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第23話 実家の伯爵家、爵位剥奪。

 ルミナス伯爵家の断罪が正式に決まったのは、王都を揺るがせた建国祭の騒動から、わずか三日後のことだった。


 私はその朝、いつもより少しだけ硬い顔で、クロード様の執務室にある私専用のふかふか長椅子に座っていた。


 理由は簡単である。

 本日、王城の最も厳格な『審問の間』にて、ルミナス伯爵家に対する正式な国家裁判が行われるからだ。


 つまり――。


(……ついに来ましたね。ざまぁ本番が……!)


 胸の奥が、そわそわする。

 いや、正確には、すっきりするような、まだ少しだけ落ち着かないような、何とも言えない複雑な感じだった。


 だって相手は、私を物心ついた頃からずっと「魔力ゼロの無能」と蔑み、使用人以下の労働力として搾取し続けてきた家族だ。

 今さら彼らに情が残っているとは思わない。あの地獄に戻りたいとも、一切思わない。

 でも、それでもやっぱり、かつて“家族”という括りだった人間たちが、公の場で裁かれ破滅していくのを見るとなると、完全に無関心な他人事ではいられなかった。


「ルシエラ」


 低い声に顔を上げる。

 そこには、朝からあまりにも顔の造形が暴力的に良い私の婚約者様――クロード・ヴァレンティス様がいた。

 本日は王城での審問に備え、最高級の漆黒の正装である。そして本日も、隙がなさすぎて私の視界(と心臓)に非常に悪い。


「顔色が悪い」

「えっ」

「少し緊張しているな」

「……分かりますか」

「分かる」


 即答だった。

 さすが最愛の推し。私のコンディションの把握能力が高すぎる。


 クロード様は私の前まで来ると、ごく自然な動作で私の冷たくなった手を取った。

 左手の薬指には、当然のように『ドラゴン産婚約指輪』が静かに、けれど絶対的な存在感を放って光っている。


「行きたくないなら、お前は出なくていい」

「えっ」

「審問自体は、俺と王家と神殿が、確実な証拠をもとに進める。奴らに逃げ道はない」

「…………」

「お前が無理をして、わざわざあの不快なゴミどもの顔を見る必要はない」


 やさしい。とてもやさしい。

 でも、私は小さく首を振った。


「いえ……行きます」

「理由は」

「ちゃんと、自分の目で見届けたいんです」

「…………」

「私からすべてを奪い、私を縛っていたものが、完全に終わる瞬間を。……もう、逃げたくないので」


 少し前の私なら、たぶん避けていた。

 あの家族の顔なんて見たくないし、関わりたくないし、どうせ私が何を言っても無駄だと、社畜のように諦めきっていたから。


 でも、今は違う。

 私はもう、あの家の理不尽な怒声に怯えているだけの『無能な引き立て役のルシエラ』ではない。

 クロード様も、王家も、神殿も、私の本当の価値を認めてくれている。

 だったら、私の人生の清算を、最後まで自分の目で見届けたい。


 私がまっすぐに見上げてそう言うと、クロード様はしばらく黙っていた。

 やがて、静かに、ひどく甘い目で頷く。


「分かった」

「はい」

「だが、絶対に無理はするな」

「はい」

「辛くなったらすぐ言え。その場で奴らの首を刎ねて連れ帰る」

「はい。……えっ、首?」

「お前が嫌なら、俺の隣から一歩も離れるな。俺だけを見ていろ」

「最後だけ、過保護な平常運転ですね?」

「当然だ」


 ですよね。

 物騒な発言はさておき、そのブレない重さに少しだけ肩の力が抜けて、私は小さく笑った。


 ◇ ◇ ◇


 王城の『審問の間』は、ひどく静かで、重苦しい空気に満ちていた。


 見上げるほど高い天井。鏡のように磨き上げられた、冷たい石床。

 列席するのは、王家側の高官、神殿の上層部、騎士団幹部、そして貴族院の厳格な監査役たち。

 前回の華やかな婚約発表や建国祭の祝賀とはまったく違う、罪人を裁くための冷たく張りつめた空気が場を支配している。


 私は、クロード様のすぐ隣に座っていた。

 というより、限りなく隣というか、もはや『絶対領域の内側』に近い位置だ。

 ちょっとでも不穏な動きがあれば、即座に私を庇って敵を物理で排除すると分かる距離感。うん、安心感がすごい。


 そして私たちの正面、一段低い罪人席には、ルミナス伯爵家の三人――父、母、そしてセレフィナが並んで座らされていた。


『見る影もない』とは、まさにこのことだった。


 ふんぞり返っていた父は頬がこけ、常に着飾っていた母は化粧も剥げて目の下に濃い隈を作り、セレフィナに至っては、以前のきらきらした傲慢な“天才聖女らしさ”が完全に消え失せていた。

