第37話 二つの宣言
◆アルテシアへ
ヴァルクスを連れて、慎はアルテシアへの帰路についた。
ロイドとガウスは、聖都に戻り、内側からの活動を続ける。慎とヴァルクス、エミリア、そして護衛たちは、コルネリウスの追撃を警戒しながら、王都を目指した。
道中、ヴァルクスは、多くを語らなかった。だが、時折、慎に、コルネリウスの計画について、断片的な情報を、話した。
「コルネリウスは、周到です」
ある夜、宿で、ヴァルクスは言った。
「私が四十年かけて築いた基盤を、彼は、わずか数年で、自分のものにした。そして、それを、より過激な方向に、進めようとしている」
「あなたは、コルネリウスを、どう見ていますか」
慎が問うと、ヴァルクスは、少し考えた。
「……危険な男です。私は、道を誤りましたが、それでも、迷いがありました。人を傷つけることに、罪悪感を感じていた。ですが、コルネリウスには、それがない。彼は、目的のためなら、どんな犠牲も、厭わない」
「彼を止めるには、どうすればいいと思いますか」
「彼の傲慢さを、突くことです」
ヴァルクスは、はっきりと言った。
「コルネリウスは、自分が絶対に正しいと、信じ込んでいます。自分の計画は、必ず成功する、と。その確信が、彼の力の源であり、同時に、彼の弱点です」
慎は、ガウスも同じことを言っていたことを、思い出した。
(コルネリウスの弱点は、傲慢さ。自分が絶対に正しいと信じ込む確信。それを、突く)
「傲慢な人間は、想定外の事態に、弱いものです」
ヴァルクスは、続けた。
「自分の計画が、完璧だと信じているから、想定外のことが起きると、対応できない。パニックに陥る。その瞬間を、突くのです」
慎は、その助言を、頭の中に刻んだ。
(想定外の事態を、意図的に作り出す。そして、コルネリウスがパニックに陥った瞬間を、突く)
前世の監査でも、同じような手法を使ったことがあった。不正を隠している人間は、自分の作り話が完璧だと信じている。そこに、想定外の事実を突きつけると、作り話が崩れ、真実が露呈する。
(コルネリウスも、同じかもしれない)
◆国王との対面
王都に着いた慎は、すぐに、国王への面会を求めた。
ヴァルクスを、国王の前に連れて行くことは、大きな決断だった。ヴァルクスは、各国に多大な被害を与えた張本人だ。その人物を、協力者として扱うことに、反発があることは、承知していた。
謁見の間で、国王とレオンハルトが、ヴァルクスと向き合った。
「エルト・ヴァルクス」
国王の声は、厳しかった。
「お前は、我が国をはじめ、複数の国に、多大な被害を与えた。その罪は、重い」
ヴァルクスは、深く頭を下げた。
「その通りです。私の罪は、償いきれるものでは、ありません」
「にもかかわらず、ジルは、お前を協力者として、ここに連れてきた。その理由を、お前自身の口から、聞きたい」
ヴァルクスは、顔を上げ、静かに語った。
「私は、道を誤りました。理想のために、人を傷つけ、資産を奪い、信仰を人質にした。それは、弁解の余地のない、罪です」
「うむ」
「ですが、私が始めた計画が、今、コルネリウスによって、さらに危険な方向に、進もうとしています。コルネリウスは、私よりも、遥かに危険な男です。彼は、教会を各国の上に立たせ、そして——転生者を、意図的に呼び出し、支配の道具にしようとしています」
国王の表情が、険しくなった。
「転生者を、意図的に呼び出す、だと」
「はい。ヴェルナの祭壇の力を使って。もし、それが実現すれば、コルネリウスは、転生者の知恵を独占し、大陸を、完全に支配することができます」
国王は、しばらく沈黙した。
「……ジルから、ヴェルナの祭壇については、聞いている。その危険性も」
「私は、自分が始めた計画が、破滅的な結末を迎えることを、防ぎたい。そのために、私が知る全てを、提供します。コルネリウスを止めるために」
国王は、ヴァルクスを、じっと見つめた。
