第39話 ヴェルナ決戦・後
◆言葉の対決
慎は、祭壇の破片を手にした、コルネリウスと、向き合っていた。
物理的に祭壇を確保するという作戦は、破片の存在によって、意味を失った。
だが、慎は、諦めなかった。
(コルネリウスは、優越感に浸っている。自分の切り札に、絶対の自信を持っている。その自信を、揺さぶる)
「コルネリウス」
慎は、静かに、しかし確固たる声で、言った。
「その破片で、儀式を行える。それは、本当ですか」
「本当です」
コルネリウスは、自信を持って答えた。
「では、一つ、聞かせてください」
慎は、続けた。
「その儀式で、あなたは、転生者を、意思を束縛した状態で、呼び出そうとしている。そうですね」
「その通りです。呼び出した転生者を、最初から、私の支配下に置く」
「その転生者の知恵を、独占し、大陸を支配する」
「ええ」
慎は、コルネリウスを、じっと見た。
「一つ、確認させてください。あなたは、なぜ、そこまでして、支配を望むのですか」
コルネリウスは、少し首を傾げた。
「なぜ、と言われても。支配することが、秩序を生むからです。この世界は、混乱している。強い者が、統べることで、秩序が生まれる」
「強い者が、統べる」
「そうです。教会が、全てを統べれば、争いは、なくなる。それが、私の理想です」
慎は、その言葉に、矛盾を見出した。
(理想、と言った。だが、ガウスもヴァルクスも、コルネリウスには理想がない、と言っていた。純粋な支配欲だけだ、と。だが、コルネリウス自身は、理想を語っている)
「理想、ですか」
慎は、静かに言った。
「では、あなたの理想は、ヴァルクス殿の理想と、どう違うのですか。ヴァルクス殿も、この世界を良くしたいという、理想を持っていました」
コルネリウスの表情が、わずかに、変わった。
「ヴァルクス様の理想は、甘い。人を、信じすぎている。だから、失敗した。私は、違う。人を、信じない。力で、統べる」
「力で統べれば、争いはなくなる、と」
「そうです」
慎は、コルネリウスの論理の、核心を、突いた。
「ですが、力で統べる秩序は、より強い力が現れれば、崩れます。あなたが力で頂点に立っても、いつか、より強い者が現れて、あなたを倒す。それが、力による支配の、宿命です」
コルネリウスの目が、細くなった。
「だから、私は、転生者の知恵を、独占するのです。転生者の知恵があれば、私は、常に、最も強い者でいられる」
「一人の転生者の知恵で、永遠に最強でいられると、思いますか」
慎は、静かに、しかし鋭く、問うた。
「あなたが呼び出す転生者は、意思を束縛されている。自由な意思を持たない転生者が、本当に、価値ある知恵を、生み出せますか」
コルネリウスの表情が、初めて、動揺を見せた。
「……何が、言いたい」
慎は、畳みかけた。
「知恵とは、自由な思考から、生まれるものです。束縛された状態では、真に価値ある知恵は、生まれません。あなたが呼び出す転生者は、道具にはなっても、真の知恵を、生み出すことは、できない」
「そんなことは、ない」
コルネリウスの声に、初めて、焦りが混じった。
「転生者の知恵は、その者が、この世界に来た瞬間に、備わっている。束縛されていても、その知恵は、失われない」
「では、なぜ、ヴァルクス殿は、失敗したのですか」
慎は、問うた。
コルネリウスは、答えに、詰まった。
「ヴァルクス殿は、転生者でした。この世界の常識を超えた知恵を、持っていた。にもかかわらず、その計画は、失敗した。なぜだと思いますか」
「……ヴァルクス様は、甘かったからだ」
「違います」
慎は、はっきりと言った。
「ヴァルクス殿が失敗したのは、知恵が足りなかったからではありません。方法が、間違っていたからです。人を欺き、傷つける方法では、どれほど優れた知恵を持っていても、最後には、破綻する」
慎は、コルネリウスを、まっすぐ見た。
