第34話 動く盤面
◆ロイドの緊急連絡
慎は、ロイドからの連絡を、急いで読んだ。
その内容は、聖都の状況が、大きく動いたことを告げていた。
「聖都の状況を、緊急で報告する。
コルネリウスが、上位評議会の実権を、完全に掌握した。ヴァルクスの支持者は、ほぼ排除された。コルネリウスは、事実上、聖都の最高権力者となった。
そして、コルネリウスは、ヴァルクスを、聖都の外に移送しようとしている。移送先は、不明だ。おそらく、ヴァルクスの知識を、コルネリウスが独占するためだと思われる。
さらに、憂慮すべき情報がある。コルネリウスは、近く、各国に対して、正式な宣言を出す準備をしている。その内容は、教会が各国の王権の上に立つことを、宣言するものだ。
これは、各国への、事実上の宣戦布告に等しい。
ベネディクト司教を中心とする穏健派は、危機感を強めている。だが、コルネリウスの権力は強大で、内側からの抵抗だけでは、限界がある。
外からの圧力が、必要だ。四か国連携を、早急に動かしてほしい。
私とガウス殿は、無事だ。引き続き、コルネリウスの証拠を集めている。
ロイド」
慎は、連絡を読み終えて、状況の緊迫を、改めて認識した。
(コルネリウスが、聖都を完全に掌握した。そして、各国への宣戦布告に等しい宣言を、準備している)
事態は、慎がヴェルナに行っている間に、急速に動いていた。
(急がなければならない)
慎は、すぐに、国王への緊急の面会を求めた。
◆緊急の報告
その日のうちに、国王とレオンハルトへの、緊急の報告が行われた。
慎は、まず、ヴェルナで得た情報を報告した。
ヴェルナの祭壇、降る者が現れる場所であること、この地を制する者が降る者を利用できること、そして、コルネリウスがこの祭壇を確保しようとしていること。
国王とレオンハルトは、その報告に、深刻な表情を見せた。
「つまり、コルネリウスは、次に現れる転生者を、自分の道具にしようとしている、ということか」
レオンハルトが、確認した。
「はい。ヴェルナの祭壇を制すれば、それが可能になります。コルネリウスがヴェルナに一派を送ったのは、そのためです」
「危険な話だ」
国王が、低い声で言った。
「そして、さらに緊急の事態があります」
慎は、ロイドからの連絡を、報告した。
コルネリウスが聖都を完全に掌握したこと、ヴァルクスを移送しようとしていること、そして、各国への宣戦布告に等しい宣言を準備していること。
国王の表情が、険しくなった。
「教会が、王権の上に立つことを宣言する、だと」
「はい。これは、各国の主権への、直接の挑戦です」
レオンハルトが、口を開いた。
「その宣言が出れば、各国は、どう反応する」
「反応は、分かれるでしょう」
慎は、冷静に分析した。
「四か国連携に加わっている国は、反発します。ですが、それ以外の国、特に、コルネリウスの影響下にある国は、宣言を受け入れる可能性があります」
「つまり、大陸が、二つに割れる」
「その危険があります。コルネリウスに従う国と、反対する国に」
国王は、しばらく沈黙した。
「……これは、もはや、一国の問題ではない。大陸全体の、秩序に関わる問題だ」
「はい。だからこそ、四か国連携を、早急に動かす必要があります。コルネリウスの宣言が出る前に、連携した対応を示すことで、大陸が二つに割れることを、防ぐことができます」
「具体的には、どう動く」
慎は、戦略を説明した。
「三つの手を、同時に打ちます」
「聞かせてくれ」
「一つ目。四か国の緊急会議を開き、コルネリウスの計画への、共同の対応を決めます。これによって、四か国が結束していることを、大陸に示します」
「二つ目は」
「聖都内部の穏健派への、支援を強化します。ロイド殿とベネディクト司教が、コルネリウスの証拠を集めています。その証拠を、大陸全体に公開することで、コルネリウスの正当性を、揺るがします」
