第38話 ヴェルナ決戦・前
◆進軍
四か国連携の力を結集し、慎たちは、ヴェルナへの進軍を開始した。
アルテシア王国の部隊を主力に、レオンハルトが総指揮を執った。慎は、作戦の立案と、ヴァルクスとの連携を担当した。
「コルネリウスより、先にヴェルナに着き、祭壇を確保する。それが、この作戦の目的です」
出発前、慎は、部隊の指揮官たちに、説明した。
「祭壇を確保した後、コルネリウスが到着します。彼の一派と、直接の衝突が、避けられないかもしれません。ですが、私たちの目的は、コルネリウスを倒すことではなく、彼の儀式を、阻止することです」
レオンハルトが、補足した。
「無用な戦闘は、避ける。だが、祭壇を守るためには、戦うことも、辞さない。全員、覚悟を持って、臨んでほしい」
部隊は、ヴェルナへと、進軍を開始した。
慎は、行軍の途中、ヴァルクスと、コルネリウスの儀式について、詳しく話し合った。
「コルネリウスの儀式は、どのように行われるのですか」
「祭壇に、特定の手順で、力を注ぐことで、二つの世界を繋ぐ道を、意図的に開くのです」
ヴァルクスは、説明した。
「本来、その道は、世界の岐路に、自然に開きます。ですが、祭壇の力を使えば、それを、意図的に、そして、特定の条件で、開くことができる」
「特定の条件、というのは」
「呼び出す転生者を、最初から、支配下に置くための条件です。通常、転生者は、自由な意思を持って、この世界に来ます。ですが、コルネリウスの儀式では、転生者の意思を、束縛した状態で、呼び出そうとしている」
慎は、その説明に、強い危機感を覚えた。
(転生者を、意思を束縛した状態で呼び出す。それは、転生者を、最初から、道具として扱うということだ)
「それは、可能なのですか」
「分かりません。ですが、コルネリウスは、可能だと信じています。そして、もし可能なら——」
ヴァルクスは、少し声を落とした。
「コルネリウスは、無限に、転生者を呼び出し、支配できることになります。転生者の知恵を、次々と、自分のものにできる。そうなれば、彼を止めることは、不可能になります」
慎は、その最悪の事態を、想像した。
(コルネリウスが、転生者を、意のままに呼び出し、支配する。その知恵を独占し、大陸を完全に支配する。それだけは、絶対に、防がなければならない)
「だからこそ、儀式を、阻止する必要があります」
慎は、決意を込めて言った。
「はい。そのためには、祭壇を、コルネリウスに、制させないこと。それが、全てです」
◆行軍の夜
進軍の二日目の夜、慎は、野営の焚き火のそばで、エミリアと話した。
「もうすぐ、ヴェルナね」
エミリアが、言った。
「はい。明日には、着きます」
「緊張してる?」
「していますね。これまでで、最も大きな戦いですから」
エミリアは、焚き火を見つめた。
「ねえ、ジル様」
「はい」
「もし、コルネリウスが、転生者を呼び出す儀式に、成功したら、どうなるの?」
慎は、少し考えた。
「呼び出された転生者が、コルネリウスの支配下に置かれます。そして、その知恵を、コルネリウスが、独占する」
「その転生者は、かわいそうね」
エミリアの言葉に、慎は、はっとした。
「かわいそう?」
「だって、自分の意思とは関係なく、この世界に呼び出されて、最初から、誰かの道具にされるんでしょう。あなたのように、自由に、道を選ぶこともできない」
慎は、エミリアの視点に、深く考えさせられた。
(そうだ。呼び出される転生者は、被害者だ。意思を束縛され、道具にされる。それは、その転生者にとっても、悲劇だ)
「エミリアさんの言う通りです。私は、儀式を阻止することを、大陸のためだと考えていました。ですが、それだけではない。呼び出されるかもしれない、その転生者のためにも、儀式を、止める必要があります」
