですね」

「すでに普段から、ルシエラ様を前にすると見惚れていらっしゃるご様子ですし」

「今日など、殺気を放って周囲を威嚇し始めるのでは」

「や、やめてください! 私の心臓の準備が!」


 顔が一気に沸騰するように熱くなる。

 だめだ。

 そういう、推しの溺愛ぶりを周囲から冷静に指摘されると、急に現実味が増して、別方向の限界オタク的な緊張が高まってしまう。


 けれど侍女長さんは、そっと私のヴェールを整えながら、母のように穏やかに言った。


「大丈夫でございます」

「……何がでしょうか」

「ルシエラ様は、もう十二分に、圧倒的にお綺麗です」

「…………」

「ですからあとは、大聖堂で、旦那様に『見つけていただく』だけでございます」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。


 見つけていただく。

 いい言葉だと思った。


 私は前世からずっと、誰かの陰に隠れて、存在を消して生きる側だった。

 でも、今は違う。

 ちゃんと私という存在を見つけてもらって、堂々と、彼の隣に立っていいのだ。


 その時、重厚な扉の向こうから、控えめなノックが響いた。


「――花嫁様。お時間にございます」


 ついに、来た。


 私は小さく、深く息を吸って、ゆっくりと立ち上がる。

 ドレスは驚くほど軽い。

 侍女さんたちとクロード様が『ルシエラの体力最優先』でこだわっただけあって、本当に動きやすい。

 神器級になっても、一番の機能が『私の快適さ』であるところが、実にあの人らしい。


「……行ってきます」

「はい。いってらっしゃいませ」

「どうか、世界でいちばん幸せなお式を」


 見送る侍女さんたちの声に、もうその時点で、少しだけ泣きそうだった。


 ◇ ◇ ◇


 大神殿の最奥にある大聖堂は、私の想像をはるかに超えて、圧倒的に荘厳だった。


 天高く伸びるアーチ状の天井。

 ステンドグラスの天窓から降る、神々しい白い光。

 祭壇まで続く、長い長い赤絨毯。

 左右に並ぶ無数の純白の燭台と、咲き誇る季節の花々。

 王家の旗、神殿の紋章、そして王国各地から集められた祝福の装飾。


 参列者の数も、規模も、もはや“盛大”という言葉で済ませてはいけないレベルだった。


 王家の皆様。

 国内の大貴族たち。

 神殿の高位神官たち。

 第一騎士団をはじめとする軍の面々。

 さらに、近隣諸国からの使節や、他国の王族までいるらしい。


「……あの、先日クロード様が『世界中が知る』と仰っていましたが、あれ、比喩じゃなかったのですね……」


 私が絶望混じりに思わず呟くと、エスコート役の神官さんが極度に緊張した顔で「はい」とだけ答えた。

 ですよね。

 私の推し(婚約者様)の言葉に、比喩や冗談はありませんよね。


 逃げ出したいような緊張がぶり返しかけた、その時だった。


 大聖堂の最も奥、祭壇の前に立つ、ひときわ背の高い人影が目に入る。


 クロード様だ。


 その瞬間、周囲の恐ろしいほどのざわめきが、ふっと遠のいて消えた。


 黒を基調とした、最高級の正装。

 王国筆頭騎士としての数々の勲章。

 けれど今日は、血を流して戦うための死神の装いではない。

 私を迎えるための、たった一人の女を愛し抜くための、婚礼の正装だ。


 格好良い、というありふれた言葉では、到底足りなかった。


 美しい。

 眩しい。

 圧倒的に強い。

 そして、私だけを待つ、ひどく静かで重たい熱を纏っている。


 クロード様は、大扉が開いた瞬間から、周囲の参列者など一切視界に入れず、ただ一人、まっすぐに私だけを見ていた。


 その氷のような、けれど燃えるような瞳に射抜かれた途端、胸の奥の限界オタク的な緊張が、不思議なくらいすっと形を変えた。

 怖さではなく、彼のもとへ行きたいという、あたたかい震えになる。


 ああ、大丈夫だ。

 この人が、待っている。


「……ルシエラ様?」

「あ、はい」

「お進みください」


 私はこくりと力強く頷き、ゆっくりと、彼へ続く赤絨毯へ足を踏み出した。


 ◇ ◇ ◇


 一歩、また一歩と進むたび、大聖堂全体の空気が浄化されるように変わっていくのが分かった。


 静かだ。

 でも、重苦しい圧迫感はない。

 むしろ、やさしい。

 私を見つめる何百という視線のどれもが、敵意や嫉妬ではなく、圧倒的な祝福と畏敬に満ちている。


