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第14話 実家への完全勝利宣言。私はもう、貴方たちの社畜じゃない!

 婚約指輪が伝説のドラゴン産になった翌日。

 私は朝から、自分の左手の薬指を見ては、だらしなくにやけていた。


(……きらきらしています……)


 綺麗だ。恐ろしいほど綺麗だ。

 しかも込められた意味が重い。いや、重いどころではない。調達方法が神話級である。


 深い蒼の宝石は、窓から差し込む朝の光を受けて、内側から淡く銀の光を零すみたいにきらめいていた。

 見るたびに、何度でも胸が高鳴る。


 本当に婚約したんですね、私。


 しかも相手は、王国最強の筆頭騎士にして、冷酷無慈悲と恐れられる『氷の死神』クロード・ヴァレンティス様。

 なお実態は、私を見つけるなり抱っこし、寒くないかと過剰に気にし、食事量を小姑のように管理し、あげく単騎でドラゴンを倒して指輪を調達してくる、激甘・激重・過保護婚約者である。


 ……情報量が致死量を超えている。

 だが、事実だ。


 私は薬指を胸元へ引き寄せ、ひっそりと頬を緩めた。


 嬉しい。恥ずかしい。信じられない。

 でも、何よりも、心の底から満たされていた。


「ルシエラ様、本日も大変お綺麗でございます」

「えっ、あ、ありがとうございます……!」


 侍女さんに微笑まれ、私は慌てて指輪から目を逸らした。

 いけない。朝から婚約指輪を見つめて蕩けた顔をしている婚約者候補、だいぶ情緒が危ない。いやもう候補ではないのだが。


 ともあれ、今日は天気も良いし、気分も良い。

 心なしか、前世からずっと胸の奥にこびりついていた、泥のように重たい『何か』まで、少しだけ軽くなった気がする。


 たぶん、それは指輪のせいだけではない。


 クロード様が、魔力ゼロの無能だと蔑まれてきた私を、ちゃんと選んでくれた。

 言葉だけじゃなく、こんなに重くて確かな形にしてくれた。

 そして私は、それを『受け取っていいのだ』と、ようやく少しずつ思えるようになっていたのだ。


 前世でも今世でも、「欲しい」と思う前に「私のような底辺にはもったいない」と引っ込めてきた。

 でも今は違う。


 欲しいと思っていい。

 幸せになっていい。

 私は、ここにいていいのだ。


 そう思えるようになったのは、きっと――。


「何を考えている」


 地を這うような低い声が頭上から降ってきて、私は「ぴゃっ」と情けない声を上げて肩を跳ねさせた。


「ク、クロード様!?」

「そんなに驚くな」

「今日も気配がなさすぎます!」

「そうか」


 今日も今日とて、推しは通常運転(突然のエンカウント)だった。


 漆黒の騎士服に身を包み、朝の光の中でも隙なく美しい。

 しかも最近は体調が良すぎるせいか、ただでさえ強い顔面偏差値に健康的な色気まで加わっていて、もはや視界の暴力である。


 クロード様は私の前まで来ると、当然のように、私の左手をそっと取った。

 薬指の指輪を見て、氷結の瞳をほんの僅かに和らげる。


「……よく似合う」

「…………っ」


 反則である。

 朝一番でそんな甘い直球を投げられたら、心臓が爆発してしまう。

 私は顔が茹で上がるのを誤魔化すように、小さく咳払いした。


「そ、それは……クロード様が、私のために選んでくださったからです」

「当然だ」

「当然の圧がすごいです……」

「俺の婚約者なのだからな」

「ひゃうっ」


 駄目だ。さらっと言わないでほしい。

『婚約者』という単語、まだ私の中で猛毒指定の劇薬なのだ。


 だが、その甘い空気を切り裂くように。

 廊下の向こうから、慌ただしい足音が響いてきた。


「旦那様。ルミナス伯爵家より使者が」

「…………」

「面会を強く求めております」


 途端に、空気がすうっと絶対零度に冷えた。


 ルミナス伯爵家。

 つまり、実家だ。


