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冤罪令息、本日も論破します  作者: みかん


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第32話 老人の話

◆ヴェルナの言い伝え


老人は、古い木の下に腰を下ろすと、ゆっくりと語り始めた。


「この街の話をする前に、一つ、聞いておきたい。あんた、なぜ、この街から出た聖職者たちが問題を起こしていると、思っているんだい」


慎は、少し考えてから、答えた。


「その人たちは、この世界の常識を超えた知識を使って、大きな計画を進めています。普通の人間には、思いつかないような、緻密で長期的な計画です」


老人は、静かに頷いた。


「……やっぱり、そうか」


「ご老人は、何かご存知なのですか」


老人は、遠くを見るような目をした。


「この街には、昔から、言い伝えがある。時々、ヴェルナに、不思議な人が現れる、と」


「不思議な人、というのは」


「どこから来たのか分からない。この世の者とは思えない知恵を持っている。そういう人が、時々、この街に現れるんだ」


慎は、宿の主人から聞いた話と、一致することに気づいた。


「その言い伝えは、本当のことなのですか」


「わしは、本当だと思っている」


老人は、静かに言った。


「なぜなら、わし自身、そういう人を、何人か見てきたからだ」


慎は、緊張した。


「見てきた、というのは」


「わしが子供の頃、街に一人の若者が現れた。どこから来たのか、誰も知らなかった。だが、その若者は、不思議な知恵を持っていた。農業のこと、水路のこと、薬のこと——普通の人間が知らないようなことを、たくさん知っていた」


「その若者は、どうなったのですか」


「街のために、色々なことをしてくれた。水路を整備して、街を豊かにした。だが、ある日、突然、いなくなった。どこに行ったのか、誰も知らない」


老人は、少し間を置いた。


「そして、その後も、時々、そういう人が現れた。皆、不思議な知恵を持っていた。そして、皆、いつの間にか、いなくなった」


慎は、その話を聞きながら、確信を深めた。


(ヴェルナには、転生者が現れる。それも、一人ではなく、何度も。これは、偶然ではない)



◆過去の降る者たち


「ご老人。これまで、どんな人が現れたのですか。覚えている限りで、教えていただけますか」


老人は、遠い記憶を辿るように、目を細めた。


「一番古い記憶は、わしが五つか六つの頃だ。一人の女が、街に現れた。病を治す知恵を持っていた。当時、この地方で流行っていた熱病を、その女が、薬草の知識で、次々と治していった」


「その女性は、どうなったのですか」


「数年、街のために尽くして、それから、いなくなった。街の人々は、皆、その女に感謝していた。今でも、年寄りたちは、あの女のことを、時々話す」


「他には」


「わしが若い頃、一人の男が現れた。その男は、商売の知恵を持っていた。街の産物を、遠くの街に売る方法を教えて、街を豊かにしようとした」


老人の声が、少し曇った。


「だが、その男は、少し違った。街を豊かにしようとしていたが、その方法が、次第に、街の人々を欺くものになっていった。安く買い叩いて、高く売る。最初は街のためだったのが、いつの間にか、自分の利益のためになっていた」


慎は、その話に、ヴァルクスやコルネリウスの姿を重ねた。


(善意で始まったものが、次第に歪んでいく。それは、転生者に共通する道なのかもしれない)


「その男は、どうなったのですか」


「街の人々に、追い出された。欺かれていることに気づいた人々が、その男を、街から追い出したんだ」


「追い出された」


「ああ。だが、その男は、最後に言い残した。『わしは、この世界を良くしようとしただけだ』と。追い出されながら、そう叫んでいた」


慎は、その言葉に、胸を突かれた。


(この世界を良くしようとしただけ——ヴァルクスも、同じことを言っていた)