「お前の言葉を、どこまで信じられるか、分からない。だが、コルネリウスという脅威が、現実である以上、お前の知識は、必要だ」
国王は、決断した。
「エルト・ヴァルクス。コルネリウスを止めるまで、お前を、協力者として扱う。だが、コルネリウスを止めた後、お前の罪については、各国と協議の上、正当な裁きを下す。それで、異存はないな」
「ありません」
ヴァルクスは、再び深く頭を下げた。
「私の命は、コルネリウスを止めるために、使ってください。その後の裁きは、甘んじて受けます」
国王は、頷いた。
「よかろう」
レオンハルトが、口を開いた。
「ヴァルクス。一つ、聞きたい。コルネリウスの宣言は、いつ出される」
ヴァルクスは、答えた。
「近いうちに、です。おそらく、数週間以内に。コルネリウスは、聖都の実権を完全に握った今、すぐにでも、宣言を出そうとするでしょう」
「では、時間がない」
「はい。宣言が出る前に、四か国連携が、対抗の声明を出す必要があります。そして、ヴェルナの祭壇を、守る準備を、始めなければなりません」
慎は、頷いた。
「すぐに、動きます」
◆コルネリウスの宣言
だが、事態は、慎たちの予想より、早く動いた。
ヴァルクスをアルテシアに移してから、わずか十日後。
聖都から、コルネリウスの正式な宣言が、発せられた。
宣言は、大陸中に、使者を通じて伝えられた。
その内容は、衝撃的なものだった。
「聖都は、ここに宣言する。
信仰の秩序を守るため、教会は、各国の世俗の権力の上に立つ。各国の王は、教会の導きに従い、その決定を、尊重しなければならない。
これに従わぬ国は、信仰の敵とみなす。
聖都は、大陸の全ての国に、この新たな秩序への、服従を求める。」
慎は、その宣言を読んで、事態の深刻さを、改めて認識した。
(コルネリウスが、動いた。各国への、事実上の服従要求だ)
「予想より、早かったですね」
慎は、ヴァルクスに言った。
「コルネリウスは、私の救出を知って、焦ったのかもしれません」
ヴァルクスが、答えた。
「私が、あなたたちに協力すれば、自分の計画の全容が、明らかになる。そうなる前に、既成事実を作ろうとしたのでしょう」
慎は、その分析に、頷いた。
(コルネリウスは、ヴァルクスの救出によって、計画が露呈することを恐れた。だから、宣言を急いだ。それは、彼の焦りの表れだ)
「焦りは、隙を生みます」
慎は、静かに言った。
「コルネリウスが焦っているなら、それは、こちらにとって、機会かもしれません」
◆四か国の対抗声明
コルネリウスの宣言に対して、四か国は、迅速に対応した。
レオンハルトが主導し、ミレス、ラーセン、デミアと連携して、対抗の声明を、準備した。
慎は、その声明の文案作成に、深く関わった。
声明は、感情的な非難を避け、事実に基づいて、コルネリウスの宣言の不当性を、明確にするものだった。
「四か国は、ここに、共同で声明を発する。
聖都の名において発せられた宣言は、信仰の秩序を守るためではなく、特定の個人による、権力の掌握を目的としたものである。
我々は、真の信仰を尊重する。だが、信仰を口実とした、各国の主権への侵害は、断固として認めない。
聖都の内部においても、この宣言に反対する声が、多く存在する。我々は、真の信仰を守る、聖都内部の穏健派と、連携する。
各国に、呼びかける。信仰の名を騙った、権力の簒奪に、共に反対しよう。」
声明は、大陸中に、発せられた。
コルネリウスの宣言に対して、四か国が、明確に対抗する姿勢を示したことで、大陸の情勢は、緊迫した。
慎の予想通り、大陸は、二つに分かれ始めた。
コルネリウスに従う国と、四か国連携に同調する国。
だが、四か国の声明が、「聖都内部にも反対の声がある」ことを明示したことで、コルネリウスの正当性は、大きく揺らいだ。
(コルネリウスの宣言は、聖都全体の総意ではない。それを示せたことで、コルネリウスへの服従を、ためらう国が、増えている)
