第31話 ヴェルナへ
◆出発の準備
ヴェルナ行きは、国王の許可を得て、正式に決まった。
「ヴェルナが、この計画の根源にある場所なら、そこを調べることには、意味がある」
国王は、そう言って、許可を出した。
「ただし、危険を伴う。コルネリウスの一派が、ヴェルナを監視している可能性がある。護衛をつける」
「ありがとうございます。ただ、あまり大人数だと、目立ちます。少人数で、目立たない形で行きたいと思います」
「分かった。信頼できる者を、数名だけつける」
護衛には、ロイドの部下だった調査官が数名、選ばれた。彼らは、ロイドの下で調査の訓練を受けており、目立たない行動に慣れていた。
出発の準備をしながら、慎はヴェルナについて、分かっていることを整理した。
ヴェルナは、王都から東に三日ほどの、小さな地方都市。特に産業もなく、教会の礼拝堂が一つあるだけの、目立たない場所。
だが、この場所から、グレイ主教が来た。ヴァルクスが拠点にした。聖ヴェルナ教会財団の名前の由来になった。そして、コルネリウスも、ここにいた。
(なぜ、これほど多くの人物が、ヴェルナと繋がっているのか)
その答えが、ヴェルナにあるはずだった。
「準備はできた?」
エミリアが、旅装で現れた。
「はい。エミリアさんも、準備万端ですね」
「当然よ。今度は、一緒に行くって約束したもの」
慎は、少し笑った。
「ヴェルナで、何を探すことになるか、まだ分かりません。ただの地方都市かもしれないし、何か大きな秘密があるかもしれない」
「どっちでも、行ってみないと分からないわ」
「その通りです」
◆旅路
ヴェルナへの旅は、静かなものだった。
慎、エミリア、そして数名の護衛。一行は、目立たないよう、商人の一団を装って進んだ。
道中、慎はエミリアと、様々な話をした。
聖都でのこと、ヴァルクスとの対話、コルネリウスのこと。そして、ヴェルナで何を見つけることになるのか。
「ねえ、一つ聞いていい?」
エミリアが、馬車の中で言った。
「はい」
「あなたは、ヴァルクスやコルネリウスが転生者かもしれないって考えているのよね」
「はい」
「もし、そうだとしたら——この世界には、あなたを含めて、何人の転生者がいるのかしら」
慎は、少し考えた。
「分かりません。文書庫の記録には、降る者は一人ではない、複数現れることがある、と書かれていました。ただ、具体的な人数までは」
「もし、たくさんいたら、怖いわね」
「なぜですか」
「だって、みんな、この世界の常識を超えた知識を持っているんでしょう。もし、その人たちが、それぞれ別の目的で動いていたら——この世界は、その人たちの争いの場になってしまう」
慎は、エミリアの指摘に、深く考えさせられた。
(確かに、そうだ。転生者が複数いて、それぞれが別の理想や目的を持って動けば、この世界は、彼らの争いの舞台になる)
「エミリアさんの言う通りです。だからこそ、私は、目の前の一人を大切にすることを、忘れないようにしたい。理想のために、この世界の人々を、駒として扱わないように」
エミリアは、頷いた。
「それが、あなたと、他の転生者の違いなのね」
「そうありたいと思っています」
馬車の御者台の隣には、護衛の調査官の一人、若いテオという青年が座っていた。彼は、ロイドの下で数年、調査の訓練を積んだ人物だった。
「ヴァンディアール様」
テオが、声をかけてきた。
「はい」
「一つ、お聞きしてもよろしいですか」
「どうぞ」
「ロイド様は、聖都で、ご無事なのでしょうか」
テオの声には、心配が滲んでいた。彼にとって、ロイドは尊敬する上官なのだろう。
「無事です。先日、連絡がありました。聖都の内側で、着実に動いています」
「そうですか。安心しました」
テオは、少しほっとした表情を見せた。
「ロイド様は、私たちにとって、恩人なんです。私は、もともと孤児で、行き場がなかったところを、ロイド様に拾われました。調査官として、生きる道を与えてもらった」
