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冤罪令息、本日も論破します  作者: みかん


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16/25

第16話 玉座の前で

◆謁見前の朝


翌朝、慎はいつもより一時間早く目を覚ました。


前世でも、大きなプレゼンの前日は眠りが浅くなる癖があった。この世界に来ても、それは変わらないらしい。


身支度を整えながら、今日の場で何をどの順番で話すかを、頭の中で整理した。


聴衆は国王と王太子、そしてロイドとオルグレン侯爵。伯爵家の冤罪事件から始まり、バルトの横領、グレイ主教の逮捕、複数貴族家への工作、ガルデン商会の実態、モンテーニュの関与、侯爵の告白——それら全てを、一本の筋道として提示する必要がある。


前世でいうなら、複数の案件が複雑に絡み合った不正の、最終監査報告書の作成に近かった。


(事実を、時系列ではなく、因果関係の順で並べる。何が何を引き起こしたのかが分かれば、全体像が一度に理解できる)


執務室の机に、手帳と証拠書類の写しを並べた。


シデルが用意してくれた財務記録の抜粋、ロイドが確認したモンテーニュの行動記録と資産申告書の変化、ファルスタット子爵が持参した契約書、そしてオルグレン侯爵から昨夜聞いた内容のメモ。


一時間かけて、それらを一枚の紙にまとめた。項目は七つ。それぞれに、裏付けとなる証拠を対応させてある。


(これで、いける)


カルロが朝食を持ってきたとき、慎はすでに準備を終えていた。


「今日も早いですね」


「大事な日なので」


「頑張ってください」


カルロは、それだけ言って下がった。若い使用人の、飾らない励ましが、妙に心地よかった。



◆侯爵との確認


謁見の一時間前、オルグレン侯爵が執務室を訪ねてきた。


昨夜とは違い、正装に身を包んでいた。貴族としての格式を整えた姿は、さすがの存在感があった。だが、その目には、昨夜から引き続く疲弊の色があった。


「今日の場で、どこまで話せばいいか、確認したい」


「侯爵が知っていることを、全て話していただくのが最善です。ただし、一つだけお願いがあります」


「何だ」


「グレイ主教の計画の全容について、侯爵が把握していることがあれば、今日の場でできるだけ詳しく話してください。侯爵がどの程度まで知っているかが、今後の調査の分岐点になります」


侯爵は、少し考えてから答えた。


「……正直に言う。私が把握しているのは、ガルデン商会への出資と、その商会が複数の貴族家への貸付に使われていたこと、それとグレイ主教との直接の会話の内容だ。計画の全体像については、私も全ては知らない」


「グレイ主教との会話の中で、計画の目的について何か話があった内容は」


「一度だけ、酒席で少し踏み込んだことを話していた。複数の貴族家を経済的に掌握することで、将来的に王国の意思決定に影響を与えられる立場を作る、と言っていた」


「王国の意思決定に影響を与える」


「具体的には言わなかった。だが、私が感じたのは——議会での議決や、王室への諮問に対して、複数の貴族家を通じて声を束ねることができれば、王権そのものを揺さぶることができる、ということを考えていたのではないか、ということだ」


慎は、その言葉の意味を、丁寧に解析した。


(財産の収奪は手段に過ぎない。目的は、貴族家を経済的に従属させることで、政治的な代理人を作ること。そして、複数の代理人を通じて、王国の意思決定を操作する——)


「侯爵、その話を聞いたのはいつですか」


「半年ほど前だ」


「その後、グレイ主教の計画に対して、何か動きはしましたか」


「……しなかった。そこが、私の最大の失態だ」


侯爵は、静かに、しかしはっきりとそう言った。


「分かりました。今日の場で、それを全て話してください」


「覚悟はできている」



◆国王への報告


謁見室には、国王ヴィクトール三世と王太子レオンハルト、ロイド、そしてオルグレン侯爵と慎が集まった。


これまでの謁見とは異なり、部屋の空気が最初から張り詰めていた。


「昨夜の書状を受け取った。侯爵自らが同席するとは、相当なことが明らかになったのだな」


国王の声は、静かだが鋭かった。


「はい。ご報告させていただきます」


慎は、まとめた紙を手に、説明を始めた。


「まず、これまでの調査で確認できた事実の全体像から申し上げます」


慎は、七つの項目を、順番に説明していった。


グレイ主教がヴェルナを拠点に聖ヴェルナ教会財団を設立し、横領資金を元手にガルデン商会を間接的に作ったこと。その商会を通じて、複数の貴族家に詐欺的な貸付を行い、将来価値の高い資産を担保として取得しようとしていたこと。バルトはヴァンディアール家での実行役、カシアンは資金の中継役、モンテーニュは法的な手続きを助ける役割を担っていたこと。そしてオルグレン侯爵が、当初は経緯を知らずに商会への出資者となり、後にグレイ主教から脅されて動けなくなっていたこと。