◆ヴェルナの防衛
対抗声明と並行して、慎は、ヴェルナの祭壇を守るための、準備を始めた。
ヴァルクスから、コルネリウスの計画の詳細を、聞き出した。
「コルネリウスは、宣言を出した後、ヴェルナの祭壇を、完全に制しようとします」
ヴァルクスは、説明した。
「祭壇を制し、そして、転生者を意図的に呼び出す儀式を、行おうとするでしょう」
「その儀式は、いつ行われるのですか」
「正確な日程は、分かりません。ですが、祭壇の力が最も強まる時期があると、古い記録にあります。おそらく、コルネリウスは、その時期を狙うでしょう」
「祭壇の力が最も強まる時期、というのは」
「世界の岐路が、最も深まるとき。今の状況——大陸が二つに分かれ、大きな争いが起きようとしているとき——が、まさに、それに当たる可能性があります」
慎は、その言葉に、緊張した。
(今が、祭壇の力が最も強まる時期。つまり、コルネリウスは、近いうちに、儀式を行おうとする)
◆ロイドからの報告
ヴェルナ防衛の準備を進めている最中、聖都のロイドから、新たな連絡が届いた。
連絡は、これまでより、緊迫した内容だった。
「聖都の状況を、報告する。
コルネリウスの宣言が出た後、聖都内部の分裂が、決定的になった。ベネディクト司教を中心とする穏健派は、公然と、コルネリウスに反対する姿勢を示し始めた。だが、コルネリウスは、力で、それを抑え込もうとしている。
穏健派の一部が、拘束された。ベネディクト司教も、危険な状況にある。だが、司教は、屈していない。むしろ、コルネリウスの強引なやり方が、より多くの聖職者を、穏健派に向かわせている。
重要な情報がある。コルネリウスが、近く、聖都を離れる準備をしている。行き先は、おそらく、ヴェルナだ。祭壇の儀式を行うために、自ら向かうつもりらしい。
コルネリウスがヴェルナに向かえば、聖都の締め付けは、一時的に緩む。その隙に、穏健派が、動く準備をしている。
そちらでも、ヴェルナの防衛を、急いでほしい。コルネリウスが到着する前に、祭壇を確保できれば、状況を大きく変えられる。
ガウス殿と私は、コルネリウスの動きを、引き続き監視する。ベネディクト司教の安全を、確保しながら。
急げ。
ロイド」
慎は、連絡を読んで、事態が、決定的な局面に入ったことを、認識した。
(コルネリウスが、自らヴェルナに向かう。祭壇の儀式を行うために。私たちは、彼が到着する前に、祭壇を確保する必要がある)
「ヴァルクス殿。コルネリウスが、自らヴェルナに向かうそうです」
慎は、ヴァルクスに、連絡の内容を伝えた。
ヴァルクスは、深刻な表情で、頷いた。
「やはり、そうきましたか。コルネリウスは、儀式を、自分の手で行いたいのでしょう。転生者を呼び出し、支配下に置く。それを、他人に任せることは、彼にはできない」
「では、私たちも、急ぐ必要があります」
「はい。コルネリウスが、聖都からヴェルナに着くまで、どれくらいかかりますか」
慎は、地図を確認した。
「聖都から、ヴェルナまでは、馬車で、七日ほどです。ただ、コルネリウスが急げば、五日で着くかもしれません」
「五日……」
ヴァルクスは、考えた。
「アルテシアから、ヴェルナまでは」
「三日ほどです」
「では、こちらの方が、有利です。急いで準備をして、コルネリウスより先に、ヴェルナに着けば、祭壇を確保できます」
慎は、頷いた。
(アルテシアからの方が、ヴェルナに近い。急げば、コルネリウスより先に、祭壇を確保できる)
「レオンハルト殿下に、報告して、部隊の派遣を、急ぎます」
慎は、すぐに、レオンハルトのもとへ向かった。
◆祭壇の扱い
部隊派遣の準備を進めながら、慎はヴァルクスと、祭壇を確保した後の扱いについて、協議した。
「ヴァルクス殿。私たちが、先に祭壇を確保したとして、それをどうするかを、決めておく必要があります」