 昨日の浮かれた気持ちが、一瞬で地に叩き落とされる。

 でも――不思議なことに、以前のように心臓が凍りついて動けなくなるような恐怖はなかった。


 怖くないわけではない。

 でも、もう前みたいに、あの家の重圧に全部を呑み込まれそうにはならない。


 なぜなら今の私の左手には、彼が命懸けで持ち帰ってくれた指輪がある。

 そして隣には、クロード様がいるからだ。


 クロード様は無表情のまま、冷徹に言った。


「通すな」

「かしこまりました」

「ただし、手紙があるなら持ってこい」

「はっ」


 執事さんが一礼して去っていく。

 私はそっと、クロード様を見上げた。


「……お手紙、読むのですか?」

「ああ」

「嫌な予感しかしないのですが……」

「なら、俺がこの場で破り捨てる」

「そこは一応、内容を確認してからにしませんか?」

「お前が望むなら」

「うぅ、そこがずるいです……」


 本当にずるい。

 重いし過保護だし狂気的な独占欲の塊なのに、最後の最後は、ちゃんと『私の意志』を優先し、私に選ばせてくれる。


 だから私は、小さく、けれど深く息を吸った。


「……読みます」

「分かった」


 クロード様は短く頷くと、私を安心させるように、肩へ自然に太い腕を回した。

 ああ、大丈夫だ。

 彼の手の温もりが、そう教えてくれていた。


 ◇ ◇ ◇


 運ばれてきた手紙は、見るからに傲慢で高圧的だった。


 封蝋こそ伯爵家の立派なものだが、封筒の表に書かれた文字からしてもう上から目線である。

『ルシエラへ。至急、返答せよ』。


 何その、前世のクソ上司からの業務連絡みたいな件名。

 嫌な予感しかしない。


 私はソファへ座り、クロード様はそのすぐ隣に腰を下ろした。

 というか、半分私を囲い込むように密着して座っている。近い。でも今はその熱がありがたい。


 封を切る指先に、少しだけ力が入る。

 だがクロード様が何も言わず、私の背をそっとひと撫でしてくれた瞬間、不思議と手の震えが完全に収まった。


 中の便箋を広げる。

 そして、一行目を読んだ瞬間。


「あっ、無理です」


 私は真顔で、思わず便箋を閉じた。


「何が書いてある」

「一行目から『お前が勝手な真似をしたせいで』という、テンプレ通りの責任転嫁と命令口調でした」

「破り捨てるか」

「待ってください、今ちょっと逆に冷静になれました」


 深呼吸。よし。

 もう一度開く。


 内容は、予想通り、いや予想以上に醜悪だった。


 曰く。

 セレフィナの力が戻らない。

 屋敷の維持が滞り、カビと悪臭がひどい。

 お前が戻ればすべて解決する。

 家族のために身を粉にして尽くすのは長女の義務だ。

 これ以上の勝手な真似は許さない。

 至急戻って、以前通り働きなさい。


 ……以前通り、働きなさい。


 その一文を読んだ時。

 私の胸の奥で、恐怖ではなく、何かが『すっ』と完全に冷め切った。


 ああ。

 この人たちは本当に、最後の最後まで、そういう思考回路なのだな。


 私の無事への心配でもなければ、今までの冷遇への反省でもない。謝罪など欠片もない。

 あるのはただ、「便利な無料の労働力が消えて自分たちが困るから、今すぐ戻ってこい」という身勝手な要求だけ。


 私は便箋を膝の上へ置き、ふうっと小さく息を吐いた。


 クロード様が、私の様子を窺うように静かに尋ねる。


「……まだ、怯えるか」

「……いいえ」

「そうか」

「たぶん、もう全く違います」


 自分でも驚くくらい、声は凪いで、落ち着いていた。


 怖さが完全にゼロになったわけではない。

 でも、あの日みたいに魂が凍りつく感じではない。むしろ今は、底知れぬ呆れの方が強かった。


 前世のパワハラ上司もそうだった。

 私が過労で倒れそうでも、「大丈夫か」ではなく「その仕事どうするんだ」と冷たく言い放った。

 実家の人間たちも同じだ。

 私がどうしたいかではなく、私を『どう使うか』しか見ていない。


