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第21話 真聖女、戦場に降臨。推しの背中は私が守る!

「ルシエラ様、こちらへ!」

「神殿の最奥の結界内へ! お急ぎください!」


 血相を変えた神官たちの悲痛な声が飛ぶ。

 パニックに陥り、我先にと避難する人々の波が、私の細い肩を押し流すように後方へと進んでいく。


 けれど。


「……ごめんなさい」


 私は小さく呟いて、その濁流のような流れに、たった一人で逆らった。


「ルシエラ様!?」

「お待ちください! どこへ向かわれるおつもりですか!」


 私を引き留めようとする神官たちの悲鳴が聞こえる。

 分かっている。危険だ。無茶だ。足手まといになるかもしれない。

 先ほど、最愛のクロード様にも「絶対にここで待て」と厳命されたばかりだ。


 でも――。


(……無理です!)


 胸の奥で、心臓がぎゅうっと握り潰されるように痛む。


 広場の向こうでは、すでに魔物の鼓膜を裂くような咆哮が響いていた。

 騎士たちの絶望的な怒号。

 剣戟の鈍い音。

 砕け散った結界の穴から、どす黒い雨のように降り注ぐ瘴気。


 その地獄の中心に、私の推しがいる。


 誰より前で、一人で無数の魔物を引き受けて。

 傷だらけになりながら、王都を守るために剣を振るっている。


 そんなの、安全な場所でただ見ているなんて、できるわけがない。


「私の最愛の推しに、かすり傷一つ付けさせるなんて――!」


 気づけば、私はドレスの裾を握りしめ、足を踏み出していた。


 神殿の長い白亜の階段を駆け下りる。

 綺麗に結い上げられた髪が乱れるのも構わず、石畳を強く蹴る。

 怖い。足が震える。

 けれど、それ以上に、胸の奥でドロドロと燃え上がる『限界オタクの業火(執着)』があった。


「絶対に、嫌に決まっていますっ!!」


 ◇ ◇ ◇


 王都の中央広場は、すでに血生臭い戦場と化していた。


 割れた空から、雨あられと降りてくる飛行型の魔物。

 石畳を砕きながら這い回る、黒い異形の獣。

 濃密な瘴気をまき散らしながら突進してくる大型種。

 人々の避難は進んでいるが、広場が大きすぎるせいで、まだ間に合っていない区画もある。


 その最前線の絶望的な死地で、一筋の黒い影が雷光のように一閃した。


 クロード様だ。


「――っ」


 私は思わず息を呑んだ。


 やっぱり、異常なほど格好良い。

 こんな凄惨な状況で、不謹慎極まりないかもしれない。

 でも、どうしようもなくそう思ってしまう。


 漆黒の騎士服を翻し、巨大な魔獣の首を一刀で刎ね飛ばす。

 返す刃で別の個体を両断し、死角から飛来した毒棘を、最小限の動きで身を捻って躱す。

 その動きには一切の無駄がない。

 まるで戦場に舞い降りた死神そのもののように、恐ろしく美しく、冷たく、そして容赦がない。


 それなのに。


 その剣を振るう左腕の軍服から、じわりと赤い血が滲んでいた。


「……っ!!」


 心臓が、ひどく嫌な音を立てて跳ねた。


 致命傷ではないのかもしれない。

 王国最強の騎士からすれば、かすり傷程度のものなのかもしれない。

 でも、私には駄目だった。


 だって、あれは私の推しなのだ。

 推しの尊いお体に傷がつき、流血する事態など、オタクの精神衛生上、そして世界の損失として極めてよろしくない。


「ルシエラ様!?」


 後ろから、必死に追ってきた神官さんの、息の切れた悲鳴が上がる。


「どうして前線へ!? 死にたいのですか!」

「危険です! 今すぐお戻りください!」

「戻りません!」


 私は振り返らずに、きっぱりと言い切った。


「だって、クロード様が怪我をされているんです!」


「そ、それはそうですが!? 騎士なのだから当然では!?」

「それが私にとっては、国家防衛以上の大問題なんです!!」


 神官さんたちが、完全に私の論理に追いつけていない。

 でも、懇切丁寧に説明している暇はなかった。


 前方では、精鋭である第一騎士団ですら、徐々に魔物の波に押し返され始めている。

 敵の数が異常すぎるのだ。

 結界が砕けたせいで、王都の外から底なしに流れ込む瘴気も濃い。

 討っても討っても、じわじわと絶望が塗り重ねられていく。


「団長! 南側にも新たな群れが!」

「分かっている! 第二隊は防衛線を下げろ!」

「負傷者が増えています! 治癒班の魔力が持ちません!」

「重傷者は後方へ運べ! 絶対に死なせるな!」


 飛び交う絶望的な声。焦り。濃厚な血と泥の匂い。


 その地獄の底で、クロード様だけが、氷のように冷たく冴えたまま、一人で群れを押し留めるように剣を振るっていた。

 でも、毎日彼の寝顔を観察していた私には分かる。

 疲れている。自分の限界を超えて無理をしている。

 あの人はいつもそうだ。

 誰よりも一番前に立って、すべてを一人で背負い込み、一番最後まで倒れないように強がるのだ。


 だからこそ――。


(今度ばかりは、私が)


