第1話 暁の克服者 後編
3人に向かって歩みを進めながら、金髪碧眼白人美少年吸血鬼が口を開く。
「吸血鬼の気配がしたから来てみたけど……君たちは何者だい」
日本語でそう問いかけた少年。
「は、ハロ~……」
麗美が英語で応えた。
「日本語喋ってるだろ、おい」
麗美にツッコミを入れ、ジローが前に出る。
「警察だ。ニッポンの」
「そうかい……思ったより早かったね」
「ここで男を殺したのは、お前か」
「そうだよ。あの男はボクが飼われていたマフィアのチンピラさ。逃げたボクを追いかけてわざわざ来たみたいだけど、可哀想なことだ」
「何故血を吸っておきながら吸血鬼化を防ぎ、その上で死体を放置した?」
「血が欲しかったけど、吸血鬼になって追って来られても困るからね。念入りに殺した上で、君たち警察を誘い出すエサになって貰ったよ」
「誘い出す……?」
「少し協力して欲しいことがあるんだ」
「断る」
ジローが少年に銃を向ける。
「話があるなら、まずは逮捕されてからだ」
「残念だけど、捕まる気は無いよ」
発砲。乾いた音と同時に銀弾が発射され、それよりも早く少年は回避行動を終えていた。
「危ないな」
「麗美、蘭子。戦闘開始だ」
「えー」
「やだー」
姉妹、拒否る。
「ワガママ言ってる場合かっ!」
「だって、あの人何か事情がありそうよ。あと、凄い強い気がするし」
「事情があっても、捕まえてから話を聞く。強さは人数でカバーする」
「しょうがないわね……」
そう言って、麗美は右手で薙ぎ払うような動作をする。すると、細長く大きな半透明の釘らしきものが、前方の地面から無数に突き出して来た。
「それが君の幻影か。まるで串刺し公だな」
「そうね。吸血鬼らしいでしょ?」
麗美は不敵に微笑む。
彼女が使った技。それは、吸血鬼の持つ強力な暗示能力の応用であった。暗示は人を魅了し操れる反面、渡河や侵入への制約、十字架への嫌悪を自己暗示として血に刻み込まれた過去もある、吸血鬼の武器にして弱点。その力を外部に対し最大限発揮した場合、力の強い吸血鬼であれば相手の五感に作用する程の幻影を生み出すことが出来る。
麗美が生み出した幻影の釘。それに貫かれた者が外傷を負うことは無いが、実際に串刺しにされた時と同程度の痛みは感じる。物理的な干渉は不可能でも、生物の脳神経系、痛覚には本物同然に作用する。
そして麗美に続いて、蘭子も幻影を発生させる。吹き荒れたのは、炎の風。一度吹いた炎風は壁となり、敵の動きを制限する。
「串刺しの次は火あぶりかい。厄介だね」
炎をかわした少年が、ズボンに付いた砂埃を払いながら言った。
蘭子の炎は、決して物を焼きはしない。しかしその炎が持つ幻の熱は、相手に耐え難い苦痛を与える。
彼女たちの力は、幻覚の力。生物の神経にだけ作用する、精神の魔力であった。
「行くわよ、蘭子」
「わかった、姉さん」
「俺は?」
戦力外。
まずは蘭子が少年の左右に炎を撒き散らす。左右への回避が出来なくなった少年の真下から、麗美の釘が勢い良く突き出される。
だが少年は前方へと回避、麗美がそれを追って再び串刺しを狙うが、少年はそれも回避して前方へと走り出す。
「やばっ!?」
慌てながらも先ほど自分の前方に出現させた釘をさらに増やし、防御体制を整える麗美。少年がそれを回避した瞬間が、勝負だと言えた。
しかし、少年は麗美の釘を突っ切って、3人へと迫る。
「嘘ぉっ!?」
麗美は思わず声を上げる。幻影である以上、確かに物理的な壁にはならない。それでも、その釘を通り抜ける際には激痛が走り、通常であれば動くことすら出来ないはずだった。
それなのに少年はそれを無視して、彼女たちへと今、攻撃を加えようとしていた。
そして、銃声。
少年が、蘭子の炎を突き抜けて銃弾をかわした。銃を撃ったのは、当然ながら戦力外扱いされていた男だった。
「外したか」
「あ、ありがとう、ジロー……」
麗美は顔を赤くする。ちょろい。
「というか、お前らの攻撃効いてなくね?」
「ええ……まさか、無効化系能力……」
