§.22 【王家の霊廟】
オウルとクロノの前に、石の狼の群れが現れた。ゴーレムウルフである。
「足を引っ張るなよ」
オウルが魔法陣を描く。吹き荒れる風を彼は体に纏った。
「風滅斬」
両手から放たれた疾風の刃は、迫りくるゴーレムウルフ数体を切断した。
「誰に言っているのだ?」
その隙に一気に距離を詰めたクロノが、石でできたゴーレムウルフをいとも容易く斬り裂いていく。
オウルの魔法とクロノの剣で、あっという間にゴーレムウルフの群れを撃破した。
先へ進むと、やがて分かれ道が見えてくる。
「右へ行く」
「左だ」
二人は同時に言った。オウルは右、クロノは左である。
「ちょうどいい。同じ道では勝負にならないからな」
そう口にして、クロノは左の道へ進み始めた。
「待て」
と、オウルが言った。
「この霊廟は危険だ。私の魔法がなければ、踏破は難しいであろう」
「お前と一緒に進んでいては勝ち目が薄いのはわかっている」
そう答えると、クロノはオウルの言葉を待たずに走り出した。リュカとシャルは彼の後を追っていく。
ゴーレムウルフを斬り伏せながら、クロノは奥へ奥へと進んでいき、やがて到着したのはだだっ広い部屋である。
そこに巨大な竜の石像が鎮座していた。
「もしかして、これも、あれなんじゃん……?」
と、シャルがその石像を睨む。
隣でリュカがこくりとうなずいた。
「はい。ゴーレムドラゴンです」
ゴゴゴゴ、とけたたましい音が立てながら、ゴーレムドラゴンが動き始める。石の瞳が赤く光り、その顎が大きく開いた。
ゴーレムドラゴンは、巨大な石の塊を勢いよく吐き出した。
「クロノ君っ!」
咄嗟に飛び退き、クロノは回避する。石の塊が通路に激突し、めり込んだ。入り口を完全に防いでしまっている。
「……逃げ道がなくなったじゃんっ!」
「倒せばいい」
クロノはまっすぐゴーレムドラゴンに向かう。吐き出される石の塊を二発、彼は素早い動きで避けると、跳躍した。
狙いはゴーレムドラゴンの顔面、その瞳だ。魔力が集中しているそこが、弱点だと睨んだのだ。
「はあっ!!!」
渾身の突きが赤い瞳に繰り出される。ピシィッとその瞳に亀裂が走り、もう一息とクロノは更に力を込めた。
鈍い音が響く。破壊されたのは瞳ではない。逆にクロノの剣が砕け散っていた。
「……ち!」
「グオオオオオオオオオォォッ!!!」
ゴーレムドラゴンのかぎ爪がクロノに振り下ろされる。折れた剣でどうにか防いだが、そのまま力尽くで地面に叩きつけられる。
「がっ……!」
全身を強く打ち、クロノは血を吐き出した。
「背光!!」
クロノの背が光り輝き、彼を守る防壁と化す。シャルの魔法だ。しかし、ゴーレムドラゴンのかぎ爪が振り下ろされると、いとも容易く背光が斬り裂かれた。
「嘘っ! あんなの当たったら絶対死ぬじゃんっ!」
「……いえ。たぶん、これは過去だから干渉できないんでしょう……」
気がついたようにリュカが言った。
「クロノ君、死んじゃうってことっ!?」
「落ち着いてください、シャル。お兄さんは生きてるから私たちに会えたんですよ。なにがあっても、この過去で死ぬことはありません」
ドゴォォォンッと、ゴーレムドラゴンの足にクロノが踏み潰された。
「クロノ君、死んじゃったよぉぉぉーっ!!!」
「…………一回死ぬんでしょうか……?」
リュカが心配そうにゴーレムドラゴンの下にいるであろうクロノに視線を向ける。
「まったく」
声が響いたのは、部屋の入り口からだ。ゴーレムドラゴンが吐き出した石の塊の後ろから、魔力が感じられる。
風がゴーレムドラゴンを中心に吹き荒れ、その足が持ち上がった。その下にクロノがいた。風の魔法で防がれ、かろうじて潰されていなかったのだ。
「だから、危険と言ったであろうが」
石の塊が風滅斬に斬り裂かれ、それがゴーレムドラゴンの体を斬り刻む。崩れ落ちた石の塊の向こうに立っていたのはオウルだった。
「使え。王家に伝わる秘宝、風嵐剣リウルノウズだ」
オウルが投擲した魔剣が、クロノの足下に突き刺さった。クロノはすぐにそれを手に取る。
ゴーレムドラゴンがかぎ爪を振り下ろしたが、彼は風嵐剣リウルノウズで受け止める。剣身に渦巻く疾風がその腕を弾き返した。
「せいっ!!」
風嵐剣を横薙ぎに振るい、クロノはゴーレムドラゴンの腕を切り落とした。