「あなたも、同じ道を、辿ります。転生者の知恵を、いくら独占しても、その使い方が、間違っていれば、最後には、破綻する」
コルネリウスは、しばらく、沈黙した。
その沈黙の中に、慎は、コルネリウスの、揺らぎを、感じ取った。
(傲慢さが、揺らいでいる。自分が絶対に正しいという確信が、崩れ始めている)
◆想定外の一手
だが、コルネリウスは、すぐに、立ち直った。
「……面白い。あなたは、言葉で、私を、揺さぶろうとしている」
コルネリウスは、薄く笑った。
「ですが、無駄です。私は、儀式を行う。そして、あなたを——」
コルネリウスの目が、慎に、向けられた。
「あなたを、最初の、束縛された転生者にする」
慎は、その言葉に、緊張した。
(コルネリウスは、私を、儀式の対象にしようとしている。すでにこの世界にいる転生者を、束縛する)
「あなたは、すでに、この世界にいる転生者だ。あなたを、祭壇の力で、束縛すれば、あなたの知恵を、私のものにできる」
コルネリウスは、祭壇の破片を、掲げた。
「儀式を、始める」
コルネリウスが、破片に、力を込め始めた。
祭壇が、かすかに、光を帯び始めた。
「させません!」
慎の合図で、精鋭部隊が、コルネリウスに、向かおうとした。
だが、コルネリウスの周りには、彼の護衛が、いた。部隊は、護衛に、阻まれた。
祭壇の光が、強まっていく。
(まずい。儀式が、始まっている)
慎は、素早く、状況を分析した。
(コルネリウスを、止めなければ。だが、護衛に阻まれて、近づけない。破片を、破壊するか、コルネリウスの集中を、乱すか)
慎は、ヴァルクスを見た。
「ヴァルクス殿! 儀式を、止める方法は!」
ヴァルクスは、祭壇の光を見て、叫んだ。
「破片への、力の集中を、乱すのです! コルネリウスの、精神の集中が、途切れれば、儀式は、失敗します!」
(精神の集中を、乱す)
慎は、コルネリウスの、弱点を、思い出した。
傲慢さ。自分が絶対に正しいという、確信。それが、彼の集中の、源だ。
(その確信を、揺さぶれば、集中が、乱れる)
慎は、コルネリウスに向かって、叫んだ。
「コルネリウス! 一つ、聞かせてください!」
コルネリウスは、儀式を続けながら、慎を見た。
「あなたは、本当に、自分の意思で、動いていますか!」
コルネリウスの、手が、止まった。
「……何?」
「あなたは、ヴェルナ出身で、経歴に空白がある。ヴァルクス殿と、同じパターンだ。あなたも、転生者かもしれない。だが、もし、そうなら——」
慎は、畳みかけた。
「あなたを、この世界に送り込んだのは、誰ですか。あなたは、本当に、自分の意思で、支配を望んでいるのですか。それとも、誰かに、そう仕向けられているのですか」
コルネリウスの表情が、大きく、揺らいだ。
「……何を、言っている」
「あなたが、これほど急速に、聖都で権力を握れたのは、なぜですか。あなた一人の力で、可能なことですか。それとも、背後に、誰かがいるのですか」
慎は、これまでの調査で、常に感じていた、疑問を、ぶつけた。
(一つの黒幕の背後に、さらに別の存在がいる。コルネリウスの背後にも、何かがあるかもしれない)
コルネリウスの、集中が、明らかに、乱れた。
祭壇の光が、揺らいだ。
「私は……私の意思で……」
コルネリウスの声に、初めて、迷いが、混じった。
(効いている。コルネリウスの確信が、揺らいでいる)
慎は、さらに、畳みかけた。
「あなたは、自分が絶対に正しいと、信じている。ですが、その確信は、本当に、あなた自身のものですか。誰かに、植え付けられたものでは、ないのですか」
「黙れ!」
コルネリウスが、叫んだ。
その瞬間、彼の集中が、完全に、途切れた。
祭壇の光が、急速に、弱まっていく。
「今です!」
慎の合図で、精鋭部隊が、動いた。
集中が途切れ、動揺したコルネリウスの護衛の隙を突いて、部隊が、コルネリウスに、迫った。
コルネリウスは、慌てて、破片に、再び力を込めようとした。