慎は、レオンハルトと協議した方針を、ヴァルクスに伝えた。
「あの祭壇は、誰かが独占するのではなく、四か国が共同で、管理します。特定の個人や組織が、転生者を利用できないようにする」
ヴァルクスは、その方針に、少し驚いた顔をした。
「……あなたは、祭壇の力を、自分のものにしようとは、思わないのですか」
「思いません」
慎は、はっきりと答えた。
「祭壇の力は、諸刃の剣です。誰が持っても、その力に、飲み込まれる危険がある。あなたも、そうでした。だから、誰も、独占するべきではない」
ヴァルクスは、しばらく慎を見つめた。
「……あなたは、本当に、私とは違う」
「同じ立場から来て、違う道を選んだ。それだけです」
ヴァルクスは、静かに頷いた。
「その選択が、正しいことを、願います」
「一つ、確認したいことがあります」
慎は、続けた。
「祭壇を、破壊することは、できないのですか。そうすれば、コルネリウスも、二度と利用できなくなります」
ヴァルクスは、首を振った。
「それは、難しいでしょう。あの祭壇は、この世界の理そのものと、繋がっています。人の力で、破壊できるものではありません。それに——」
「それに?」
「祭壇を破壊すれば、二つの世界を繋ぐ道が、閉ざされるかもしれません。そうなれば、これから、正しい役割を果たすために送り込まれるはずの、降る者たちが、来られなくなる」
慎は、その言葉に、考えさせられた。
(祭壇を破壊すれば、悪用を防げる。だが、同時に、正しい降る者が来る道も、閉ざしてしまう。だから、破壊ではなく、管理が必要なのか)
「なるほど。だから、破壊ではなく、慎重に管理する必要があるのですね」
「はい。祭壇は、この世界にとって、必要なものかもしれません。だからこそ、誰かに悪用されないよう、守る必要があります」
慎は、その考えに、頷いた。
(祭壇は、破壊すべきものではなく、守るべきもの。ただし、誰も独占できないように。四か国が共同で管理し、次に来る降る者が、自由に選択できる環境を、保つ)
「ヴァルクス殿。ありがとうございます。祭壇の扱いについて、方針が、はっきりしました」
◆決戦への準備
慎は、ヴェルナの祭壇を守るための、作戦を立て始めた。
四か国連携の力を借り、ヴェルナに、部隊を派遣する。コルネリウスが儀式を行う前に、祭壇を確保する。
だが、コルネリウスも、必ず、祭壇を狙ってくる。ヴェルナで、決戦が起きることは、避けられない。
「エミリアさん」
慎は、作戦の準備をしながら、エミリアに言った。
「はい」
「ヴェルナでの決戦は、これまでで、最も大きな戦いになります。危険も、大きい」
「分かってる」
「それでも、一緒に来てくれますか」
エミリアは、迷わず頷いた。
「当然でしょう。ここまで来て、離れるわけがない」
慎は、その言葉に、静かに応えた。
「ありがとうございます」
「ねえ、ジル様」
「はい」
「この戦いが終わったら、少し、ゆっくりできるかしら」
慎は、少し考えた。
「……そうですね。この戦いが終われば、大きな山を、越えることになります。少しは、ゆっくりできるかもしれません」
「約束できる?」
「約束は、できません。ただ——」
慎は、少し笑った。
「戦いが終わったら、一緒に、どこか静かな場所に、行きましょう。それくらいの時間は、作りたいと思います」
エミリアは、少し嬉しそうに、笑った。
「それ、覚えておくわ」
慎は、頷いた。
(この戦いを、必ず終わらせる。そして、エミリアとの、約束を果たす)
窓の外、王都の空が、広がっていた。
コルネリウスの宣言、四か国の対抗声明。大陸は、二つに分かれ、緊張が高まっている。
そして、その全ての帰結が、ヴェルナの祭壇に、集約されようとしていた。
(次は、ヴェルナ。全ての決着を、つける)
慎は、作戦の準備を、進めていった。
決戦の時が、近づいていた。
(第38話に続く)