 豪奢な衣服だけはどうにか取り繕っているけれど、そこに宿るはずの貴族としての余裕が、もう一ミリもない。


 私の姿を見た瞬間、三人の顔が揃って醜く歪んだ。


 父は、自分をこんな目に遭わせた元凶への怒り。

 母は、手のひらを返された焦り。

 セレフィナは、すべてを失った悔しさと、私への底知れぬ嫉妬、そして怯え。


 でも――彼らのそんな顔を見ても、私はもう、前ほど怖くなかった。


 クロード様が、隣で私の震えそうな指へそっと触れ、包み込んでくれる。

 ただそれだけで、私は無敵になれた。


「静かにしていろ」

「……はい」


 誰に向けた言葉かは分からない。

 たぶん私を落ち着かせるためでもあり、今にも喚き出しそうなあの三人への威嚇でもあったのだろう。


 その時、重厚な扉が開き、国王陛下が入室される。

 続いて王妃殿下、大神官、神殿の記録官。

 一同が着席し、息の詰まるような沈黙の後、ついに審問が始まった。


「これより、ルミナス伯爵家に対する重大な国家反逆および不正の調査結果の確認と、処分の審議を行う」


 国王陛下の声が、重々しく響く。

 伯爵家側の空気がさらに強張り、三人がビクッと身をすくませた。

 私は、無意識に息を潜めてその光景を見つめていた。


 ◇ ◇ ◇


 最初に淡々と読み上げられたのは、ルミナス伯爵家でのルシエラ(私)への『虐待と不当労働』の克明な記録だった。


「長女ルシエラ・ルミナスに対し、貴族令嬢としての正当な待遇を与えず、長期にわたり使用人以下の過酷な労働を強制」

「食事、寝具、教育の大幅な制限およびネグレクト」

「侍女、執事、庭師、会計補佐、さらには屋敷の魔力結界の維持管理までを、無給で一人に兼任させた形跡」

「日常的な身体的・精神的威圧の継続」


 一項目が読み上げられるごとに、周囲の視線が、親を見る目から汚物を見る目へと変わっていく。


 母が、その周囲の冷たい視線に耐えきれなくなったように、ヒステリックな声を上げた。


「そ、そんなの、大袈裟ですわ! ただの家族の中での役割分担に過ぎません! この子は魔力がないから、せめて体で家業を手伝わせていただけです!」

「――役割分担?」


 絶対零度に冷えきった声が、母の悲鳴をすっぱりと切り裂いた。


 クロード様だった。


「一人の少女に家の実務のほぼすべてを押しつけ、まともな食事も寝床も与えず、過労で倒れる寸前まで酷使することがか?」

「そ、それは……」

「それを『役割分担』などというふざけた言葉で正当化するなら、貴様らの頭は随分と腐りきっているようだな」


 母が「ひっ」と息を呑んで口を噤む。


 うわぁ。

 本日も推しの殺意が容赦ない。でも、すごく助かる。


 神殿の記録官が続けて、机の上へ分厚い帳簿の束をドンッと置いた。


「こちらはルミナス伯爵家の家計簿、物資出納帳、結界維持記録、使用人勤務表の原本です」

「…………」

「王家お抱えの筆跡鑑定人による照合の結果、屋敷運営の主要記録のほぼ『すべて』が、ルシエラ嬢お一人の手によるものと判明しております」

「ま、待ってください!」


 今度は、父が玉の汗を流しながら叫んだ。


「そ、それは、あの役立たずが勝手にやっていたことだ! 伯爵家としての公式な指示ではなく、我々の責任とは――」

「――勝手に?」


 再び、クロード様の低い声が落ちる。

 ああ、だめだ。その声音、マジで怒っている時のやつだ。


「勝手にやっていたと言うなら、なぜお前たちはその労働の成果を当然のように享受し、贅沢にふんぞり返っていた」

「…………」

「勝手にやっていたと言うなら、なぜ家長として止めなかった」

「…………」

「勝手にやっていたと言うなら……なぜルシエラがいなくなった途端に、お前たちの家は数日でゴミ屋敷のように崩壊し、家計が回らなくなったのだ」


 父の顔が、みるみる赤から青、そして死人のような白へ変わっていく。


 私は思わず、膝の上で手を握りしめた。

 そうだ。クロード様の言う通りなのだ。


 私は“好きで勝手に”やっていたわけではない。

「お前が無能なせいだ」「お前がやらないと誰がやる」と理不尽に押しつけられたからやっていたし、やらなければもっと酷い暴力を振るわれると分かっていたから、死に物狂いで回していた。