慎は、その話に、ロイドの人柄を、改めて感じた。
(ロイド殿は、部下からも、深く信頼されている。厳格だが、情のある人だ)
「ロイド殿は、必ず戻ってきます。それまで、私たちも、やるべきことをやりましょう」
「はい」
テオは、力強く頷いた。
馬車は、東へと進んでいった。
二日目の夜、一行は小さな宿場町で一泊した。
その夜、慎は宿の主人から、ヴェルナについての話を聞いた。
「ヴェルナに行かれるのですか。あそこは、静かな街ですよ。特に何もない、古い街です」
「古い、というのは」
「ええ。ヴェルナは、この地方でも、最も古い街の一つです。建国よりも前から、あの場所には集落があった、という話です」
慎は、その言葉に、引っかかりを覚えた。
(建国よりも前から。それは、かなり古い)
「ヴェルナの礼拝堂も、古いのですか」
「あそこの礼拝堂は、特に古いです。この国の教会が作られる、ずっと前から、あの場所には、何か祈りの場があった、と言われています」
「教会が作られる前から、祈りの場が」
「ええ。詳しいことは、私も知りませんが。ただ、ヴェルナは、昔から、少し特別な場所だと言われています」
慎は、その情報を、手帳に書き留めた。
(ヴェルナは、建国前から存在する、古い場所。そして、教会が作られる前から、祈りの場があった。これは、単なる地方都市ではない)
宿の主人の話は、断片的だったが、ヴェルナが、慎の想像以上に、深い歴史を持つ場所であることを、示唆していた。
「もう一つ、聞いてもいいですか」
慎は、宿の主人に問うた。
「なんでしょう」
「ヴェルナが特別だ、というのは、具体的にどういうことですか」
宿の主人は、少し声を落とした。
「……昔から、あの街には、不思議な言い伝えがあるんです」
「言い伝え?」
「ええ。ヴェルナには、時々、不思議な人が現れる、という言い伝えです。どこから来たのか分からない、この世の者とは思えないような知恵を持った人が、あの街に現れる、と」
慎は、その言葉に、息を呑んだ。
(どこから来たのか分からない、不思議な知恵を持った人——それは、転生者のことではないか)
「その言い伝えは、いつ頃からのものですか」
「さあ。私が子供の頃には、もう年寄りたちが話していました。だから、相当古いものだと思います」
慎は、その情報を、慎重に手帳に書き留めた。
(ヴェルナには、転生者が現れるという言い伝えがある。もし、それが事実なら——ヴェルナは、転生者と、何か深い関わりがある場所なのかもしれない)
その夜、慎はなかなか寝付けなかった。
ヴェルナが、単なる地方都市ではないことは、もはや明らかだった。
そして、その秘密が、この計画の根源にあるのだとしたら——ヴェルナを調べることは、全ての謎を解く鍵になる。
◆ヴェルナ到着
三日目の午後、一行はヴェルナに到着した。
ヴェルナは、宿の主人が言った通り、静かな街だった。
小さな街並み、古い石造りの建物、ゆったりとした時間の流れ。人口も多くなく、行き交う人々も、どこかのんびりとしていた。
だが、慎は、街に入った瞬間から、微かな違和感を覚えていた。
(何か、静かすぎる)
平和な地方都市の静けさとは、少し違う。何か、意図的に抑えられているような、そんな静けさだった。
「どうしたの?」
エミリアが、慎の様子に気づいて問うた。
「いえ。ただ、少し、静かすぎる気がして」
「静かな街だって、聞いていたじゃない」
「そうなんですが……何か、違和感があります」
慎は、街を歩きながら、周囲を注意深く観察した。
一見、平和な街だった。だが、よく見ると、街の人々の様子に、微妙な緊張があった。
慎たちのような、外から来た人間に対して、街の人々は、どこか警戒するような視線を向けていた。
(外部の人間に、慣れていない。あるいは、警戒するよう、言われている)
「エミリアさん。街の人が、私たちを警戒しています」
