第29話・リム
覚悟を決めたエルフの幼女に対して、俺は自分の正体を明かすことにした。俺の正体を知られたとしても、彼女がこのダンジョンから逃げだすことは不可能だ。
だから、他の人間に俺のことを知られることはない。この幼女はこれから先、恐らくこのダンジョンで過ごすことになる。
親元なんかが分かれば、いつかは返してやれるかもしれないが、当分の間はそんな時間はない。
一緒に暮らすことになれば、いつかはバレる可能性がある。隠していつかはバレるくらいなら、初めから正直に言った方が良い。
「二度目になるが俺の名前はカナデ、このダンジョンの主であるダンジョンマスターだ」
俺の正体を知り、少女は呆然としていた。何を言っているのか分からないといった様子だ。
「そして、私の名前はアリシア。種族は魔物のアラクネです」
状況を判断できていない少女をおいて、アリシアも自らの正体を明かした。
少女はなおさら言っている意味が分からないといった風だ。
「信じられませんか?」
「…う、うん。だって、どう見ても…人間にしか見えないから」
アリシアの問いに少女は何とか答えた。
「なるほど、この姿が原因ですか。では、これでどうですか」
アリシアは変化スキルを解いて、人から本来のアラクネとしての姿へと戻った。
白かった肌は病気的なまでに白くなり、白い人の足は黒い蜘蛛の脚へと変わっていた。
「えっ……うそ…」
少女は目の前で現実を突きつけられて、言葉を失っていた。
「カナデさんが好まないので、この姿はあまり好きじゃないんですよね」
アリシアはそう言って、また人の姿に戻った。
「これで信じていただけましたか?」
「ほ、ほんとうに…魔物。じゃあ、おにいちゃんも本当にダンジョンマスター…」
少女は事実を噛みしめるように言った。
「そうだ、俺は魔物を使ってレプテンに関しての情報を集めていたんだ。その時に君を見つけた。その後にアリシアに君を攫ってもらったんだ」
「なんで、わたしをさらったの?」
「大した理由はないさ。君が初めて見た亜人だったから、興味が沸いたんだよ。他にはその耳を触ってみたかったからかな」
少女は俺の発言を聞いた瞬間、顔を真っ赤にして両手で耳を抑えた。
「だ、だめだよ。耳を触られると変な感じがするの!」
「それは残念だ、触ってみたいんだけどな」
少女はなおさら縮こまり、俺からも距離を置いた。
「とにかく、君を攫った経緯はこんな感じだよ。君のことも教えてくれるかな?」
「う、うん。いいよ」
「じゃあ、鑑定を君に使わせてもらっていいかな」
「うん。よくわかんないけど、痛くないならいいよ」
少女の了承もとったことだし、鑑定スキルを使わせてもらう。
【名称】 リム=アスティール
【種族】 エルフ
【LV】 5
【HP】 5
【MP】 400
【力】 3
【魔力】 200
【防御】 3
【俊敏】 10
【スキル】
『封印LvMax』『精霊魔法Lv1』
『神聖魔法Lv1』『魔眼(消去)Lv1』
『暗黒魔法Lv1』『魔力強化Lv1』
『王魔法Lv1』
【称号】
『アスティール王族』『封じられし者』
『異端者』『先祖返り』
…えぐい。LVが低いわりにMPや魔力が高すぎる。俺のステータスの値と傾向は似ている。しかし、魔力は互角だが、MPは大きく負けている。
ベルゼブブに及びはしないものの、それに近い数値だ。むしろ、LV1でこの数値なのだからMPに関しての潜在能力でならベルゼブブよりも上だ。
魔法特化のAランク上位の魔物よりも、上とは…恐れ入る。
スキルに関してはそれ以上の驚きだ。見たことのない魔法スキルが並んでいる。しかし、何よりきになるのは『封印』というスキルだ。
他のスキルがLv1であるのに対して、このスキルだけがLvMaxだ。Lvの上昇がないスキルなのかもしれないが、他のスキルと比べて異彩を放っている。
こうして気になるときには、すぐに鑑定だ。
【スキル】『封印』
ステータスに作用する特殊なスキル。特定のスキルを使用不可にすることができる。また、記憶を封印することもできる。生まれ持って待つスキルではなく、呪術や封印術によって習得させることができる。Lvが高いほどに効果も高くなる。
どうやら、飛び抜けたステータスを持っていながら、レプテンなんかに囚われていたのはこのスキルが原因である可能性が高い。
この封印スキルが他の魔法スキルを使えなくしていたのだろう。魔法スキルが全く育っていないところを見ると、かなり昔からこのスキルを持っていたことになる。
