第2話 命の行き着く先 後編
自分から捕まった吸血鬼、ミハイルを乗せて、ジローの車は羽鳥智恵の入院している病院へと向かう。
「ねぇ」
麗美が後部座席に座るミハイルに声をかける。
「羽鳥さんって、貴方にとってどんな人なの?」
ミハイルは「うーん」と少し考え、言った。
「自分がまだ人間であると、実感させてくれる女性かな。彼女からの手紙だけが、ボクの支えだったよ」
「そう……」
「ボクは、君たちがうらやましいよ」
「……でしょうね」
麗美は前に向き直り、沈黙する。
「それで、病院はまだなのかい?」
ジローに向かってミハイルが問い掛けた。
「急かすな。約束通り連れていく」
「その保証は?」
「無いな。だが、連れていく」
「どうしてだい?」
赤信号で車を停止させたジローは、こう答えた。
「あっちもそれを望んでいるような気がしてな」
「智恵が……かい?」
「ああ」
「それなら……嬉しいかな」
「わからないけどな」
信号が変わり、ジローは車を加速させる。
職員に許可を取り、蘭子以外の3人は深夜の病棟を進む。蘭子はジローの車の中で寝てる。
「ここだ」
表札に「羽鳥智恵」と書かれた病室の前で、ジローは立ち止まる。
「ここに、彼女がいるんだね」
「そうだ」
「すまないけど……君らはここで待っていてくれないかな」
「駄目だ。確保した殺人犯から目を離すことは、警察には出来ない」
「ジロー」
麗美が、咎めるように名前を呼んだ。
「待ちましょう」
「……」
ジローは麗美の真剣な眼差しを見つめ、諦めたようにため息をついた。
「逃げ場は無いからな」
「逃げる気は無いよ」
「わかった、行け」
「ありがとう」
ミハイルは微笑み、病室の扉を開けて中へと入る。
扉が締まった後、麗美が呟いた。
「優しいのね、ジローは」
「いや、お前が強制したんだからな」
個室のベッドに眠る老女に、ミハイルが歩み寄る。
「……来たのね」
「起きてたのかい?」
「外が何やら騒がしかったから、起きちゃったのよ」
「すまないね」
羽鳥智恵は薄暗い病室の中、柔らかく微笑む。ぼんやりと光る室内灯と外からの光が、ミハイルの顔を照らしていた。
「貴方は本当に変わらないのね」
「吸血鬼だからね」
「そんな吸血鬼さんが、こんなおばあちゃんに何の用かしら?」
「……ただ、会いたかっただけさ」
「そのために、わざわざ海を越えてきたの?」
「ボクを人間扱いしてくれた人は、君しかいない。そんな人のためなら、なんだってするさ」
「寂しい人ね……」
目を閉じて、智恵は呟く。
「それで……君はどうする」
「私は、もうすぐ死ぬつもり。後悔が無いと言ったら嘘になるかもしれないけど、幸せな人生だったわ」
「ボクなら、君の命を長引かせられる」
「そうやって、娘や孫たちが老いて死ぬ姿を見ろというの?」
その言葉にミハイルは俯き、口をつぐむ。
「……私は、我ながらひどいと思うけど、貴方のことをとても可哀想な人だと思っているわ」
「同情してくれるだけ、他の人間よりは遥かにマシさ」
「永遠の命、永遠の若さが、貴方を孤独にしている。私は、それを救ってあげられなかったわ」
「ボクを救おうなんて、傲慢な考えだよ」
「そうね……その通りだわ」
互いに口を閉ざす2人。深夜の病院はとても静かで、死がすぐそこにあるような空気すら感じられた。
「それでも、貴方には人間らしく生きて欲しかったのよ」
「君のくれた手紙の数々は、ボクの人間性を保たせてくれた。だからボクは、ここにいる」
「もうすぐ死ぬ人間の顔なんて、見なくても良いのに」
「後悔をしたくないだけさ。生きることに苦痛しか見い出せないのならば、永遠の命なんて罰でしかない」
「会って後悔するとは考えなかったのかしら?」
「君が苦しんでいたならば、後悔しただろうね。だから、そうなる前に急いで来たんだ」
智恵が「ふふっ」と笑いをこぼした。
「ひどいのね、貴方は」
「そして、今は来て良かったと思っているよ。死を前にしてそんな顔が出来るのならば、ボクだって幸せに消えることが出来る気がするよ」
「終り良ければ全て良し、ってことかしら」
「そうさ」
「貴方も……いつかは居なくなるのね」
「その時に苦痛から解放されて微笑むのか、それとも自分の人生に満足して微笑むのか。どちらにしろ、消滅する時は笑顔で逝きたいのさ」
「幸せに生き続けることは出来ないのかしら」
「難しいだろうね。ボクを便利な怪物としてではなく人間として見てくれたのは、本当に、君だけなんだから」
「まったく……やっぱり、可哀想な人なんだから……」
智恵はゆっくりと息を吐いた。弱々しく、安らかに。
「そろそろ、私は寝るわ。もう会うことも無いでしょうね……」
「そうだね……」
ミハイルは智恵の手を握り、そっと口付けをする。
「さよならだ」
「ええ。貴方と会えて、幸運だったと思っているわ」
「ボクもだよ。本当に、ありがとう」
智恵の手を離し、ミハイルはベッドから離れる。未練ありげに智恵の姿を見ながら、彼は病室の扉を開けた。
「で、ボクはこれからどうなるんだい?」
ジローが運転する車の中、ミハイルが尋ねた。
「とりあえずは警視庁だ。その後の扱いは、もっと上の人間の話になるな」
「そうかい……何にしても、自由は無さそうだね」
「だろうな」
「なら、ここでお別れだ」
そう言ってミハイルが突然、後部座席の扉を開け放った。
「は!?」
「えぇ!?」
そして眠りこけている蘭子を蹴り飛ばし、車から勢い良く飛び出した。
「マジかっ!」
「嘘でしょ!?」
「ぐえー……」
驚くジローと麗美、またしてもやられてる蘭子。
「ジロー!」
「わかっとるわっ!!」
ジローは車を急停車させる。車から脱出したミハイルは、既に視界から消えていた。
「私ならまだ追えるわ!」
「頼んだ!」
車から降り、走り出す麗美。夜明け前の追跡が、始まった。