 王妃殿下が、扇で口元を覆いながら目元を潤ませているのが見えた。

 国王陛下は、どこか「我が国の至宝だ」と誇らしげだった。

 騎士団の皆さんは、なぜか全員が親のような顔で胸を張っている。

 神官たちは、文字通り生き神を見るような厳かな顔で手を組んでいた。


 そして私は、祭壇へ近づくほどに、クロード様の表情が少しずつ変わるのを、一歩ごとに見ていた。


 いつもの冷たく整った死神の顔が、ほんの少しずつ、春の雪解けのようにやわらいでいく。

 それでいて、私を射抜く瞳だけは、独占欲で狂おしいほどに強く、熱い。


 ああ、だめだ。

 その顔を、私にだけ向けられると、本当にだめだ。


 泣きそうになる。

 でも泣いたら、大好きな彼の顔が見えなくなる。

 頑張れ、私。限界社畜の根性を見せろ。


 祭壇の手前で、ゆっくりと立ち止まる。

 クロード様が、少しだけ震えているようにも見える手で、ゆっくりと私へ手を差し出した。


「……来い」


 低い声。

 でも、これ以上なくやさしくて、甘い声。


 私はその手を取る。

 大きくて、剣ダコがあって、でもひどくあたたかい。

 指先に触れた瞬間、ようやく本当に「ああ、ここまで来たんだ」と、胸の奥から実感が爆発した。


「……綺麗だ」


 ごく小さく、私にしか聞こえない内緒の声で、彼がそう言った。


「……っ」


 もうだめだ。

 本当にだめだ。

 それを、このタイミングで、そんな顔で言いますか。

 今ですか。反則です。


「クロード様……」

「何だ」

「心臓が……止まりそうです……」

「俺もだ」

「…………」

「お前が美しすぎて、狂いそうだ。だから、おあいこだ」


 その重すぎる返しがずるすぎて、私は思わず少しだけ、涙ぐみながら笑ってしまった。

 泣いてしまいそうだったのに、その一言で少しだけ肩の力が抜ける。


 やっぱり、この人が隣にいると、私は無敵になれるのだ。


 ◇ ◇ ◇


 式は、滞りなく厳かに進んでいった。


 大神官の荘厳な祝詞。

 王家の立会いと承認の宣言。

 神殿による清浄と祝福の祈り。

 ひとつひとつが歴史に刻まれるほど重く、神聖で、でも不思議と息苦しくはなかった。


 たぶん、クロード様が私の手を、絶対に離さないとばかりにずっと強く握っていてくれたからだろう。


 誓いの言葉を交わす時も、私は少しだけ声が震えた。

 でも、そのたびに握られた手に、彼の深い熱がこもる。

 それだけで、ちゃんと、自分の意思で言える気がした。


「汝、ルシエラ・ルミナスは」


 大神官の、大聖堂に響き渡る声。


「クロード・ヴァレンティスを、健やかなる時も、病める時も、生涯の伴侶として愛し、敬い、支え、共に歩むことを誓いますか」


 私は、深く息を吸った。


 健やかなる時も。病める時も。

 前世の私は、そんなふうに誰かと“共に歩む”無条件の未来なんて、想像したこともなかった。

 でも今なら、心から言える。


「……誓います」


 震えたけれど、澄んだ声は、たぶん世界中へちゃんと届いた。


 続いて、クロード様が誓う番になる。


 大神官が同じ問いを向ける。

 すると、クロード様は一秒の迷いもなく、絶対的な意志で答えた。


「誓う。俺の命のすべてを懸けて」


 短い。

 でも、ものすごく強い。


 場の空気が、その言霊の重さでわずかに震えた気がした。

 いや、たぶん実際に少し震えた。

 この人の言葉と愛には、世界を揺るがすほどのそれだけの力がある。


 そして、誓約の最後。

 大神官が、神の祝福の印として私たちの手を重ねさせた、その瞬間だった。


 ぱあっ、と。


 太陽のような白金の光が、私たちの足元から、波紋のように静かに広がった。


「あ……」


 今度は、驚かなかった。

 ああ、来るだろうなと、限界オタクの私も薄々思っていた。

 だって今日の私は、神器級ドレスを着ていて、隣には最愛のクロード様がいて、しかも神聖な誓いの真っ最中なのだ。

 私のチート魔力が、何の奇跡も起こさない方が不自然である。


 でも、やっぱりその規模は、私の想像を軽く超えた。


 光は、私とクロード様の足元から、やわらかな花びらのように大聖堂全体へ広がっていく。

 床へ描かれた古い神聖紋が一斉に共鳴して輝き、数百の燭台の炎が神聖な白に染まり、天窓から差し込む太陽の光さえも、祝福に溶け込んで一体化した。


