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冤罪令息、本日も論破します  作者: みかん


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第35話 再びの聖都

◆潜入の準備


ロイドからの返信は、十日後に届いた。


「ヴァルクスの移送は、五日後に決まった。移送先は、聖都から西に二日ほどの、古い修道院だ。そこで、ヴァルクスの知識を、コルネリウスが独占的に引き出すつもりらしい。


移送の経路と、護衛の規模を、把握した。護衛は、コルネリウスの直属の聖職者、十名ほど。移送は、目立たないよう、夜間に行われる。


経路の途中に、森を抜ける区間がある。そこが、最も護衛の目が届きにくい。作戦を実行するなら、その区間が適している。


ガウス殿とベネディクト司教も、協力を約束している。ガウス殿は、移送の詳細な日程を、内側から探ってくれた。ベネディクト司教は、穏健派の聖職者を、動かす準備をしている。


お前が来るなら、聖都の手前、西の森の外れにある、古い狩猟小屋で落ち合おう。そこを、作戦の拠点とする。


急げ。時間がない。


ロイド」


慎は、連絡を読んで、すぐに動き出した。


(五日後。それまでに、聖都近くの拠点に、到着する必要がある)


慎は、エミリアと、選抜した護衛たちとともに、聖都へ向けて、急いで出発した。


今回の護衛は、前回よりも、慎重に選ばれた。戦闘能力だけでなく、隠密行動に長けた者たち。そして、ヴァルクス救出という、危険な作戦に、覚悟を持って臨める者たち。


「今回の作戦は、これまでで最も危険です」


出発前、慎は護衛たちに、そう告げた。


「聖都のコルネリウスの一派を相手に、ヴァルクスを救出する。失敗すれば、命に関わります。それでも、行く覚悟のある者だけ、来てください」


護衛たちは、皆、頷いた。


テオが、代表して言った。


「ロイド様を、助けるためです。それに、コルネリウスの計画を止めることは、この世界のためです。覚悟は、できています」


慎は、その言葉に、静かに応えた。


「ありがとうございます。皆で、必ず成功させましょう」



◆聖都への道


聖都への道は、前回とは違う経路を選んだ。


コルネリウスの一派が、慎の動きを警戒している可能性がある。だから、目立たない道を、慎重に進んだ。


道中、慎はエミリアと、作戦の細部について、話し合った。


「エミリアさんには、狩猟小屋での、情報のとりまとめと、脱出の支援を、お願いします」


「分かった。私は、危険な部分には、関わらないのね」


「はい。ただ、あなたの観察眼が、必要になる場面が、必ずあります。狩猟小屋で、集まる情報を整理して、作戦の判断を助けてください」


「任せて」


エミリアは、頷いた。


「一つ、聞いていい?」


「はい」


「ヴァルクスは、本当に、協力してくれると思う?」


慎は、少し考えた。


「確証は、ありません。ただ、可能性はあります」


「なぜ?」


「ヴァルクスは、コルネリウスに裏切られました。信頼していた後継者に、計画を乗っ取られ、拘束された。その恨みは、深いはずです」


「恨みで、協力するの?」


「恨みだけでは、ないと思います」


慎は、聖都でのヴァルクスとの対話を、思い出していた。


「ヴァルクスは、最後に、道を誤ったことを、後悔し始めていました。計画を止めることを、考え始めていた。彼には、まだ、正しい選択をやり直す余地が、残っています」


「あなたは、それを信じているのね」


「信じたい、というのが、正直なところです。ただ、信じるだけでなく、彼が正しい選択をできるよう、機会を作りたい」


