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第29話 挙式直前、推しからの「重すぎる」贈り物。

『国母スカウト事件』が、クロード様の物理的な恫喝(秒での拒絶)によって完全に鎮圧されてから数日後。


 私は朝から、たいへん落ち着かない気持ちで、私室の最高級ソファへお行儀よく座り、虚空を見つめていた。


 理由は、たったひとつしかない。


 ――クロード様が昨夜、寝かしつけ(強制添い寝)の去り際に、私の耳元でこう囁いたのだ。


『明日、お前に贈り物を渡す』


 嫌な予感しかしない。


 いや、普通の婚約者様からの贈り物なら、こんな極度の警戒態勢にはならないだろう。

 綺麗な花束とか。

 可愛らしい髪飾りとか。

 甘い香水とか。

 そういう、慎ましくて心ときめく範囲の『常識的な何か』を想像するのが、一般的な令嬢の反応だと思う。


 でも、私の婚約者様は違う。絶対に違う。


 婚約指輪は、魔境の主(伝説のドラゴン)を単騎討伐して毟り取ってきた国宝級の宝石。

 ウェディングドレスは、私がうっかり布地を撫でた結果、不老長寿の結界持ちの神話級神具へと進化。

 デート中に「あの店可愛いですね」と呟けば、店ごと、いや通りごと確保(買収)しようとする。

 王家からの大規模スカウトを、私の就労環境悪化の危機と認識して秒で叩き斬る。


 つまり、この方の“贈り物”の定義は、たいてい物理的・経済的な規模が狂っているのだ。

 とても。


(……落ち着いてください、私……)


 私は自分へ言い聞かせるように、そっと深呼吸した。


 もしかしたら、今回は普通かもしれない。

 たまにはきっと、可愛らしい小物などの常識的な範囲へ着地してくださるかもしれない。人は学ぶ生き物だ。クロード様だって、たぶん少しずつ、世間一般のプレゼント感覚を身につけて――。