説明の間、国王は一言も発しなかった。


王太子レオンハルトは、時折、慎の手元の資料に視線を向けていた。


ロイドは、補足が必要な部分を、簡潔に加えた。


説明が終わると、しばらく静寂が続いた。


「……オルグレン侯爵」


国王が、初めて口を開いた。


「はい」


侯爵は、深く頭を下げた。


「お前が自ら申し出てきたことは、評価する。だが、半年前にグレイ主教から計画の一端を聞いて、なぜ朕に報告しなかった」


「……お恥ずかしい限りです。自分の関与が露見することを恐れ、黙っていました」


「その間に、ファルスタット家はさらに追い詰められた」


「はい」


「言い訳は聞かない。ただ、今日この場で全てを話したことは、記録に残す」


「ありがとうございます」


国王は、再び慎に視線を向けた。


「グレイ主教の最終的な目的について、王国の意思決定を操作する、という話が出た。それについて、お前はどう考える」


「一つの仮説として、申し上げます」


慎は、言葉を選んだ。


「グレイ主教が複数の貴族家を経済的に従属させることで、それらの家の当主を政治的な代理人として動かすことができます。貴族議会での議決、王室への諮問、税制や軍事に関わる決定——それらに対して、複数の代理人を通じて組織的に働きかけることができれば、実質的に王権の一部を掌握することと同義になります」


「王権の掌握」


「ただし、それはあくまで第一段階と第二段階の話です。グレイ主教自身は、土地と鉱山だけが目的ではないと言いました。そして、王国の意思決定への影響を目指していると示唆した。だとすれば、その先にある第三段階、最終目的が何かは、まだ分かっていません」


「分からない、か」


「はい。グレイ主教は、意図的にそれを話していません。そして——」


慎は、一拍置いた。


「グレイ主教の背後に、さらに大きな設計者がいる可能性を、排除できていません」


謁見室が、さらに静かになった。


レオンハルトが、初めて口を開いた。


「グレイ主教以上の存在が、背後にいるという根拠は」


「根拠は二つあります。一つ目は、これだけ精密な計画を五年以上かけて実行するためには、グレイ主教一人の能力と資金では、限界がある可能性があること。二つ目は、聖都の上層部にグレイ主教を支持する勢力が存在することです。地方出身の、経歴に空白がある聖職者が、なぜ大聖堂の主教になれたのか。その後ろ盾が、本当の頂点かもしれません」


レオンハルトは、父親である国王と視線を交わした。


「……聖都、か」


国王は、低い声でそう言った。


その一言に込められた重みを、慎は感じ取った。


(聖都——この国の宗教組織の本拠地。王権とは独立した、巨大な組織の中枢。そこまで調査が及ぶとすれば、これは国家の体制そのものに関わる問題になる)



◆国王の決断


しばらく沈黙が続いてから、国王が告げた。


「モンテーニュについては、今日中に身柄を確保する。証拠は十分だ」


「はい」


「ガルデン商会については、正式な捜索命令を出す。シデルに協力させろ」


「分かりました」


「オルグレン侯爵については——」


国王は、侯爵を見た。


「今後の調査に全面的に協力することを条件に、処分は保留とする。だが、商会への出資から得た利益については、全額を国庫に返納すること」


「……承知いたしました」


侯爵は、深く頭を下げた。


「そして、ジル・ヴァンディアール」


「はい」


「聖都への調査については、まだ朕の判断が必要だ。政治的に非常に繊細な問題になる。ただし、準備だけは進めておいてくれ。証拠が固まれば、動く」


「承知しました」


「最後に一つ聞く。グレイ主教の背後にいる人物を、お前はどう炙り出すつもりだ」


慎は、答えを用意していた。


「グレイ主教が全てを話さない以上、周辺から攻めます。聖都との書簡の記録、グレイ主教が就任する前後の教会内部の人事の変化、そしてグレイ主教を支持した聖職者たちの証言——それらを積み上げれば、頂点の人物の輪郭が見えてきます」


