第33話 地下の祭壇
◆道が開く
夜通しの掘削の末、明け方近くになって、石組みの奥に、暗い空間が現れた。
「開きました」
テオが、緊張した声で言った。
土砂を取り除いた先に、下へと続く、石段があった。長年、誰も足を踏み入れていない様子で、埃と蜘蛛の巣に覆われている。
慎は、その石段を、慎重に確認した。
(老人の言っていた、隠された入り口。ここから、地下に入れる)
「テオ。ここから先は、私が入ります。あなたたちは、入り口を見張って、誰かが来たら、すぐに知らせてください」
「ヴァンディアール様お一人では、危険です。私も、ご一緒します」
慎は、少し考えた。
「……分かりました。テオ、あなただけ、一緒に来てください。他の者は、入り口の警戒を」
「承知しました」
慎とテオは、灯りを手に、石段を降り始めた。
石段は、思ったより深く続いていた。ひんやりとした空気が、下から流れてくる。
(かなり深い。地下深くに、何かがある)
石段を降りきると、狭い通路が現れた。通路の壁には、古い文字が刻まれていた。
慎は、その文字を、灯りで照らして確認した。
(この文字は……王城の文書庫で見た、古い文字と似ている)
文字は、断片的にしか読めなかったが、いくつかの単語は、理解できた。
「降る者」「岐路」「還る」——。
(降る者。文書庫の記録にあった言葉だ。ここにも、同じ言葉が刻まれている)
「ヴァンディアール様、この文字は」
「古い文字です。転生者について、記されているようです」
慎は、通路を進みながら、壁の文字を読み解こうとした。
だが、多くは擦れて、読めなかった。
通路の先に、大きな空間が広がっていた。
◆祭壇
その空間は、地下とは思えないほど、広かった。
天井が高く、中央に、古い祭壇のようなものが置かれている。
祭壇は、黒い石でできていた。この世界のものとは思えない、独特の質感を持っていた。
慎は、その祭壇に、ゆっくりと近づいた。
(これが、ヴェルナの秘密。転生者が現れる場所)
祭壇の表面にも、古い文字が刻まれていた。慎は、それを読み解こうとした。
文字は、通路のものより、保存状態が良かった。いくつかの文章が、読み取れた。
「この場所は、二つの理が交わる地なり」
「時に、別の理より、魂が降る」
「降りし者は、この世界の岐路にて、その役割を果たす」
「役割を終えし者は、還るか、留まるかを選ぶ」
慎は、その文章を、繰り返し読んだ。
(二つの理が交わる地。別の理より、魂が降る。ここが、別の世界と、この世界を繋ぐ場所)
そして、最後の一文。
「役割を終えし者は、還るか、留まるかを選ぶ」
(還る……元の世界に、戻ることができる、ということか)
慎は、その言葉に、しばらく立ち尽くした。
(私は、元の世界に、戻れるのかもしれない)
前世で、過労で死んだと思っていた。だが、もし、この祭壇が、二つの世界を繋ぐものなら——役割を終えれば、元の世界に還ることができるのかもしれない。
だが、慎は、すぐに、その考えを脇に置いた。
(今は、それを考えるときではない。まず、この場所の秘密を、完全に理解する必要がある)
「テオ。この祭壇の周りを、確認してください。他に、何か記録がないか」
「承知しました」
テオが、祭壇の周囲を調べ始めた。
慎は、祭壇の文字を、丁寧に手帳に書き写していった。
◆祭壇の記録
祭壇の側面に、さらに詳しい記録が刻まれていた。
慎は、それを、時間をかけて読み解いた。
「降る者は、常に、世界が大きく揺れるときに現れる」
「彼らは、別の理の知恵を持ち、この世界の岐路に、影響を与える」
「されど、降る者の知恵は、諸刃の剣なり」
「正しく使えば、世界を良き方向に導く」
「誤りて使えば、世界を破滅に導く」
「故に、降る者は、常に問われる。その知恵を、何のために使うのか、と」
慎は、その記録に、深く考えさせられた。
(降る者の知恵は、諸刃の剣。正しく使えば世界を良くし、誤れば破滅に導く。そして、降る者は、常に問われる。その知恵を、何のために使うのか)