「――ルシエラ」


 地を這うような低い声が、部屋の空気をビリッと震わせた。


「は、はいっ」


 私は反射的に背筋をぴんと伸ばす。

 重厚な扉のところに立っていたのは、もちろんクロード様だった。


 本日もお顔の造形が暴力的に良い。たいへん良い。

 しかもいつもの漆黒の軍装ではなく、やや肩の力を抜いた、質の良い黒の私服姿である。それなのに隠しきれない王者のような威圧感と、滴るような色気。

 ずるい。本当にずるい。存在が凶器だ。


 クロード様は私のガチガチに強張った様子を見て、ほんの少しだけ氷の瞳を細めた。


「……緊張しているな」

「……はい」

「なぜだ」

「なぜ、と仰いますか」

「そうだ。愛する男からの贈り物だろう」

「過去の前科が山ほどあるからです!」

「前科?」

「贈り物の、物理的スケールと殺傷力です!」


 だが、クロード様は不思議そうに小さく首を傾げただけだった。

 まるで本気で心当たりがない、という顔である。

 この方、たまにそのナチュラルな狂気が怖い。


「問題ない」

「そのお言葉が一番信用ならなくて問題です!」

「そうか」

「そうなんです!」


 私が必死に力説すると、クロード様は少しだけ考える素振りを見せ、それからあっさりと言った。


「なら、四の五の言わず、一緒に現物を確認すればいい」

「確認」

「ああ。来い」

「え、あ、はい……」


 そのまま有無を言わさず手を引かれ、私は半ば引きずられるように部屋を出た。


 ◇ ◇ ◇


 連れてこられたのは、広大な私邸の中でも最も厳重に警備されている、彼専用の広い執務室だった。


 中央の大きな黒檀の机の上には、何やら分厚い書類の束と、羊皮紙の入った長い筒、それから見覚えのない重厚な木箱が置かれている。


 限界オタクの嫌な予感が、一気に倍増した。


「ク、クロード様」

「何だ」

「机上のアレは、どう見ても宝石箱のサイズ感ではありませんね?」

「ああ」

「ドレスの付属品の箱でもなさそうです」

「ああ」

「では、一体何でしょうか……まさかまた魔獣の討伐部位とかでは」

「違う。お前への贈り物だ」

「そこを具体的に、私の心臓が止まらない範囲でお願いしたいのですが!」


 しかしクロード様は、その問いには直接答えず、まず長い筒を手に取った。

 そして封の紐を外し、机の上へバサッと広げる。


 現れたのは、極めて精密に描かれた巨大な『地図』だった。


 連なる山脈。

 豊かな水量の川。

 広大な森林地帯。

 小高い丘陵。

 新しく引かれたらしい街道予定線。

 まだほとんど人の手の入っていない、広大で豊かな土地。


 私はぱちぱちと瞬く。


「……地図?」

「ああ」

「すごく綺麗で、広大ですね」

「そうだな」

「ええと、それで、贈り物はどこに……」

「これだ」

「…………はい?」


 またしても、私の思考の時が止まった。


 これ。

 今、この巨大な地図を指して『これだ』と仰いましたか。

 地図が。贈り物。


「え、ええと……」

「何だ」

「壁に飾って、記念に眺める用でしょうか」

「違う」

「騎士団の、今後の演習場や開発予定の説明資料とか」

「違う」

「では……」

「『土地』だ」


「…………」


 私は、ゆっくりと、ギギギ……と首を動かしてクロード様の顔を見た。


 真顔だった。

 一ミリの冗談も言っていない、恐ろしいほど大真面目な顔である。

 むしろ、どうしてまだこの愛が理解できないのか、と言いたげな顔である。


 ああ、だめだ。

 これ、たぶん本当に一番だめ(スケールが狂っている)なやつだ。


「ど、どのくらいの規模の……土地、でしょうか」

「この一帯だ」

「この一帯」

「ああ」


 クロード様の長い指が、地図上のかなり広い、というか広大すぎる範囲をぐるりと囲んでなぞる。


 広い。ものすごく広い。

 私の知っている“誕生日プレゼント”などの面積を、明らかに数万倍は超えている。


「クロード様」

「何だ」

「それは土地というより、ほとんど『新しい領地』では」

「そうだな」

「認めるんですね!?」

「事実だからな。隠す必要がない」

「事実でも、個人のプレゼントのスケールが大きすぎますぅ!」


 私はついに、両手で顔を覆って机に突っ伏した。


 どうして。

 どうしてこの方は、愛する女への贈り物ひとつで、王国の地図を開いて国境線を引くのだろう。

 前世の私が聞いたら、「福利厚生の次元がバグりすぎていて、逆に脱税や横領を疑うレベル」と即答するだろう。

 いや、今の私も本気でそう思っている。


 ◇ ◇ ◇


「説明する」


 クロード様は、頭を抱える私をよそに、淡々と話し始めた。


「建国祭で王都を救った件で、王家から俺とお前に『望む褒賞を選べ』と言われた」

「……はい」

「金貨も宝石も要らん。どうせ俺の財産でいくらでもお前に買ってやれる」

