§.23 【疫鬼王と黒の竜騎士】
東棟四階、ギルムの寝室。
「聖杯見てくるって、なに言ってるのよ? どういうこと?」
意味がわからないといった風に、ユーリが言ってくる。
クロノたちが過去に行っていた間、時間が進んでいないのである。
「お前は知らなくても大丈夫だ」
「なんでっ? なんでなんでなんでっ?」
駄々をこねるようにユーリが地団太を踏んでいる。
「見ては来られましたけど、なにかわかりましたか?」
と、リュカが聞く。
「聖杯の在処がわかった。そこへ行こう」
「待って」
呼び止めたのはギルム・ヴォーザーである。
「僕も連れて行ってくれないかい?」
「なんで? 敵でしょ、あんた。聖杯の呪いを解くっていうお願いを聞いてあげるんだから、それで十分よね」
そうユーリが突き放す。
「連れて行こう」
「はあっ!? ちょっとぉっ! ユーリが今断ったのにっ! おかしいでしょっ!?」
「そうか?」
「そうよっ! 絶対そうっ! ユーリがダメって言ってるんだから、連れていくのはおかしいよっ。敵なんだよっ!」
目を三角にして、ユーリはクロノに詰め寄った。
「わかった」
「わかればいいのよ」
「お前を置いていく」
「なんでぇっ!!!?」
目をまん丸にし、前のめりになって、ユーリは驚きをあらわにする。
「お前を置いていけば、お前はダメと言わないからだ」
「そ、それはそうだけど……なんでユーリが置いていかれるのっ?」
「ならば、ダメとは言わないか?」
「いっ……言わないよっ、わかったよっ!」
半ばやけくそといった風にユーリは承諾する。
「ところで、クロノ君。聖杯、どこにあるの?」
シャルが聞く。
「墓だ」
◇
クロノたちは一度、城から出て丘の上にある墓地へ向かった。王族も平民も、皆そこに埋葬されている。それゆえに墓地は広大だった。
石板があり、その前に武器が一つ刺さっている。それが竜人たちの墓である。
多くの墓の前を、クロノたちは通り過ぎていく。
「ほんとにこんなのところに聖杯があるのー?」
疑うようにユーリが聞いてくる。
「ある」
「ある、じゃなくて、どこにあるか教えなさいよっ」
不満をぶつけるように彼女は言った。
「ここだ」
ある墓の前でクロノが立ち止まる。他の墓となんら変わりはなく、特別なようには見えなかった。
「このお墓、なにか違うの?」
「……いや、普通の墓だよ」
ユーリの質問に、ギルムが答えた。
構わず、クロノは手を伸ばす。石板を片手で軽く持ち上げると、その下には空洞があった。埋まっていたのは棺ではなく、過去のランザリアで見た白い杯――聖杯である。
「嘘……ほんとにあった……!」
クロノは聖杯を手にする。
その時、彼らの背後に砂塵が飛んできた。それが一か所に集まっていくと、中から疫鬼王バライザが姿を現した。
「バライザッ!」
声を上げたのはギルムである。
バライザは彼を一瞥した後、クロノに視線を移す。
「やめろ……」
亡霊のような声であった。
「聖杯は遺体から魂を取り込み、戦い続ける生贄を作るのだ。お前はその生贄に選ばれた。生贄が血を流すことで、聖杯は満ちていき、魔力が増幅される。死者の魂に鞭を打ち、その苦悶を力に変えるのだ」
クロノが説明するように言った。過去で聖杯を見たことで、それを解析したのだろう。
「それでも、その聖杯が動き続ける限り、私は生きていられる」
バライザが魔法陣を描く。
「それは違う。疫鬼王バライザはすでに死んでいるのだ。お前はそれを元にしただけの別人だ」
「ぬかせぇっっっ!!!」
バライザが魔法を発動しようとしたその瞬間、クロノが聖杯を握りつぶした。砕け散ったその残骸が地面に落ちると、糸が切れた人形のようにバライザは崩れ落ちた。
「し、死んだの……?」
バライザの亡骸に視線を向けながら、ユーリが聞いた。
「最初から死んでいたのだ。聖杯の力で魂を呼び戻されたにすぎない。囚われた魂は聖杯が破壊されたことで解放された」
「……でも、もう喋ることもないんでしょ? それってよかったの?」
「特に良いわけではないが、聖杯が使われることはない」
「そうだけど……」
クロノとユーリが話している最中、ふらふらとした足取りでバライザの元に歩いていったのは、ギルムだった。
彼はその亡骸の前でがっくりと膝をつく。そうして、バライザの手を握った。
「…………」
なにも口にせず、ただギルムは涙をこぼした。
バライザの死を悼むように。
「はあ? 意味わかんない。あんたが殺したんでしょ? なんであんたが泣いてるのよっ?」
咎めるようにユーリが言う。
「そもそも、仕掛けてきたのだってそっち――」
「ユーリちゃん」
シャルが言葉を制すように言い、彼女は渋々口を閉じる。
「ギルム君」
そっと寄り添うようにシャルは尋ねた。