だが、動揺した精神では、儀式を、再開できなかった。
テオが、コルネリウスの手から、破片を、叩き落とした。
破片が、床に、転がった。
「儀式を、阻止しました!」
祭壇の光が、完全に、消えた。
◆コルネリウスの崩壊
儀式が阻止され、コルネリウスは、崩れ落ちるように、膝をついた。
「……私は……私の意思で……」
コルネリウスは、うわ言のように、繰り返した。
慎は、コルネリウスに、近づいた。
「コルネリウス」
コルネリウスは、慎を見上げた。その目には、これまでの冷たさが、消えていた。代わりに、深い、混乱があった。
「私は……何のために……」
慎は、静かに言った。
「あなたは、自分が絶対に正しいと、信じ込んでいた。ですが、それを、一度疑った瞬間に、あなたの確信は、崩れた」
コルネリウスは、慎を見つめた。
「……お前は、何者だ」
「あなたと、同じかもしれない存在です。別の世界から、来た者」
コルネリウスの目が、揺らいだ。
「……やはり、お前も」
「あなたは、転生者ですか」
コルネリウスは、しばらく沈黙した後、静かに、答えた。
「……分からない」
「分からない?」
「私は……気がついたら、ヴェルナにいた。自分が、どこから来たのか、覚えていない。ただ、この世界を、支配しなければならないという、強い衝動だけが、あった」
慎は、その答えに、緊張した。
(気がついたら、ヴェルナにいた。どこから来たか、覚えていない。だが、支配への強い衝動だけがあった。これは——)
「その衝動は、本当に、あなた自身のものですか」
慎は、問うた。
コルネリウスは、混乱した表情で、答えた。
「分からない……分からないんだ。私は、なぜ、支配を望んでいたのか。今、それが、分からなくなった」
慎は、その言葉に、この事件の、さらに深い闇を、感じた。
(コルネリウスは、支配への衝動を、植え付けられていた可能性がある。誰かに。そして、その誰かが、この計画の、真の黒幕かもしれない)
「コルネリウス。あなたに、支配への衝動を植え付けた者に、心当たりは、ありませんか」
コルネリウスは、頭を抱えた。
「……声が、聞こえていた。ヴェルナに来てから、ずっと。支配せよ、統べよ、という、声が」
「声?」
「祭壇からか、あるいは、どこからか。分からない。ただ、その声に、従っていた」
慎は、その言葉に、背筋が、冷たくなった。
(祭壇から、声が聞こえていた。支配への衝動を、囁く声。それは、一体、何なのか)
ヴァルクスが、青ざめた顔で、言った。
「……そんな。祭壇に、そんな力が……」
「ヴァルクス殿。あなたは、その声を、聞いたことがありますか」
慎が問うと、ヴァルクスは、首を振った。
「いいえ。私は、聞いたことが、ありません。私は、自分の意思で、計画を進めていました。ですが、コルネリウスは……」
慎は、状況の、深刻さを、認識した。
(ヴァルクスは、自分の意思で動いていた。だが、コルネリウスは、何かに操られていた可能性がある。祭壇から聞こえる、声に)
この事件には、まだ、底があった。
コルネリウスの背後に、あるいは、祭壇そのものに、何か、さらに深い存在が、潜んでいる。
(この世界の岐路。降る者。祭壇。そして、支配への衝動を囁く、声。全ての中心に、何がいるのか)
慎は、崩れ落ちたコルネリウスを見ながら、この事件が、まだ、終わっていないことを、悟った。
◆ヴァルクスの告白
コルネリウスが拘束された後、慎は、ヴァルクスと、二人で話す時間を持った。
コルネリウスが語った、祭壇の声。それについて、ヴァルクスの見解を、聞きたかった。
「ヴァルクス殿。コルネリウスは、祭壇から、支配への衝動を囁く声が、聞こえていたと言いました。あなたは、本当に、そのような声を、聞いたことが、ないのですか」
ヴァルクスは、しばらく、沈黙した。
「……正直に、言います」
ヴァルクスは、静かに、切り出した。
「声を、聞いたことは、ありません。ですが、一つ、気になっていたことが、あります」