「ご老人。その男たちは、皆、良い知恵を持っていたのに、なぜ、道を誤るのでしょうか」


老人は、しばらく考えた。


「わしの考えだが……あの人たちは、皆、遠くから来た。だから、この街の人々を、自分と同じ人間として、見ていなかったんじゃないか」


「同じ人間として、見ていない」


「ああ。自分は、遠くから来た、特別な人間だ。だから、この街の人々のために、正しいことをしてやる。そういう気持ちが、いつの間にか、この街の人々を、自分の思い通りにしようとする気持ちに、変わっていった」


慎は、その洞察に、深く考えさせられた。


(自分を特別だと思い、他者を導く対象として見る。その傲慢さが、道を誤らせる。ヴァルクスも、コルネリウスも、そうだったのかもしれない)


「ご老人。もし、私が、その道を誤りそうになったら——教えてくれますか」


老人は、慎を見て、少し驚いた顔をした。


それから、静かに笑った。


「自分から、そう聞く人間は、初めてだ。あんたは、大丈夫かもしれんな」


「なぜ、そう思うのですか」


「道を誤る人間は、自分が誤るかもしれないとは、考えない。自分は正しいと、信じ込んでいる。だが、あんたは、自分が誤るかもしれないと、恐れている。その恐れがある限り、あんたは、道を誤らない」


慎は、その言葉を、静かに受け取った。


(自分が誤るかもしれないという恐れ。それが、道を誤らないための、鍵なのかもしれない)


「ありがとうございます、ご老人。心に、留めておきます」



◆礼拝堂の秘密


「ご老人。なぜ、この街に、そういう人が現れるのですか」


慎が問うと、老人は、丘の上の礼拝堂の方を、見た。


「あの礼拝堂だ」


「礼拝堂?」


「あの礼拝堂は、この国の教会が作られる、ずっと前からある。もっと古い、別の何かのための場所だった、という話だ」


「別の何か、というのは」


老人は、少し声を落とした。


「わしにも、詳しいことは分からない。ただ、年寄りたちの話では、あの礼拝堂の下に、何か特別なものがある、と言われている」


「礼拝堂の下?」


「地下に、古い場所がある、という話だ。そこが、不思議な人たちが現れることと、関係している、と」


慎は、その言葉に、強い興味を覚えた。


(礼拝堂の地下に、何かがある。それが、転生者が現れることと関係している)


「ご老人は、その地下の場所を、見たことがありますか」


「ない。あそこには、近づけない。昔から、聖職者様たちが、あの礼拝堂を守っている」


「昔から?」


「ああ。わしが子供の頃も、聖職者様たちが、あの礼拝堂を管理していた。ただ、昔の聖職者様たちは、今とは違った」


「どう違ったのですか」


老人は、少し考えた。


「昔の聖職者様たちは、あの礼拝堂を、守っているだけだった。何かを、隠しているように見えた。だが、悪いことをしている様子はなかった」


「今は」


「ここ数年、様子が変わった。よそから来た聖職者様たちが、あの礼拝堂に出入りするようになって、街の雰囲気が、変わった。街の人々に、外部の人間を警戒するよう、命じるようになった」


慎は、その変化の意味を、考えた。


(昔の聖職者は、礼拝堂を守るだけだった。だが、数年前から、ヴァルクスやコルネリウスの一派が、この礼拝堂の秘密を、利用し始めた)