「あのガキ、主人公なのか!?」
オタク脳を発揮する2人。
「君らが何を言っているかよく分からないけど、効いていないわけじゃないさ。痛みを我慢しているだけさ」
オタク3人に向けて、少年が言った。
「……それってありなのかしら?」
「慣れているのさ、痛みには」
少年が自嘲気味に笑う。
「でも、無効化していないなら、話は簡単!」
麗美が少年の足元から釘を突き出す。少年は異常な高さまで飛び上がって、それを回避する。
「蘭子!」
空中の相手に向けて、蘭子が炎を吹き掛ける。少年の姿を隠すほどの、幻影の豪火。
「見えねぇだろ!」
銃を持ったジローが文句を叫ぶ。
「落下地点は大体わかるわ! そこっ!!」
麗美がある一点に釘を発生させると、その場所に見事、少年が落下してきた。
「やったわ!」
直後、少年が3人に向かって襲いかかる。
「やってねぇじゃねぇかっ!!」
銃を撃ちまくり、ジローは少年の接近を防ぐ。
「いや~、まさかジローが一番活躍するなんてね……」
「なんか今日の私たち……いらない子?」
姉妹が呑気に感想を述べる。
「弾切れだ!」
ジローが叫んだ瞬間、少年が麗美に飛びかかり、頭部に拳を食らわせようとする。麗美は両腕でそれを防ぐも、続いて放たれた蹴りが蘭子の頭部に命中する。
「ふべらぁっ!」
変な声を出して吹っ飛ぶ蘭子。その勢いで、少年が距離を取る。
「蘭子!」
倒れた蘭子に駆け寄る麗美。それに追撃をかけようとする少年。弾を再装填したジローが、発砲してそれを防ぐ。
「蘭子、しっかりして!」
「はにゃ~……」
気を失っている蘭子を地面に寝かせ、麗美は少年に向き直る。
「アナタは私を怒らせた」
シンプルな答えを出し、麗美が前方の地面全体に釘を発生させる。少年は飛び上がり、倉庫の屋根に上ることでそれを回避する。
「ジロー!」
「分かってる」
屋根の上の少年に向けて、ジローが発砲。回避した少年の着地地点、そこに麗美の釘があり、少年の足を貫く。
「もっかい!」
再度、ジローは発砲し、少年も回避する。当然、回避の先に釘があり少年はまたしても貫かれる。
「まだまだ!」
発砲、回避、貫通。発砲、回避、貫通。発砲、そして落下。
「当たったの!?」
「いや……」
倉庫の影から、ゆっくりと少年が歩み出る。
「まったく、恐ろしいね。苦痛に慣れていると言ったけど、銃弾をかわしながら耐えるのは、神経が参るよ」
「そうだろう。大人しく投降しろ」
白み始めた空の下、少年とジロー、そして麗美は対峙する。蘭子はまだ気絶している。
「そろそろ日の出だね」
「……ああ」
「え、そうなの!?」
麗美は携帯電話で時刻を確認し、「やばっ!」と声を出す。
「太陽の下で、逃げ切れると思うのか?」
「そうだね……」
麗美はジローの車の中から遮光シートを2枚引っ張り出し、蘭子へと走り寄る。
「太陽は、嫌だね」
蘭子にシートを被せ、自身もシートに身をくるんだ麗美。そして――
「日の出だ」
太陽の光が、4人を照らす。
目を細めるジロー、シートで光を防ぎながら少年を見る麗美、シートを被せられ死体みたいな蘭子。
吸血鬼の少年は、朝日を浴びながら平然と笑む。
「眩しいね」
「えっ……!?」
麗美が絶句する。
「太陽の眩しさだけは、耐えられないよ」
「……デイウォーカーか」
少年が飛び上がり、倉庫の屋根に立つ。さらに多くの日光を浴びているはずの吸血鬼は、それでも笑顔を崩さない。
「君たちに、調べてもらいたいことがある」
高みから、3人を見下ろす少年。
「『ハトリ・チエ』という60代後半の女性を探して欲しい。過去にアメリカで働いていたことがある女性だ」
「……」
「頼んだよ」
そう言って、少年は走り去る。咄嗟に、ジローは追いかけようとする。
「ジロー!」
だが、麗美の声に踏みとどまった。
「……蘭子を置いてくわけにはいかないな」
ジローは蘭子を抱え、麗美と共に車へと戻る。少年を追うことは、もはや無理だと言えた。
太陽はその間も、3人を照らしていた。