エミリアは、慎を見つめた。


「あなたって、本当に、人を諦めないのね」


「諦めれば、そこで終わりです。可能性がある限り、その可能性に、賭けたい」


エミリアは、少し笑った。


「それが、あなたよ」


一行は、聖都近くの、西の森へと、近づいていった。



◆狩猟小屋での再会


森の外れの、古い狩猟小屋に着いたのは、移送の二日前だった。


小屋の中に入ると、そこには、ロイドがいた。


「ロイド殿!」


慎は、思わず声を上げた。


ロイドは、少し疲れた様子だったが、無事だった。


「無事だったか、ジル」


「はい。ロイド殿こそ、ご無事で」


二人は、固い握手を交わした。


エミリアも、ロイドに駆け寄った。


「ロイド様、心配していました」


「エミリアも、来たのか。危険な場所だぞ」


「ジル様を、一人で行かせられませんから」


ロイドは、少し苦笑した。


「相変わらず、頑固だな」


「従兄妹ですから」


ロイドは、少し笑ってから、表情を引き締めた。


「積もる話は、後だ。まず、作戦の詳細を、詰めよう」


小屋の中には、ロイドの他に、ガウスと、数名の聖職者がいた。ベネディクト司教が派遣した、穏健派の協力者たちだった。


「ガウス殿も、ご無事で」


「ヴァンディアール殿。よく、来てくださいました」


ガウスは、丁寧に頭を下げた。


「聖都の状況は、いよいよ緊迫しています。コルネリウスは、近く、各国への宣言を出そうとしています。その前に、ヴァルクス様を救出し、状況を変える必要があります」


慎は、頷いた。


「作戦の詳細を、聞かせてください」



◆作戦会議


小屋の中で、作戦会議が始まった。


ロイドが、地図を広げ、移送の経路を説明した。


「ヴァルクスの移送は、明後日の夜。聖都を出て、西の修道院に向かう。その経路の、ちょうどこの辺り——森を抜ける区間が、狙い目だ」


ロイドは、地図の一点を指した。


「この森の区間は、道が狭く、護衛の隊列が、細長く伸びる。そこを、襲撃する」


慎は、地図を確認した。


「護衛は、十名ほどでしたね」


「ああ。コルネリウスの直属の、精鋭だ。戦闘能力は高い」


「正面から戦うのは、不利ですね」


「そうだ。だから、正面からは戦わない」


ロイドは、作戦を説明した。


「森の区間で、道を塞ぐ。倒木を使って、隊列を分断する。そして、ヴァルクスを乗せた馬車を、護衛から切り離す。混乱の中で、ヴァルクスを救出し、脱出する」


慎は、その作戦を、頭の中で検証した。


(隊列を分断し、ヴァルクスを切り離す。混乱の中で救出する。理にかなっている。ただ、いくつか、詰めるべき点がある)


「ロイド殿。いくつか、確認させてください」


「何だ」


「一つ目。倒木で道を塞ぐタイミング。護衛の隊列の、どこで塞ぐかによって、切り離せる範囲が変わります。ヴァルクスの馬車が、隊列のどこに位置するかを、正確に把握する必要があります」


ガウスが、答えた。


「ヴァルクス様の馬車は、隊列の中央に位置する予定です。前後を、護衛が固めます」


「では、隊列の中央の、前と後ろを、同時に塞ぐ必要があります。ヴァルクスの馬車の前後を、同時に分断すれば、馬車を孤立させられます」


「同時に、二箇所を塞ぐ、ということか」


ロイドが、確認した。


「はい。それには、二つの班に分かれる必要があります。一つの班が前方を、もう一つの班が後方を塞ぐ」


慎は、地図に、作戦の詳細を書き込んでいった。


「二つ目。塞いだ後の、護衛の反応。護衛は、混乱しますが、すぐに立て直そうとします。その前に、ヴァルクスを救出し、脱出する必要があります。時間は、おそらく数分しかありません」