「ご老人。その、よそから来た聖職者たちは、あの礼拝堂の地下に、何を求めているのでしょうか」


老人は、首を振った。


「それは、分からない。ただ、彼らが来てから、街が、おかしくなった。それだけは、確かだ」



◆老人の警告


「ご老人。一つ、お願いがあります」


慎は、慎重に切り出した。


「あの礼拝堂の地下に、何があるのか、確かめたいのです。何か、方法はないでしょうか」


老人は、しばらく慎を見つめた。


「……危険だぞ。あの礼拝堂に近づけば、聖職者様たちに、目をつけられる」


「承知しています。ですが、あの地下に、この計画の根源があるかもしれません。それを確かめなければ、問題を解決できません」


老人は、長い間、沈黙した。


「……一つだけ、教えてやろう」


「はい」


「あの礼拝堂には、正面からは入れない。だが、街の古い言い伝えでは、丘の裏側に、別の入り口があった、と言われている」


「別の入り口?」


「昔、あの地下の場所に通じる、隠された道があった、という話だ。今も残っているかは、分からない。だが、探す価値はあるかもしれない」


「丘の裏側ですね」


「ああ。だが、気をつけろ。もし見つかれば、ただでは済まない」


慎は、その警告を、真剣に受け止めた。


「ありがとうございます、ご老人。貴重な情報です」


老人は、慎を見て、静かに言った。


「あんた、あの不思議な人たちと、同じ目をしているな」


慎は、はっとした。


「え」


「あんたも、そうなんだろう。どこか、遠くから来た人間だ」


慎は、否定しなかった。


(この老人は、見抜いている。私が、転生者であることを)


「……なぜ、そう思うのですか」


「長く生きていれば、分かるようになる。あんたの目は、この世界の人間の目じゃない。もっと、遠くを見ている目だ」


老人は、少し笑った。


「だが、あんたは、悪い人間じゃなさそうだ。これまで見てきた不思議な人たちの中には、良い人も、悪い人もいた。あんたは、良い方だろう」


「……そうありたいと、思っています」


「なら、気をつけて行きな。あの地下に、何があるにせよ、それを良い方向に使うのは、あんたのような人間であってほしい」


慎は、老人の言葉に、深く頷いた。


「ありがとうございます。必ず、良い方向に使います」


老人は、それだけ言うと、再び井戸のそばに戻り、静かに座った。


もう、何も語らなかった。


だが、慎は、老人から、多くのことを教わった。



◆宿での相談


宿に戻った慎は、エミリアと護衛たちに、老人から聞いた話を伝えた。


ヴェルナに転生者が現れること、礼拝堂の地下に何かがあること、そして、丘の裏側に隠された入り口があるかもしれないこと。


「礼拝堂の地下に、転生者が現れることと関係する何かがある、ということね」


エミリアが、真剣な表情で言った。


「はい。そして、ヴァルクスやコルネリウスは、その秘密を利用しようとしている」


「地下に、何があると思う?」


慎は、少し考えた。


「分かりません。ただ、転生者が現れる場所だとすれば——この世界と、別の世界を繋ぐ、何かがあるのかもしれません」


「別の世界を繋ぐもの」


「あくまで、推測ですが。もし、そういうものがあれば、ヴァルクスやコルネリウスが、それを求める理由も、説明がつきます」


エミリアは、少し考えてから言った。


「もし、そうだとしたら、危険ね。別の世界と繋がる場所を、コルネリウスのような人物が握ったら——」


「はい。何が起きるか、分かりません。だからこそ、その地下を、確かめる必要があります」


護衛のテオが、口を開いた。


「丘の裏側の、隠された入り口を、探すのですか」


「はい。ただ、慎重にやる必要があります。見つかれば、コルネリウスの一派に、私たちの動きが知られます」


「私たちが、丘の裏側を調べます。目立たないように」


「お願いします。ただ、無理はしないでください。危険を感じたら、すぐに引いてください」


「承知しました」



◆丘の裏側


翌日から、護衛の調査官たちが、丘の裏側を、密かに調べ始めた。


数日かけて調べた結果、彼らは、興味深いものを発見した。


「ヴァンディアール様。丘の裏側に、古い石組みがありました」


テオが、報告した。


「石組み?」


「はい。草木に覆われて、ほとんど見えなくなっていますが、明らかに人工的な石組みです。かつて、何かの入り口だった可能性があります」


慎は、その報告に、緊張した。


(老人の言っていた、隠された入り口かもしれない)


「その石組みは、今も通れそうですか」


「土砂で埋まっている部分がありますが、掘れば、通れるようになるかもしれません。ただ、時間がかかります」


「見張りは」


「丘の裏側には、見張りはいません。正面の礼拝堂に、聖職者たちが集中しています」


慎は、少し考えた。


(丘の裏側に見張りがいないなら、そこから地下に入れる可能性がある。だが、土砂を掘るには、時間がかかる。その間に、見つかるリスクもある)