しかし、腕は瞬く間に生えてくる。
「治っちゃったじゃんっ!」
「体が石ですからね。恐らく、あの瞳を破壊しない限りは再生しますね」
離れたところでシャルとリュカが言う。
ドラゴンはクロノは無視して、オウルめがけて突っ込んでいく。
「そこが弱点だな」
オウルはゴーレムドラゴンの瞳を指さし、魔法陣を描いた。
「風滅轟斬魔閃弾」
莫大な魔力が集中し、勢いよく放たれたのは風の魔弾だ。それがゴーレムドラゴンの瞳に直撃する。
その瞬間、赤い瞳が怪しく光った。風の魔弾はその瞳の中に吸い込まれていく。ゴーレムドラゴンの魔力が跳ね上がった。
「なにっ?」
口を開き、ゴーレムドラゴンは石の塊を吐き出した。それは魔法を放った直後のオウルに突っ込んでいく。
「ご自慢の魔法は効かないんじゃないか?」
クロノが横から、石の塊をぶった切った。
オウルの目の前に着地すると、彼は言う。
「下がっていればいい。こいつは俺に任せるのだ」
一気に跳躍し、クロノはゴーレムドラゴンの顔面に到達する。弱点の赤い瞳に風嵐剣を振り下ろすも、ゴーレムドラゴンは素早く後退して、それを避けた。
赤い瞳が輝き、そこから魔力の光線が放出された。
「ちっ」
空中ではクロノも身をかわす手段がない。風嵐剣を盾にして、どうにかその光線を弾き返す。
「剣ではあのゴーレムドラゴンを捉えるのは難しい。私が隙を作ってやる」
先の意趣返しのつもりか、恩に着せるようにオウルは言った。
「風縛陣」
オウルが放った風がゴーレムドラゴンに纏わりついていき、その巨体を縛っていく。
「グオオオオオオオオオオオオオオォォォッ!!!」
逆鱗に触れたかのような咆吼が耳を劈き、ゴーレムドラゴンは力任せに風縛陣の拘束を解こうとした。
「早くやれ。長くはもたぬ」
「承知の上だ」
答えた頃には、クロノは高く跳躍していた。
頭を捻って回避を試みるゴーレムドラゴンに対し、クロノは首を斬り払った。
風嵐剣により容易く切断され、首が飛ぶ。
頭から胴体が生え始めるが、それよりも早くクロノは剣を構えていた。
「さすがに再生は間に合わないだろう」
無防備になった頭に、クロノは風嵐剣を振るった。赤い両眼は同時に切断され、砕け散る。
すると、ゴーレムドラゴンの全身はガラガラと音を立てて砕け散り、ただの物言わぬ石の塊と化した。
再生も完全に止まっている。
「ふう」
と、クロノが軽く息をつく。
「勝てたのは私の魔法と魔剣のおかげだということを忘れるな」
喧嘩を売るように言って、オウルは先へ進む。
「俺がいなければ、肝心の瞳を切ることはできなかった」
「剣の腕は私が上だ。いざとなれば、一人でできる」
「魔法と剣を同時に使いこなせるように見えなかったな」
ずんずんと進みながらも、クロノとオウルはそんな応酬を繰り返す。
「仲悪いって言ってたけど、良い感じじゃん?」
シャルがそう言ったが、リュカは若干首をかしげている。
「そうだといいですね」
二人は張り合いを続けながらも、協力して霊廟の地下ダンジョンをくぐり抜けていく。一人ではまた先程のような危機が訪れると学んだからだろう。分かれ道があっても、二手に別れることはなかった。
そうして、どうにか霊廟の最奥に辿り着いた。
「これが……?」
「そうであろうな。私も見るのは初めてだ」
そこにあったのは墓だ。
かなり古いもので、最早、誰の墓なのか名前さえも読み取ることはできない。
王家の霊廟である以上は、歴代の王の誰かなのだろう。あるいは、初代の王なのかもしれない。
墓の中心に、光玉がはめ込まれている。
「この光玉に強い魔力を感じる」
「これが禁呪なのか?」
クロノが問う。
「そうだ」
クロノとオウルは墓の前に並び立つ。
「選ばれた方が王になる」
「わかっている」
二人は同時に光玉に手を伸ばし、それをつかんだ。
ドゴォォォッとけたたましい地響きとともに、霊廟が揺れた。
「なっ、なにっ? 地震っ!?」
「……強い魔力を感じますね……大元は、あのお墓から……?」
リュカが王家の墓に視線を凝らす。
その瞬間、揺れは収まった。
「止まった……」
「……魔力も……消えたましたね……」
自信が止まったのとほぼ同時に墓から感じられた魔力も消え去っていた。
「これだけか?」
クロノが言った。