「はい」

「爵位の加増もいらない。これ以上仕事が増えて、お前との時間が減るのはご免だ」

「はい」

「名誉の勲章も、すでに捨てるほどある」

「それは、はい」

「だから、王と交渉してこれ(土地)をもらった」


 思考の飛躍が激しすぎる。


「どうしてその極端な選択肢に行き着くのですか!?」

「絶対に必要だと思ったからだ」

「何にです?」

「お前に」


 その一言で、私は言葉を詰まらせた。


 クロード様は地図へ視線を落としたまま、静かに、ひどく熱を帯びた声で続ける。


「お前の故郷であるあのゴミ溜め(ルミナス伯爵家)は、お前が心休まる『帰る場所』ではなかった」

「…………」

「ただ命を削られ、搾取されるだけの地獄だった」

「…………」

「なら、一から新しく作ればいい」


 私は、息を止めた。


「お前が、心の底から安心して笑える場所を」

「…………」

「誰にも使い潰されず、理不尽な労働を強いられず、お前が望むならいつまででも休み、望むなら自由に何かを育てられる、絶対的な聖域を」

「…………」

「それを、お前にやる」


 だめだ。

 それは、ずるい。


 ただ財力を見せつけて、大きなものを持ってきて驚かせたいのではない。

 権力を見せつけたいわけでもない。


 この人は、本気で、私の魂が休まる“帰る場所”を作ろうとしてくれているのだ。


 前世でも、今世の実家でも、私にとって『家』や『居場所』は、安らぐための場所ではなかった。

 いつも他人のために何かを求められて、身を削って、働いて当然の場所だった。

 自分の意思なんて、どこにもなかった。


 でも今、この人は言うのだ。

 お前が安心して笑える場所を、俺がお前にやる、と。


 そんなの。

 嬉しくないはずがない。泣かないはずがないではないか。


「……ずるいです」

「何がだ」

「そういう泣かせにくる理由を、後から出してくるところです」

「最初から言っている」

「最初は“これだ”と地図を指さしただけでした!」

「見れば分かると思った」

「超能力者でもない限り、分かるわけありません!」


 涙声で抗議する私に、クロード様は少しだけ不器用に目を伏せた。

 怒っているわけではない。

 むしろ、私の涙を見て、胸の奥が熱くてどうしようもない、という顔だった。


 ◇ ◇ ◇


「こちらが、王家の承認を得た正式な権利書です」


 そう言って、いつの間にか部屋に入ってきていた第一騎士団の副官さんが、分厚い書類束の上から一通を抜き出し、私へ差し出した。


 私はおそるおそる受け取る。


 王家の金印。貴族院の承認印。神殿の大神官の加護証。

 さらに、土地の境界線と絶対的な使用権、開拓権、そして王家の干渉を受けない『特別自治権』の一部までが、きっちりと記されている。


「……ええと」

「何だ」

「これ、もしかしなくても」

「ああ」

「『ルシエラ』の、私個人の単独名義ですか」

「そうだ」

「…………」


 私は、静かに泡を吹いて白目を剥きそうになった。


 土地のプレゼントどころではない。

 これはもう、ほとんど『ルシエラ王国』という小さな国の建国である。


「クロード様」

「何だ」

「福利厚生の規模が、とうとう事業所単位ではなく『国土単位』になったのですが」

「問題あるか」

「あります!」

「どこがだ」

「全部です!」


 だが、クロード様は少しも揺るがなかった。


「まだ小さい」

「どこがですか! 日本地図で言ったら一つの県くらいありますよ!」

「まだ街も家もない、ただの更地だ」

「それはそうですが!」

「だから、これからお前の好きなように作るんだ」

「だからって、個人の贈り物の単位ではありませんよ!?」


 私が頭を抱えてしゃがみ込んでいると、クロード様はむしろ少しだけ不思議そうな、不満げな顔をした。


「足りなかったか」

「足りるとか足りないとかの、そういう低次元の概念ではありません!」

「そうか」

「そうなんです!」


 はあ、と深いため息を吐く。

 でも、絶対に怒れない。

 だって、この規格外のプレゼントは全部、ただひたすらに私を幸せにするためだけに、彼が国を脅して(交渉して)用意してくれたものだと分かってしまうから。


 その時、副官さんが何とも言えない、生温かい顔で口を開いた。


「ルシエラ様」

「は、はい……」

「団長は、建国祭の直後から、王家と神殿と貴族院に猛烈な交渉(という名の脅迫)をかけておられました」

「交渉」

「ええ。『俺のルシエラが安心して暮らせる、他者の干渉を受けない絶対的な聖域が必要だ』と」

「…………」

「『実家がブラック環境なら、俺が新しい故郷を一から作ればいい。土地を寄越せ』と」

「…………」

「王家の側近の方々が、あまりの要求規模に完全に泡を吹いて固まっておられました」

「でしょうね!?」


 私は思わず絶叫した。