 その次の瞬間、高い天井の虚空から、ふわり、と無数の花びらが降ってきた。


 えっ。


 見上げれば、どこにも花籠なんてない。

 それなのに、白と金の神聖な光を帯びた魔力の花びらが、空そのものから、雪のように美しく降ってきているのだ。


「奇跡だ……!」

「大聖堂に、神の祝福の花が……!」

「初代聖女の婚儀の伝承、そのままであらせられる……!」


 圧倒的な畏敬のどよめきが広がる。


 私はぽかんとしたまま、降り注ぐ光の花びらを見つめた。

 きれいだ。

 信じられないくらい、きれい。


 しかも、その花びらが参列者の頬へ触れるたび、周囲から小さな、しかし確かな驚きの声が上がり始めた。


「……あれ?」

「肩が……羽のように軽い?」

「長年の古傷の痛みが……消えた!?」

「目が、視力が戻った……!」

「胸の病が……咳が出ない!」


 あっ。

 まただ。


 どうやら、降り注ぐチート花びらに触れた人たちの軽い不調や重い持病までが、次々と完全回復しているらしい。

 やっぱり私の無意識の祝福、規模が軍事医療レベルで大きすぎる。


「参列者全員の持病が、一瞬で癒えている……!?」

「まさか、王家の方々の呪いまで……!?」

「真聖女様……! ああ、歩く奇跡だ……!」


 神官たちが狂乱してざわつく。

 王族の方々まで、信じられないものを見るように目を見開いている。

 私は完全に「あっ、またやってしまったかもしれません」の気持ちになっていた。


「……ルシエラ」

「は、はい」

「気にするな」

「でも、また規模が国家レベルで……」

「今日くらいは、お前の好きに奇跡を起こせばいい」

「肯定の仕方が強いです……!」

「事実だ。お前はそれほど尊い」


 クロード様の声は、どこまでも落ち着いていた。

 むしろ、俺の妻の奇跡を世界に見せつけてやったとばかりに、少しだけ誇らしげですらあった。


 ああ、もう。

 そういうところだ。

 そういうところが本当に、どうしようもなく好きなのだ。


 ◇ ◇ ◇


 式の最後、大神官が涙声で高らかに宣言する。


「ここに! クロード・ヴァレンティスと、ルシエラ・ヴァレンティスの婚姻は、神と世界の人々の前に正式に成されました!」


 ルシエラ・ヴァレンティス。


 その新しい名前が耳に届いた瞬間、胸の奥がじんわりと、泣きたくなるほど熱くなった。


 私の名前が、変わる。

 変わったのだ。


 誰かの“魔力ゼロの引き立て役の長女”ではなく。

 搾取されるだけのブラック家族でもなく。

 ちゃんと、自分の意思で選んだ、一番安心できる場所へたどり着いた証として。


 その時。

 クロード様が、そっと私のヴェールを上げた。


 視線が合う。


 近い。

 近いのに、もう逃げたくなかった。

 だって、この人は今日、正式に私の夫になったのだから。


「……ルシエラ」

「はい」

「ようやくだな」

「……はい」


 クロード様の大きな手が、私の熱い頬へ触れる。

 その指先はいつもより少しだけ、いや、火傷しそうなほど熱かった。


「……愛している」

「…………っ」


 その真っ直ぐな言葉に、息が止まる。


 だめだ。

 それを、このタイミングで、皆の前で、そんなすべてを捧げるような顔で言われたら、本当にオタクは死んでしまう。


 でも、私もちゃんと、私の言葉で返したかった。


「……私も、心から愛しています」


 声は少しだけ震えたけれど、ちゃんと言えた。


 その瞬間、大聖堂中が、割れんばかりの大きな拍手と歓声に包まれた。


 光の花びらはまだ降っている。

 祝福の光はやわらかく揺れている。

 王家も、神殿も、騎士団も、世界中の王族も、みんなが立ち上がって、私たち二人を全力で祝福してくれている。


 ああ、本当に。

 御伽話みたいな、伝説の結婚式だ。


 ◇ ◇ ◇


 式が終わった後も、興奮冷めやらぬ祝福の嵐は止まらなかった。


 王妃殿下は涙ぐみながら私の手を取ってくださったし、国王陛下は「これほどめでたく、国益にかなう日はない!」と大笑いしてくださった。

 第一騎士団の皆さんは、なぜか自分たちが結婚したかのように誇らしげだし、神官たちはまだ半ば呆然と祈りを捧げている。


「団長……本当に、あの死神が結婚したんですね……」

「当たり前だ」

「いや、そうなんですが、こう、あまりにも女神すぎて現実味が」

「現実だ。俺の妻だ」

「マウントがつよい……」