「あなたは、いつも、大きなことを考えるけど」
エミリアは、少し笑った。
「時々、目の前の一人のことを、忘れそうになるでしょう。だから、私が、思い出させてあげる」
慎は、その言葉に、静かに応えた。
「……ありがとうございます。本当に、助かります」
「どういたしまして」
エミリアは、焚き火を見つめながら、静かに言った。
「明日、必ず、無事に戻ってきて」
「はい。約束します」
二人は、しばらく、焚き火を、見つめていた。
決戦の地、ヴェルナは、もう、目の前だった。
◆ヴェルナ到着
三日後、慎たちの部隊は、ヴェルナに到着した。
コルネリウスは、まだ、到着していなかった。
(間に合った。コルネリウスより、先に着いた)
慎は、安堵した。
だが、ヴェルナには、コルネリウスの先遣隊が、すでにいた。祭壇を守る、コルネリウスの一派だ。
「祭壇は、丘の礼拝堂の地下にあります」
慎は、レオンハルトに説明した。
「地下への入り口は、二つ。礼拝堂の正面からと、丘の裏側の、隠された入り口。コルネリウスの先遣隊は、正面を固めているはずです」
「では、我々は、裏側の入り口から入るのか」
「はい。前回、私が発見した、隠された入り口です。そこから、地下に入り、祭壇を確保します」
作戦が、開始された。
レオンハルトの部隊が、正面の礼拝堂で、コルネリウスの先遣隊を、引きつける。その隙に、慎とヴァルクス、そして精鋭の部隊が、裏側の入り口から、地下に侵入する。
「エミリアさんは、後方で、待機してください」
慎は、エミリアに言った。
「今回も、危険な部分には、関わらないのね」
「はい。ただ、地下の状況を、記録し、判断を助けてください。何かあれば、すぐに、後方の部隊に、伝令を」
「分かった。気をつけて」
慎は、頷いた。
「必ず、戻ります」
作戦が、動き出した。
◆地上の戦い
正面の礼拝堂で、レオンハルトの部隊が、コルネリウスの先遣隊と、対峙した。
コルネリウスの先遣隊は、戦闘に長けた聖職者たちだった。だが、レオンハルトの部隊も、精鋭揃いだった。
「無用な殺生は、避けよ! 目的は、彼らを引きつけることだ!」
レオンハルトは、部隊に、そう指示した。
戦闘は、激しかったが、レオンハルトの部隊は、巧みに、先遣隊を、正面に引きつけた。
その隙に、慎たちの別動隊が、裏側から、地下に侵入する手はずだった。
レオンハルトは、戦いの中で、慎たちの成功を、祈った。
(ジル。頼んだぞ。祭壇を、確保してくれ)
地上の戦いは、慎たちが、地下で祭壇を確保するための、時間を、稼いでいた。
◆地下への侵入
正面の礼拝堂で、レオンハルトの部隊が、コルネリウスの先遣隊と、対峙した。
その隙に、慎とヴァルクス、精鋭部隊は、丘の裏側の、隠された入り口から、地下へと侵入した。
前回、慎が掘り開けた入り口は、まだ、通れる状態だった。
「この先が、祭壇のある空間です」
慎は、部隊を、地下へと導いた。
石段を降り、古い文字が刻まれた通路を進む。
ヴァルクスは、通路の文字を見て、静かに言った。
「……これが、祭壇に続く道ですか。私も、この道は、知りませんでした」
「ヴァルクス殿は、正面から、祭壇に入っていたのですね」
「はい。この隠された道の存在は、知りませんでした。あなたが、見つけたのですか」
「ヴェルナの、古い言い伝えを、教えてくれた人がいました」
慎は、あの老人のことを、思い出していた。
(ご老人。あなたの言い伝えが、今、役に立っています)
通路を進み、慎たちは、祭壇のある空間に、到達した。
黒い石でできた、古い祭壇。前回、慎が見たときと、変わらぬ姿で、そこにあった。