 私はぎゅっと、左手を胸の前で握りしめた。

 薬指にはめられたドラゴン産の婚約指輪が、私の決意に呼応して、熱を帯びたように淡く光る。


(今度は、私が推しの背中を守ります!)


 ◇ ◇ ◇


「ルシエラ、何をしている!」


 戦場の喧騒を裂くような、鋭く怒気を孕んだ声が飛んできた。


 見れば、少し離れた血だまりの中で、魔物の首を刎ねた直後のクロード様がこちらを振り返っていた。

 常に冷静沈着な氷の瞳が、信じられないものを見るようにはっきりと見開かれている。


 そりゃそうだろう。

 絶対に安全な神殿の奥にいるはずの『魔力ゼロで大人しいはずの婚約者』が、ドレス姿のまま戦場のど真ん中へ突っ込んできているのだから。


「今すぐ戻れ!」

「嫌です!」

「ルシエラ!!」

「嫌ったら嫌です!!」


 私も負けじと、腹の底から叫び返した。


 こんなふうに、クロード様に真正面から逆らって大声を出すなんて、前世の社畜時代も含めて、少し前の私なら絶対に考えられなかった。

 でも今はもう、怖いからと言って引き下がるわけにはいかない。


「クロード様が怪我をしているのに、黙って見ていられません!」

「この程度の傷で喚くな! お前の命の方が重い!」

「喚きます! 推しの負傷は、オタクにとって死活問題です!」

「推しとは何だ!?」

「今は細かい単語の意味はどうでもいいです!」


 半ば錯乱気味に叫びながら、私は広場の最も魔物が密集する中央へと踏み込んだ。


 周囲で戦っていた騎士さんたちや、避難を誘導していた神官さんたちが、ぎょっとしてこちらを見る。

「あぶない!」と止めようと手を伸ばす気配もある。

 でも、私の足はもう止まらない。


「ルシエラ嬢、それ以上は危険です!」

「下がってください!」

「大丈夫です!」


 本当は、まったく大丈夫ではない。

 恐ろしい。足だって生まれたての小鹿のように震えている。

 瘴気のどす黒い匂いだけで胃がひっくり返りそうだし、魔物の耳をつんざくような咆哮は鼓膜を破りそうだし、今すぐクロード様に首根っこを掴まれて退避させられる未来もはっきりと見える。


 でも。


「私の最愛の推しの背中は――」


 胸の奥から、熱く、甘く、そして暴力的なまでの光が溢れてくる。


 怖さも、焦りも、どうか無事でいてほしいという願いも、全部まとめてひとつの強烈な衝動になる。

 ずっと「私は無能だから」と自分自身で押し込めてきた力が、今はもう、決壊したダムのように溢れることを止められない。


「私が、守るんですっ!!」


 その瞬間だった。


 私の足元から、太陽すら霞むような、圧倒的な白金の光が一気に爆発した。


 ◇ ◇ ◇


 最初は、柔らかな春の風かと思った。


 ふわり、と。

 陽だまりみたいに温かくやわらかな光の波が、血に塗れた石畳の上を滑るように広がっていく。

 でも次の瞬間、それは一気に高さを増し、巨大なドーム状となって広場全体を、いや、王都の中心部すべてを包み込んでいった。


「……っ!?」

「何だ、この光は!」

「真聖女様だ!」

「ルシエラ様が……奇跡を……!」


 どよめきが爆発する。


 けれど、私はもう周囲の声が遠かった。

 両手を胸の前で強く組み、ただ一心に、強く、強く願っていた。


 傷ついた人たちを癒したい。

 国を守る騎士たちを死なせたくない。

 そして何より、クロード様を、これ以上一ミリも傷つけたくない。


 ただ、それだけ。


「――ヒール」


 限界オタクの祈りとして、ごく小さく呟いたはずのその言葉は、なぜか戦場全体に、神の啓示のように厳かに響き渡った。


 光が、爆ぜる。


 白金の圧倒的な奔流が、私の立つ王都の中央広場から四方八方へ、津波のように広がっていく。

 騎士たちの血濡れた鎧を撫で、避難する人々の涙に濡れた頬をかすめ、そして、押し寄せる無数の魔物の群れへと激突した。


 その瞬間。


 ギィィィヤァァァァァァァッ!!!