「疫鬼王とは、敵同士じゃなかったの?」
「……敵同士だった……だけど……」
ギルムは言った。
「……僕たちは友人だった……」
「……嘘よっ……! そんな話、バライザ様から一言も聞いたことないよっ!」
「今、彼に嘘をつく理由もありませんよ」
リュカにそう指摘され、「それは……でも……」とユーリが言い淀む。
「信じなくても構わない。証拠があるわけじゃない。誰かにわかってもらう必要もないんだ」
ギルムの肩に、クロノはそっと手を置いた。
「聞かせてくれないか? お前とバライザになにがあったのかを」
優しく、真摯な表情で彼は問うた。その誠実さが伝わったか、ギルムはゆっくりと話し始めた。
「――僕たちが初めて出会ったのは、竜人の国アムルテムズと魔族の国ドムドラッドの間にあるリトン湖だった」
「リトン湖、かなり小さな湖ですね」
リュカの言葉に、こくりとギルムはうなずいた。
「そこでなにを?」
「釣りだよ」
「はあ?」
ユーリが素っ頓狂な声を出す。
「僕とバライザは釣りが趣味だったんだ」
「……釣り……? バライザ様が……? でも、確かに、バライザ様の館に釣り竿が置いてあったかも……?」
半信半疑だったユーリが、はたと気がついたように言った。
「僕たちはリトン湖にしか生息していない、レアな魔竜魚という魚を釣りあげたいと思ってた」
「魔族と竜人だけど、最初会った時、気まずくなかったんだ?」
シャルが聞く。
「正直、僕は警戒していたよ。バライザもそうだった。それでも、魔竜魚を釣りたくて、互いに隣り合って釣り糸を垂らしていた。数時間経っても、なにも釣れなくて、さすがに僕たちは相手が真剣に釣りをしにきたことに気がついたよ」
趣味で釣りをやっている者と、そうでない者の区別はつくのだろう。それで次第に警戒が解けていったのだ。
「バライザがふと言ったんだ。餌はなにを使っているのかってさ。それから、話が弾んだよ。最終的に、魔竜魚って、魔物なのか竜なのかっていう話題になった。釣ってみて、確かめようってね」
「どっちだったのっ?」
シャルが好奇心たっぷりの表情を浮かべている。
「魔物でも、竜でもなかった」
ギルムは言った。
「魚だったんだ」
あはっ、とシャルがふきだした。
「当たり前じゃんっ!」
「そう、当たり前なんだよね。それが可笑しくてさ、僕とバライザは大笑いしたよ。その時だろうね。僕たちが友人になったのは」
過去を懐かしむように、ギルムは微笑んだ。
「僕は竜人で、彼は魔族で、種族も立場も違うけど、なんだか妙に馬が合ってね。釣りをしながら、色んな事を話したよ」
「……それじゃ、どうして疫鬼王と戦うことになっちゃったの?」
ギルムは答えた。
「バライザが、竜人を殺したんだ。きっかけはわからない。バライザに正当性があったのかもしれない。だけど、それが始まりだったよ。その竜人が所属していた部族と、バライザの組織が争いを始めたんだ」
「それは違うよっ!!」
きっぱりと否定して、ユーリが食ってかかる。
「攻めてきたのは竜人が先でしょっ! ユーリたちも、バライザも、その前に竜人を殺してなんかないっ!」
「そんな話も聞いたけどね。僕の認識ではバライザが先に殺したんだよ。信じがたいけど、それは間違いないんだ。目撃者が何人もいる」
「だから、そいつらが全員嘘ついているんじゃないのって言ってんのよっ!」
「全員はさすがにあり得ないよ。竜人は戦いに敗れた者の名誉を尊ぶ。そこで嘘をつけば、死者の名誉を汚すことになるんだ。全員が口裏を合わせているとは思えない」
「じゃ、ユーリたちが嘘ついてるって言いたいのっ!?」
牙を剥き出しにして、ユーリが彼を睨みつける。
「そうは言ってないよ。だけど、今更それを話しても仕方がない。きっかけはともあれ、火種はみるみる大きくなって、そこから更に多くの犠牲者が出たんだ。魔族も竜人も、バライザも僕も、もう止まることはできなかったんだ」
ギルムは悲しげな表情を覗かせる。
「ギルム。バライザを信じているか?」
「……え?」
クロノが問うも、ギルムは疑問の表情を浮かべている。意図がよくわからなかったのだろう。
「もしも、お前に魂を捧げる覚悟があるのならば、真実と正しい裁きが手に入る。だが、バライザが先に竜人を殺していたならばお前に永遠の死が訪れる」
一瞬、ギルムは困惑した表情を覗かせたが、すぐに思い直したように言った。
「……本当に真実がわかるのかい?」
「わかる」
それを聞き、彼は覚悟を決めた。
「それなら、なんでもするから教えてほしい。僕はバライザがやっていないと信じている。なにがあって、僕たちが命を奪い合わなきゃいけなかったのか、ずっと答えを探していたんだ」
その答えを受けて、クロノは言った。
「――開廷」