「時間はかかるか」


「早ければ一か月。遅ければ、もっとかかるかもしれません」


「分かった。引き続き頼む」


謁見が終わり、慎がロイドと廊下を歩いていると、後ろからレオンハルトが追いかけてきた。


「少し待ってくれ」


「はい、殿下」


レオンハルトは、少し声を落として言った。


「父上の前では言わなかったが、聖都の話について、一つ情報を持っている」


「何ですか」


「半年前、聖都から外交的な書簡が届いた。内容は、この国の税制と貴族制度の改革を求めるものだった。異例のことで、当時は表向き丁重に断ったが——」


「その書簡の差出人は」


「聖都の上位評議会。議長の名前は、ヴェルナ大司教と書かれていた」


慎の中で、何かが大きく繋がった。


ヴェルナ——グレイ主教の出身地、聖ヴェルナ教会財団の「ヴェルナ」、そして聖都の議長の称号「ヴェルナ大司教」。


(これは、偶然ではない)


「殿下。その書簡は、今も保管されていますか」


「王城の文書庫に保管してある。必要なら、確認できるように手配する」


「ぜひ、お願いします」


レオンハルトは、頷いてから、廊下の奥へ戻っていった。


ロイドが、静かな声で言った。


「ヴェルナ大司教か」


「グレイ主教の背後にいる可能性が、最も高い人物かもしれません」


「聖都の上位評議会の議長が、この国の複数の貴族家を操作しようとしていたとすれば——」


「それは、単なる宗教組織の不正ではなく、国際的な規模の権力争いになります」


ロイドは、しばらく黙っていた。


「……大きくなったな、この話が」


「はい」


「お前は、それでも続けるか」


慎は、少し考えてから答えた。


「矛盾を見つけたら、正したくなる性分ですので」


ロイドは、短く笑った。


「お前らしい答えだ」



◆モンテーニュの摘発


その日の午後、ロイドの部下がモンテーニュを執務室に呼び出した。


慎は、同席を求められた。


モンテーニュは、部屋に入ってきた瞬間に、ロイドと慎の表情から状況を読み取ったようだった。その顔から、自然な血の気が少し引いた。


「座ってください」


ロイドが告げると、モンテーニュは黙って椅子に腰を下ろした。


「ガルデン商会について、確認したいことがあります」


モンテーニュは、一瞬だけ目を閉じた。


「……どこまで調べましたか」


「ファルスタット家への商会の紹介、商会に関わる弁護士事務所との面会記録、そして過去二年間での説明のつかない資産の増加。以上です」


モンテーニュは、しばらく沈黙していた。


「……否定しても、無駄ですね」


「無駄だと思います」


「一つだけ聞いてもいいですか」


「どうぞ」


「誰が、最初に気づいたんですか」


「複数の経路から、同時に確認が取れました」


モンテーニュは、少しだけ笑った。苦い笑いだった。


「そうですか。私も、限界だとは思っていました」


「話してもらえますか」


「……話します」


モンテーニュの告白は、一時間に及んだ。


最初の接触は二年半前。知り合いの聖職者を通じて、グレイ主教と会った。当初は宗教的な哲学の議論をするだけの関係だったが、次第に現実的な話が混ざってくるようになった。


「王国の法制度には、古い貴族優遇の構造が残っている。それを変えるためには、法律の専門家の協力が必要だ、とグレイ主教は言っていました。私は、理念的には同意していた部分もあって」


「理念的な共感があったのですか」


「最初は、そうです。貴族が法の抜け穴を使って特権を守り続けていることへの問題意識は、本物でした。だが、グレイ主教の方法論が、いつの間にか私の予想した範囲を超えていった」


「どの時点で、問題があると気づきましたか」


「ファルスタット家への紹介を頼まれたとき。あの商会が、詐欺的な手口で貴族家の資産を狙っていることを、そのとき初めて理解しました」


「それでも、紹介した」


「……脅されました。それまでの関与を、証拠として持っていると」


オルグレン侯爵と、まったく同じパターンだった。


慎は、手帳にそのことを書き留めながら、グレイ主教の手口の巧みさを改めて実感した。


(最初は理念的な共感で引き込み、気づいたときには抜けられない深さまで関与させる。そして証拠を盾に脅す。これが、繰り返し使われた手口だ)