「そうね。私も、感じていたわ」
「コルネリウスの一派が、この街を監視しているのかもしれません。あるいは、街の人々に、外部の人間を警戒するよう、指示しているのかもしれない」
「じゃあ、あまり目立たない方がいいわね」
「はい。まず、宿を取って、それから、少しずつ街の様子を探りましょう」
一行は、街で最も目立たない宿を選び、部屋を取った。
護衛の調査官たちは、それぞれ別々に、街の様子を探ることになった。慎とエミリアは、まず、ヴェルナの礼拝堂を、遠くから確認することにした。
◆古い礼拝堂
ヴェルナの礼拝堂は、街の中心から少し離れた、丘の上にあった。
慎とエミリアは、街を散策する旅人を装って、その丘に近づいた。
礼拝堂は、古い石造りの建物だった。宿の主人が言った通り、かなり古い。この国の一般的な教会の様式とは、どこか違っていた。
「あの礼拝堂、少し変ね」
エミリアが、小声で言った。
「はい。この国の教会とは、様式が違います。もっと古い、別の様式のように見えます」
礼拝堂の周囲には、数人の聖職者らしき人物がいた。だが、彼らの様子も、どこか普通ではなかった。
祈りを捧げる聖職者というより、何かを見張っているような、そんな雰囲気だった。
「見張りがいますね」
「あの礼拝堂を、守っているのかしら」
「その可能性があります。あの礼拝堂に、何か重要なものがあるのかもしれません」
慎は、丘の上の礼拝堂を、じっと観察した。
(この礼拝堂が、鍵かもしれない。グレイ主教も、ヴァルクスも、コルネリウスも、ここから来た。そして、この礼拝堂は、見張られている)
「エミリアさん。あの礼拝堂に、直接近づくのは、今は危険です。まず、街の人から、あの礼拝堂についての情報を集めましょう」
「そうね。街の人が、話してくれるかしら」
「警戒されている以上、簡単ではないかもしれません。ですが、やってみる価値はあります」
二人は、丘を降り、街に戻った。
◆街の人々
街に戻った慎とエミリアは、慎重に、街の人々から情報を集め始めた。
だが、宿の主人が言った通り、街の人々は、外部の人間に対して、口が重かった。
特に、礼拝堂について尋ねると、皆、口を閉ざした。
「あの礼拝堂のことは、私たちには分かりません」
「あそこには、近づかない方がいいですよ」
「聖職者様たちのことは、詮索しないのが、この街の決まりです」
街の人々の反応は、警戒というより、恐れに近かった。
(街の人々は、あの礼拝堂を、恐れている。何かを知っているが、話すことを恐れている)
慎は、その様子から、ヴェルナが、単なる地方都市ではないことを、確信した。
だが、街の人々が話してくれない以上、別の方法で情報を集める必要があった。
その夜、宿に戻った慎は、護衛の調査官たちから、報告を受けた。
「街の様子を探りましたが、皆、口が重いです。特に、礼拝堂については、誰も話そうとしません」
「予想通りですね」
「ただ、一つ、気になることがありました」
「何ですか」
調査官の一人が、報告した。
「街の外れに、古い記録を保管している場所があるようです。街の歴史を記した文書が、そこにあるという話を、酒場で耳にしました」
「街の歴史を記した文書」
「はい。ただ、その場所も、今は聖職者たちの管理下にあるようで、簡単には入れないようです」
慎は、その情報を、頭の中で整理した。
(街の歴史を記した文書。それがあれば、ヴェルナの秘密に、近づけるかもしれない。だが、それも聖職者の管理下にある)
「その文書の保管場所は、どこですか」
「街の東の外れ、古い建物です。かつては、街の議会が使っていた建物だそうですが、今は聖職者たちが管理しています」
「見張りは」
「常時、二人ほどいるようです」
慎は、少し考えた。
(見張りがいる以上、正面から入ることは難しい。だが、その文書には、ヴェルナの秘密が記されている可能性がある)
