第2話 命の行き着く先 前編
麗美と蘭子は吸血鬼の姉妹である。
生活の保障と引き換えに国家への協力を要求された2人は、社会に紛れて人を喰らう無法の吸血鬼たちと長年戦ってきた。
その結果、吸血鬼による犯罪は激減し、姉妹の仕事はもっぱら自宅警備と宅配受取になった。
この物語は、そんな哀れな吸血鬼姉妹の串刺しの幻術を行使できる姉、麗美と、
火あぶりの幻術を行使できる妹、蘭子と、
純銀弾で武装した対吸血鬼班の刑事であるジローの壮絶な戦いを記した事件録である。
「大丈夫か」
殺人犯の吸血鬼を逃してしまった翌日、ジローは吸血鬼姉妹の部屋を訪れた。
「私は大丈夫よ」
昨日同様ロールプレイングゲームをしながら、麗美は手を上げて答えた。
「蘭子は」
「……」
麗美は、無言で蘭子の部屋の引き戸を見つめる。
ジローはゆっくりとその扉に近づき、静かに開いた。
「……」
昨夜、吸血鬼の蹴りを頭部を受けた蘭子は、ヘッドホンを付けてパソコンのモニターを凝視していた。
「やおいゲーしてるんじゃねぇよ!!」
ヘッドホンに向かって軽く蹴りをかますジロー。
「ぎゅほっ!」
変な声で反応する蘭子。
「心配して損した……」
「あら、ジローったら、蘭子のこと心配してたの」
「首の骨折れたと思ってたのにな……」
「それなら1週間は寝込んじゃうわね」
さすがの化け物である。
「で、昨日の今日で何なの、ジロー」
「奴の正体が分かった。今から張り込みに行くぞ」
「え、昨日の今日で? もうちょっとゆっくりすればいいのに」
「奴には血を確保する手段がない。早期解決しなければ被害者が出る」
「あー、確かにそうね……負けっぱなしも嫌だし、分かったわ」
麗美は立ち上がり、伸びをする。
「別に、戦うとは決まってないぞ」
「え?」
張り込み場所に向かう車の中で、ジローは麗美と蘭子に説明を開始する。ただし、蘭子は半分寝てる。
「あの吸血鬼の名前は、通称ミハイル」
「ミサイル?」
「突っ込まねぇぞ。アメリカのマフィアで飼われてた殺し屋だ」
「なんでそんな人が日本に?」
「調べによると、組織から逃げ出して来たらしい」
「ふ~ん……」
麗美はそう相槌を打ち、途中に寄ったコンビニで買ったトマトジュースを飲む。
「奴が日光に耐性のある『デイウォーカー』かどうかは資料がなかったが、どうもデイウォーカーだからと言って昼間に活動するわけじゃなくて、基本的には他の吸血鬼同様の夜行性らしい。だからミハイルが行動するのも夜だろうな」
「あと、あの人の暗示能力も想像がつくわ」
運転中のジローがちらりと、麗美の方を見る。
「何だ」
「痛みに対する強力な自己暗示でしょうね。私や蘭子みたいな他人に対する暗示じゃなくて、自分自身に暗示をかけることで身体能力を強化してる、って感じかしら」
「なるほど……」と、ジローは感心したように頷く。
「さすがに歴戦の吸血鬼だな」
「あまり言わないで。まだ若いつもりなんだから」
不満げに、麗美はそう返した。
「それと、奴が言っていた『羽鳥智恵』という女性だが」
一旦言葉を切り、ジローは交差点を右折するためにハンドルを回す。曲がり終えた後、羽鳥智恵について再び話し始める。
「彼女が関東在住の68歳だというのが分かった。過去にアメリカで日本語を教えていたことがあって、その時にミハイルとも知り合ったんだろう。これから張り込むのは、彼女の家だ」
「ちょっと待って。ミハイルって羽鳥さん家の場所を知っているの?」
「恐らくな」
「それじゃあ、私たちに何を調べさせるつもりだったのかしら?」
「奴が知りたいのは彼女が入院している病院だろう」
「病気なの?」
少し表情をしかめて、麗美は言った。
「ああ。治る可能性も低いらしい。恐らく、ミハイルはそれを知って日本に来たのだろう」
「……でしょうね」
「ただ、それだけの理由で組織を抜け出すとは思えない」
「いいえ」と、麗美は首を振って言った。
「十分な理由よ。吸血鬼にとって、親しい人の死はとても辛いことなのよ」
「……そういうものか」
「ええ、そういうものよ」
羽鳥家の付近に着いた3人は、車を停車させる。
「張り込みとはいえ、頼りになるのはお前らの嗅覚だ」
「第六感とでも言って欲しいわね」
「とにかく、ミハイルの気配を感じたら言ってくれ」
「もう感じているわ。確かにこの辺りに来た気配がする。近くにはいないみたいだけど」
「予想的中ってところか」
「ええ、そうみたいね」
「で……」
ジローは、後部座席で寝ちゃってる妹様を見た。
「なんでコイツは寝てるわけ?」
「パソコンの前以外だと集中力持たないのよ、蘭子は」
「わかった。俺も寝る」
座席を倒し、ジローは目をつむる。
「ちょ、えっ?」
「ああ、後ろにノートパソコンがあるから、なんか見ててくれ」
「なにそれちょっと、ひどくない?」
「マジであんまり寝てないんですよ、勘弁してくださいよ」
「えー……」
2時間後――
「いや、やっぱりこの回は凄いわよね」
「この次の回も良いと思うけどな、俺は」
2人はノートパソコンでアニメを見ていた。仕事しろ。
「で、ミハイルの気配は」
「……誰?」
ジローが麗美に対して軽くチョップを食らわせる。
「わかってるわよ。まだ来てないわ」
「ここに来ると思ったが、当てが外れたか」
「あ」
何かに気づいたらしい麗美が声を上げる
「来たか」
「ええ、間違いないわ」
ジローは車外に出る。麗美もそれに続いて、車から降りる。
羽鳥家とジローたちの間にある街灯。その下に金髪の少年、吸血鬼ミハイルがいた。
「やあ」
片手を上げて挨拶をする怪物。ゆっくりと、ジローたちの方へと歩み寄る。
「彼女については調べてくれたかな」
「羽鳥智恵が入院している病院なら、調べがついた」
ミハイルは安堵したように微笑んだ。
「良かった。彼女の家族が家にいてね。さすがに入って調べるなんてことは出来なかった」
「まだ教えるとは言ってない」
「条件は?」
ジローがミハイルに手錠を投げつける。それを右手で容易く受け取るミハイル。
「手錠をつけろ。病院まで連行だ」
「ボクの逮捕が引き換えかい」
「そうだ」
「いいよ」
意外な言葉だったのだろうか、ジローも麗美も驚きの表情を隠せなかった。そんな2人を尻目に、ミハイルは自ら手錠をはめる。
「これでいいかい?」
ジローは目立たないように銃を腰元で構え、ミハイルに近付く。そして、手錠を確認する。
「拘束出来ている。問題無い」
「じゃあ、行こうか」
ミハイルがジローの車に向かって歩き出す。そんな姿を見て、麗美がこう言った。
「あの人、バカなの?」
「……」
2人には、目的のために手段を選ばない者の心など分かるはずも無かった。