これは、まさに、慎とヴァルクス、コルネリウスの違いを、言い表していた。
同じ知恵を持ちながら、それを何のために使うか。その選択が、世界の岐路を、決める。
さらに、記録は続いていた。
「複数の降る者が、同じ岐路に現れることがある」
「そのとき、彼らの選択の総和が、世界の行方を決める」
「一人が誤れば、他の者が正す」
「全てが誤れば、世界は破滅する」
「全てが正しければ、世界は新たな段階へ進む」
慎は、その記録を読んで、状況の重さを、改めて実感した。
(今、この世界の岐路には、複数の降る者がいる。私、ヴァルクス、そしておそらくコルネリウス。私たちの選択の総和が、世界の行方を決める)
もし、慎一人が正しくても、ヴァルクスとコルネリウスが誤れば、世界は良い方向には進まない。
(だから、私は、ヴァルクスを説得しようとした。そして、コルネリウスを止めなければならない)
記録の最後に、一つの重要な文章があった。
「この地を制する者は、降る者を、意のままに使うことができる」
「降る者を待ち、その知恵を利用し、あるいは、その出現を妨げることも、できる」
慎は、その一文に、はっとした。
(この地を制する者は、降る者を、意のままに使える。だから、ヴァルクスも、コルネリウスも、この地を求めた。転生者の出現を管理し、利用するために)
全てが、繋がった。
ヴェルナは、転生者が現れる場所。この地を制すれば、転生者を利用できる。だから、ヴァルクスは、この地を拠点にし、コルネリウスも、この地を求めた。
(コルネリウスは、この祭壇を確保して、次に現れる転生者を、自分の計画に利用しようとしているのかもしれない)
慎は、その仮説に、緊張を覚えた。
もし、コルネリウスが、この祭壇を制し、新たに現れる転生者を、自分の道具にすれば——その計画は、さらに強力なものになる。
◆テオの発見
「ヴァンディアール様」
祭壇の奥を調べていたテオが、声をかけてきた。
「どうしました」
「ここに、比較的新しい記録があります」
慎は、テオのもとへ向かった。
祭壇の奥の壁に、他の古い文字とは違う、比較的新しい文字が刻まれていた。
その文字は、この国の、現在の文字だった。
慎は、それを読んだ。
「我、この地の秘密を知れり」
「降る者を待ち、その知恵を得て、この世界を変えん」
「四十年、この地を守り、次なる降る者を、待つ」
署名はなかったが、慎には、それが誰の言葉か、すぐに分かった。
(ヴァルクスだ。ヴァルクスが、この祭壇に、自分の決意を刻んだ)
四十年前、ヴァルクスは、この祭壇の秘密を知った。そして、次に現れる転生者を待ち、その知恵を利用して、世界を変えようとした。
(そして、次に現れた転生者が——私だ)
慎は、その事実に、静かな衝撃を受けた。
ヴァルクスは、この祭壇で、次の転生者を待っていた。そして、慎が現れたとき、ヴァルクスはそれを察知し、最初は排除しようとし、後に、対話を求めた。
(全ては、この祭壇から始まっていた)
「ヴァンディアール様、他にも、記録があります」
テオが、さらに奥を指した。
ヴァルクスの記録の隣に、もう一つ、新しい文字が刻まれていた。
慎は、それを読んで、緊張した。
「我、この地を継ぐ」
「降る者の知恵は、我が手に」
「この世界は、我が意のままに」
その文字は、ヴァルクスのものより、さらに新しかった。
(これは……コルネリウスの言葉か)
コルネリウスは、すでにこの祭壇を訪れ、自分の決意を刻んでいた。
ヴァルクスの「この世界を変えん」という言葉に対して、コルネリウスの「この世界は、我が意のままに」という言葉。
その違いが、二人の本質の違いを、表していた。
ヴァルクスは、歪んではいても、世界を良くしようとする理想があった。
コルネリウスには、それがない。ただ、世界を支配しようとする、純粋な欲望だけがあった。
慎は、その記録を、全て手帳に書き写した。
◆迫る危機
