第26章:挟撃(きょうげき)の布石と死の晩餐
カエルは村の主道の中央に立ち、右手を剣の柄にかけていたが、その握りは心なしか緩んでいた。
周囲では、王国の誇り高き精鋭騎士たちが、民家のテーブルを占領して狂宴に興じている。ボトルから直接ワインを煽る者、厨房で見つけた干し肉を貪り食う者。
「将軍! この村は備蓄の宝庫です! ここなら一週間は持ち堪えられますぞ!」
口いっぱいにパンを詰め込んだ分隊長が歓喜の声を上げる。
カエルは答えなかった。不眠で充血した眼差しが、木造家屋の二階に並ぶ窓をゆっくりと走る。
……どこも暗い。赤ん坊の泣き声も、怯えた老人の呻き声も、通りを横切る一匹の猫ですら見当たらない。
静かだ。あまりにも、静かすぎる。
【ルークソウ城 ―― 視点:アイシャ】
屋敷の会議場には、冷気が満ちていながらも、じりじりと焼けるような昂揚感が漂っていた。門からの伝令が、その静寂を切り裂く。
「最新報告! 包囲部隊が陣営を放棄! 全軍、東部セクターの村へと移動を開始しました!」
マーベリー卿が目を見開き、私を凝視した。机の端を握る彼の指が小刻みに震えている。「アイシャ様……奴ら、本当にあの村へ入りましたぞ。食糧のために、包囲網を解いてまで……!」
私は言葉を返さず、東の村を眼下に望むバルコニーへと歩み出た。遠方、村のあちこちで篝火が灯り始めている。
――カエル軍が、私の用意した「撒き餌」に食らいついた証だ。
その時、背後の廊下から重厚な足音が響いた。
トーマスが肩で息をしながら姿を現す。その鎧には、昼間の補給部隊襲撃の際に浴びた砂埃が白くこびりついていた。
「サラ様、奴らの物資はすべて我が軍の地下倉庫へ収容しました」トーマスが不敵な笑みを浮かべる。「全部隊、配置に就いております。
傭兵もならず者共も……黄金と、そして血を渇望していますよ」
「……上出来よ、トーマス」
私は腕に止まった猛禽の羽をそっとなぞった。その足には、小さな紅い布が結ばれている。――ハンスへの、死の合図だ。
「さあ、彼らを『挟み撃ち(サンドイッチ)』にしましょう。トーマス、貴方は北の森を抜けて王都への退路を断ちなさい。
マーベリー卿、城内の防衛部隊を出撃させるのよ。村の正面から一気に叩くわ」
私はハヤブサを夜空へと放った。
「トーマスの剣とハンスの短剣……その間に、奴らを閉じ込めてあげるわ」