「エミリアさん。どう思いますか」


エミリアは、少し考えてから言った。


「危険だけど、他に方法がないなら、やるしかないわね。ただ、できるだけ早く、慎重に」


「はい。石組みを掘る作業を、夜間に、少しずつ進めましょう。目立たないように」


「分かった」


だが、その計画は、思わぬ形で、中断されることになった。



◆コルネリウスの一派


石組みを掘り始めて二日目の夜、慎たちは、街に不穏な動きがあることに気づいた。


複数の聖職者らしき人物が、街に到着したのだ。


彼らは、これまでヴェルナにいた聖職者とは、様子が違った。より組織的で、より警戒的だった。


「あれは……」


テオが、緊張した声で言った。


「コルネリウスの一派かもしれません」


慎は、宿の窓から、その様子を観察した。


到着した聖職者たちは、まっすぐ、丘の礼拝堂へと向かっていった。そして、街の各所に、見張りを配置し始めた。


(コルネリウスの一派が、ヴェルナに来た。何かを、確認しに来たのか、それとも——)


「ヴァンディアール様。私たちの動きが、知られたのでしょうか」


「分かりません。ですが、警戒を強める必要があります」


慎は、素早く状況を分析した。


コルネリウスの一派が、このタイミングでヴェルナに来たのは、偶然ではないかもしれない。慎たちの動きを察知して、来た可能性がある。あるいは、コルネリウス自身が、礼拝堂の地下の秘密を、確保しようとしているのかもしれない。


「エミリアさん。状況が、変わりました。コルネリウスの一派が、来ました」


エミリアも、窓の外を見た。


「私たちのことが、バレたの?」


「分かりません。ですが、もし彼らが地下の秘密を確保しようとしているなら、私たちも、急ぐ必要があります」


「石組みの掘削は、まだ終わっていないわ」


「はい。ですが、コルネリウスの一派が地下に入る前に、私たちが先に確認する必要があります」


慎は、決断を迫られていた。


石組みの掘削を急ぐか、それとも一旦引いて、状況を見極めるか。


(コルネリウスの一派が地下の秘密を確保すれば、それは、彼らの計画を、さらに強力なものにする。それだけは、避けたい)


「テオ。石組みの掘削は、あとどのくらいで、通れるようになりますか」


「あと一日、あれば」


「一日……」


慎は、考えた。


(一日。その間に、コルネリウスの一派が、先に地下に入るかもしれない。だが、掘削を急げば、見つかるリスクも高まる)


難しい判断だった。


「ヴァンディアール様。どうしますか」


慎は、しばらく沈黙した後、決断した。


「掘削を、急ぎます。ただし、見張りを厳重にして、危険を感じたら、すぐに中止します。コルネリウスの一派が地下に入る前に、私たちが先に確認する。それが、最優先です」


「承知しました」


「エミリアさん。あなたは、宿で待機していてください。掘削は、私と護衛で行います」


エミリアは、少し不服そうだったが、頷いた。


「分かった。でも、無理はしないで。危険を感じたら、すぐに戻ってきて」


「はい。約束します」


その夜、慎と護衛たちは、丘の裏側で、石組みの掘削を急いだ。


コルネリウスの一派が、いつ地下に入るか分からない。時間との勝負だった。


慎は、暗闇の中で、土を掘りながら、思った。


(この地下に、何があるのか。転生者が現れる場所。この世界と、別の世界を繋ぐ、何か。それが、この計画の根源にある)


そして、その秘密を、コルネリウスに握らせるわけにはいかない。


(先に、確認する。そして、正しい方向に導く)


掘削は、夜通し続いた。


土砂に埋まっていた石組みが、少しずつ、その姿を現していった。


その先に、地下への道が、続いているはずだった。


そして、その道の先に、ヴェルナの、そしてこの計画全体の、最も深い秘密が、眠っている。


慎は、その秘密に、一歩ずつ、近づいていた。


(第33話に続く)


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