 でも――。

 私はもう、あの頃の、言われるがままに搾取されるだけの私ではない。


「クロード様」

「何だ」

「私からお返事を書いても、いいでしょうか」

「お前が望むなら」

「……はい。今の、本当の私の言葉で、ちゃんと引導を渡したいです」

「分かった」


 クロード様はそう言うと、執務机の方へ鋭い視線を向けた。

 すぐに有能な使用人さんが、最高級の便箋とペンを整えてくれる。


 仕事が早い。ホワイト環境、今日も有能である。


 私は机の前に座った。

 真っ白な紙を前にして、一度だけ左手の指輪を見る。


 大丈夫。

 もう私は、あの薄暗い場所へ戻らなくていい。


 そう思った瞬間。

 するすると、嘘のように言葉が浮かんできた。


 ◇ ◇ ◇


 返事を書き終えた時、胸の中は驚くほど静かで、澄み切っていた。


 怒りに任せて書き殴ったわけではない。

 泣きながら恨みを綴ったわけでもない。

 ただ、はっきりと、ビジネスライクに、必要な『事実』だけを書いた。


 ――私は戻りません。

 ――これ以上、貴方たちのために無償で働くつもりは一切ありません。

 ――私を家族ではなく、都合のいい労働力として扱い、蔑んできたこと、決して忘れてはいません。

 ――私はもう、貴方たちの社畜ではありません。

 ――今後、無断で押しかけることも、命令の手紙を送ることも、一切おやめください。


 最後の一文を書いた時、胸の奥がじんわりと熱くなった。


 社畜。

 半分は冗談みたいな、異世界にはない言葉だ。

 でも、私にとっては、前世からずっと逃れられなかった『現実の呪い』だった。


 だからこそ。

 その言葉を使い、「私はもう違う」と明確に書き切れたことが、私の魂にとって、思っていた以上に大きな救済だった。


 私はペンを置いて、ゆっくりと息を吐いた。


「……書けました」

「見せろ」


 便箋を差し出すと、クロード様は静かに読み始めた。

 私はその完璧な横顔を、少し緊張しながら見守る。


 変ではないだろうか。弱すぎないだろうか。

 あるいは、まだ向こうに付け入る隙を与えるような、甘い書き方だっただろうか。


 だが、読み終えたクロード様は、便箋を畳むと、ふっと満足げに短く言った。


「いい」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。十分だ。……よく書いた」

「…………っ」

「ちゃんと、自分の意思で線を引けたな」

「……はい」


 その、ひどく甘く優しい言葉に、胸の奥がじんとした。


 ああ。

 私は今、本当に褒められている。


 働いた量でもなく。便利さでもなく。自己犠牲でもなく。

 ただ、「自分の意思をはっきりと言えたこと」を。


 そんな経験、私の人生で一度もなかった。


 だからだろうか。

 またちょっとだけ、視界が滲んで、泣きそうになる。


 クロード様はそれを見透かしたみたいに、親指でそっと私の目元を撫でた。


「泣くな」

「……まだ泣いてません」

「今にも泣きそうだ」

「それは、クロード様が……優しすぎるからです……」

「当然だ」

「また当然で片づけましたね……」

「俺がお前を甘やかすのは、世界が回るのと同じくらい当然のことだ」


 駄目だ。そういうところだ。

 そういう、息をするように重い愛情表現が、どうしようもなくすり減った心に沁み込んでくるのだ。


 私は熱くなる目元を誤魔化すように、こほんと小さく咳払いした。


「で、では、これを外でお待ちの使者の方へ?」

「いや」

「へ?」

「直接言うか」

「…………はい?」


 私は固まった。

 直接。今、直接と仰いましたか。


 クロード様はあまりにも当然の顔で立ち上がる。


「使者だけ帰しても、あの頭の悪い家はまた勘違いするだろう」

「それはまあ、絶対にしそうですが……」

「なら、お前自身の口で、完全に終わらせろ」