 ただ、それだけだ。


 それなのに、都合が悪くなれば“あいつが勝手にやった”で片づけようとするなんて。この期に及んで、どこまで卑怯で、みっともない人たちなのだろう。


 ◇ ◇ ◇


 だが、本番はそこからだった。


 大神官が立ち上がり、広間全体へ厳かに告げる。


「続いて、聖女力偽装、およびそれによる国家欺瞞の件です」


 その一言で、審問の間にさらに決定的な緊張が走った。

 セレフィナの肩が、びくぅっと大きく跳ねる。


 大神官は、一切の感情を交えず、淡々と資料を読み上げていく。


「ルミナス伯爵家は長年、セレフィナ・ルミナスを百年に一人の『天才聖女候補』として、神殿および王家へ虚偽の報告を行っていた」

「しかし、ルシエラ嬢の真聖女認定後の精密調査、および建国祭当日の魔力暴走・浄化現象の記録により、セレフィナ嬢の神聖力は本人固有のものではなく、長女ルシエラ嬢の膨大な魔力に『寄生し、依存していた』だけである可能性が極めて高いと判明」

「魔力依存の形跡、無意識下での魔力吸収、および外部からの魔力補助なしでは、下級の神聖術すら維持できない兆候が、複数の神官によって確認された」


 セレフィナが、がたっ! と椅子を鳴らして立ち上がった。


「ち、違うわ! 私は本物の聖女だったもの!」

「なら、建国祭で王都が危機に陥った時、なぜ誰よりも早く逃げた」

「……っ」

「なぜ夜会で、ルシエラ嬢に向かって“お姉様の魔力を返して”などと叫んだのだ」

「そ、それは……!」

「貴女の発言記録は、その場にいた神官および騎士団員、貴族たち数十名の証言で完全に一致している」


 突きつけられる事実のひとつひとつが、彼女の逃げ道を完全に塞いでいく。

 さらに、宮廷魔術師長までが前へ出た。


「追加の魔力鑑定報告を」

「許す」

「ルシエラ嬢とセレフィナ嬢の過去の魔力痕跡を照合した結果、セレフィナ嬢の聖属性発現の残滓波形は、ルシエラ嬢の神聖魔力波形と完全に一致しました。つまり、セレフィナ嬢の魔力は、ルシエラ嬢の魔力の『劣化コピー』に過ぎません」