「数分で、ヴァルクスを馬車から出し、脱出する」


「はい。そのためには、ヴァルクスの馬車に、最短で到達できる位置に、救出班を配置します」


「三つ目は」


「脱出の経路です。救出した後、どこに逃げるか。護衛が追ってくることを想定して、複数の脱出経路を、用意しておく必要があります」


ロイドが、地図を指した。


「森の中に、複数の小道がある。これを使えば、追手を撒ける」


「では、脱出経路も、事前に確認しておきましょう」


作戦会議は、夜遅くまで続いた。


慎は、あらゆる可能性を想定し、作戦の細部を、詰めていった。


前世の監査で培った、緻密な計画立案の能力が、ここで、最大限に発揮された。


(一つ一つの要素を、正確に。想定外を、できる限り減らす。それが、成功の鍵だ)



◆コルネリウスの内情


作戦の詳細が固まった後、慎はガウスに、コルネリウスについて、詳しく尋ねた。


「ガウス殿。コルネリウスという人物について、あなたが知っていることを、教えてください。彼を理解することが、この計画全体を止める鍵になります」


ガウスは、少し考えてから、話し始めた。


「コルネリウスは……不気味な男です」


「不気味、というのは」


「感情が、見えないのです。ヴァルクス様には、理想がありました。歪んではいましたが、この世界を良くしたいという、熱があった。ですが、コルネリウスには、それがない。冷たく、計算高く、何を考えているのか、読めない」


慎は、その描写を、頭の中で整理した。


(ヴァルクスは、理想を持つ熱のある人物。コルネリウスは、感情の見えない、計算高い人物。まったく異なるタイプだ)


「コルネリウスは、聖都で、どのように権力を握ったのですか」


「巧妙でした」


ガウスは、苦い表情で言った。


「最初は、ヴァルクス様の忠実な部下として、振る舞っていました。ヴァルクス様の信頼を得て、重要な役割を任されるようになった。そして、その立場を利用して、少しずつ、自分の支持者を増やしていった」


「ヴァルクスは、それに気づかなかったのですか」


「気づいたときには、もう遅かったのです。コルネリウスは、ヴァルクス様が計画に集中している間に、着実に、自分の勢力を築いていた。そして、ヴァルクス様が、あなたとの対話で計画を止める方向に傾いた瞬間を、狙って、クーデターを起こした」


慎は、その手口に、コルネリウスの狡猾さを感じた。


(信頼を得て、内側から権力を奪う。ヴァルクスが最も油断した瞬間を狙う。冷静で、計算高い)


「ガウス殿。コルネリウスの、本当の目的は、何だと思いますか」


ガウスは、しばらく考えた。


「……純粋な、支配欲だと思います。ヴァルクス様は、理想のために権力を求めた。ですが、コルネリウスは、権力そのものが、目的です。教会を各国の上に立たせ、その頂点に、自分が立つ。それが、彼の望みです」


「理想も、信仰も、彼にとっては」


「口実に過ぎません。彼は、信仰を、権力を得るための道具としか、見ていない」


慎は、その分析を、深く受け止めた。


(コルネリウスは、理想すら持たない、純粋な支配欲の持ち主。それが本当なら、彼は、ヴァルクスよりも、遥かに危険だ)


「ガウス殿。コルネリウスの弱点は、何だと思いますか」


ガウスは、少し驚いた顔をした。


「弱点、ですか」


「はい。どんな人物にも、弱点はあります。コルネリウスを止めるためには、その弱点を、見つける必要があります」


ガウスは、しばらく考えた。


「……一つ、思い当たることがあります」


「何ですか」


「コルネリウスは、自分が絶対的に正しいと、信じ込んでいる節があります。自分の計画は、必ず成功する、と。その傲慢さが、弱点になるかもしれません」


慎は、その言葉を、手帳に書き留めた。


(絶対的に正しいと信じ込む傲慢さ。ヴェルナの老人も、道を誤る者の共通点として、それを挙げていた。自分は特別だと思い込み、他者を見下す傲慢さ)


「ありがとうございます、ガウス殿。重要な手がかりです」


「役に立てば、幸いです」


慎は、コルネリウスという人物の輪郭を、少しずつ掴み始めていた。


(コルネリウスは、感情の見えない、計算高い支配欲の持ち主。だが、自分が絶対に正しいと信じ込む傲慢さがある。その傲慢さが、いつか、彼の判断を、誤らせるかもしれない)