「三つ目は」
慎は、少し間を置いた。
「ヴァルクスの、救出です」
国王とレオンハルトが、驚いた顔をした。
「ヴァルクスを、救出する?」
「はい。コルネリウスが、ヴァルクスを移送しようとしています。その移送を阻止し、ヴァルクスを、こちら側に確保します」
「なぜ、ヴァルクスを」
「ヴァルクスは、コルネリウスの計画の全容を、知っている可能性が高い。そして、コルネリウスに裏切られた今、彼は、コルネリウスを止めるための、貴重な協力者になり得ます」
レオンハルトが、慎重に言った。
「ヴァルクスは、罪人だ。その男を救出することは、危険な賭けだ」
「承知しています。ただ、コルネリウスという、より大きな脅威に対応するためには、ヴァルクスの知識と協力が、必要です。それに——」
慎は、少し間を置いた。
「ヴァルクスは、最後に、道を誤ったことを、後悔し始めていました。彼に、正しい選択をやり直す機会を、与えることも、意味があると思います」
国王は、しばらく考えていた。
「……お前は、いつも、敵を敵のままにしない」
「敵のままにすれば、争いが続くだけです。できる限り、協力できる形に、変えたいと思っています」
国王は、深く息を吐いた。
「分かった。三つの手を、全て進める。四か国の緊急会議は、私が主導する。聖都の穏健派への支援は、これまで通り、お前が担当せよ。そして、ヴァルクスの救出については——」
国王は、少し考えた。
「これは、極めて危険な作戦だ。誰を、送る」
慎は、静かに答えた。
「私が、行きます」
「お前が?」
「ヴァルクスと、直接対話したのは、私です。彼が協力するかどうかは、私が説得できるかにかかっています。それに、ヴェルナで得た情報を、聖都のロイド殿にも、直接伝える必要があります」
国王は、慎を見つめた。
「危険すぎる。お前は、コルネリウスに、顔を知られている」
「承知しています。ですが、この作戦は、成功すれば、状況を大きく変えます。リスクを取る価値があります」
レオンハルトが、口を開いた。
「父上。私も、ジルの案に賛成します。ヴァルクスを確保できれば、コルネリウスの計画を、内側から崩せます」
国王は、長い沈黙の後、決断した。
「……分かった。ただし、単独では行かせない。護衛と、綿密な計画が必要だ。無謀な作戦には、しない」
「承知しました」
◆四か国の緊急会議
数日のうちに、四か国の緊急会議が、招集された。
会議は、正式な外交の場ではなく、非公式な形で行われた。各国の代表が、密かに集まり、コルネリウスの計画への対応を協議した。
アルテシア王国からは、レオンハルトが代表として出席した。ミレス公国、ラーセン侯国、デミア連邦からも、それぞれ代表が集まった。
慎は、レオンハルトの補佐として、会議に同席した。
「コルネリウスが、各国の王権の上に立つことを、宣言しようとしている」
レオンハルトが、状況を説明した。
「これは、我々全ての主権への、直接の挑戦だ」
ミレス公国の代表が、口を開いた。
「その宣言が出れば、我が国は、断固として反対する。だが、単独では、聖都の権威に対抗するのは難しい」
「だからこそ、四か国が、結束する必要があります」
慎が、補足した。
「四か国が共同で、コルネリウスの計画に反対する声明を出せば、それは大きな力になります。そして、他の国々にも、同調を呼びかけることができます」
ラーセン侯国の代表が、問うた。
「共同声明を出したとして、コルネリウスが、それでも宣言を強行したら、どうする」
「そのときは、コルネリウスの正当性を、揺るがす証拠を、公開します」
慎は、答えた。
「聖都内部で、コルネリウスの本当の狙いを示す証拠を、集めています。コルネリウスが、信仰ではなく、純粋な権力を求めていることを、大陸全体に示せば、彼への支持は、大きく揺らぎます」