「…………」

「簡潔に言えば、貴女の聖女の力は、すべて姉から奪った“借り物”です」

「う、うそよ……私、が……天才じゃ、ない……?」

「残念ながら、測定結果は極めて明確でした。貴女には、聖女としての素質は欠片もありません」


 セレフィナの唇がガタガタと震え、そのまま力なく椅子に崩れ落ちた。


 私は、その決定的な言葉を聞いて、胸の奥が妙に静かなのを感じていた。

 怒り狂うでもなく、悲しくて泣くでもなく。

 ただ、ああ、やっぱりそうだったんだ、と。長年、理由も分からず常に体が重く、疲労困憊していたあの痛みの正体に、ようやく名前がついたみたいだった。


 奪われていた。

 私が死ぬ気で生み出したものを、勝手に吸い取られ、使われていた。

 そしてその上で、「魔力ゼロの役立たず」と嘲笑われ、見下されていたのだ。


 ひどい話だ。本当に。

 もはや、怒る気すら起きないほどに。


 ◇ ◇ ◇


「異議があります!!」


 父が、ついに耐えきれずに立ち上がった。

 声がひっくり返っている。貴族としての余裕など、もう欠片もない。


「たとえセレフィナの力に誤認があったとしても! それは我々が意図して騙したわけではない! 伯爵家を罰するほどの重罪では――」

「意図していなければ、国を騙しても許されるとでも?」


 今度の声は、クロード様ではなく、国王陛下だった。


 それまで静かに聞いておられた国王陛下が、氷のように冷えた目で父を射抜く。


「聖女候補の選定は、大結界の維持、すなわち我が国の国防と直結する重大事だ」

「…………」

「お前たちは、神殿と王家に対し、虚偽の能力を前提として、多額の支援金と特権、そして名誉を不当に享受した。これは明白な国家反逆罪に等しい」

「し、しかし!」

「加えて、真聖女である長女ルシエラ嬢を奴隷のように虐げ、その真の力を把握しながら国への申告を意図的に怠った可能性も極めて高い」

「そ、それは違う! あれは本当に、我々の目には魔力ゼロの無能に見えていたのだ!」

「見えていた、では済まんと言っているのだ、愚か者め!」


 ぴしゃり、と王の威圧で叩き斬られる。


 さらに、神殿側から決定的な証人が呼ばれた。

 かつてルミナス伯爵家を定期訪問し、セレフィナの力を鑑定していた高位神官だ。


 その神官は、青ざめた顔で己の非を認めるように証言した。


「以前より、ルシエラ嬢が清掃した場所の周囲だけ、異常なほど清浄度が高いと感じてはおりました」

「なぜそれを上に報告しなかった」

「伯爵夫人より、“長女は体質的に穢れを寄せつけにくいだけの特異体質だ。魔力はない”と強く説明を受けまして……」

「それを疑わなかったのか。神官として恥ずべき怠慢だぞ」

「……返す言葉もございません。私の力不足でした」


 母の顔が、絶望に引きつった。


 さらに、屋敷から逃げ出した執事や使用人たちの証言記録まで、次々と積み上げられていく。


『屋敷の魔物除けの結界札は、すべてルシエラ様が魔力を込めて配置・確認されておりました』

『魔石交換の時期も、ルシエラ様が己の身を削って管理しておられました』

『セレフィナ様のお力が不安定な日は、決まってルシエラ様が、立っていられないほど極度に疲弊しておられました』

『ルシエラ様が家を出られた翌朝より、屋敷の清浄維持が完全に崩壊し、カビと瘴気で住める状態ではなくなりました』


 もう、完全に『詰み』だった。


 父も母も、見苦しく言い訳を口にするたびに、新しい証言と物的証拠で徹底的に潰されていく。

 セレフィナは、己のメッキが完全に剥がれた現実を受け入れられず、半泣きで虚ろな目のまま俯いている。

 三人とも、さっきまで僅かに残っていた“由緒ある伯爵家としての威厳”なんて、もうどこにもなかった。


 私はその無惨な光景を見ながら、何とも言えない空虚な気持ちになった。


 ざまぁだ。

 たしかに、これはまごうことなき『ざまぁ』だ。


 でも同時に、呆れるほどみっともないとも思った。

 結局この人たちは、最後の最後まで「自分たちがルシエラに何という酷いことをしたか」ではなく、「自分たちの地位がどうなるか、どう困るか」しか考えていないのだ。

 罪悪感など、一ミリも持っていない。


 ◇ ◇ ◇


「最後に、提出するものがあります」


 そう言って立ち上がったのは、私の隣にいるクロード様だった。


 場の空気が、ぴん、とさらに一段階引き締まる。


 うわぁ。来た。

 容赦ないトドメの証拠提出タイムだ。


 クロード様は王へ向かって静かに一礼すると、数枚の書類と、小さな『記録結晶』を卓上へドンッと置いた。


「第一騎士団の権限にて保全した、決定的な証拠です」

「内容は」

「ルシエラがルミナス伯爵家で負っていた常軌を逸した労働記録、私邸で保護した当初の悲惨な体調診断書、極度の魔力枯渇の痕跡、ならびに過去の長年の虐待状況を示す身体的・精神的な生活痕の記録です」