「わ、私が!?」

「ああ」

「で、でも、手紙だけで十分では……!」

「駄目だ」

「即却下!?」


 だが、クロード様の目は真剣だった。


「お前自身が面と向かって拒絶した方が、奴らは二度とお前を舐めた真似をしなくなる」

「うぅ……」

「もちろん、俺が隣にいる」

「そこは絶対ですよ!?」

「当然だ。一歩たりとも離れん」


 なら。

 推しが、この最強の騎士様が隣にいてくれるなら。

 少しだけ、頑張れるかもしれない。


 私は左手の指輪をぎゅっと握りしめるようにしてから、こくりと頷いた。


「……分かりました。行きます」

「よし」


 クロード様はひどく満足したように目を細めると、そのまま当然の動作で私をひょいっと抱き上げた。


「ひゃっ」

「行くぞ」

「やっぱり抱っこ移動なんですね!?」

「緊張しているだろう」

「してますけども!」

「なら、この方がいい。お前が逃げないようにな」

「否定しづらい……!」


 そのまま私は、婚約者兼最強騎士様の腕の中で、実家との最終通告へ向かうことになった。


 ◇ ◇ ◇


 屋敷の豪華な応接間には、父の使いだという年配の執事が、落ち着かない様子で待っていた。


 ルミナス伯爵家に長年仕えている男で、私にも見覚えがある。

 以前、私がどれだけ重い荷物を抱えていても、見て見ぬふりをして通り過ぎていた人だ。


 その男が、私とクロード様の姿を見た瞬間、ぎょっと目を見開いた。


 そりゃそうだろう。

 私はクロード様に、大事そうに横抱きにされている。

 しかも左手には、見たこともないほど巨大で美しい宝石の指輪。

 状況証拠が強すぎる。


「る、ルシエラお嬢様……」

「お久しぶりです」

「その、お姿は……」

「私の婚約者だ」


 クロード様が淡々と、しかし絶対的な威圧を込めて告げると、執事さんの顔がひきつった。


 よし。

 まずは外堀から完全に埋まった。


 私はそっと床へ下ろしてもらい、深呼吸をひとつしてから、まっすぐ使者を見た。


 怖くない。

 ……いや、まだ少し怖い。

 でも、もう言える。


「お手紙は読みました」

「では、至急お戻りを――」

「戻りません」


 ぴしゃりと言い切った。

 自分でも驚くほど、声は澄んで、はっきりとしていた。


 使者が目を瞬く。

 まさか、あの無能で大人しかった長女に、言葉を遮られると思っていなかったのだろう。


 私はそのまま続けた。


「以前通り働け、という身勝手な要求にも応じません」

「ですが、お嬢様。伯爵家は今、大変な窮地に――」

「知りません」

「っ」

「今まで、私がこの家で何をされ、どう扱われてきたかをご存じでしょう」

「それは……」

「家族だから。我慢して当然。長女だから。役に立たない無能なのだから。それを理由に、私はずっと、死ぬ思いで働かされてきました」

「…………」

「でも、もう終わりです」


 言いながら、自分の中に、確かな力が戻ってくるのが分かった。


 前は、こんなふうに言葉を重ねることさえできなかった。

 途中で喉が詰まって、感情を飲み込んで、結局「申し訳ありません」と謝っていたはずだ。


 でも今は違う。

 私は、私の尊厳のために、はっきりと言える。


「私はもう、貴方たちの社畜じゃありません」


 その一言が、静まり返った応接間に重く落ちた。


 使者の顔が、はっきりと強張る。

 社畜なんて、異世界の貴族社会では妙な言葉だろう。

 でも意味は痛いほど伝わったらしい。都合よく使い潰されるだけの存在では、もうないのだと。


 私は左手を持ち上げた。

 薬指のドラゴンの指輪が、光を受けて鋭くきらりと輝く。


「そして私は今、クロード様の婚約者です」

「こ……婚約……!?」

「はい」

「そ、そのような話、伯爵様は一切……」

「知らないでしょうね。関係ありませんから」


 知らないでしょうとも。私だって昨日の昼に知ったばかりだ。