デミア連邦の代表が、頷いた。
「証拠があれば、商業ギルドも、動きやすい。商人たちに、コルネリウスの危険性を、伝えることができる」
会議は、活発に進んだ。
最終的に、四か国は、以下のことで合意した。
一、コルネリウスの計画に反対する、共同声明を準備する。
二、他の国々にも、同調を呼びかける。
三、聖都内部の穏健派を、支援する。
四、コルネリウスの正当性を揺るがす証拠を、共有し、公開の準備をする。
「これで、四か国は、明確に結束した」
レオンハルトが、会議の後、慎に言った。
「はい。あとは、この結束を、実際の行動に移すことです」
「ヴァルクスの救出は、いつ動く」
「聖都のロイド殿と、連絡を取り合って、タイミングを計ります。ヴァルクスの移送の日程を、正確に把握する必要があります」
「危険な作戦だ。慎重にな」
「はい」
◆ヴェルナの祭壇の扱い
会議の後、慎はレオンハルトと、もう一つの重要な問題について、協議した。
ヴェルナの祭壇の、扱いについてだ。
「殿下。ヴェルナの祭壇について、一つ、決めておくべきことがあります」
「何だ」
「あの祭壇は、転生者が現れる場所です。そして、この地を制する者が、転生者を利用できる。今、コルネリウスが、その祭壇を確保しようとしています」
「それを、どうする」
慎は、慎重に言葉を選んだ。
「コルネリウスに、祭壇を制させるわけには、いきません。ですが、同時に——私たちが、祭壇を制することも、慎重に考えるべきだと思います」
レオンハルトは、少し意外そうな顔をした。
「なぜだ。我々が祭壇を確保すれば、コルネリウスに渡らずに済むだろう」
「はい。ですが、祭壇を制する者は、転生者を利用できる、という誘惑にさらされます。ヴァルクスも、コルネリウスも、最初は違ったかもしれませんが、祭壇の力に、次第に飲み込まれていった可能性があります」
慎は、ヴェルナで会った老人の言葉を、思い出していた。
「祭壇の力は、諸刃の剣です。誰が持っても、その力に、飲み込まれる危険があります。だから、私は——」
「私は?」
「あの祭壇は、誰も制するべきではない、と考えています」
レオンハルトは、しばらく考えた。
「誰も制するべきではない、というのは」
「祭壇の力を、誰かが独占するのではなく、その存在自体を、慎重に管理する。特定の個人や組織が、転生者を利用できないようにする。それが、最も安全な形だと思います」
「具体的には、どうする」
「四か国が、共同で、あの祭壇を管理する。一国、一組織が独占するのではなく、複数の目で、監視する。そうすれば、誰かが祭壇の力に飲み込まれることを、防げます」
レオンハルトは、慎の考えを、じっくりと検討した。
「……なるほど。力を、一箇所に集中させない、ということか」
「はい。前世でも、権力の集中が、腐敗を生むのを、何度も見てきました。祭壇の力も、同じです。分散して管理することが、最も安全です」
レオンハルトは、頷いた。
「その考えを、四か国連携の枠組みの中で、提案しよう。ただし、まずはコルネリウスから、祭壇を守ることが先決だな」
「はい。コルネリウスの計画を止めることが、最優先です。祭壇の管理は、その後の課題です」
慎は、頭の中で、優先順位を整理した。
まず、コルネリウスを止める。そのために、ヴァルクスを救出し、四か国連携を動かし、聖都の穏健派を支援する。
そして、コルネリウスを止めた後、ヴェルナの祭壇を、どう管理するかを、決める。
(一つずつ、片付けていく。焦らず、しかし着実に)
◆ロイドへの連絡
会議の後、慎は、ロイドへの連絡を作成した。
内容は、ヴェルナで得た情報、四か国の緊急会議の結果、そして、ヴァルクス救出作戦への協力の要請。
「ロイド殿へ。