 耳をつんざくような、魔物たちの断末魔の悲鳴が一斉に上がる。


 白金の光に触れた魔物たちの体が、まるで燃え盛る炎に放り込まれた枯れ葉のように、ぼろぼろと崩れ始めた。

 剣で切り裂かれるのではない。

 その身に宿った邪悪な瘴気だけが根こそぎ浄化され、存在そのものがこの世界に維持できなくなるみたいに、灰となって砂のように崩れ去っていく。


「なっ……」

「魔物だけが……消滅していく!?」

「浄化されているのか!? この大群を、一瞬で!?」


 死を覚悟していた騎士たちが、信じられないものを見るように目を見開く。


 そして同時に、その慈愛の光は、彼らの体にも優しく触れた。


「ぐっ……あ?」

「腕の……裂けた痛みが……」

「血が止まった!? 傷跡すらないぞ!」

「折れた脚が動く……!」

「魔力が、底なしに戻ってくる……!」


 あちこちで、驚愕と歓喜の叫びが上がる。


 深く抉られた肩の裂傷が、一瞬で塞がる。

 折れかけた肋骨が痛みを失い、正しく繋がる。

 切れたアキレス腱が再生する。

 枯れかけていた騎士や神官たちの魔力が、泉みたいに際限なく湧き戻る。


 私はただ、その圧倒的な光の中心で、祈るように立っていた。

 立っているだけなのに、胸の奥が、涙が出そうなくらい熱かった。


「すご……」

「これが……真聖女……」

「神話じゃない、伝説が、俺たちの目の前に……!」


 広域殲滅、兼、完全回復ヒール。


 そんな物騒極まりないゲームみたいな名前を、この世界の私が知るはずもない。

 でも、たぶん今、私が無意識に引き起こしている現象はそういう類のものなのだろう。


 魔物という『敵』だけを完全に浄化(消滅)させ。

 人という『味方』だけを完全に癒す。


 こんなの、明らかにチートのやりすぎである。


(え、ええと……私の“ちょっと肩こりが治る疲労回復魔法”って、一体どこまで効果範囲が広がる仕様だったのでしょうか……!?)