このスキルを習得せられたら、どんな魔物でも致命傷になる。スキルはそれだけ重要なものだ。戦闘を行う者であれば特にだ。
直接的な戦闘能力だけでなく、こういった相手を弱体化させるスキルはかなりの脅威だ。こういったスキルを施せるスキルもあるのを知れて良かった。
封印スキルが気になってあまり注視していなかったが、この少女の魔法スキルは危険だ。
暗黒魔法とか神聖魔法などおそらく希少であるスキルはもちろんだが、なによりも魔眼が危ない。
魔眼はアリシアの麻痺の魔眼は見たことがあるが、この魔眼は消去なんていう物騒なものだ。
もし見るだけで対象を消せるなんて能力なら最強とも言える。
それに、王魔法か…。自分を含めベルゼブブに続く3人目だ。俺のアイデンティティが消えていく。
この少女、リムはアスティール家という王族らしいが、なぜレプテンのもとに居たんだろうか。
もしかしなくとも、攫われた可能性が高いよな。攫った俺が言うのもなんだけど。
これではおいそれと簡単に親元に返せなくなった。下手に返せば、俺が攫った張本人と思われるかも知れない。
俺は確かに攫ったが、それはレプテンの元からであって親元からしゃない。
レプテンの罪を俺になすりつけられてはたまったものではない。
リムを親元に返すのはしばらく未定だな。
「リム、君の素性は大まかにわかった。君も色々と訳ありのようだな」
「えっ、なんで…私の名前」
「鑑定のスキルを使うって言ったろ。相手のステータスを見ることができるスキルだよ」
「そんなものがあるんだね」
「ああ、だから君が王族だということも知ってる。エルフの中でも異端の存在であることもね」
その言葉を聞いた瞬間、リムはびくっと体を震わせた。
王族ということよりも、異端であるということに反応した。
「おにいちゃんも…わたしを嫌うの?」
「どういう意味だ」
「お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんなみんなわたしを嫌うの。わたしを気味悪がって近づこうとしないの。わたしが話しかけようとしても、みんなわたしから距離をとる。精霊さんだけが友達だったのに、お父さんはわたしに精霊さんを見えなくした。だから、ずっとずっとさみしかった。おにいちゃんもみんなみたいにわたしを遠ざけるの?」
リムは自分の置かれた心境を語った。おそらく、リムが距離を取られていたのは彼女の能力が原因だろう。家族も怖かったのかも知れない。それくらいにこの子の力は強い。
精霊が見えなくなったのは、リムの父が封印を施したからだろう。彼女の魔法スキルの精霊魔法が使えなくなったせいだ。
彼女の父としては危険な力を抑え込むためのものだったのだろうが、そのせいで彼女は唯一の心の拠り所を失ってしまった。
家族にすら寄り添えなかった幼い彼女には、それは辛いことだっただろう。
「俺はリムが怖いなんて思わないよ。リムはちっちゃくて、可愛い女の子だよ」
「本当に、わたしを怖がらない?」
リムはオレの言葉を信じられないという顔で聞いていた。彼女の心境を考えれば無理もない。
「当たり前だ。俺はダンジョンマスターだぞ。このダンジョンには恐ろしい魔物がたくさんいるんだ。リムみたいな可愛い女の子を怖がってたら、ダンジョンマスターなんて出来ないさ」
リムは俺の目を見てその言葉が真実かどうか、判断しているようだった。
俺はリムと目を合わせ続ける。10秒、20秒と時間が経っていくが、ここで目をそらしてはいけない。
ここで目をそらせば、俺の言葉は嘘になってしまう。決して、それだけはできない。
1分、いや2分、もしかしたらもっとかも知れない時間が経った。やがて、リムは自らしゃがむようにして目をそらした。
信じてもらえなかったのかと、彼女を覗き込むようにして見た瞬間に、
「おにいちゃん!」
リムにタックルにも近い形で抱きつかれた。
「おにいちゃん!おにいちゃん!おにいちゃん!」
リムは抱きついたまま、俺の名前を連呼する。しばらく呼び続けているとその声が止み、静かな寝息を立て始めた。
ご飯を食べて、俺の言葉で安心して緊張が解けたのだろう。俺はそんなリムを優しく抱きしめた。
今日、リムという新しい家族が増えた。
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