 副官さんが半泣きで何かを呟いていた。


 私はというと、もう感情の処理が完全に限界に近かった。

 嬉しい。恥ずかしい。幸せ。でも情報量が多すぎる。

 あと、まだ私が無意識に発生させている花びらが降っている。


「クロード様……」

「何だ」

「私、たぶん今、すごくふわふわして大気圏を突破しそうです」

「知っている」

「分かるんですね」

「当然だ。お前は俺の妻だからな」

「やっぱり最後はそれですか」

「そういうものだ」


 私はくすっと笑った。

 笑いながら、少しだけ胸が一杯になって泣きそうにもなる。

 忙しい。限界オタクの情緒がとても忙しい。


 その時、クロード様が不意に、私の腰へがっちりと腕を回した。


「ひゃっ」

「そろそろ、お前の体力も精神も限界だろう」

「えっ」

「休ませる」

「今ですか!?」

「今だ」

「まだ皆さんが挨拶の順番待ちを……」

「祝福は十分に受けた。これ以上はお前が消耗する」

「それはそうですが」

「なら十分だ」


 そう言うが早いか、次の瞬間には私は、当然の権利のように皆様の御前でお姫様抱っこで抱き上げられていた。


「ク、クロード様!?」

「何だ」

「大聖堂のど真ん中です!」

「自分の妻を抱くのに、場所や他人の目は関係ない」

「言い切りましたね!?」

「事実だ」


 強い。

 今日も、王国最強の騎士はたいへんに強い。


 だが、その強引な言葉に周囲がざわつくどころか、どこかあたたかい、微笑ましい笑いが広がる。

 王妃殿下なんて、扇の向こうで完全に楽しそうだった。

 やめてください。私だけが羞恥で死にそうなのです。


「今日だけは、もう誰にも邪魔させん。お前は俺のものだ」


 耳元で、クロード様が独占欲たっぷりに低く囁く。


 その声に、胸がどくんと大きく鳴った。


「……はい」

「疲れたな」

「少しだけ」

「なら、後は俺がお前のすべてを抱えて持つ」

「…………」

「お前はただ、俺の腕の中で笑っていればいい」


 私は、たまらずその温かい胸元へ額を預けた。


 ああ。

 本当に、結婚したのだ。


 この、不器用で、重くて、最高に優しい人の妻になったのだ。


 前世の、心を殺して働いていた社畜OLだった私が聞いたら、絶対に信じないだろう。

 でも、これは間違いなく現実で。

 しかも、とてもあたたかくて、甘い現実だった。


 ◇ ◇ ◇


 大聖堂の外では、祝福を待つ民衆の人々が、王都の街道を埋め尽くしていた。


 私たちが姿を見せた瞬間、地響きのような大歓声が上がる。

 舞い散る花びら。

 割れんばかりの拍手。

 満面の笑顔。

「おめでとう!」という声。

「真聖女様、万歳!」という声。

「ヴァレンティス卿、奥様をお大事に!」という声。


 王都中が、国中が、私たちを祝ってくれているのだと分かった。


 私はクロード様に抱き上げられたまま、そっと照れくさそうに手を振る。

 すると、その瞬間また白金の光がふわりと広がり、人々の間から「わあっ、奇跡だ!」と歓声が上がった。


 ああ、もう。

 本当に、最後までチートの規模が大きい。


 でも、不思議と嫌ではない。

 今日は、これでいい気がした。

 だって、これは私から皆への、ささやかな祝福だから。


 隣を見上げれば、クロード様がまっすぐ前を向いて歩いている。

 その彫刻のような横顔は相変わらず格好良くて、でも、いつもより少しだけ、いや随分とやわらかかった。


「……クロード様」

「何だ」

「世界一の、すごい結婚式ですね」

「当然だ」

「またそれですか」

「俺の愛する妻との式だ」

「…………」

「世界一でなければ、俺が困る」

「愛が重いです……」

「そういうものだ。一生背負え」


 私は心から笑った。

 もう、何度目か分からないくらい。


 そうだ。

 きっとこの先も、私は何度もこうして笑うのだろう。

 この重くて、やさしくて、狂気的で、どうしようもなく甘い人の隣で。


 結婚式は終わった。

 伝説になりそうな祝福の光と、国宝級の神具と共に。

 そして、私たちの本当の人生は、ここから始まるのだ。


 “推し活”のつもりだった、前世の記憶を持つ引き立て役の人生が。

 いつの間にか、世界一愛され、世界一過保護に守られる妻になるまでの、その先が。



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