ヴェルナで、この計画の根源を掴んだ。ヴェルナには、転生者が現れる祭壇があり、この地を制する者が、転生者を利用できる。コルネリウスは、その祭壇を確保しようとしている。詳細は、直接会って伝える。
四か国は、緊急会議を開き、コルネリウスの計画に反対することで結束した。共同声明の準備を進めている。
そして、一つ、重要な作戦を提案したい。ヴァルクスの救出だ。
コルネリウスがヴァルクスを移送しようとしている今が、機会だ。移送の途中で、ヴァルクスを確保できれば、コルネリウスの計画を、内側から崩せる。
ヴァルクスの移送の日程と経路を、正確に把握してほしい。それが分かれば、私が聖都に向かい、救出作戦を実行する。
ガウス殿とベネディクト司教にも、協力を仰いでほしい。
慎」
連絡は、隊商の長を通じて、密かに聖都へ運ばれた。
返信を待つ間、慎は、ヴァルクス救出作戦の、詳細な計画を練った。
移送の経路、タイミング、護衛の配置、脱出のルート——。前世の監査で培った、緻密な計画立案の能力が、ここでも役立った。
(一つ一つの要素を、正確に把握し、あらゆる可能性を想定する。それが、成功の鍵だ)
◆エミリアの決意
計画を練っていると、エミリアが執務室に入ってきた。
「また、聖都に行くのね」
「はい。ヴァルクスの救出のために」
「危険な作戦でしょう」
「はい。ですが、必要な作戦です」
エミリアは、しばらく黙っていた。
「今度は、私も一緒に行く」
慎は、少し驚いた。
「危険すぎます。聖都での救出作戦は、これまでで最も危険です」
「分かってる。でも、あなたを一人で行かせたくない」
「エミリアさん」
「聞いて」
エミリアは、真剣な表情で言った。
「前に、あなたが聖都に行ったとき、私は、ずっと心配していた。何もできずに、ただ待つことしか、できなかった。それが、どれだけ辛かったか」
「……」
「今度は、一緒に行きたい。あなたの隣で、できることを、したい。ヴェルナにも、一緒に行ったでしょう。私だって、役に立てる」
慎は、エミリアの決意を、感じ取った。
(エミリアの観察眼と行動力は、ヴェルナでも役立った。彼女を、危険から遠ざけたい気持ちはある。だが、彼女の意志を、無下にするべきではない)
「……分かりました。ただし、条件があります」
「何?」
「救出作戦の、危険な部分には、関わらないでください。あなたには、聖都での情報収集や、脱出の支援を、担当してもらいます」
「それで、いいわ」
エミリアは、頷いた。
「一緒に行けるなら、役割は、何でもいい」
慎は、エミリアの覚悟に、静かに応えた。
「ありがとうございます。心強いです」
「また、それ」
「はい。本当に、そう思っているので」
エミリアは、少し笑った。
「じゃあ、一緒に、ロイド様を助けに行きましょう。そして、ヴァルクスも」
「はい」
慎は、窓の外を見た。
聖都での、最も危険な作戦が、始まろうとしていた。
だが、今度は、一人ではない。
エミリアがいて、聖都にはロイドとガウス、ベネディクト司教がいる。そして、四か国が、結束している。
(一人では、できないことも、皆でなら、できる)
前世では、仕事は一人でやるものだと、思い込んでいた。
だが、この世界に来て、慎は、仲間とともに戦うことの意味を、学んだ。
(コルネリウスを止める。ヴァルクスを救出する。そして、この世界の岐路を、正しい方向に導く)
やるべきことは、明確だった。
慎は、手帳に、救出作戦の計画を、丁寧に書き記していった。
ロイドからの返信が来れば、作戦は、動き出す。
その日は、近づいていた。
窓の外、王都の空は、澄んでいた。
だが、その澄んだ空の向こう、聖都では、コルネリウスが、大陸を揺るがす宣言を、準備している。
(時間との、勝負だ)
慎は、計画を練る手を、速めた。
危機の中でこそ、冷静に、そして緻密に。
前世でも、この世界でも、それが、慎のやり方だった。
(第35話に続く)