そして、その瞬間を、突く。それが、コルネリウスを止める、一つの鍵になるかもしれなかった。



◆ヴァルクスへの伝言


作戦の詳細が固まった後、慎は、ガウスに、一つの依頼をした。


「ガウス殿。ヴァルクスに、伝言を届けることは、できますか」


「難しいですが……ベネディクト司教の伝手を使えば、可能かもしれません。何を、伝えるのですか」


慎は、少し考えてから答えた。


「私たちが、彼を救出しようとしていることを、事前に伝えてください。そして、救出の際に、協力してほしいと」


「協力、というのは」


「救出の混乱の中で、ヴァルクス自身が、脱出に協力してくれれば、成功の可能性が高まります。彼が、抵抗したり、混乱したりすれば、救出は難しくなります」


ガウスは、頷いた。


「分かりました。ヴァルクス様に、伝言を届けます。ただ、ヴァルクス様が、協力するかどうかは……」


「分かりません。ですが、伝えておく価値はあります」


慎は、続けた。


「そして、もう一つ、伝えてください」


「何を」


慎は、静かに言った。


「『あなたに、正しい選択をやり直す機会を、届けに来た』と」


ガウスは、その言葉を、しばらく反芻した。


「……その言葉、ヴァルクス様に、届けます」


「お願いします」


慎は、ヴァルクスが、その言葉を、どう受け取るかを、考えた。


(ヴァルクスは、道を誤ったことを、後悔し始めていた。もし、その後悔が本物なら、この言葉は、彼の心に届くはずだ)


そして、ヴァルクスが救出に協力すれば、それは、彼自身の、正しい選択への、第一歩になる。



◆作戦前夜


作戦の前夜、慎は狩猟小屋の外で、一人、星空を眺めていた。


聖都近くの森の夜は、静かだった。


(明日、ヴァルクスを救出する。成功すれば、コルネリウスの計画を、内側から崩せる。だが、失敗すれば——)


慎は、その先を、考えないようにした。


失敗の可能性を、過度に恐れれば、判断が鈍る。今は、成功のために、できる限りのことをする。それだけだった。


「眠れないの?」


エミリアが、小屋から出てきた。


「はい。少し、考え事を」


「明日のこと?」


「はい」


エミリアは、慎の隣に立った。


「緊張してる?」


「していますね。これまでで、最も危険な作戦ですから」


「でも、あなたは、いつも通り、冷静に見えるわ」


「冷静に見せているだけです。内心は、緊張しています」


エミリアは、少し笑った。


「正直ね」


「エミリアさんには、隠せないので」


二人は、しばらく、星空を見上げていた。


「ねえ、ジル様」


「はい」


「明日、必ず、無事に戻ってきて」


「はい。約束します」


「また、約束ね」


「はい。私は、約束を守ります」


エミリアは、慎を見つめた。


「あなたが、いつも約束を守るから、私は、あなたを信じられるの」


慎は、その言葉を、静かに受け取った。


「ありがとうございます」


「じゃあ、少し、休んで。明日のために」


「そうします」


二人は、小屋に戻った。


慎は、寝床に横になったが、なかなか眠れなかった。


明日の作戦が、頭の中で、繰り返されていた。


(倒木で隊列を分断し、ヴァルクスを孤立させる。救出班が、最短で馬車に到達する。数分以内に、ヴァルクスを救出し、脱出する)


あらゆる想定を、繰り返し確認した。


そして、ヴァルクスが、協力してくれることを、願った。


(ヴァルクス。あなたに、正しい選択をやり直す機会を、届けに来た。それを、受け取ってくれるか)


やがて、慎は、静かに、眠りに落ちた。


聖都近くの森の夜は、深く、そして静かだった。


明日、全てが、動き出す。


コルネリウスの計画を止めるための、重要な一手が。


そして、ヴァルクスにとっての、正しい選択への、第一歩が。


(第36話に続く)


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