「…………」

「加えて、伯爵家より私の屋敷へ図々しくも押しかけてきた際の、奴らの暴言を記録した音声データです」

「なっ……!」


 父の顔が、今度こそ完全に引きつった。


 ああ、あの日のやつだ。

『その無能を返しなさい!』とか、『戻ってまた働きなさい!』とか、大変元気よく自分の本性を叫んでいたやつである。


 クロード様が魔力を流すと、記録結晶が淡く光った。

 次の瞬間、静まり返った審問の間へ、あまりにも聞き覚えのある、醜悪な声が響き渡る。


『その無能を返しなさい!』

『お前が必要だ、戻ってきてまた働きなさい!』

『家族のために死ぬまで尽くすのが役目でしょう!?』


 うわぁ。

 こうして客観的な音声として聞くと、本当にひどい。ブラック企業の上司のパワハラ録音データそのものである。


 しかもそこへ、半狂乱のセレフィナの声まで重なる。


『お姉様の魔力を返してよ!』

『私の力がないと困るの! 返しなさいよ!』


 記録が止まる。

 しん、と、審問の間が冷ややかに静まり返った。


 言い逃れの余地など、ミクロン単位で存在しなかった。

 誰が聞いても分かる。この家族は、私を人間としてではなく、都合よく搾取できる便利な労働力と魔力供給源としてしか扱っていなかった。


 そしてその動かぬ事実を、クロード様は一切の私情を挟まず、ただ淡々と、最も効果的なタイミングで卓へ叩きつけたのだ。


 怖い。でも最高に格好良い。

 そして、めちゃくちゃ心が救われる。


「証拠は以上です」


 クロード様が静かに席へ戻る。


 その横顔は、彫刻のようにひどく冷えていた。

 たぶん、あの胸糞の悪い記録を皆の前で再生すること自体、彼にとっては相当腹立たしく、はらわたが煮えくり返る思いだったのだろう。

 でも、それを怒りに任せて斬り捨てるのではなく、最も奴らを追い詰める“社会的抹殺の証拠”として的確に処理できるところが、この人の本当に恐ろしいところだ。


 父は、ついに糸が切れたように膝から崩れ落ちた。

 母は顔面蒼白で泡を吹きそうになっている。

 セレフィナは両手で耳を塞ぎ、小さく嗚咽している。


 ……終わった。

 本当に、完全に終わったのだ。


 ◇ ◇ ◇


 審議は、驚くほど早く終わった。


 というより、ここまで完璧に証拠が揃っていては、、情状酌量の余地も引き延ばす理由もないのだろう。


 国王陛下が、決定事項を重々しく告げる。


「ルミナス伯爵家は、真聖女の悪質な隠蔽、長年にわたる虐待、不当搾取、ならびに聖女力偽装による国家欺瞞の重責を負う」

「…………」

「よって、直ちに伯爵位を剥奪する」

「……っ!」


 母が、白目を剥いて小さく悲鳴を上げた。


 国王陛下は容赦なく続ける。


「領地管理権を完全停止。家財の大半は国庫および王家預かりとし、これまでの不正な支援金の返還を命じる。また、家系の再調査と余罪の追及が完了するまで、一族の行動を厳しく制限し、軟禁状態とする」

「お、お待ちください! 陛下! それでは我々は生きていけません!」

「黙れ」

「ひっ……!」


 父が床に這いつくばって最後の悪あがきをしようとしたが、国王陛下の冷酷な一喝で完全に凍りついた。


 さらに大神官が、神殿の裁きを静かに告げる。


「セレフィナ・ルミナスについては、聖女候補資格を永久剥奪とする」

「いや……いやぁぁ!」

「神殿庇護下における特権をすべて停止し、これまでの詐称に対する償いとして、今後は神殿の最下層での厳重な監督下による更生(強制労働)措置とする」

「いや、いやよ……! 私、聖女なのに……!」

「異議は認めません。貴女の罪はそれほど重い」


 冷たく、一切の慈悲なく断じられる。


 母が泣き崩れ、父は顔を歪めて床を叩き、セレフィナは、完全に心が壊れたように真っ白な顔になった。


 その無惨な姿に、かつての家族としての哀れみがまったく湧かないわけではない。

 でも、それ以上に、胸の奥を塞いでいた暗雲がすうっと晴れていくように軽くなる。


 ああ。

 これでやっと、終わるのだ。


 ずっと私を押さえつけ、縛り続けていた「伯爵家の長女だから」「引き立て役だから」「魔力ゼロの無能だから戻って働くのが当然」という見えない呪いの鎖が、今日、公的な裁きによって正式に断ち切られた。