「モンテーニュ殿。グレイ主教から、計画の全体像について聞いたことはありますか」


「詳しくは聞いていません。ただ、一度だけ、大きなことを言っていたことがあります」


「どんなことですか」


「この国の貴族制度を、根本から作り直す、と。聖都の権威を背景に、王国全体の法制度と権力構造を変えることが、長期的な目標だと言っていました」


「聖都の権威を背景に」


「はい。グレイ主教には、聖都に強い後ろ盾がいると言っていました。その後ろ盾があるから、王権にも対抗できると」


慎は、レオンハルトから聞いた「ヴェルナ大司教」の名前を、頭の中で繰り返した。


(聖都の強い後ろ盾。ヴェルナ大司教が、この計画全体の黒幕である可能性は、ますます高くなった)


「最後に確認します。商会を通じた資産の横流しについて、具体的に何件、どの程度の額を把握していますか」


モンテーニュは、記憶を辿るような顔をしながら、いくつかの数字を挙げた。


慎は、それを丁寧に書き留めた。


告白が終わった後、ロイドが正式に告げた。


「モンテーニュ殿。王室調査官として、職務停止と身柄の確保を命じます。今後の処遇は、陛下の判断によります」


モンテーニュは、静かに頷いた。


「……覚悟はできていました」


部屋を出ていく彼の背中を見送りながら、慎は複雑な気持ちを感じた。


法律で不正を正すことを仕事にしていた人間が、不正の片棒を担いでいた。その矛盾は、モンテーニュ自身が最もよく知っていたはずだ。


だから、最後には素直に話した。


(理念と現実の乖離が、人を壊すことがある。前世でも、それは何度も見てきた)



◆静かな夜


その夜、慎は珍しく、早めに仕事を切り上げた。


エミリアと、王城の中庭を少し歩いた。夜の空気は冷たかったが、澄んでいた。


「今日、色々あったわね」


「はい」


「モンテーニュのこと、どう思う」


「……やるべきことをやっただけですが、後味の悪さはあります」


「それは、正直な感想ね」


エミリアは、星が出始めた空を見上げながら言った。


「悪い人を追い詰めるとき、その人も最初から悪かったわけじゃない場合があるのよね。グレイ主教に取り込まれた人たちは、みんなどこかに弱みがあって、それを突かれた」


「そうです」


「じゃあ、グレイ主教は完全な悪人で、その人たちは全員被害者なの?」


「そんなに単純ではありません。グレイ主教だって、ヴェルナ大司教に使われている側かもしれない。どこまで遡っても、完全に悪い人間と完全に善い人間だけで世の中はできていない」


「難しいわね」


「でも、だからといって、不正を見過ごすわけにはいきません。矛盾は正す。それだけです」


エミリアは、慎の横顔を見た。


「あなたって、頑固ね」


「よく言われます」


「でも、その頑固さが、あなたの一番いいところだと思う」


慎は、その言葉に、何も返せなかった。


前世では、頑固さは「融通が利かない」と言われることの方が多かった。この世界では、それが強みとして評価されている。


(同じ性質が、環境によって全く違う意味を持つ)


「ヴェルナ大司教の調査、長くなりそう?」


「おそらく。相手が聖都の上位評議会の議長だとすれば、証拠を積み上げるまでには、相当の時間と準備が必要です」


「私も、できる範囲で協力するわ」


「ありがとうございます」


「また言った」


「すみません、癖なので」


二人は、しばらく黙って、夜空を見ていた。


遠くで、夜警の鐘が鳴った。


王城の一日が、静かに終わろうとしていた。


慎は、今日という日に起きたことを、頭の中で静かに整理した。


モンテーニュが崩れた。オルグレン侯爵の告白があった。ヴェルナ大司教という名前が浮かんだ。全体像が、少しずつ、しかし確実に、その輪郭を現してきていた。


(もう少し。もう少しだけ、積み上げれば)


慎は空を見上げた。星が、静かに光っている。


前世では、夜空を見る余裕もなかった。この世界では、忙しい中でも、こういう時間がある。


それが、悪くないと思った。


仕事は終わらない。だが、終わらない仕事の中に、こういう静かな時間があることが、今の慎には、確かな意味を持っていた。


(第17話に続く)

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