「なにも起こらないか?」
オウルが問う。
「見ての通りだ」
「ならば、この決闘の勝者は私だ」
つかんだ光玉をオウルは墓から引っこ抜いた。すると、それが彼の体の中にすうっと吸い込まれていく。
禁呪は使い手を選ぶとオウルは言った。彼を選んだということなのだろう。
「……しかし」
と、オウルは王家の墓に視線を向けた。
「どうした?」
「……いや、先程、強い魔力を感じた気がした。この禁呪のものとは違う、別の魔力を」
オウルは注意深くそこを見ている。しかし、リュカも言った通り、魔力はすでに消えている。
「いや、なんでもない」
かくして、オウルとの決闘は決着したのだった。
◇
数ヶ月後。
現ランザリア王、ジグルが病に倒れ、崩御した。
即位したのは、王位継承権第一位のオウルである。若く聡明で、ジグルの実子であったオウルが王となることに不満はなく、民衆からもまた友好国からも大いに歓迎された。
戴冠式をつつがなく終え、オウルは正式にランザリアの王として動き始めた。国を改革するため、これまで要職につけなかった平民の中から、才あるものを重用することにしたのである。
王族からも強い反発があることは必至だろう。これからは、王の身辺を警護する武力も重要となる。
そんな折、オウルはクロノを呼び出した。場所はかつて、彼が野望を語ったバルコニーである。
相変わらず古く、寂れている王都の眺めは、しかし以前とは違い、どこか活気が漲っているように思えた。
オウルが即位したという事実が、期待となってこの国に渦巻いているのかもしれない、とクロノは思った。
「我が国のために尽くそう」
先に口を開いたのはクロノだ。
「お前は思う存分、改革を進めるといい。その障害となるものは俺がこの剣で切り伏せる。それが、あの日、俺にチャンスをくれたお前への義理だ」
オウルとはそりが合わない。無論、今も変わりはない。しかし、彼が曲がった道を行くことはない。いついかなる時も真っ当な道を歩むと、オウルはランザリア国に誓っている。
そして、その誇りがクロノに王になる機会を与えた。結果として、決闘に勝利したのはオウルだったが、だからこそクロノは彼が王位に就くことに不満はなかった。
その誇りに、自らも応えるべきだと思ったのだ。
「クロノ。貴様は義理に命をかけられるか?」
まっすぐオウルは問うた。
「かけられる。最後の瞬間まで、俺はあの決闘の結果に殉じよう。それが俺の考える強さだ」
クロノもまたまっすぐ答えた。
しばし、二人は並んだまま、王都の街並みを眺めていた。
やがて、「フッ」とオウルは笑った。
「危うい強さだ。やはり、貴様のような奴は新しいランザリアにはいらぬな」
「……なに?」
「武者修行の旅にでも出て、真の強さを身につけてこい」
「……オウル……なぜそれを?」
「私は王だ。貴様の邪念ぐらい、見抜けないと思ったか?」
心中を言い当たられ、クロノは押し黙る。
「貴様はこの小国で強くなりすぎた。まともに剣を打ちかわせる相手は、最早私ぐらいだろう」
王となった今、オウルはそう軽はずみにクロノの鍛錬につき合うこともできない。しかし、彼はもっと強くなりたいと思っていた。
「世界を巡り、まだ見ぬ強者と戦いたいのだろう? そのような邪念のある者に王の警護という要職は務まらん。貴様は王家に不要だ」
オウルはそう言い捨てた。まるでクロノを送り出すように。
「……そうまで言われて、そりが合わない王に仕える義理はないな」
「だろうな。そういうところだ」
オウルは魔法陣を描く。
すると、そこに真っ白な杯が現れた。
「餞別だ」
クロノはそれを受け取った。
以前に経験した過去ではなかったことだ。
「聖杯か?」
「つい先日見つかった。霊廟に安置されていてな。探し出すのに苦労した」
「もらっておく」
そう短く言い、クロノは踵を返した。
「一つだけ、貴様に命令を下す」
「ランザリアに危機が迫った時は、なにがあろうと戻ってくる」
オウルが命令を口にする前に、クロノはそう返事をしていた。
「それでいいか?」
フッとオウルは笑みで応じる。
「じゃあな。良い国を作れ」
クロノがそう口にすると、
「さっさと行け、戦闘狂が」
まるで小競り合いでもするように、オウルが悪態をつく。
それが二人の別れの挨拶となったのだった。