記録の書き写しを終えた頃、入り口の方から、慌てた足音が聞こえてきた。
護衛の一人が、駆け込んできた。
「ヴァンディアール様! 大変です!」
「どうしました」
「コルネリウスの一派が、丘の裏側に、向かっています! 私たちの掘削の跡に、気づいたようです!」
慎は、素早く状況を判断した。
(見つかった。コルネリウスの一派が、この入り口に気づいた)
「テオ、急いで撤収します。記録は、書き写しました。ここに長居は、できません」
「はい!」
慎とテオは、急いで通路を戻り始めた。
だが、石段を登りきる前に、上から、複数の声が聞こえてきた。
「ここだ! 誰かが、掘った跡がある!」
「中に、入ったのか?」
コルネリウスの一派が、すでに入り口に到達していた。
慎は、素早く判断した。
(正面から出れば、鉢合わせる。だが、他に出口はない)
「テオ、灯りを消してください」
慎は、灯りを消し、暗闇の中で、息を潜めた。
上から、灯りの光が、差し込んできた。コルネリウスの一派が、石段を降りてくる。
(このままでは、見つかる)
慎は、周囲を素早く確認した。
通路の脇に、崩れた石組みの隙間があった。人が一人、隠れられるくらいの空間だ。
「テオ、あそこに」
二人は、その隙間に、身を隠した。
コルネリウスの一派が、灯りを手に、通路を降りてきた。数人の聖職者たちだった。
「誰かが、ここに入ったのは、間違いない」
「祭壇は、無事か」
「確認しろ」
聖職者たちは、祭壇のある空間へと、進んでいった。
慎とテオは、石組みの隙間で、息を殺していた。
(今のうちに、逃げるか。だが、彼らが戻ってくれば、鉢合わせる)
慎は、冷静に、脱出の機会を計った。
聖職者たちが、祭壇の空間に入り、その姿が見えなくなった瞬間——。
「今です」
慎は、小声で言い、テオとともに、石段へと走った。
暗闇の中を、足音を殺しながら、石段を駆け上がる。
背後から、声が聞こえた。
「誰かいるぞ! 追え!」
見つかった。
慎とテオは、石段を駆け上がり、入り口から外へ飛び出した。
外では、他の護衛たちが、待機していた。
「ヴァンディアール様!」
「追われています! すぐに、街を離れます!」
慎たちは、丘を駆け降り、あらかじめ用意していた馬のもとへ走った。
背後から、コルネリウスの一派が、追ってくる。
「エミリアさんは!」
「宿で、待機しています。合流地点で、落ち合う手はずです」
慎たちは、馬に乗り、街の外へと駆けた。
エミリアとの合流地点で、彼女を乗せ、一行は、ヴェルナを後にした。
背後で、コルネリウスの一派の声が、遠ざかっていく。
◆逃走
だが、追手は、簡単には諦めなかった。
ヴェルナを出て、しばらく街道を走ったところで、背後から、馬の蹄の音が近づいてきた。
「追ってきています!」
テオが、緊張した声で言った。
慎は、背後を確認した。数騎の馬が、こちらを追ってくる。コルネリウスの一派だった。
「街道を、まっすぐ進めば、追いつかれます」
護衛の一人が言った。
慎は、素早く周囲を確認した。
街道の脇に、森へと続く、細い道があった。
「あの森の道に、入りましょう。追手を、撒きます」
「森の中は、道が険しいです」
「だからこそ、追手も、簡単には追ってこられません。それに、森の中なら、身を隠す場所もあります」
一行は、森の道へと、馬を進めた。
森の中は、慎の言った通り、道が険しかった。だが、追手も、その険しさに、速度を落とさざるを得なかった。
「エミリアさん、大丈夫ですか」
「大丈夫。それより、追手を撒くことに、集中して」
エミリアは、気丈に答えた。
慎は、森の地形を利用して、追手を撹乱する経路を選んだ。
前世で、こういう咄嗟の判断を、何度もしてきた。危機の中でこそ、冷静に、地形と状況を読む。
(追手は、この森に不慣れなはずだ。複雑な経路を選べば、撒ける)
一行は、森の中を、複雑に進んだ。
やがて、背後の蹄の音が、次第に遠ざかっていった。
「……撒けたようです」
テオが、安堵の声で言った。