 想像はつく。そりゃ固まる。

 建国祭の命懸けの防衛の褒賞について話し合っていたら、筆頭騎士が真顔で「婚約者のための新天地(新しい国)が必要だから寄越せ」と言い出したのだから。

 しかも、その場の勢いではなく、完璧な法的書面つきで退路を塞いで詰めてきたに違いない。


 副官さんはそっと、机の上から別の追加書類を差し出した。


「こちら、団長が徹夜で作成された、開拓と街づくりの『法案の叩き台』です」

「……法案の、叩き台?」

「はい」


 私は反射的に受け取る。

 そして、中身を見て、また完全に石化した。


 そこには、将来的な街づくりの方針が、妙に具体的かつ、私にとって見覚えがありすぎる形でまとめられていた。


『全労働者の労働時間の上限規定の厳守』

『栄養価の高い食事と、清潔な寝具の最低保障』

『神殿と同等の設備を持つ無償診療所の併設』

『身分を問わない、子どもの教育機会の絶対確保』

『本人の同意なき、いかなる強制労働・サービス残業の禁止』

『住民の匿名相談窓口の設置』

『週休二日および長期休暇制度の完全導入』


「…………」

「団長が、ルシエラ様の過去の話を聞いて、かなり本気で法整備を……」

「知っています……文章から本気が伝わってきます……」

「『二度とルシエラ様のような、不当に搾取される悲惨な目に遭う者を、俺の目の届く範囲で出すな』と」

「…………」


 私は、しばらくその紙から目を離せなかった。

 視界が、じわじわと滲んでいく。


 ああ、これ。

 私が、心の底から欲しかったものだ。


 前世のブラック企業で、泣きながら欲しかったもの。

 今世のブラック実家で、一度でいいから与えられたかったもの。

 でも、誰からも一度も与えられず、ただ奪われるだけだった『人間としての尊厳』。


 それを、この人は。

 最初から、私が統治する土地の『絶対的な法律』として作ろうとしてくれているのだ。


 なんて、不器用で、重くて、ずるい人なのだろう。


 ◇ ◇ ◇


 副官さんが気を利かせて退出したあと、執務室には再び静けさが戻った。


 私は机の上の地図と、絶対的な権利書と、優しすぎる計画書を見つめながら、しばらく何も言えなかった。

 考えることが多すぎる。

 嬉しい。困る。でも死ぬほど嬉しい。そして規模がでかすぎる。

 オタクの感情の処理が、完全に追いつかない。


「……ルシエラ」


 低く、甘い声で呼ばれて顔を上げる。


 クロード様が、まっすぐ私を見ていた。

 その瞳は、いつもみたいに冷たい氷の色なのに、奥底は私への執着でひどく熱く燃えている。


「気に入らなかったか」

「そんなわけないじゃないですか」

「そうか」

「嬉しいです。ものすごく。涙が出そうなくらい」

「…………」

「でも、やっぱり重いです」

「それは知っている」


 自覚はあったらしい。


 私は思わず、ふっと声を出して笑ってしまった。

 涙がぽろりと零れる。


「本当に、重いですね。国土レベルです」

「嫌か」

「嫌なわけないでしょう」

「分かっている」


 クロード様は一歩近づくと、そっと私の手から権利書を抜き取り、代わりに私の震える両手を、自分の大きな手でぎゅっと握りしめた。


「これは、お前を無理やり縛り付けるためのものではない」

「…………」

「お前から、王都での逃げ場をなくすためでもない」

「…………」

「お前が、辛い時に『いつでも戻りたい』と思える、お前だけの絶対的な場所を増やすためのものだ」

「…………」

「管理が面倒なら、要らなければ使わなくていい。俺が代わりにすべてやる」

「…………」

「だが、お前が『自分の居場所が欲しい』と思った時には……最初から、俺が用意したそれが、そこにあるようにしたかった」


 私は、もうだめだった。

 決壊したように、目からボロボロと涙が溢れ出した。


 そんなの。

 そんなの、嬉しいに決まっている。


 前世でも今世でも、私はいつだって“誰かの必要に迫られて”何かをしてきた。

 何かを得る時も、身を削って、我慢して、血を吐くような思いをして、ようやくだった。


 でも今、この人は。

 私が「欲しい」と願う前に。私が傷つく前に。

 もうそこに、すべてを与えて待っているようにしたかった、と言うのだ。


 それはたぶん、土地という物質そのもの以上に、私の魂の奥底へ効く、最高の贈り物だった。


「……クロード様」

「何だ」

「泣きそうです……というか、泣いてます」

「泣くな」

「無理です……止まりません……」

「困る」

「どうしてですか」

「今すぐ、力いっぱい抱きしめたくなる」

「それは、今すぐしてくださっていいです!」


 言い切った瞬間、自分で何を大胆なことを言ったのか理解して、顔が爆発するように熱くなった。

 でも、撤回はできなかった。したくなかった。


 次の瞬間。