 だが今は、そこを深掘りする場ではない。


「今後、私への命令も要求も受けません。無断で押しかけるのもやめてください。手紙も二度と受け取りません」

「しかし、それでは……!」

「それでも続けるなら」


 そこで、私の隣に立っていたクロード様が、すっと一歩前へ出た。


「――次は、俺が伯爵家そのものへ『直接、物理で』話をつける」


 静かな声だった。

 でも、その一言で、使者の顔から完全に血の気が引いた。


 そりゃそうだろう。

 王国最強の筆頭騎士が、「家そのものへ物理で話をつける」と明言しているのだ。

 それはもう、穏便な会話では済まない。完全なる武力行使による蹂躙の予告である。


 使者はぶるぶると震えながら、深い絶望の顔で頭を下げた。


「し、承知……いたしました……!」


 そして、逃げるように応接間を出ていく。

 扉が閉まる。


 静寂。


 私はその場で、ふううぅぅ……っと、溜まっていた長い息を吐いた。


 終わった。

 言えた。

 ちゃんと言えた。


 その瞬間、達成感で膝から力が抜けそうになって――案の定、待っていたかのようにクロード様ががっちりと支えてくれた。


「よくやった」

「……つ、疲れました……」

「当然だ。精神をすり減らしただろう」

「でも、言えました……」

「ああ」

「私、ちゃんと言えました……!」

「聞いていた。立派だった」


 その返事が、どうしようもなく嬉しかった。

 私はふらふらしながらも、少しだけ、本当に心から笑った。


「……完全勝利、でしょうか」

「まだ早い」

「えっ」

「勝利宣言はお前がしていい。だが、俺の落とし前はまだついていない」

「その後が本番みたいな言い方ですね!?」

「その通りだ」


 ひぇ。

 クロード様の目が、静かに、けれど恐ろしく冷え切っている。


 あ、これはまだ全然終わらない顔だ。

 実家への物理的・社会的ざまぁ、いよいよ本格始動である。


 でも、不思議と嫌ではなかった。

 むしろ少しだけ、胸がすっとする。


 私はもう戻らない。もう搾取されない。

 その上で、今までの分を、彼がきっちりと清算してくれるというのだ。


 いいではないか。すごくいい。


「……ルシエラ」

「はい?」

「褒美が必要だな」

「へ?」

「よく頑張った。だから、今日は徹底的に甘やかす」

「いつも甘やかされていますが!?」

「今日は特にだ。覚悟しろ」

「上乗せ方式なんですね!?」


 次の瞬間、私は当然のように再び抱き上げられていた。


「ひゃっ」

「行くぞ」

「ど、どちらへ!?」

「お前の勝利祝いだ。好きなものを全部用意させる」

「えっ」

「食事も、菓子も、湯も、寝具も、望むものはすべてだ」

「待遇が全面的すぎます!」

「これでも足りないか」

「いえ、むしろ福利厚生MAXのオーバーキルです!」


 駄目だ。

 泣きそうだったのに、気づけばいつもの限界オタクの調子に戻されている。


 でも、それがありがたかった。

 重くて、甘くて、過保護で、でもちゃんと私を笑わせてくれる。


 私は抱っこされたまま、そっとクロード様の胸元へ額を預けた。


「……クロード様」

「何だ」

「ありがとうございます」

「当然だ」

「もうその『当然だ』っていう言い方、好きです」

「……そうか」


 その声が、少しだけ照れたように柔らかくなった。


 こうして私は、実家の使者へ向かって、はっきりと言い切った。

 私はもう、貴方たちの社畜じゃない。


 それはきっと、今世の実家だけじゃなく、前世の縛られていた私に向けた、本当の決別でもあったのだと思う。


 そしてもちろん。

 そんな私を見たクロード様の狂気的な溺愛と、実家への容赦ない『ざまぁ計画』が、ますます勢いを増すことになるのだけれど――それはまた、別のお話である。



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