慎は、なおも警戒を解かなかった。
「まだ、油断はできません。森を抜けて、別の街道から、王都に向かいます」
一行は、森を抜け、追手の予想しない経路で、王都への帰路についた。
◆道中の考察
追手を撒き、安全を確保してから、一行は、少し速度を緩めた。
慎は、馬を進めながら、ヴェルナで得た情報を、頭の中で整理した。
(ヴェルナの祭壇。二つの理が交わる地。降る者が現れる場所。この地を制すれば、降る者を利用できる)
これで、多くのことが、説明できるようになった。
なぜ、ヴァルクスがヴェルナを拠点にしたのか。なぜ、グレイ主教がヴェルナ出身だったのか。なぜ、コルネリウスもヴェルナと繋がっていたのか。
全ては、この祭壇——転生者が現れる場所——を、巡っていた。
「ジル様」
隣で馬を進めるエミリアが、声をかけてきた。
「はい」
「地下で、何を見つけたの?」
慎は、祭壇の記録について、エミリアに説明した。
二つの理が交わる地であること。降る者が現れる場所であること。この地を制する者が、降る者を利用できること。そして、ヴァルクスとコルネリウスが、それぞれ祭壇に決意を刻んでいたこと。
エミリアは、話を聞いて、しばらく黙っていた。
「……つまり、ヴェルナは、あなたのような転生者が、この世界に来る場所、ということね」
「はい。そして、その場所を制すれば、次に現れる転生者を、利用できる。それが、ヴァルクスやコルネリウスの狙いです」
「怖い話ね」
「はい」
エミリアは、少し考えてから言った。
「一つ、気になることがあるの」
「何ですか」
「その祭壇の記録に、『役割を終えし者は、還るか、留まるかを選ぶ』って書いてあったのよね」
慎は、少し緊張した。
(エミリアは、その部分に気づいた)
「はい」
「それって……あなたも、元の世界に、還れるかもしれない、ってこと?」
慎は、しばらく沈黙した。
「……可能性としては、そうかもしれません」
エミリアの表情が、わずかに曇った。
「還りたい?」
慎は、その問いを、真剣に考えた。
前世で、過労で死んだと思っていた。報われない人生だった。だが、この世界に来て、慎は、多くのものを得た。
信頼できる仲間。やるべき仕事。そして——エミリア。
「還りたいとは、思いません」
慎は、静かに、しかしはっきりと答えた。
「本当に?」
「はい。前の世界に、私を待っている人は、いませんでした。でも、この世界には、います。それに——」
慎は、少し間を置いた。
「まだ、やるべきことが、残っています。この世界の岐路を、正しい方向に導く。それを、途中で投げ出すことは、できません」
エミリアは、慎を見つめた。
その目に、安堵の色が浮かんでいた。
「……よかった」
「心配させましたか」
「少しだけ。あなたが、元の世界に還ってしまうんじゃないかって」
慎は、少し笑った。
「還りません。約束します」
「また、約束ね」
「はい。私は、約束は、守ります」
エミリアは、静かに微笑んだ。
一行は、王都へと、馬を進めていった。
森を抜けた空に、朝の光が、広がっていた。
◆王都への帰還
エミリアとの合流地点で、彼女を乗せ、一行は、ヴェルナを後にした。数日をかけて、追手を警戒しながら、慎たちは王都へと戻った。
王都に着いたのは、ヴェルナを出てから、五日後のことだった。
慎は、すぐに、国王への報告を求めた。
ヴェルナで得た情報は、この計画の根源に関わる、極めて重要なものだった。それを、一刻も早く、共有する必要があった。
(ヴェルナの祭壇。降る者。世界の岐路。そして、コルネリウスの狙い)
全ての情報を、国王とレオンハルトに伝え、次の戦略を立てる。
だが、王城に戻った慎を、思いがけない知らせが、待っていた。
聖都のロイドから、新たな連絡が、届いていたのだ。
その連絡は、状況が、大きく動いたことを、告げていた。
慎は、その連絡を手に取り、内容を確認した。
そこには、聖都で、さらなる異変が起きたことが、記されていた。
(第34話に続く)