「何ですか」
「私が、この世界に来て、しばらくしてから、私の中に、ある種の、強い衝動が、芽生えました。この世界を、変えなければならない、という衝動です」
「それは、あなた自身の、理想では、ないのですか」
「そう、思っていました。ですが、今、コルネリウスの話を聞いて、疑問が、生じました」
ヴァルクスは、少し、間を置いた。
「私の、この世界を変えたいという思いは、本当に、私自身のものだったのか。それとも、何かに、影響されていたのか」
慎は、その言葉に、緊張した。
(ヴァルクスも、何かに、影響されていた可能性がある。コルネリウスほど、明確な声ではなくても)
「ヴァルクス殿。あなたは、私と、同じ立場から来た。だが、私には、世界を変えたいという、強い衝動は、ありません。私は、ただ、目の前の矛盾を、正したいだけです」
「そこが、私と、あなたの、違いです」
ヴァルクスは、静かに言った。
「私は、この世界を、大きく変えなければならないという、強い衝動に、突き動かされていた。あなたは、そうではない。もし、その衝動が、私自身のものではなく、何かに植え付けられたものだとしたら——」
慎は、その仮説の、重大さを、理解した。
(もし、ヴァルクスの衝動が、植え付けられたものなら、彼もまた、程度の差はあれ、何かに操られていた可能性がある)
「ヴァルクス殿。その衝動を、植え付けた可能性のある、存在に、心当たりは、ありますか」
ヴァルクスは、首を振った。
「分かりません。ですが、もし、存在するなら——それは、祭壇と、関係しているのかもしれません」
慎は、祭壇を、見つめた。
(祭壇。二つの世界を繋ぐ場所。転生者が現れる場所。そして、何かの衝動を、植え付ける場所)
「ヴァルクス殿。ありがとうございます。正直に、話してくれて」
「いえ。私も、自分が、何かに操られていたのかもしれないと思うと、恐ろしい。この事件の、真相を、知りたいのです」
慎は、頷いた。
◆決戦の終わり
儀式は、阻止された。コルネリウスは、崩壊し、拘束された。
地上では、コルネリウスの敗北を知った先遣隊が、戦意を失い、投降した。
ヴェルナの決戦は、慎たちの、勝利で、終わった。
だが、慎の心は、晴れなかった。
コルネリウスが、最後に語った、祭壇から聞こえる声。支配への衝動を囁く、何か。
(コルネリウスは、その声に、操られていた。では、その声の正体は、何なのか)
慎は、祭壇を、見つめた。
黒い石でできた、古い祭壇。二つの世界を繋ぐ場所。転生者が現れる場所。
そして、支配への衝動を、囁く場所。
(この祭壇には、まだ、私たちが知らない、秘密がある)
エミリアが、後方から、駆けつけてきた。
「ジル様! 無事だったのね!」
「はい。儀式は、阻止しました。コルネリウスも、拘束しました」
「よかった……本当に、よかった」
エミリアは、安堵の表情を見せた。
だが、慎の表情が、晴れないことに、気づいた。
「どうしたの? 勝ったんでしょう?」
慎は、静かに答えた。
「勝ちました。ですが、この事件は、まだ、終わっていないかもしれません」
「どういうこと?」
慎は、コルネリウスが語った、祭壇の声について、エミリアに、話した。
エミリアの表情が、曇った。
「祭壇から、声が……」
「はい。コルネリウスは、その声に、操られていた可能性があります。もし、そうなら、この事件の、真の黒幕は、まだ、姿を現していない」
慎は、祭壇を、見つめた。
(この祭壇の、本当の秘密。そして、支配への衝動を囁く、声の正体。それを、明らかにしなければ、この事件は、本当の意味では、終わらない)
ヴェルナの決戦は、終わった。
だが、慎は、この勝利が、終わりではなく、より深い謎への、入り口であることを、感じていた。
(次に、何が待っているのか)
祭壇の前で、慎は、静かに、次の戦いへの、決意を、固めていた。
(第40話に続く)