 自分でやっておいて、私が一番、この規格外の力にドン引きしていた。


 ◇ ◇ ◇


「ルシエラ!」


 次の瞬間、黒い影が一気に私のもとへ迫った。

 クロード様だった。


 彼は私の前へ飛び降りるように駆け込み、すぐさま私の両肩をガッチリと掴んだ。

 氷の瞳が、近い。近すぎる。

 しかも、今まで見たことがないほど、ひどく激しく揺れていた。


「怪我は! どこか痛むところはないか!」

「えっ、い、いえ……」

「無茶をするなと言ったはずだ! なぜ前に出た!」

「す、すみません……! でも、クロード様が……」

「いや、待て……」


 クロード様は私の顔を穴の開くほど見つめたまま、言葉を失う。


 たぶん、今の信じられない光景を、彼の優秀な頭脳でもまだ処理しきれていないのだ。

 周囲を見れば、事態は一目瞭然だった。


 先ほどまで広場を埋め尽くし、王都を滅ぼさんとしていた魔物の大群は、そのかなりの数がチリとなって消滅していた。

 残った個体も、私の光によって士気と体力が完全に回復オーバーヒートした第一騎士団によって、一気に文字通り蹴散らされ始めている。

 倒れていた重傷の騎士さんたちは元気いっぱいに立ち上がり、神官さんたちは涙を流して呆然と私を見つめ、避難中の人々は膝をついて祈りのポーズで手を組んでいる。


 どう見ても、絶望的だった戦況が、たった数秒で完全にひっくり返った。

 しかも、魔力ゼロだと言われていた私のせいで。


「あ、あの……クロード様?」

「…………」

「ええと、ちょっとだけ、やりすぎたかもしれません」

「ちょっと?」

「……はい」

「国家の危機を一撃で救っておいて、これを『ちょっと』で済ませるな」


 地を這うような、低い声だった。

 でも、怒っているわけではない。

 むしろ、呆れと、深い安堵と、途方もない誇りと、色んな感情がごちゃ混ぜになっているような、ひどく甘い顔だった。


 私はおそるおそる、彼の左腕を見る。


「でも、その……」

「何だ」

「クロード様の腕の傷が、塞がったならよかったです」


 そう言うと、クロード様がはっとしたように自分の左腕を見る。

 さっきまで血が滲んでいた刃傷は、傷跡すら残さずきれいに消え去っていた。

 しかも、数日間の激務による疲労の気配や、微かな魔力の乱れまで、完全に浄化されている。


 クロード様はしばらく黙り込んでいたが、やがて、ふうっと深く息を吐いた。


「……また、お前は」

「はい」

「俺の想像を、遥か上空へ軽々と超えていく」

「えへへ……オタクの推しへの愛の力です……」

「笑って誤魔化すな。心臓が止まるかと思った」

「すみません!」


 だが、怒鳴られはしなかった。


 むしろ、その次の瞬間。

 クロード様は人目など一切気にせず、ぐいっ、と強い力で私を腕の中に抱き寄せた。


「ひゃっ」

「二度と、勝手に俺より前に出て戦場へ立つな」

「うっ」

「お前を失うかと思って、本気で狂うところだった」

「そ、それは私も同じです!」

「お前の“俺を守る”は、物理的な規模が大きすぎる」

「面目ありません……」


 でも、分厚い胸元へ顔を押しつけられながら、私は少しだけ、幸せな気持ちで笑ってしまった。


 だって、痛いほど分かったからだ。


 クロード様は怒っているのではない。

 本気で私を失うことを恐れ、心配してくれている。

 それが、あまりにもまっすぐで、不器用で、どうしようもなく嬉しい。


 ◇ ◇ ◇


「団長!」

「残敵、北東側へ完全に退却しています!」

「東門の大群もほぼ壊滅状態です!」

「神殿による内周結界の再展開の目処が立ちました!」


 副官さんたちの弾んだ報告が飛ぶ。

 騎士たちの声には、明らかな高揚と熱狂があった。

 当然だろう。死を覚悟した戦場が、名もなき(いや名はあるが)聖女のたった一撃で完全に覆ったのだから。


 そして、その熱を帯びた視線は、一斉にクロード様の腕の中にいる私へ向けられていた。


「……真聖女様」

「本物の女神だ……」

「いや、もうルシエラ様そのものが、歩く奇跡では……」

「団長の婚約者、軍事力として強すぎるだろ……」


 騎士の皆様、聞こえていますよ。


 私はクロード様の胸元からそっと顔を上げ、気まずく視線を泳がせた。

 すると、ちょうど神殿の大神官が、震える足取りでこちらへ近づいてきた。


 そのまま、広場の真ん中で、恭しく平伏する。


「ルシエラ様」

「ひゃ、はいっ」

「この王都を、民を、そして我ら無力な神殿をお救いくださり……いかなる感謝の言葉を尽くしても足りません」


 大神官だけではない。

 その後ろで、高位の神官たちも、血まみれの騎士たちも、近くにいた一般の人々も、次々と私に向かって深く頭を下げていく。


 えっ。

 えっ。

 規模が大きすぎる。


 私は一瞬、本気で困惑した。

 応援上映のファンサービスにしては、人数が多すぎるし重すぎる。

 いやこれはもう、上映どころではない。広場全体が、私という新たな神を崇める『最敬礼状態(宗教儀式)』である。


「そ、その、あの、皆様、どうか顔を上げてください!」

「しかし……!」

「私はただ、クロード様を……じゃなくて、皆様が怪我をされるのを見ていられなくて、少し力を貸しただけで……!」

「それを『少し』と仰るお心根の美しさ……! 我々は一生、あなた様に忠誠を誓います!」


 大神官が、滂沱の涙を流しながら叫ぶ。