「エミリアさん。少し、危険な相談があります」
「何?」
「その文書の保管場所に、忍び込む必要があるかもしれません」
エミリアは、少し驚いた顔をしたが、すぐに真剣な表情になった。
「危険ね。でも、他に方法がないなら」
「今すぐ、とは言いません。まず、その建物と、見張りの動きを、しっかり観察します。無理な侵入は、しません」
「分かった。慎重にね」
「はい」
◆観察の日々
翌日から、慎たちは、文書保管場所の観察を始めた。
護衛の調査官たちが、交代で建物を見張り、見張りの聖職者たちの動きを記録した。
数日かけて観察した結果、いくつかのことが分かった。
見張りの聖職者は、二人。日中と夜間で、交代する。だが、交代の際、わずかな時間、建物が無人になる瞬間があった。
「交代の瞬間に、隙があります」
調査官が報告した。
「どのくらいの時間ですか」
「ほんの数分です。ですが、その間なら、建物に入ることができるかもしれません」
慎は、少し考えた。
数分の隙。それは、リスクが高いが、可能性はある。
「ただ、数分では、文書を探して読む時間がありません。文書を持ち出す必要があります」
「持ち出せば、盗難として、大きな問題になります」
「はい。ですが、その場で読む時間がないなら、持ち出して、後で返すしかありません」
エミリアが、口を開いた。
「危険すぎない? 見つかったら、大変なことになるわ」
「はい。だから、慎重に判断する必要があります」
慎は、しばらく考えた。
(文書を手に入れることは、ヴェルナの秘密を知る、最も直接的な方法だ。だが、リスクが高い。もし見つかれば、コルネリウスの一派に、私たちの動きが完全に知られる)
「もう少し、別の方法がないか、探しましょう。文書の侵入は、最後の手段です」
「そうね。他に手がないか、探した方がいいわ」
慎は、その日、街をもう一度歩き回った。
そして、思いがけない人物と、出会うことになる。
◆老人との出会い
街の外れ、古い井戸のそばで、慎は一人の老人と出会った。
老人は、井戸のそばに座り、静かに何かを考えているようだった。
慎が通りかかると、老人は、顔を上げた。
「よそから来た人だね」
「はい。旅の者です」
「ヴェルナに、何の用だい」
慎は、少し警戒したが、老人の目に、敵意はなかった。むしろ、どこか、何かを見透かすような、深い目だった。
「この街の、歴史に興味がありまして」
「歴史、かい」
老人は、少し笑った。
「この街の歴史を知りたがる、よそ者は、珍しいね。たいていは、礼拝堂の聖職者様たちに用があって来るんだが」
慎は、その言葉に、引っかかりを覚えた。
「聖職者様たちに、用がある人が、多いのですか」
「ああ。ここ数年、よく来るよ。よそから、聖職者様に会いに来る人が」
(コルネリウスやヴァルクスの関係者が、ヴェルナに出入りしている)
「ご老人は、この街に長くお住まいですか」
「生まれてから、ずっとだ。もう八十年になる」
「では、この街のことを、よくご存知ですね」
老人は、少し慎を見つめた。
「あんた、本当に、この街の歴史を知りたいのかい」
「はい」
「なぜ」
慎は、少し迷ってから、正直に答えることにした。
「この街から、何人かの聖職者が出ています。その人たちが、今、大きな問題を起こしています。その根源が、この街にあるのではないかと思って、来ました」
老人は、しばらく沈黙した。
「……あんた、いい目をしているね」
「え」
「嘘をつかない目だ。よそ者にしては、珍しい」
老人は、井戸のそばから、ゆっくりと立ち上がった。
「少し、話そうか。この街の、本当の話を」
慎は、その言葉に、緊張した。
(この老人は、ヴェルナの秘密を知っている)
「ぜひ、聞かせてください」
老人は、慎を、井戸のそばの、古い木の下に誘った。
「長い話になる。座りな」
慎は、老人の隣に座った。
ヴェルナの秘密が、今、明かされようとしていた。
(第32話に続く)