だが、前回と、一つ、違うことがあった。
祭壇の周りに、コルネリウスの一派の聖職者が、数人、いたのだ。
彼らは、祭壇を、守っていた。
「侵入者だ!」
聖職者たちが、慎たちに気づいた。
◆祭壇の確保
「祭壇を、確保します!」
慎の合図で、精鋭部隊が、動いた。
祭壇を守る聖職者たちと、慎たちの部隊が、衝突した。
聖職者たちは、戦闘の訓練を受けていたが、数では、慎たちの部隊が、上回っていた。
短い戦闘の後、慎たちは、祭壇を守る聖職者たちを、制圧した。
「祭壇を、確保しました!」
テオが、報告した。
慎は、祭壇に、近づいた。
(祭壇を、確保した。これで、コルネリウスの儀式は、防げる)
だが、慎は、油断しなかった。
(コルネリウスは、まだ到着していない。彼が来れば、必ず、祭壇を取り戻そうとする。それまでに、防御を固める必要がある)
「ヴァルクス殿。祭壇を確保したら、コルネリウスの儀式を、完全に防ぐには、どうすればいいですか」
ヴァルクスは、祭壇を、慎重に確認した。
「儀式には、祭壇に直接、触れる必要があります。祭壇へのアクセスを、完全に遮断すれば、儀式は、行えません」
「では、この空間を、守り抜けば、いいのですね」
「はい。ただ、コルネリウスは、必ず、あらゆる手段で、祭壇に近づこうとします。彼を、この空間に、入れないことが、重要です」
慎は、地下の空間を、見回した。
祭壇のある空間への入り口は、二つ。正面の通路と、慎たちが入ってきた、裏側の通路。
「この二つの入り口を、固めます。コルネリウスを、この空間に、入れない」
慎は、部隊を、二つの入り口の防御に、配置した。
そして、待った。
コルネリウスが、到着するのを。
◆コルネリウスの到着
数時間後、地上から、伝令が来た。
「コルネリウスの本隊が、ヴェルナに、到着しました!」
慎は、緊張を、引き締めた。
(来た。コルネリウスが、ついに、来た)
地上では、レオンハルトの部隊が、コルネリウスの本隊と、対峙していた。だが、コルネリウスは、地上の戦闘には、あまり関心を示さず、まっすぐ、礼拝堂の地下——祭壇——を、目指しているという。
「コルネリウスは、祭壇が確保されたことを、知っているのか」
ヴァルクスが、問うた。
「おそらく、知っているでしょう。先遣隊からの、連絡があったはずです」
慎は、答えた。
「それでも、コルネリウスは、祭壇を目指している。彼は、必ず、祭壇を取り戻そうとします」
やがて、正面の通路の方から、足音が、聞こえてきた。
複数の足音。そして、その中に、一つ、際立った足音があった。
落ち着いた、しかし、確固たる足音。
(コルネリウスだ)
慎は、祭壇の前に、立った。
ヴァルクスが、慎の隣に、立った。
「……いよいよ、ですね」
ヴァルクスが、静かに言った。
「はい」
正面の通路から、一人の人物が、姿を現した。
コルネリウスだった。
慎が、初めて見る、コルネリウス。
想像していたよりも、若かった。三十代半ばか。整った顔立ちだが、その目は、冷たく、感情が、読み取れなかった。
ガウスが言っていた通り、「不気味な男」だった。
コルネリウスは、祭壇の前に立つ、慎とヴァルクスを見て、静かに口を開いた。
「……ヴァルクス様。裏切りましたか」
その声は、落ち着いていた。怒りも、驚きも、感じられなかった。
ヴァルクスが、答えた。
「裏切ったのは、お前だ、コルネリウス。私が育て、後継者と見込んだお前が、私の計画を乗っ取り、私を排除した」
「私は、あなたの計画を、完成させようとしているだけです」
コルネリウスは、冷たく言った。