 当然のようにクロード様の強靭な腕が回り、ふわりと抱き上げられ、その硬い胸元へ強く、強く引き寄せられた。


「ひゃっ」

「言ったな」

「い、言いました……」

「なら、もう遠慮しない。一生だ」

「そこは毎回、一ミリも遠慮がない気もします!」

「今さらだろう」

「そうでした!」


 でも、私を包み込むその腕の中は、世界中のどこよりも温かくて、安全だった。


 私は素直にそこへ全体重で寄りかかりながら、そっと呟く。


「……これ、私一人の、私だけの場所にするつもりは、ないです」

「だろうな」

「えっ」

「お前はそういう、優しすぎる女だ」

「どういう女ですか」

「自分一人のためだけに何かを欲しがるのが、まだ恐ろしく下手な女だ」

「うっ」

「だが、それでいい」

「…………」

「お前が心から安心できて、お前が救いたいと願う他の奴らも安らげる場所になるなら、それが一番だ。お前の好きにしろ」


 私は、またしても言葉を失った。


 ああ、この人は。

 最初から、そこまで私の心を見越しているのだ。

 私がたぶん、自分だけではなく、誰か困っている人のための場所にもしたいと願うことまで。


「……ずるいです」

「そればかりだな」

「だって、本当に全部がずるいので……」

「そうか」

「はい。大好きです」


 私は、クロード様の服の胸元をきゅっと掴んだ。


 新しい故郷。

 小さな国みたいな、広大な土地。

 誰もが安心して笑える、絶対的な聖域。


 そんなものを愛する人から贈られる人生があるなんて、前世で徹夜続きだった私には、夢にも想像できなかっただろう。


 ◇ ◇ ◇


 しばらくして、私はクロード様の腕の中で、ようやく少し落ち着きを取り戻した。


 机の上には、まだ広げられたままの壮大な地図。

 これから、この土地の名前も決めるのだろう。

 どういう町にするか、何を置くか、誰を迎えるか。考えることは山ほどある。


 でも、不思議と怖くはなかった。

 重圧も感じなかった。


 それはたぶん、この土地が“責任”として理不尽に押しつけられたものではなく、“お前は幸せになっていい”という圧倒的な肯定の形で差し出されたものだからだ。


「……クロード様」

「何だ」

「ひとつ、お願いがあります」

「言え。何でも叶える」

「この新しい街の名前を、私と一緒に考えてください」

「もちろんだ」

「あと、もし本当に人を迎えるなら」

「ああ」

「前世の私みたいに、働きすぎた人が、ちゃんと心身を休められる、最高にホワイトな町にしたいです」

「そうなる」

「断言されました」

「俺が絶対にそうする。違反者は斬る」

「物理的な強制力が強い」

「お前も一緒にやるんだろう」

「……はい。たぶん」

「なら問題ない」


 本当に、この人は。

 私のこれからの未来へ、当たり前みたいに自分の存在を組み込んでくる。

 そしてそれが嫌ではないどころか、嬉しくてたまらないのだから、もうどうしようもない。


「ルシエラ」

「はい?」

「もうひとつ、大事なことがある」

「まだあるんですか!?」

「贈り物の話ではない」

「…………はい」


 クロード様が、ほんの少しだけ、私を抱く腕に熱い力を込める。


「明日は、俺たちの挙式前夜だ」

「……はい」

「もう、絶対に逃がさない」

「…………」

「覚悟しろ」


 私は一瞬、心臓が跳ねて呼吸を忘れた。


 だめだ。

 その言い方は、本当に、色々な意味でだめだ。

 甘い。重い。でも甘い。そして逃げ場がない。

 頭がくらくらする。


「ク、クロード様……」

「何だ」

「それ、今この真昼間の執務室で言いますか」

「言いたくなった。俺の我慢も限界だ」

「理性は!?」

「お前に関しては、とうの昔に崩壊している」

「言い切りましたね!?」

「事実だ」


 ああ、もう。本当にこの人は。


 私は真っ赤になった顔のまま、クロード様の胸元へ深く額を押しつけた。

 だって無理だ。

 土地権利書のプレゼントからの、限界突破した独占宣言は、オタクの心臓に悪すぎる。


 でも、耳に聞こえる彼の強い胸の鼓動は、不思議と私の心を安心させる。


 挙式直前。

 最愛の推しからの重すぎる贈り物は、国土規模の新しい故郷だった。

 そして、その次に来るのは、たぶんもっと個人的で、もっと甘くて、もっと逃げ場のない夜だ。


 そう思うと、怖いような、嬉しいような、限界オタクの情緒が大忙しである。

 でも、もう分かっている。


 この人の“重い”は、私を苦しめるものではない。

 私を守って、囲って、絶対に幸せにしようとする、極上の重さだ。


 だったら、たぶん。

 その重すぎる愛に、底まで溺れていくのも悪くない。


 そう思ってしまった時点で、私はもう彼なしでは生きられないくらい、だいぶ手遅れなのだろう。



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