 私は、憑き物が落ちたように静かに息を吐いた。


 すると、その瞬間。

 隣から、クロード様のひどく優しい、甘い声が聞こえた。


「……顔が、楽になったな」

「……分かりますか」

「分かる」

「さすがです」

「当然だ。俺はお前しか見ていない」

「はいはい、そうですね」


 思わず、限界オタクの私が少しだけ笑ってしまう。


 自分を虐げてきた家族が断罪されるという、極限の緊張のど真ん中にいるはずなのに。

 クロード様とこういう軽口のやりとりができる自分が、少しだけ不思議で、心地よかった。


 ◇ ◇ ◇


 だが、最後に口を開いたのは、すべてを失ったセレフィナだった。


「……お姉様」


 泣き腫らしてボロボロになった顔で、こちらを見る。

 その目にあるのは、悔しさと、手放してしまった『便利な姉』への未練と、あと少しだけ、なぜ自分がこんな目に遭うのか理解できなさそうな、身勝手な色。


「これで、満足なの……?」

「…………」


 私はしばらく、答えなかった。


 満足かと問われれば、すっきりはしている。

 でも、彼らを足蹴にして勝ち誇るような、そんな安っぽい気持ちではない。

 ただ、長年の搾取に対する正当な対価が支払われ、必要なことが必要な形で起きた、というだけだ。


「満足、というより……」


 私は真っ直ぐに彼女の目を見て、静かに息を吸った。


「やっと、これで全部終わったんだなって思ってる」

「……っ」

「私はずっと、貴方たちの身勝手な都合で、部品のように生きてきたから」

「…………」

「でも、もう違う」


 セレフィナの目が、絶望に激しく揺れる。

 私は、一言一言、彼女の心に刻み込むように言った。


「これからは、私は私の人生を生きる」

「…………」

「貴方たちは、もう二度と、私を使えない」


 言い切った瞬間。

 私の魂にまとわりついていた社畜の残滓が、すうっと消え去った。


 ああ、本当に。

 やっと、言えた。


 セレフィナは血が滲むほど唇を噛み、何か言い返そうとして――結局、何も言えなかった。

 だって、もう立場も、事実も、彼らが否定し続けてきた魔力も、全部ひっくり返っているのだから。

 彼女が私に縋る権利は、もうどこにもない。


「審問は以上とする」


 国王陛下の厳格な声で、すべてが締めくくられる。


 騎士たちが無言で動き、ルミナス伯爵家の三人を荒々しく連行する。

 かつて私が地獄を見た家は、今日この瞬間、公的に完全に“終わった”のだ。


 その惨めな背中を見送りながら、私は小さく目を閉じた。

 悲しくないわけではない。でも、戻りたいとは一ミリも思わない。

 ただ、もう二度とあの暗闇に縛られなくていいのだと、心からほっとした。


 次の瞬間。

 ふわりと体が浮く。


「ひゃっ」

「お前の役目は終わりだ」

「えっ」

「帰るぞ」

「こんな厳粛な場でも、やっぱり抱っこ移動なんですね!?」

「当然だ。お前は疲れている」

「今日はもう何度目でしょうか、その無敵の“当然”……!」


 私は王族の御前で真っ赤になって抗議したが、クロード様は周囲の生温かい視線などまったく意に介していなかった。


「よく耐えた」

「……はい」

「だから今日は、お前が溶けるまで徹底的に甘やかす」

「また福利厚生が過剰に追加される流れですか」

「不満か」

「あるわけないです」


 思わず、心の底から即答してしまう。

 するとクロード様が、ほんの少しだけ、本当に愛おしそうに口元を緩めた。


「だろうな」

「……でも」

「何だ」

「クロード様が、あの録音記録を一番いいタイミングで出してくださって、本当に助かりました」

「事実を出しただけだ」

「それでも、です」

「礼はいらん」

「でも言いたいので」

「……そうか」


 短い返事。

 でも、それがやけに不器用で、やさしかった。


 私はクロード様の広い肩へこてりと額を預け、そっと左手の指輪を撫でる。


 伯爵家、爵位剥奪。


 ざまぁ第一弾としては、十分すぎる、完璧な威力だった。

 けれどたぶん、まだ完全に終わらない。

 これはあくまで始まり(社会的抹殺の序章)で、ここから先、領地の不正調査や、セレフィナや両親への『個別の過酷な断罪(物理的処罰)』が待っているのだろう。


 でも、今はそれでいい。

 ひとつずつ。彼らの罪を、ちゃんと終わらせていけばいい。


 だって私はもう、“戻る場所を失って絶望するだけの令嬢”ではないのだから。


 私には今、帰る場所がある。

 絶対的な安心をくれるあたたかいベッドも、おいしいご飯も、狂気的なまでに私を愛してくれる、過保護で重たい最強の婚約者様もいる。


 それだけで、私はもう、どんな未来でも生きていけるくらい、十分に強くなれた気がした。



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