 その隣で、副官さんまで胸に手を当てて跪いていた。


「団長だけでなく、我々第一騎士団全体が、あなたの光に救われました」

「ルシエラ様、本当にありがとうございます!」

「さっきまで本気で死を覚悟してました!」

「折れた脚も、千切れた腕も、全部元通りです!」

「女神のエリクサーどころの騒ぎじゃなかった! 動く大聖堂だ!」


 うぅ。やめてほしい。

 そんなふうに、そんなふうに、数百人から真正面に感謝と信仰を向けられると、嬉しいけれど、もはや羞恥で体が爆発しそうになる。


 私は助けを求めるように、すがるような目でクロード様を見上げた。

 すると彼は、ため息をつきつつも、当然のように私を庇って一歩前へ出る。


「――礼は受け取った」


 地を這うような低い声が、広場の熱狂をスッと冷やす。


「だが、これ以上、俺のルシエラを大勢で囲むな」

「団長、今その独占欲を発揮する場面ですか!?」

「今だ」

「いや、でも王都を救った感動のフィナーレで」

「ルシエラが疲れている。これ以上の接触は、俺が斬る」

「そ、それはそうですが!」


 副官さんが半泣きで、理不尽そうに引き下がった。


 私は思わず、緊迫した空気の中で噴き出しそうになった。

 ああ、やっぱりこの方は、どこまでいっても『クロード様』なのだ。

 王都を滅亡の危機から救った、まさに歴史的な奇跡の直後ですら、彼の最優先事項は『私の過保護(と独占)』なのである。


 ◇ ◇ ◇


 やがて、崩れた大結界の仮補修が始まり、残敵の完全な掃討も進んだ。

 王都の危機は、どうやら本当に去ったらしい。


 ほっと気が抜けた途端、どっと鉛のような疲れが押し寄せてくる。


「あ……」


 視界が少し揺れて、膝から力が抜けた。

 それに誰よりも早く気づいたのは、もちろんクロード様だった。


「ルシエラ」

「だ、大丈夫、です……」

「嘘だ」

「ちょっとだけ、一気に魔力を放出したので、反動が……」

「だから言っただろう。無茶をするなと」


 叱るような、でもひどく甘い声とともに。

 私はふわりと、いつものようにお姫様抱っこで抱き上げられた。


「ひゃっ」

「帰るぞ」

「で、でも、まだ戦後処理が……」

「後は俺の部下たちで片づく。俺の最優先任務は、お前の休息だ」

「でも王都の皆さんが……」

「お前は、この国の誰よりも十分すぎるほどやった。休め。」


 有無を言わさず言い切られてしまう。

 そして、そのまま広場の中央を、群衆の真ん中を、堂々と抱っこ移動で運ばれることになった。


 やめてください。人が多いです。

 むしろ、さっきより野次馬が増えている気がします。


「真聖女様だ……!」

「ヴァレンティス卿が、あの死神が、あんなに大切そうに抱えて……」

「お二人ともご無事で……!」

「ああ、尊い……! ありがたや……!」


 あっ、だめだ。

 皆さん、めちゃくちゃ手を合わせて拝んでいる。

 やめてください。私はただの、推しに狂った限界婚約者兼オタクです。


「クロード様……」

「何だ」

「たいへん、歴史に残るレベルで目立っています……」

「構わん」

「構ってください……! 羞恥で死にます!」

「お前が無事なら、俺は世界がどうなろうとそれでいい」


 ああ、もう。

 そういう重すぎる台詞を、こんな大衆の面前で、しかも真顔で平然と言うから。


 私は恥ずかしさと嬉しさと極度の疲労で感情がぐるぐるしながら、仕方なく、クロード様の硬い胸元へ熱い額を押しつけた。


 すると頭上から、すごく静かな、優しい声が降ってくる。


「……ありがとう」

「え?」

「俺の背中を、お前が守ると言ったな」

「……はい」

「本当に、守られた」


 その声音があまりにもまっすぐで、不器用で。

 私は一瞬、息をするのを忘れた。


 嬉しい。

 どうしようもなく、心の底から嬉しい。


 だって私は、前世からずっと“誰かの引き立て役”だった。

 誰かの背中に隠れて、都合よく使い潰される側の人間だと思っていた。

 でも、今は違う。


 私は、愛する推しの背中を、ちゃんと守ることができたのだ。


「……へへ」

「笑うな」

「だって、嬉しいです」

「そうか」

「はい。推し活冥利に尽きます……本望です」

「だから推しとは俺のことか」

「今さらそこにツッコミますか!?」


 クロード様の肩が、わずかに揺れた。

 たぶん笑っている。

 こんな大惨事のあとでさえ、その私にだけ見せる反応に、深く安心してしまう自分がいた。


 王都は守られた。

 建国祭は悲鳴に変わったけれど、最悪の結末にはならなかった。


 その中心に、私がいた。

 まだ信じられない。でも、確かにそうなのだ。


 そして、この日を境に。


『建国祭の奇跡』

『真聖女の戦場降臨と一撃殲滅』

『王都を救った白金の光と、筆頭騎士による狂気の溺愛』


 そんな尾鰭のついた噂が、王都どころか国中へ爆発的に広がっていくことになる。

 もちろんそのせいで、明日以降、各方面からの『土下座祭り』と『面会ラッシュ』が待っているなんて、この時の私はまだ知らなかったのだけれど。


 今はただ、クロード様の温かい腕の中で、静かに目を閉じる。


 推しは無事だった。王都も守れた。

 そして私は、この人に愛されている。


 それだけで、私の胸はいっぱいだった。



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