「あなたは、最後に、弱気になった。計画を、止めようとした。それでは、この世界は、変えられない。だから、私が、引き継いだのです」
「お前のやり方は、破滅を招く」
「破滅ではありません。秩序です。教会が、全てを統べる、新たな秩序」
コルネリウスの視線が、慎に移った。
「そして、あなたが、ジル・ヴァンディアール。ヴァルクス様が、対話を望んだ、転生者ですね」
慎は、コルネリウスを、じっと見た。
(これが、コルネリウス。感情の見えない、純粋な支配欲の持ち主)
「あなたも、転生者ですか」
慎が問うと、コルネリウスは、薄く笑った。
「さあ、どうでしょう」
その答えは、肯定でも、否定でもなかった。
(答えを、はぐらかした。だが、その反応自体が、彼が転生者である可能性を、示唆している)
「コルネリウス」
慎は、静かに、しかしはっきりと言った。
「あなたの儀式は、行わせません。この祭壇は、私たちが、確保しました」
コルネリウスは、慎を見て、少し首を傾げた。
「確保した、と、思っているのですね」
その言葉に、慎は、わずかな違和感を覚えた。
(思っている、という言い方。まるで、確保が、意味をなさないかのような)
「どういう意味ですか」
コルネリウスは、静かに笑った。
「あなたは、祭壇を、物理的に確保すれば、儀式を防げると、思っている。ですが、それは、間違いです」
慎の中で、警戒が、強まった。
(何かが、おかしい。コルネリウスは、余裕がある。祭壇を確保されたはずなのに、動揺していない)
「儀式には、祭壇に触れる必要がある、とヴァルクス様は、言ったでしょう」
コルネリウスは、続けた。
「ですが、それは、古い方法です。私は、新しい方法を、見つけました」
ヴァルクスの表情が、変わった。
「……新しい方法、だと」
「はい、ヴァルクス様。あなたが知らない方法です。祭壇に、直接触れなくても、儀式を行う方法を、私は、見つけたのです」
慎は、コルネリウスの言葉に、最大限の警戒を、向けた。
(コルネリウスは、祭壇に触れずに、儀式を行える。もし、それが本当なら——私たちが祭壇を確保しても、儀式を防げない)
「その方法とは、何ですか」
慎が問うと、コルネリウスは、薄く笑った。
「それを、教えると、思いますか」
コルネリウスは、ゆっくりと、懐から、何かを取り出した。
古い、小さな石片のようなものだった。祭壇と同じ、黒い石でできている。
「これは、祭壇の一部です。古い時代に、祭壇から、切り出されたもの。これを使えば、祭壇本体に触れなくても、その力を、引き出すことができる」
ヴァルクスが、息を呑んだ。
「……祭壇の、破片。そんなものが、存在したのか」
「ええ。私は、それを、探し出しました。あなたが、四十年かけて、気づかなかったものを」
コルネリウスの目に、初めて、感情——優越感——が、浮かんだ。
(これが、コルネリウスの切り札。祭壇の破片。それを使えば、祭壇本体を確保しても、意味がない)
慎は、状況が、一変したことを、認識した。
祭壇を物理的に確保するという、これまでの作戦の前提が、崩れた。
(想定外の事態だ。だが——)
慎は、ヴァルクスの言葉を、思い出した。
「コルネリウスは、自分が絶対に正しいと信じ込んでいる。想定外の事態に弱い。その傲慢さが、弱点だ」
(コルネリウスは、今、優越感に浸っている。自分の切り札に、絶対の自信を持っている。だが、その自信こそが、隙になるかもしれない)
慎は、冷静に、次の一手を、考え始めた。
危機の中でこそ、冷静に。
前世でも、この世界でも、それが、慎のやり方だった。
(コルネリウスの切り札を、逆に、利用できないか)
祭壇を巡る、最終決戦。
その、最も重要な局面が、始まろうとしていた。
(第39話に続く)




